「だから悪かったっていってるだろ」
「そう思うのなら境内の掃除くらい手伝いなさいよ」
「それはそれ、これはこれだぜ?」
私こと、魂魄妖夢が博麗神社の鳥居を潜ると、そこには2人分の人影と喧騒があった。
博麗霊夢と霧雨魔理沙。彼女たちの表情は対照的で、霊夢さんは呆れたような様子で境内を掃除をしており、魔理沙さんはそれを楽しそうに見ている。
「嘘つきは泥棒のはじまりっていうくらいだし、泥棒は基本的に嘘吐きなのかしら?」
「私は泥棒じゃないぜ。あれは天狗の陰謀だ」
「でも、嘘吐きなのは事実だから、そのうち泥棒よ」
「そんなの迷信にきまってるぜ」
「それはどうかしら? って、またお客さん?」
「どうも、こんにちは」
距離が後2歩いうところまで来て、ようやく霊夢さんが私の存在に気づく。私は挨拶と共に一礼した後、幽々子様の命により預かった手紙を懐から取り出し、彼女に向けて差し出した。
「我が主、西行寺幽々子様の命により、この書状を携えて参りました。どうかお納めください」
「相変わらず堅っ苦しいわね。どうにかならないの?」
「すいません。これでも一応、私は幽々子様の従者ですので」
従者らしく振舞う事。それが西行寺家に仕える魂魄家の在るべき姿。それを抜きに考えても――個人的な時間は別として――幽々子様の命を受けて動いている時はそうするのがケジメだと、私は思っている。
「はいはい。確かに受け取りました」
「ありがとうございます」
書状が霊夢さんの手に渡り、私は緊張を解く。命令を完遂した今、私は西行寺幽々子の従者ではなく、魂魄妖夢なのだ。
「で、霊夢。なんて書いてあるんだ?」
「五月蝿い、嘘吐き」
「おぉ、私は嘘吐きだぜ? 何せ魔法使いだからな」
「勝手に言ってなさい。とりあえず妖夢、その辺に座ってて」
「・・・?」
「お茶くらい淹れて上げるわよ」
「あ、どうも」
「私の分も忘れるなよ」
「欲しかったらお賽銭くらい入れていきなさい。ちなみに素敵なお賽銭箱はそこね」
霊夢さんが奥へと消え、魔理沙さんと私だけが残される。
縁側に腰掛け霊夢さんを待つ私と、箒を浮かせて座っている魔理沙さん。手持ちぶさだった私は、いつの間にか彼女へと視線を向けていた。
「ん、なんだ?」
「あ、いえ。ちょっと」
魔理沙さんに真っ直ぐ見詰められ、戸惑う。理由なく見詰めていた事を口にするのが気恥ずかしかった私は、取り繕うように言葉を口にした。
「その、先程の嘘吐きと言うのは?」
「あぁ。宴会の片付けをサボっただけだぜ」
なるほど、それはとてもこの人らしい。
が、私の質問が意図する所とは別の答え。苦し紛れに出た言葉とはいえ、気になっているのは事実。故に私は、言葉を継ぎ足して再度質問をぶつけた。
「いえ、そうではなく。何故魔法使いは嘘吐きなのですか?」
「なんだ、その事か」
魔理沙さんは詰まらなさそうに返事を返す。もしかして私は愚かな質問をしてしまったのだろうか?
「あれはだな。ん、あぁ、いやいや。話せば長いんだが、かまわないか?」
「へ? あ、はい。構いませんけど・・・」
一転、満面の笑みを浮かべる魔理沙さん。彼女の変化はとても奇妙なものだったのだが、それよりも疑問が先に立った私は話を聞く体制に入った。
本来の、というか少し前までの私は「斬ればわかる」という師の教えを忠実に守って生きていたのだが、それだけではダメだという事を過去数件の事件で学び、今では疑問があれば出来うる限りの努力を持ってそれを解こうと心がけているのだ。
「それにはまず、魔法ってモノを説明しなきゃならない」
「はい」
私は彼女の言葉を1つとして聞き漏らすまいと、真剣に耳を傾ける。誰かに教えを請うという行為自体、久しく無かった事で、少し新鮮に感じられた。師匠が出奔して以来かもしれないと考えながら、意味のない事ばかり教え、重要な事をほとんど話してくれない主人の顔が思い浮かぶ。
「魔法ってモノがどういうモノか、庭師は知らないよな?」
「はい。って、庭師はやめてください。妖夢です」
「どっちでもいいだろ? で、魔法ってのは平たく言えば嘘なんだ」
「それはどういう事ですか? それと、どうでもよくありません」
「やれやれ細かいヤツだぜ。それで、何故かと言うとだな」
呆れた、という感じで両手を広げて苦笑しながら、魔理沙さんは箒から飛び降りる。とりあえず庭師と呼ばれるのだけは回避しなくてはならない。何故なら、本来の私の役目は幽々子様の指南役なのだから。とはいえ、幽々子様に命じられているせいで専ら庭師の仕事しかしていないのだけれど。
「この箒、なんで浮いてるんだと思う?」
「・・・魔法をかけたから、じゃないですか?」
「そうだな。でも、それじゃあ70点だ」
微妙な得点をつけられ、リアクションに困った私は「はぁ、どうも」と我ながら間抜けで意味不明な言葉を返してしまう。すると魔理沙さんはにやっと意地悪い笑みを浮かべ、
「ちなみに1000点満点だぜ」
と答えた。
どうやら私の答えは全然見当違いだったらしい。
「・・・そうですか」
私は引きつった笑みを浮かべながらそう答えつつも、普通に100点満点で採点すればいいじゃないですか、と心の中で抗議しておく。
しかしそんな私の心境など構う事なく、魔理沙さんは説明を続ける。
「まぁ、魔法をかけたから飛ぶのは当たり前だ。で、その魔法って言うのがどういうモノかって話だ」
「あ、なるほど」
確かに論点が魔法とはなのだから、魔法がかかっている事が大前提なのは当たり前だ。そう考えれば私の答えがいかに見当違いだったかがよくわかる。
「それじゃあどうしてなんですか?」
「私が箒に『お前は飛べる!』って嘘を吐いたからさ」
そんな怪しい答えをさらりと言ってのける魔理沙さん。言っては何だが、それはとても胡散臭い。
「あ、疑ってるな?」
私の表情を読み取ったのか、魔理沙さんが腰に手をあて頬を膨らませる。どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。
「魔法ってのは基本的に嘘を吐く事なんだ。魔力ってモノに嘘をついて、術者の思うものであると思い込ませる事だと言い換えてもいい。例えば『お前は星だ』って騙せれば星型の魔力になる訳だ」
「・・・とても信じられません」
魔理沙さんは唇にあてた人差し指を左右に振り「ちっちっ」と口を鳴らした。その仕草と得意げな表情を見て、どうやら本気で機嫌を悪くさせた訳では無さそうだと、ほっとする。
「素人から見ればそうかもしれないが、実際の例を知ればわかるはずだぜ」
「例えばどんな?」
「そうだな・・・」
魔理沙さんは両腕を組んで「うーん」と唸りながら悩み始める。そしてすぐに何かに思いあったのか、左手の掌を右手の握りこぶしで、ぽんっ、と叩いた。仕草が一々ワザとらしいが、故にとても反応が判り易い。
「アリスは知ってるだろ?」
「はい」
アリス、と言うのは魔理沙さんと同じく、迷いの森に住む魔法使い(魔理沙さんの様な職業魔法使いでなく、種としての本物である)で、本名は確かアリス・マーガトロイド。長い名前なのでうろ覚えだが、確かそんな名前だったと思う。
「あいつの人形、アレも嘘で動いてるんだぜ?」
「えぇ!?」
思わず大きな声が出てしまった私は、口を両手の平で抑え、声を止める。彼女の人形たちはまるで生きているかのように動き、主人の命令をこなす。あれが嘘で出来ているといわれても、俄かに信じられるものではない。
「やっぱり信じられないって顔だな」
「当然です」
そう言って私は目で説明の続きを促す。魔理沙さんは「やれやれ」と楽しそうに呟きながらも説明を続けてくれた。
「あれはな、人形に『お前は生きているんだ』って嘘を吐いて信じ込ませてるんだ。それを信じた人形がまるで生きているかのように動く、って訳だ。まぁ、正確に言うと人形に込められた魔力に嘘を吐いて、人形が生きているように振舞わせているんだけどな」
確かにそう言われればそうなのかもしれない、と思えるほどには魔理沙さんは自信満々に説明を続ける。心なしか、態度が段々大きくなってきている気さえする。
「他には、そうだな。毛色が違うとこだとパチェとかも似たようなもんだ。あいつは魔女だけどな」
パチェ、とは紅魔館に住んでいるという魔女、パチュリー・ノーレッジの事だ。何度か宴会で顔を合わせただけなので彼女がどんな人――正確には彼女も人ではなく魔女という種族――なのかはよく知らないが、魔理沙さんは彼女と仲がいいらしい。
「あいつは精霊魔法を使うんだけどな。精霊を騙して協力させる。つまり、精霊に嘘を吐く訳だ」
「えっと、協力して貰うのに、何故騙すんですか?」
「おぉ、いいところに気づいたな」
私の質問に、魔理沙さんは嬉しそうに答えてくれる。どうやら今回は見当はずれの言葉ではなかったようだ。
「精霊ってのは気まぐれだ。だからまず魔方陣や詠唱、時にはその両方を使って精霊を誘き出す。で、対価――判りやすく言うと餌だ――として魔力を与えて、力を借りる訳だ。
で、お前が言ったように普通に協力して貰おうと思った場合、気まぐれな精霊は力を貸してくれないかもしれない。土壇場でそうなったら困る。それくらいはわかるだろ?」
「はぁ」
曖昧な返事を返しながら私は頭を働かせ、それについて考えてみる。
私自身に例えて考えるとするならば、魔法=武器であると考えればいい。戦闘中に楼観剣が使えなくなってしまった場合、その結果は簡単に想像できた。私ならそれでもどうにかする自身はあるが、困る事には変わりない。
「確かに困りますね」
「だろ? だから魔法を使う時は常に一定以上の効果を得られるよう、精霊を騙すんだ」
「でも、それだと騙されない事もあるのでは?」
私からの二度目の質問に、魔理沙さんは一瞬だけ考えてから、私を指さす。魔理沙さん、行儀悪いですよ。
「いい指摘だ。だがな、精霊ってのは本能で生きてるからな。あんまり賢くないんだ」
「そういうものですか?」
「そういうもんだ。ほら、チルノとかも結構バカというか、単純だろ?」
言われて見ればそうかもしれない。チルノは氷精なので精霊とは少し違うような気もするけれど、私はその意見に妙に納得してしまう。
「まぁ、そんな訳で魔法使いってのは基本的に嘘吐きなのさ」
魔理沙さんはそう締めくくって縁側の私の隣に腰掛ける。
そして丁度その時、後ろから人が近づいてくる気配を感じた。どうやら霊夢さんがお茶を淹れて戻ってきたらしい。
「おまたせ。はい、妖夢」
「ありがとうございます」
「お茶受けはお煎餅しかないけど、いいわよね?」
「はい」
出して貰った物に文句を言う気はまったくない。私はそう思ったのだが、どうやら隣の人は違うようだ。
「ほら霊夢。さっさと私の分のお茶をよこせ」
「はいはい」
「お、なんだかんだ言ってもさすがは霊夢だな。でも、私は羊羹が食べたいぜ。あの棚の奥に隠してある」
「なんであんたがそれを知ってるのよっ」
私はお茶を啜りながらそんな2人のやり取りをぼぉっと見つめていた。
更に一言、二言、言い合ってから霊夢さんは魔理沙さんの隣へと腰掛けた。左から私、魔理沙さん、霊夢さん、そして魔理沙さんの後ろには先程霊夢さんが持ってきたお煎餅が置かれている。
「で、何の話をしてたの?」
「ん? あぁ、こいつにちょっと魔法をレクチャーしてやってたんだ。なぁ?」
「はい。ところで魔理沙さん、もう1つ聞いていいですか?」
「なんだ?」
霊夢さんがお煎餅を1枚手に取る。同時に魔理沙さんも振り返って手を伸ばすが、霊夢さんの手がそれを阻む。
そんな聞いているのかいないのかよくわからない魔理沙さんに向って、私は気にせず質問の言葉を続ける。
「魔理沙さんの魔法はどういうモノなんですか?」
「んあぁ。私のか・・・」
激しい攻防の末、霊夢さんが勝利したらしく、魔理沙さんはお煎餅を取るのを諦め、お茶をすすり始める。そして少し渋い顔をしてから盗み見るようにして横目で私を見ている。なんだか居心地が悪い。
「本当は企業秘密なんだが・・・」
「は、はぁ」
アリスさんやパチュリーさんの話はよくても自分の話はダメというのは少し奇妙な感じがする。いや、単にこの人の性格だというのは否定出来ないのだけれど。
「私の魔法は魅了する事だ。星も恋も、人を魅了するモノだからな」
「自覚はあったのね」
霊夢さんの茶々が入り、魔理沙さんが「おいおい、それはきっと誤解だぜ」といいながら霊夢さんへ振り返る。この2人は本当に仲がいいなと、私は改めて実感し、自然と笑みが零れてしまう。
「っと、悪い悪い。で、私の魔法の話だな」
「はい」
魔理沙さんがこちらを向き、説明が再開される。自分との会話を邪魔されたという気持ちはなく、ただ微笑ましい光景を見せてもらったという思いの私は魔理沙さんのニヤケ顔も別段気にも留めず説明の続きに耳を傾ける。
「だから私は魔力を魅了し、ある程度操る事が出来る。それが他人の魔力でもな」
「魔力を魅了、ですか?」
「あぁ。魔力そのものを操り、放出する。星型にすれば星弾になるし、照射し続ければレーザーになる。マスタースパークとかはその最たるものだな」
「じゃ、じゃあ他人の魔力っていうのは・・・」
「相手の魔力、というか魔法に『お前は私のだぜ』って嘘を吐くんだ。上手く騙せれば私はその魔法を自分のモノに出来る。ノンディクショナルレーザーとか、元々パチェの符だしな。マスタースパークだって元を正せば、っと、これ以上は企業秘密だぜ」
魔理沙さんはにんまりと笑顔を浮かべる。魔理沙さんの説明を自分なりに解釈すると、魔法とは嘘であり、魔法の対象とは嘘を吐く対象な訳で、それぞれナニに対して嘘を吐くかによって魔法の種類、魔理沙さんやアリスさん、パチュリーさんのような差が出ると言う訳だ。
「すごいですね」
「だろ?」
「はい」
「だから私は嘘を吐く、って訳だ」
「はぁ。相変わらずね」
霊夢さんが溜息を1つ吐いてからお茶を啜り、お煎餅に手を伸ばす。ふと魔理沙さんの手元を見てみると、いつの間に煎餅が1枚握られている。許してもらえたのか、もしくは奪ったのかはわからないが、霊夢さんが黙認しているという事実から前者の可能性が高そうだ。霊夢さん自体、本気で食べさせないつもりではなかっただろうし。
説明はそこで終わりだったらしく、その後は3人でお茶を啜り、お煎餅を齧りながら世間話に花を咲かせるというまったりとした時間を過ごした。
突然、魔理沙さんの視線が上へと向けられ、それにつられた私の視線も上――空へと向けられる。楽しい時間は短く感じるという事はとても正しく、いつの間にか日が沈み始め、空は赤く染まっていた。
「ごちそうさまだぜ。私はそろそろ帰るかな」
「あ、私も」
魔理沙さんの言葉を皮切りに、この場がお開きになる。
少し後ろ髪引かれながらも、白玉楼でお腹をすかせて待っているであろう、幽々子様を思い浮かべてそれを振り払う。同時に苦笑が漏れるのは仕方の無い事だ。
「じゃあな、霊夢」
「はいはい。今度はせめて何かもってきなさいよ」
「善処するよ。保証はしないけどな」
「では、霊夢さん。ごちそうさまでした」
「どういたしまして。幽々子によろしくね」
「はい。では」
縁側で霊夢さんと別れ、私と魔理沙さんはなんとなく博麗神社の鳥居までの距離を一緒に歩いて行く。別れて飛び立つ寸前、ふとお礼を言っていない事を思い出し、私は魔理沙さんの横顔に声をかけた。
「魔理沙さん」
「ん、何だ?」
「今日は本当にありがとうございました」
「どうしたしましてだぜ」
「本当にいろいろと勉強になりました。突拍子のない事ばかりでしたけど、とても為になりました」
「まぁ、そうだろうな」
苦笑を漏らしながら魔理沙さんが返事を返す。彼女の言うとおり、私のような素人には突拍子もなくて当然なのだろう。
「ホント、嘘みたいな話でした」
事実、私はそう感じていた。
魔法の基礎知識がまったくない私にとっては、全てが嘘のようであり、本当のようでもあった。判断材料がないので仕方がないのだけれど。
「意外と嘘かもな」
「へ?」
魔理沙さんの唐突な言葉に、私は呆気に取られてしまう。今までの尤もらしい説明の全てが嘘?
混乱する私がその言葉の意味を理解する間もなく、魔理沙さんは私に次の言葉をぶつけてくる。
「妖夢、この箒はなんで浮いてると思う?」
「それは魔理沙さんが箒に『飛べる』と嘘をついているからで・・・」
「じゃあ、お前はなんで飛べるんだ?」
そう言われて私は、あっ、と声を上げてしまう。私は魔法を使えなくても飛べる。そしてそれは幻想卿の人妖全てにも言える事で・・・。
「いや、でも魔法使いだけ特別なのかもしれないな」
「え? へ?」
「いやいや、でも私が嘘を吐いていないとも、言い切れないぜ?」
「あ、あの?」
にやにやと笑う彼女の表情に、私はやっと現状を理解する。どうやら私は魔理沙さんにからかわれているのだという事を。
どちらが真実でどちらが嘘か。いや、むしろどの嘘が嘘なのか、私はそれを彼女に問おうと声をかけようとしたのだが、
「じゃあ、またな」
「ちょ、まっ」
私が真実を問いただす間もなく、彼女は箒に跨って空へと消えてしまった。その速度はかなり速いもので、追いつけそうもない。
1人黄昏ながら、私は先程話題に出た2人の女性を思い出す。アリスさんにパチュリーさん。2人とも魔理沙さんに少なからず好意を抱いている事は気づいていたし、それ以外にも何人かの人妖が彼女に普通以上の好意を抱いている事も知っている。でも今、ようやくその理由が理解出来たような気がする。
彼女が消えていった迷いの森方面の空を見つめながら、私はふよふよと白玉楼の方へと向かい空を飛ぶ。その間中、私の頭の中はたった1人の人間によって占められていた。自称普通の魔法使いの癖に、ちっとも普通を感じない彼女によって。
私は彼女の言葉を思い出す。彼女の話を嘘でないと信じるとするならば、今の私は彼女の嘘に魅了された、つまり彼女の魔法にかかってしまった状態、と言う事になるのだろうか?
「・・・魔理沙さん」
その是非は判らないが、そんな私にも1つだけ判る事があった。
それは私もまた、魔理沙さんを取り巻く人妖たちと同じく彼女に惹かれる者の1人になったという事である。
「そう思うのなら境内の掃除くらい手伝いなさいよ」
「それはそれ、これはこれだぜ?」
私こと、魂魄妖夢が博麗神社の鳥居を潜ると、そこには2人分の人影と喧騒があった。
博麗霊夢と霧雨魔理沙。彼女たちの表情は対照的で、霊夢さんは呆れたような様子で境内を掃除をしており、魔理沙さんはそれを楽しそうに見ている。
「嘘つきは泥棒のはじまりっていうくらいだし、泥棒は基本的に嘘吐きなのかしら?」
「私は泥棒じゃないぜ。あれは天狗の陰謀だ」
「でも、嘘吐きなのは事実だから、そのうち泥棒よ」
「そんなの迷信にきまってるぜ」
「それはどうかしら? って、またお客さん?」
「どうも、こんにちは」
距離が後2歩いうところまで来て、ようやく霊夢さんが私の存在に気づく。私は挨拶と共に一礼した後、幽々子様の命により預かった手紙を懐から取り出し、彼女に向けて差し出した。
「我が主、西行寺幽々子様の命により、この書状を携えて参りました。どうかお納めください」
「相変わらず堅っ苦しいわね。どうにかならないの?」
「すいません。これでも一応、私は幽々子様の従者ですので」
従者らしく振舞う事。それが西行寺家に仕える魂魄家の在るべき姿。それを抜きに考えても――個人的な時間は別として――幽々子様の命を受けて動いている時はそうするのがケジメだと、私は思っている。
「はいはい。確かに受け取りました」
「ありがとうございます」
書状が霊夢さんの手に渡り、私は緊張を解く。命令を完遂した今、私は西行寺幽々子の従者ではなく、魂魄妖夢なのだ。
「で、霊夢。なんて書いてあるんだ?」
「五月蝿い、嘘吐き」
「おぉ、私は嘘吐きだぜ? 何せ魔法使いだからな」
「勝手に言ってなさい。とりあえず妖夢、その辺に座ってて」
「・・・?」
「お茶くらい淹れて上げるわよ」
「あ、どうも」
「私の分も忘れるなよ」
「欲しかったらお賽銭くらい入れていきなさい。ちなみに素敵なお賽銭箱はそこね」
霊夢さんが奥へと消え、魔理沙さんと私だけが残される。
縁側に腰掛け霊夢さんを待つ私と、箒を浮かせて座っている魔理沙さん。手持ちぶさだった私は、いつの間にか彼女へと視線を向けていた。
「ん、なんだ?」
「あ、いえ。ちょっと」
魔理沙さんに真っ直ぐ見詰められ、戸惑う。理由なく見詰めていた事を口にするのが気恥ずかしかった私は、取り繕うように言葉を口にした。
「その、先程の嘘吐きと言うのは?」
「あぁ。宴会の片付けをサボっただけだぜ」
なるほど、それはとてもこの人らしい。
が、私の質問が意図する所とは別の答え。苦し紛れに出た言葉とはいえ、気になっているのは事実。故に私は、言葉を継ぎ足して再度質問をぶつけた。
「いえ、そうではなく。何故魔法使いは嘘吐きなのですか?」
「なんだ、その事か」
魔理沙さんは詰まらなさそうに返事を返す。もしかして私は愚かな質問をしてしまったのだろうか?
「あれはだな。ん、あぁ、いやいや。話せば長いんだが、かまわないか?」
「へ? あ、はい。構いませんけど・・・」
一転、満面の笑みを浮かべる魔理沙さん。彼女の変化はとても奇妙なものだったのだが、それよりも疑問が先に立った私は話を聞く体制に入った。
本来の、というか少し前までの私は「斬ればわかる」という師の教えを忠実に守って生きていたのだが、それだけではダメだという事を過去数件の事件で学び、今では疑問があれば出来うる限りの努力を持ってそれを解こうと心がけているのだ。
「それにはまず、魔法ってモノを説明しなきゃならない」
「はい」
私は彼女の言葉を1つとして聞き漏らすまいと、真剣に耳を傾ける。誰かに教えを請うという行為自体、久しく無かった事で、少し新鮮に感じられた。師匠が出奔して以来かもしれないと考えながら、意味のない事ばかり教え、重要な事をほとんど話してくれない主人の顔が思い浮かぶ。
「魔法ってモノがどういうモノか、庭師は知らないよな?」
「はい。って、庭師はやめてください。妖夢です」
「どっちでもいいだろ? で、魔法ってのは平たく言えば嘘なんだ」
「それはどういう事ですか? それと、どうでもよくありません」
「やれやれ細かいヤツだぜ。それで、何故かと言うとだな」
呆れた、という感じで両手を広げて苦笑しながら、魔理沙さんは箒から飛び降りる。とりあえず庭師と呼ばれるのだけは回避しなくてはならない。何故なら、本来の私の役目は幽々子様の指南役なのだから。とはいえ、幽々子様に命じられているせいで専ら庭師の仕事しかしていないのだけれど。
「この箒、なんで浮いてるんだと思う?」
「・・・魔法をかけたから、じゃないですか?」
「そうだな。でも、それじゃあ70点だ」
微妙な得点をつけられ、リアクションに困った私は「はぁ、どうも」と我ながら間抜けで意味不明な言葉を返してしまう。すると魔理沙さんはにやっと意地悪い笑みを浮かべ、
「ちなみに1000点満点だぜ」
と答えた。
どうやら私の答えは全然見当違いだったらしい。
「・・・そうですか」
私は引きつった笑みを浮かべながらそう答えつつも、普通に100点満点で採点すればいいじゃないですか、と心の中で抗議しておく。
しかしそんな私の心境など構う事なく、魔理沙さんは説明を続ける。
「まぁ、魔法をかけたから飛ぶのは当たり前だ。で、その魔法って言うのがどういうモノかって話だ」
「あ、なるほど」
確かに論点が魔法とはなのだから、魔法がかかっている事が大前提なのは当たり前だ。そう考えれば私の答えがいかに見当違いだったかがよくわかる。
「それじゃあどうしてなんですか?」
「私が箒に『お前は飛べる!』って嘘を吐いたからさ」
そんな怪しい答えをさらりと言ってのける魔理沙さん。言っては何だが、それはとても胡散臭い。
「あ、疑ってるな?」
私の表情を読み取ったのか、魔理沙さんが腰に手をあて頬を膨らませる。どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。
「魔法ってのは基本的に嘘を吐く事なんだ。魔力ってモノに嘘をついて、術者の思うものであると思い込ませる事だと言い換えてもいい。例えば『お前は星だ』って騙せれば星型の魔力になる訳だ」
「・・・とても信じられません」
魔理沙さんは唇にあてた人差し指を左右に振り「ちっちっ」と口を鳴らした。その仕草と得意げな表情を見て、どうやら本気で機嫌を悪くさせた訳では無さそうだと、ほっとする。
「素人から見ればそうかもしれないが、実際の例を知ればわかるはずだぜ」
「例えばどんな?」
「そうだな・・・」
魔理沙さんは両腕を組んで「うーん」と唸りながら悩み始める。そしてすぐに何かに思いあったのか、左手の掌を右手の握りこぶしで、ぽんっ、と叩いた。仕草が一々ワザとらしいが、故にとても反応が判り易い。
「アリスは知ってるだろ?」
「はい」
アリス、と言うのは魔理沙さんと同じく、迷いの森に住む魔法使い(魔理沙さんの様な職業魔法使いでなく、種としての本物である)で、本名は確かアリス・マーガトロイド。長い名前なのでうろ覚えだが、確かそんな名前だったと思う。
「あいつの人形、アレも嘘で動いてるんだぜ?」
「えぇ!?」
思わず大きな声が出てしまった私は、口を両手の平で抑え、声を止める。彼女の人形たちはまるで生きているかのように動き、主人の命令をこなす。あれが嘘で出来ているといわれても、俄かに信じられるものではない。
「やっぱり信じられないって顔だな」
「当然です」
そう言って私は目で説明の続きを促す。魔理沙さんは「やれやれ」と楽しそうに呟きながらも説明を続けてくれた。
「あれはな、人形に『お前は生きているんだ』って嘘を吐いて信じ込ませてるんだ。それを信じた人形がまるで生きているかのように動く、って訳だ。まぁ、正確に言うと人形に込められた魔力に嘘を吐いて、人形が生きているように振舞わせているんだけどな」
確かにそう言われればそうなのかもしれない、と思えるほどには魔理沙さんは自信満々に説明を続ける。心なしか、態度が段々大きくなってきている気さえする。
「他には、そうだな。毛色が違うとこだとパチェとかも似たようなもんだ。あいつは魔女だけどな」
パチェ、とは紅魔館に住んでいるという魔女、パチュリー・ノーレッジの事だ。何度か宴会で顔を合わせただけなので彼女がどんな人――正確には彼女も人ではなく魔女という種族――なのかはよく知らないが、魔理沙さんは彼女と仲がいいらしい。
「あいつは精霊魔法を使うんだけどな。精霊を騙して協力させる。つまり、精霊に嘘を吐く訳だ」
「えっと、協力して貰うのに、何故騙すんですか?」
「おぉ、いいところに気づいたな」
私の質問に、魔理沙さんは嬉しそうに答えてくれる。どうやら今回は見当はずれの言葉ではなかったようだ。
「精霊ってのは気まぐれだ。だからまず魔方陣や詠唱、時にはその両方を使って精霊を誘き出す。で、対価――判りやすく言うと餌だ――として魔力を与えて、力を借りる訳だ。
で、お前が言ったように普通に協力して貰おうと思った場合、気まぐれな精霊は力を貸してくれないかもしれない。土壇場でそうなったら困る。それくらいはわかるだろ?」
「はぁ」
曖昧な返事を返しながら私は頭を働かせ、それについて考えてみる。
私自身に例えて考えるとするならば、魔法=武器であると考えればいい。戦闘中に楼観剣が使えなくなってしまった場合、その結果は簡単に想像できた。私ならそれでもどうにかする自身はあるが、困る事には変わりない。
「確かに困りますね」
「だろ? だから魔法を使う時は常に一定以上の効果を得られるよう、精霊を騙すんだ」
「でも、それだと騙されない事もあるのでは?」
私からの二度目の質問に、魔理沙さんは一瞬だけ考えてから、私を指さす。魔理沙さん、行儀悪いですよ。
「いい指摘だ。だがな、精霊ってのは本能で生きてるからな。あんまり賢くないんだ」
「そういうものですか?」
「そういうもんだ。ほら、チルノとかも結構バカというか、単純だろ?」
言われて見ればそうかもしれない。チルノは氷精なので精霊とは少し違うような気もするけれど、私はその意見に妙に納得してしまう。
「まぁ、そんな訳で魔法使いってのは基本的に嘘吐きなのさ」
魔理沙さんはそう締めくくって縁側の私の隣に腰掛ける。
そして丁度その時、後ろから人が近づいてくる気配を感じた。どうやら霊夢さんがお茶を淹れて戻ってきたらしい。
「おまたせ。はい、妖夢」
「ありがとうございます」
「お茶受けはお煎餅しかないけど、いいわよね?」
「はい」
出して貰った物に文句を言う気はまったくない。私はそう思ったのだが、どうやら隣の人は違うようだ。
「ほら霊夢。さっさと私の分のお茶をよこせ」
「はいはい」
「お、なんだかんだ言ってもさすがは霊夢だな。でも、私は羊羹が食べたいぜ。あの棚の奥に隠してある」
「なんであんたがそれを知ってるのよっ」
私はお茶を啜りながらそんな2人のやり取りをぼぉっと見つめていた。
更に一言、二言、言い合ってから霊夢さんは魔理沙さんの隣へと腰掛けた。左から私、魔理沙さん、霊夢さん、そして魔理沙さんの後ろには先程霊夢さんが持ってきたお煎餅が置かれている。
「で、何の話をしてたの?」
「ん? あぁ、こいつにちょっと魔法をレクチャーしてやってたんだ。なぁ?」
「はい。ところで魔理沙さん、もう1つ聞いていいですか?」
「なんだ?」
霊夢さんがお煎餅を1枚手に取る。同時に魔理沙さんも振り返って手を伸ばすが、霊夢さんの手がそれを阻む。
そんな聞いているのかいないのかよくわからない魔理沙さんに向って、私は気にせず質問の言葉を続ける。
「魔理沙さんの魔法はどういうモノなんですか?」
「んあぁ。私のか・・・」
激しい攻防の末、霊夢さんが勝利したらしく、魔理沙さんはお煎餅を取るのを諦め、お茶をすすり始める。そして少し渋い顔をしてから盗み見るようにして横目で私を見ている。なんだか居心地が悪い。
「本当は企業秘密なんだが・・・」
「は、はぁ」
アリスさんやパチュリーさんの話はよくても自分の話はダメというのは少し奇妙な感じがする。いや、単にこの人の性格だというのは否定出来ないのだけれど。
「私の魔法は魅了する事だ。星も恋も、人を魅了するモノだからな」
「自覚はあったのね」
霊夢さんの茶々が入り、魔理沙さんが「おいおい、それはきっと誤解だぜ」といいながら霊夢さんへ振り返る。この2人は本当に仲がいいなと、私は改めて実感し、自然と笑みが零れてしまう。
「っと、悪い悪い。で、私の魔法の話だな」
「はい」
魔理沙さんがこちらを向き、説明が再開される。自分との会話を邪魔されたという気持ちはなく、ただ微笑ましい光景を見せてもらったという思いの私は魔理沙さんのニヤケ顔も別段気にも留めず説明の続きに耳を傾ける。
「だから私は魔力を魅了し、ある程度操る事が出来る。それが他人の魔力でもな」
「魔力を魅了、ですか?」
「あぁ。魔力そのものを操り、放出する。星型にすれば星弾になるし、照射し続ければレーザーになる。マスタースパークとかはその最たるものだな」
「じゃ、じゃあ他人の魔力っていうのは・・・」
「相手の魔力、というか魔法に『お前は私のだぜ』って嘘を吐くんだ。上手く騙せれば私はその魔法を自分のモノに出来る。ノンディクショナルレーザーとか、元々パチェの符だしな。マスタースパークだって元を正せば、っと、これ以上は企業秘密だぜ」
魔理沙さんはにんまりと笑顔を浮かべる。魔理沙さんの説明を自分なりに解釈すると、魔法とは嘘であり、魔法の対象とは嘘を吐く対象な訳で、それぞれナニに対して嘘を吐くかによって魔法の種類、魔理沙さんやアリスさん、パチュリーさんのような差が出ると言う訳だ。
「すごいですね」
「だろ?」
「はい」
「だから私は嘘を吐く、って訳だ」
「はぁ。相変わらずね」
霊夢さんが溜息を1つ吐いてからお茶を啜り、お煎餅に手を伸ばす。ふと魔理沙さんの手元を見てみると、いつの間に煎餅が1枚握られている。許してもらえたのか、もしくは奪ったのかはわからないが、霊夢さんが黙認しているという事実から前者の可能性が高そうだ。霊夢さん自体、本気で食べさせないつもりではなかっただろうし。
説明はそこで終わりだったらしく、その後は3人でお茶を啜り、お煎餅を齧りながら世間話に花を咲かせるというまったりとした時間を過ごした。
突然、魔理沙さんの視線が上へと向けられ、それにつられた私の視線も上――空へと向けられる。楽しい時間は短く感じるという事はとても正しく、いつの間にか日が沈み始め、空は赤く染まっていた。
「ごちそうさまだぜ。私はそろそろ帰るかな」
「あ、私も」
魔理沙さんの言葉を皮切りに、この場がお開きになる。
少し後ろ髪引かれながらも、白玉楼でお腹をすかせて待っているであろう、幽々子様を思い浮かべてそれを振り払う。同時に苦笑が漏れるのは仕方の無い事だ。
「じゃあな、霊夢」
「はいはい。今度はせめて何かもってきなさいよ」
「善処するよ。保証はしないけどな」
「では、霊夢さん。ごちそうさまでした」
「どういたしまして。幽々子によろしくね」
「はい。では」
縁側で霊夢さんと別れ、私と魔理沙さんはなんとなく博麗神社の鳥居までの距離を一緒に歩いて行く。別れて飛び立つ寸前、ふとお礼を言っていない事を思い出し、私は魔理沙さんの横顔に声をかけた。
「魔理沙さん」
「ん、何だ?」
「今日は本当にありがとうございました」
「どうしたしましてだぜ」
「本当にいろいろと勉強になりました。突拍子のない事ばかりでしたけど、とても為になりました」
「まぁ、そうだろうな」
苦笑を漏らしながら魔理沙さんが返事を返す。彼女の言うとおり、私のような素人には突拍子もなくて当然なのだろう。
「ホント、嘘みたいな話でした」
事実、私はそう感じていた。
魔法の基礎知識がまったくない私にとっては、全てが嘘のようであり、本当のようでもあった。判断材料がないので仕方がないのだけれど。
「意外と嘘かもな」
「へ?」
魔理沙さんの唐突な言葉に、私は呆気に取られてしまう。今までの尤もらしい説明の全てが嘘?
混乱する私がその言葉の意味を理解する間もなく、魔理沙さんは私に次の言葉をぶつけてくる。
「妖夢、この箒はなんで浮いてると思う?」
「それは魔理沙さんが箒に『飛べる』と嘘をついているからで・・・」
「じゃあ、お前はなんで飛べるんだ?」
そう言われて私は、あっ、と声を上げてしまう。私は魔法を使えなくても飛べる。そしてそれは幻想卿の人妖全てにも言える事で・・・。
「いや、でも魔法使いだけ特別なのかもしれないな」
「え? へ?」
「いやいや、でも私が嘘を吐いていないとも、言い切れないぜ?」
「あ、あの?」
にやにやと笑う彼女の表情に、私はやっと現状を理解する。どうやら私は魔理沙さんにからかわれているのだという事を。
どちらが真実でどちらが嘘か。いや、むしろどの嘘が嘘なのか、私はそれを彼女に問おうと声をかけようとしたのだが、
「じゃあ、またな」
「ちょ、まっ」
私が真実を問いただす間もなく、彼女は箒に跨って空へと消えてしまった。その速度はかなり速いもので、追いつけそうもない。
1人黄昏ながら、私は先程話題に出た2人の女性を思い出す。アリスさんにパチュリーさん。2人とも魔理沙さんに少なからず好意を抱いている事は気づいていたし、それ以外にも何人かの人妖が彼女に普通以上の好意を抱いている事も知っている。でも今、ようやくその理由が理解出来たような気がする。
彼女が消えていった迷いの森方面の空を見つめながら、私はふよふよと白玉楼の方へと向かい空を飛ぶ。その間中、私の頭の中はたった1人の人間によって占められていた。自称普通の魔法使いの癖に、ちっとも普通を感じない彼女によって。
私は彼女の言葉を思い出す。彼女の話を嘘でないと信じるとするならば、今の私は彼女の嘘に魅了された、つまり彼女の魔法にかかってしまった状態、と言う事になるのだろうか?
「・・・魔理沙さん」
その是非は判らないが、そんな私にも1つだけ判る事があった。
それは私もまた、魔理沙さんを取り巻く人妖たちと同じく彼女に惹かれる者の1人になったという事である。
真実は受け取った本人の中にこそあるものなのかも知れない。