「ふーんふーんふふーん」
「シャンハーイ?」
「どうしたの?…ん、私がうれしそうにしてるって?」
「ホラーイ!」
「そうかしら。…そうよね。そう見えるよね」
汚れ一つなく綺麗に装飾された部屋。赤と緑の布を織り交ぜて作ったテーブルクロスや淡い灯を放つキャンドル台。棚には魔力を使って光るライトを巻きつけたミニツリーが飾られている。
テーブルの上には見ただけでお腹がなりそうなほどよくできた料理の数々。出来て間もないそれらはその存在を主張するかのようにゆらゆらと湯気をあげている。その中心には見事に焼けたターキーがずっしりと鎮座していた。
今からパーティーでも開くのかと聞かれればイエスと答えるところだ。しかし「パーティー」という言葉の意味から考えればそこはノーと答えるべきであろう。
テーブルには料理が所狭しと並べられている様に見える。しかしそのテーブル自体が二人がけの小さめなテーブルであることを考慮に入れなければならない。椅子も二つだし、お皿もグラスも、ナイフもフォークも、お箸だってそれぞれ2つしか置いていない。これではパーティーを開くというには少し足りないものがある。では何のためにこのような料理と装飾を施しているのか。それは…。
「だって霊夢と過ごす初めてのクリスマスなのよ?うれしくないはずがないわ!」
霊夢と結ばれてから迎える初めてのクリスマスだから。
私たちが付き合いだしたのが大体半年前の梅雨真っ盛りの時期だ。じめじめとした湿度の日に二人で買出しに出て、雨に降られて雨宿りできる場所を探し大木の下に逃げ込んで。雨の音以外何も聞こえない静かな森の中、お互い服が透けるくらいびしょびしょに濡れながら。震えそうな寒さをごまかすように二人寄り添って…胸に抱いた想いを隠し通すことができず、気づいたらお互いに手を取って同時に好きだと叫んでいた。あの時、実は緊張で声が裏返っていたのだが、霊夢も同じく声が裏返っていたから気づかれてはいないはず。きっとそう。でなければ都会派を自負する私にとっては恥ずかしいだけだ。
それから二人そろって風邪を引いたり、子供みたいに手をつないで歩いたり、宴会の準備を一緒にしたり、弾幕ごっこで喧嘩をしたり…と実に色々なことをした。右手の指の付け根を見るとそこには小さな爪あとが見て取れる。これは一昨日のこと、霊夢と初めて恋人繋ぎをしたとき緊張した霊夢が力加減を間違ってつけてしまったものだ。あの時の霊夢は傑作だった。まるで死にそうな顔で土下座を繰り返してきたのだから。でも私にとってはそんな傷とも取れるものでさえ愛おしい対象でしかなく、土下座などされずとも怒る気はなかったが。…最も、必死に土下座する霊夢があまりにも面白かったものだからしばらく許さないふりをしたのはいい思い出だ。
そのような感じで付き合っており、まだキスやそれ以上のことはしていないが私は腐り落ちるくらいに甘く幸せな時間を手に入れた。そうして迎えるクリスマス。うれしくないはずがない。むしろうれしくならない理由がどこにあろうか!
「霊夢喜んでくれるかな…」
「シャンハーイ!」
「そうよね、喜んでくれるよね」
「ホラーイ!」
「うん!…あ、でも喜ばなくっても爆発はしちゃだめよ?」
「オーエドー…」
よし、ケーキの盛り付けもいい感じ。あとは魔法で冷蔵空間を作り出してその中で冷やせばいい。料理も大丈夫だろう。さっきここを訪れた魔理沙に(友人皆にプレゼントを配って回るとか言ってたっけ)味見をしてもらったが「いつにもまして気合入ってんなぁ。これなら味にうるさい霊夢でも太鼓判押すと思うぜ!」と言ってくれた。
エプロンと三角巾、それと揚げ物の油などが付いてしまった服を解き、クリーニングしたてのいつものワンピースに腕を通す。髪を丁寧に梳いていつもよりちょっとフリルの多めなカチューシャをセットする。これで準備万端、いつでもいけるだろう。
「…ちょっと早すぎたかな」
時計を見るとちょうど短針が6の字を指している。少々早すぎたかもしれない。…ま、いいか。できれば出来立ての熱々を食べてもらいたかったけども仕方ない。不本意だけど保温魔法をかける。この魔法、便利だが少し効率の悪い魔法であった。熱量に干渉するから変に魔力を消費するしその場から離れると距離に比例して効果が薄くなる。それに意識が途絶えると同じく魔法も解けてしまうからである。しかし、この苦労もあなたにただ一言「おいしい」といってもうためだ。
「早く来ないかな…。でも、こんな気持ちで恋人を待つのも悪くはないかも」
「ゴリアテー!」
「うれしいのはわかるけど大きくはならないでね?」
「テー…」
窓の外を見るとはらはらと小雪が降りだしていた。
「シャンハーイ…」
「うん、霊夢遅いね」
「ホラーイ…」
「心配ないよ、霊夢ならちゃんと来てくれるはずだよ」
時計を見ると長針が12の方向を指していた。…ちなみに短針は7時を指している。あれから1時間、ずっとソファーに腰掛けて待ち人をひたすらに待っている。最初の30分くらいはよかったが、段々と時間の流れがゆっくりに感じ始めて、それから何度も時計を見てはため息を吐いての繰り返しを続けている。集中力が途切れ途切れになっているからか保温魔法が若干弱まっているようだ。
「こんなのじゃだめね。高が1時間くらいで何言ってるのアリス!」
「オーエドー…」
「ふふ、慰めてくれるの?ありがと。でもまだ来ないと決まった訳じゃないよね。もしかしたら準備に手間取ってるだけかもしれないよね」
「ソレハネーヨ」
「えっ?」
「ゴリアテー」
顔を落としてまたため息を吐く。心なしか時計の針の音がやけに大きく聞こえる。…それに混じって人形たちのきゃいきゃいと騒ぐ声とぼこぼこと何かが殴られる音が聞こえてくるような気もしないことはない。…だめだ。こんなのよくあることじゃないか。霊夢が家でご飯を食べるときはいつも大体7時半ぐらいだったからもしかしたらそれにあわせて来るだけかもしれない。何も来ないと決まったわけじゃない。それに何時に来てくれと言ったわけでもない。
「霊夢…来てくれるよね」
「ゴ、ゴリアテー!」
「うん、きっと来てくれる。…ところであなた何でそんなぼこぼこになってるの?」
「シャンハーイ!」
「ホラーイ!」
「オーエドー!」
そうだ。まだ1時間じゃないか。それくらい、まだあわてるような時間ではないだろう。霊夢はよく時間には遅れるけども約束は破らない人だ。絶対来てくれる。そしていつもみたいに「ごめんなさいアリス!待った?」って息を切らしてノックもせずに入ってくるはず。きっとそう。
「ヤクソクシタワケジャナイノニナー」
「えっ?」
「シャンハーイ!」
「ホラーイ!」
「オーエドー!」
「オルレアーン!」
「ゴリアテー!?」
…そう言えばまだこの子たち完全に自律してる訳じゃないのか。これどう見てももう自律してるようにしか見えないのだが…我ながら不思議なものだ。
少し大柄なゴリアテ人形に上海、蓬莱、大江戸、オルレアン、グランギニョルが馬乗りになってじゃれている。ゴリアテも嫌々と首を振りながらもどこかうれしそうにしている。人形だから表情は変わらないけど。
「ゴリアテー!!?」
「あんまり騒がしくしすぎちゃだめよ?お洋服が汚れてしまうから」
「シャンハーイ!」
「ゴリアッー!!」
「いつもながら元気ね。一体誰に似たのかな」
窓の外には雪がちらつき始めていた。
「……ーイ…ハーイ…」
「…ん…う…」
「シャンハーイ!」
「…え?」
人形に揺さぶられて目が覚める。どうやらいつの間にか寝てしまっていたようだだった。…寝違えたのか首が痛い。幸い涎はたらしていなかったが。もっとも都会派な私がそんなはしたないことをするわけがないが。
…しかしどれほど寝てしまったのか。おそらく30分くらいだろうか?確認のために時計に目を向けて…。
「…えっ」
絶句した。
「…うそ」
「ホラーイ…」
長針は6を指している。30分だ。それはいい…それが30分だけだったのならどれだけよかったことか。
だがしかし、短針に目をやるとそこには…。
「じゅう…」
つまり、現時時刻…10時30分。
「…」
「オーエドー…」
10時半、つまりあと1時間半で今日が終わる、そんな時間。里の人間たちなら飲んだくれ以外ほとんどが床についていてもおかしくはない。少なくとも、里の半獣や湖の妖精たちならもう寝ていることだろう。
部屋を振り返っても想い人の姿は見えず、テーブルに目を向けるとそこには保温魔法が解けて冬の寒さにすっかり冷たくなった料理があるだけだった。お皿に手を触れると陶器特有の冷たい感触が伝わってきて柄にもなく背筋を震わせてしまう。いつもきれいにしている分埃をかぶっているなんてことはないが、熱を失った食材たちはただ表面に油を固めさせ色をくすませているだけだった。人形たちが心配そうに見つめてくる。
「うん。大丈夫だよ」
「ゴ、ゴリアテー…」
ゴリアテがハンカチで目元を拭いてくれる。もしかして寝ている間に汚れでもついてしまったのかと鏡を見たらそこには光るものがあった。
それはまさしく涙そのもの。
「…泣いてる」
「オルレアーン!」
元気を出してとでも言うかのように目の前をふよふよと飛んでくれるオルレアンに少しだけ癒される。すると、ある種の感情がふつふつと腹のそこから湧き上がってくるのに気がついた。それは徐々に体を熱くしながら上昇を続け、ついには頭に到達する。
「れいむぅ…」
苦しそうとも取れるような、驚くくらいに恋焦がれた声が出る。それもそうだ。クリスマスという大事なイベントをほっとかされてこんな声出ないほうがおかしい。嗚咽を我慢して外を見る。さっきまでちらつく程度だった雪も、今はもう木々を白く染め上げていた。熱が顔に集まりだす。また目が潤んできて、握りこぶしをひとつ。おろおろする人形たちを尻目に大きく息を吸い込んで…一言。
「霊夢のばかぁぁぁ!!!!」
たぶん、霧雨邸や香霖堂くらいになら届いていたんじゃないだろうか。それくらいお腹の底から声を絞り出した。その一言でとりあえず頭の中を空っぽにする。そんな頭が次に充填した感情は…。
「…逢いたいよ…霊夢」
まぁこれしかないだろう。頭にあなたの顔を浮かべる。面倒そうな、しかしながらどこか優しさを湛えたその笑顔が過ぎっては消えていく。なら答えはもう出たはずだ。
「シャンハーイ!」
「ええ、行って来るわ!後お願い!」
「ホラーイ!」
「オルレアーン!」
「ツイテイクノハヤメトキナ。イマノアリスニフレタラヤケドスルゼ?」
「オ、オーエドー…?」
「ゴリアテー」
静かだ。風ひとつなく、穏やかに降り積もる雪は眺めているとまるでしんしんと音が聞こえてきそう。だが、そんな雪でも高速で飛んでいれば吹雪の中を飛んでいるのとそう変わらない。さっきから雪が顔面に当たって痛い。耳はもうほとんど感覚がなくなっていて、触るとただ凍るような冷たさが伝わってくるだけだ。早くもまともな防寒着をつけずに飛び出したこと後悔し始めていた。せっかくクリーニングした服も雪が解けて染み込んで重く萎びてしまっている。最も、今の私にとってはそのようなことはすべて瑣末事でしかないが。凍えそうな体も今は「霊夢に逢いたい」という衝動を素にして熱を生産し続けている。
「…くぅぅっ…でもやっぱり寒いぃ…霊夢の馬鹿…」
しかしやはり寒いものは寒い。ここ幻想郷で過ごしてわかったが私はどうやら暑さには強いようだが寒さにはめっぽう弱いようだ。低体温だからだろうか?雪が首筋に触れるだけで歯がカチカチとなりそうになる。しかし都会派としてはそのようなことで情けなく歯をならすのは恥ずかしいもので、何とか抑えようと頭に恋人のことを思い浮かべる。そういえばあなたも寒さには弱かったか。あのような腋を露出させた巫女服なんか着てるのだから当たり前か…。
…駄目だ、逆効果だ。確かに寒さはごまかせるから歯はならないが、これではあなたに逢えない寒さに震えそうになってしまうではないか。右手の指の付け根を見る。凍えに赤くなったそれからは爪あとを見つけることはできない。
「…ぐす…」
スピードのギアをもう1段階上にシフトする。何、どうせ神社に着くころには寒さで顔全体が真っ赤になっていて泣き跡なんて見られないだろうし気にするものか。
あ、でも神社に着く前に鼻だけはかんでおかなければならない。鼻声なままではさすがに不味い。
「…ん?」
ふと額に雪とは違う液体が付着した。一瞬だけ暖かさを残したそれは急速に冷えて雪と変わらないものに変化する。…恐らく自分の涙が首を振った際に飛び散ったものだろう。目から流れるものが額に付くとは我ながら器用なものだ。人形師とはこんなところまで器用なのだろうか?
そんなくだらない話を頭の片隅で描いていると、段々と雪の積もり始めている神社の鳥居が見えてきた。やっとあなたに逢うことができる。逢ったら文句の十や二十は覚悟してもらおう。それくらい言わないとこっちの気もすまないというものだ。とにかく、今私がするべきことは…鼻かもう。
「霊夢ー!居るんでしょー?」
襖の外から呼びかける。ちなみにさっきしっかりと処理してきたので私の今の声は一切濁ってなどいないクリアな声だ。しかしいくら待っても返事は一向に返っては来ない。ただただ薄くあいた襖の隙間から光が漏れ出しているだけである。まさかもう眠っているのかと嫌な予感が脳内を掠める。咲夜から譲って貰った手のひらサイズのアンティーククロックを見るとその長針は2を、短針は11を指している。つまりは11時5分。健康に気を使う霊夢ならもう寝ていてもおかしくはない。きょろきょろとあたりを見回すと庭先の木には電飾が巻きつけられていて、赤や緑、オレンジなどの色が淡く輝いていた。
「…クリスマスツリー?」
なんと言うか、純和風の神社の庭にクリスマスツリーがポツンと鎮座しているのは何かシュールなものを感じる。しかしまぁ、本物の雪のデコレーションも相まってなかなかに綺麗なツリーだ。…電飾なのに雪に晒してもいいんだろうか?
とにかく、電気が付いているならまだ起きている可能性もある。…とにかく入ろう。入ったら起きてようが寝てようが開口一番に「霊夢のばか!!」と叫ぼう。叫ぶべきだ。
襖に手を掛け息を吸う。そのまま一気に開け放ち…
「霊夢のばかぁぁ…ぁー?」
そこには予想外な光景が広がっていた。視界が急にフリーズを起こしたかのような錯覚にとらわれて、目を何度も開閉させる。しかし脳内回路にうまく視界からの情報が入ってこない。とりあえず、絶句することにした。
「えーっと?」
落ち着け、まずは落ち着くことが必要だ。精神を落ち着かせようと深呼吸を3回繰り返したところで、徐々にではあるが視覚回路が復旧してきた。
まず、壁一面に掛けられたテープペナント。赤や緑の色紙を器用に何枚もつなぎ合わせたのだろう、なかなかな長さがあり、この部屋全体を覆っている。
次に柱に吊るされた大きなクリスマスリース。綺麗な円形を描くその葉にはかわいらしいベルや赤いリボンが付けられている。
そして、テーブルには見事な出来の和食料理。私でもまだそれ程上手く作れない和食をこんなにもバラエティに富ませて、見た目も完璧に作りこんでいる。冷めているにもかかわらず、いい香りが鼻腔をくすぐってくる。…お腹が鳴ってしまった。
「これはどうも…。…ん?」
台所の奥になにやら白いものが見える。不思議に思い勝手ながら見させてもらうと、それはどこからどう見ようとまさしく…。
「クリスマスケーキ…?」
所々クリームにむらができており、トッピングのイチゴなどは傾いているし、机にまでクリームが飛び散っている。だが苦労しながらも頑張って作っているあなたの姿が容易に想像できる。それに、やはり料理の才能があるのだろう、初めて作ったにしては上手くできているではないか。
…さて、ここまでの情報で、私はひとつの仮説にたどり着いた。最も、確信に最も近い仮説ではあるが。
「もしかして…クリスマスパーティーでも開こうと?」
少し前、霊夢と付き合うことになったと咲夜に漏らしたとき、彼女は「あなたたち似たもの同士だし、きっと上手く行くわよ」と言っていたのを覚えている。
はっとなって部屋に戻りテーブルの両サイドを確認するとそこには座布団が二つ。テーブルの上をもう一度見渡すと、やはりそこにはお皿と湯のみとお箸が二つずつ置いてあった。
…成程、これは何が何でも…
「上手く行き過ぎでしょう…咲夜…」
仮説はあっさりと確信に変わった。つまり、あなたも同じことを考えていた訳だ。部屋を飾りつけ、料理を作り、ケーキも作って。それでずっと私を待っていた訳だ。約束はしていないが恋人なのだからクリスマスは来るだろうと同じことを考えながら。…ワクワクしながら料理を作って私を待つあなたを余裕で脳裏に投影することができる。
…どうりで何時まで待っても来ない訳だ。お互いに待っている限り何時間待とうが何度呼ぼうが来ないものは来ないというのに…。
「…あ、ということは霊夢も…?」
まさか私と同じでクリスマスを蹴られたと勘違いして逢いたくなって神社を飛び出した…?
「そういえばさっきのはまさか…」
さっき液体が付着した額を撫でる。冷静に考えれば飛行中に首を振ったところで額に涙が付くものだろうか。左右に流れていくだけではなかろうか。だとするとあれは一体何だったのか。
もし、仮に霊夢が同じ時間に神社を飛び出していたとしたら?
もし、全く同じルートで飛んでいたとしたら?
もし、すれ違ったときに私よりも上を飛んでいたら?
もし、同時に同じことを考えていたとしたら?つまり相手に、恋人に、逢いたくてしょうがないと考えていたら。
「…行かなくちゃ」
体に纏わり付いた雪は室内の温度ですっかり解けてしまい、まるで雨に降られたかのようは酷い有様だ。衣服としての役目を半分放棄しており下着が透けて見えるほどに水分を含んでいる。髪の毛は水が滴っていてカチューシャもほとんどずり落ちている。こんなことならフリル少なめなものを着ければよかったか。しかし、そのようなことはすべて瑣末事だ。今は、一刻も早くあなたに逢いたいという願望だけが私の動力炉に火を入れているだけだった。
滴る水分を絞ろうともせずに空に舞い上がる。何、絞ったって結局また濡れるのだ。変わらないだろう。仮に風邪を引いたって恋人に甘えるチャンスができるだけではないか。何も問題など存在しない。ありったけの魔力を生成しスピードを上げる。早くあなたに逢うために。またすれ違ったりする可能性だって十分に考えられるだろう。しかし、今度は上手く巡り逢えるだろうと確信していた。
…やっぱり寒いものは寒い。一回雪が解けた分行きにも増して寒い。いつもならば隣にはあなたが居てくれて、冷えるねと言えば手を握ってくれて寒いねと言えば体を寄り添わしてくれた。お互い同じことを考えていたとは言えやはりこういうときに一緒に居てもらえなければなかなかに寂しいものである。…向こうも同じことを考えているのであろうか?だとしたらうれしい。うれしいと同時に早く行ってあげたくなる。今は一刻も早く、あなたの元へ。なんというのか…漠然とした予感だが、私はもうすぐあなたと巡り逢えるのではないかと感じていた。そしてそれは現実のものとなる。
「…あっ」
地平線まで真っ白な世界の中に、ポツンと紅白色の物体が浮いている。近づくにつれてそれの輪郭ははっきりと形を成して行き、それが私の追い求めて止まなかった彼女だと確認する。向こうもこちらに気が付いたのかその持てる速さのすべてを出し切らん限りの速度で迫ってくる。その目はいろいろなものでキラキラと輝いているようであった。こちらのスピードも自然と上昇してくる。お腹に息を限界まで溜め込み相手との相対距離を調節しながら一気に距離を詰め、ぶつかるかどうかの瀬戸際で急ブレーキをかける。そのままお腹の中の全てを吐き出すほどの勢いで叫んだ。
「霊夢の…っ」
「アリスの…っ」
『ばかあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!』
もし冬の妖怪が近くにいたらその二重の轟音に腰を抜かせていたことであろう。それくらいお腹の底から声を吐き出した。しかしそれは向こうも同じだったらしく、互いの耳にはあまり届かなかったようであるが。さっきまでかなりスピードを飛ばしていたせいもあり、ぜぇぜぇと肩を怒らせながら息を吐き出す。どれくらいそうしていたであろうか。いつの間にか雪は止んでいた。どうやら私のほうが早く息が整ってきたようなので先手を打たせてもらおう。
「どういうことよ霊夢!私ずっと待ってたのよ!?」
それは向こうも同じだろうと理解はしている。しかし、それだけではこれは収まらないというものだ。ランナーズハイに似た高揚感の中まくし立てるように文句を吐いていく。
「6時にはもうご飯もケーキもできていたのに!霊夢があまりにも遅いから!」
「そ、そんなのこっちの台詞よ!」
霊夢のほうも息が整ってきたようで、反撃もとい文句を言い返し始める。
「私だってねぇ!あんたのためを思って朝っぱらから買出しに言ってそのままの勢いで割烹着着ていつもの数十倍気合入れて和食を作ったってのにあんたの家行ったら!!」
霊夢の割烹着姿か。…成程似合いそうだ。今度はぜひとも目の前で…ではない。全く、溜まった乳酸が悪い考えでも引き起こしているのではなかろうか。
「私だってそうよ!ずっと前から下準備して、お母さんに無理言って七面鳥まで取り寄せてもらってケーキだって作ったのに!」
「私だって作ったわよケーキぐらい!」
「あんな不恰好なケーキを?」
「なぁ!?あんた見たのね!」
「お互い様でしょう!」
話は二転三転し段々と悪い方向にエスカレートしているような気がしてきた。お互いに相手の考えも想いも分かっているのだろうがとめることができないのだ。そこはやんごとなき乙女心というもの。初めてのクリスマスなのだ。やはりこんなときくらい自分で恋人をもてなしたいもの。しかしお互いにそう考えていて、まるで口裏でも合わせたかのように揃いに揃った行動を取って、結局時間を無駄にして。自分が悪い訳でも相手が悪い訳でもないから余計に腹が立つというものなのだ。
「部屋のクリスマスの飾りつけだって頑張ったのに!」
「私だって少しでも雰囲気出そうとしてにとりに頼んで電飾まで借りてきたのに!」
「神社にツリーなんて似合わないわよ!」
「言われずともわかってるわよ!」
いつの間にか話題が摩り替わっていた。恐らく、お互いにそのことにはもう気づいているだろう。しかしながらオーバーロードしている私たちの頭ではそれを修正する能力はもうほとんどない。ただぎゃーぎゃーと言うことしかできない。
「分かってるのならやらなきゃいいじゃない!」
「だってアリスに喜んでほしかったんだもん!!」
「そんなの私だってそうよ!霊夢に喜んでもらおうと思って!!」
「だってねぇ…!」
「なんて言ってもね…!」
そこから先はもう衝動に近かった。半ばやけになってしまい気づいたら大声で叫んでいた。
「好きなんだから!!」
「好きなんだもん!!」
周りに漂う空気が急に正常値に戻る。言葉の意味を理解してお互いに無言になる。ややあって、また空気が加熱していく。もちろん私の体温が上がっていっているだけであろうが。あなたもそれは同じようで髪の毛の間からはみ出た耳まで真っ赤に染まっていた。指摘してもどうせ寒いからの一言で済ませられるんだろうな。もちろん私もそうするだろうが。目線を上げるとちょうどあなたと目が合う。お互いに、もう耐えることができなかった。どちらからなんて関係なくひしと抱き合って腰に手を回す。
「霊夢のばかばか」
「アリスだってばかよ」
「本気でもう来ないかと思った」
「私もアリスがクリスマスに来てくれないんだって思った」
「ほんとは逢いたくて堪らなかったよ」
「私もアリスに逢いたくて堪らなかった」
額に冷たい何かが舞い降りてきた。上を向くとまた雪が降り始めたようだ。しんしんと降り注ぐ雪。寒くはあったけど、温かかった。
でも、やっぱり寒いから言うことにした。
「冷えるね」
「うん」
すると自然と手を握ってくれる。子供のような繋ぎ方ではなく、恋人つなぎで。今度は力加減を間違えるなんてことはなかった。
「寒いね」
「うん」
するとまた自然な動きで体を寄せてくれた。頭に頬を傾けると肩に頬を傾けてくれる。
大丈夫だ。もう寒くはない。寄り添った体からは二人分の暖かさが溢れているから。繋ぎあった手からは、漏れることのない温かさが篭っているから。
「咲夜が言ってたの。私たちは似たもの同士だからうまくいくでしょうって」
「…うまく行き過ぎでしょう」
帰り道。結局神社に帰ることにした私たちはさっきと体制を変えないままふらふらと飛んでいた。さっきから雪が変なとこに入るたびに「ひっ」と情けない声をお互い上げている。
「でも霊夢がもう少し私と違っていてくれたらなぁ」
「…なんでよぉ」
「そしたら飛び出す前にマフラーくらいは巻いてくれるかと思ったんだけどね」
「…次からは善処するわ」
…次があったら困るのだけれども。思い出したかのように時計を取り出し時刻を確認する。短針は11と12の間、長針は7を指していた。今日はまだ25分ある。とりあえず神社に着いたら服を借りよう。いくら妖怪とはいえ何時までも濡れた服を着ていては風邪を引いてしまうだろう。霊夢は…どうせ食事が終わるまで入らないつもりだろう。今から入浴していては12時を超えてしまうからだ。26日になってしまってはそれはただの平日にしかならない。だから帰ったらまずは倫敦人形を飛ばしてお風呂の準備をしなければ。それから仏蘭西人形を先に先行させて部屋を暖めておいてもらうことにしよう。そして食事のときは私が絶えず寄り添って冷えないようにしてあげるんだ。
「アリス。どうせあんた食べてから風呂に入るでしょう?」
「え?うん。霊夢もでしょ?」
「でもいくら妖怪とは言え風邪を引きかねないわ。だから食事中は私が寄り添ってあげる」
良くも悪くも…やはりうまく行くものだな。似たもの同士というのは。
「…でこれは何?」
「これはまた驚いたわね…」
家について、体の余分な水分を拭い取ってから借りた冬用筒袖に腕を通して。いざ食事をしようと居間に入ったら、そこには私が数時間前に見たものが鎮座していた。
「これってあれよね。七面鳥ってやつよね」
「え…何で?」
まずなぜこのようなところにターキーが置いてあるのか分からないが、その上そのターキーからは白い湯気がゆらゆらと立ち上っていて、まるで出来立て、もしくはそれに保温魔法をかけたときのような状態になっていた。仮にこれが我が家においてあった鳥だったとしても、なぜ湯気が出ているのだろうか。確か私が眠ってしまった際に解除されて冷たくなっていたはずである。それがなぜ…。近くで待機していた人形たちに視線を向けるとどこかニコニコとしているようだった。…人形だから分かり辛いが。
「二人とも、何があったの?」
「ロンドーン!」
「フラーン!」
「何て?」
「…サンタさんたちからのお届けものだって」
一体この子達は何を言っているのか?サンタさん?ソリに積んでトナカイを使って持ってきたのでも言うのか。…まさか。
「アリス!時間時間!」
「え?…あ、もう15分しかない!」
いつの間にかテーブルの両サイドから両隣の位置に移動していた座布団に腰掛ける。すると間髪いれずにあなたも寄り添ってきてくれる。お粗末だけど、とクラッカーを渡されて…パーンと一発、お互いカラーテープに降られながらあなたは一言。
「メリークリスマス、アリス」
屈託のない、どこまでも魅力的な笑顔だった。
「…うん!メリー…」
「あ、ああ!アリス!」
「え、いきなりどうしたの?」
「私としたことが…プレゼントを忘れていたわ!」
なんだそんなことか。私はプレゼントなどなくともあなたと一緒に特別な時間を過ごせたらそれでいいというのに律儀なことだ。そこのあたりは形式を重んじる人間の性かもしれない。そのようなところも好きなのだけれど。
…ああ、いいことを思いついた。ちらと顔を盗み見るとあなたは「ああやってしまった」といった表情をしている。どうやらこういう考えに至っては私のほうが長けているのだろう。
「気にしないで霊夢」
「でも…」
「じゃあこうしましょ?私からもプレゼントを上げるから霊夢からもプレゼントを頂戴?」
「…んん?私が用意できなきゃ本末転倒でしょう。まぁ、アリスが納得できるもので私が用意できるものなら何でもいいけど」
「じゃあ目を瞑って」
「…サプライズ?」
ごく近い距離で瞳を閉じるあなたを見て、睫長いなとか素直なあなたもかわいいなとか色々な考えが頭をよぎる。どれもこれも愛おしい感情。それら全てを乗せて私は初めてのクリスマスプレゼントを贈り、初めてのクリスマスプレゼントを貰い受けた。
悔しいけど、自信作のローストターキーなんかが霞むくらいにそのプレゼントは甘美だった。
「あ、アアアアアリス!?」
「えへへ…メリークリスマス、霊夢!」
おまけ
「お、霊夢かなり慌ててるぜ。いつも妖怪には堂々としてるくせにな」
「アリスも、いつもは控えめな癖して大胆ね」
「人形たちうまくごまかしてくれたかな」
「でしょうね。さ、私たちも帰りましょう?」
「ああ、すまないな。冬眠前なのにつき合わせて」
「ほかでもないあなたからの望み。断る道理などございません」
「私もプレゼント…やるからな、紫」
「…なら私も、ね」
「シャンハーイ?」
「どうしたの?…ん、私がうれしそうにしてるって?」
「ホラーイ!」
「そうかしら。…そうよね。そう見えるよね」
汚れ一つなく綺麗に装飾された部屋。赤と緑の布を織り交ぜて作ったテーブルクロスや淡い灯を放つキャンドル台。棚には魔力を使って光るライトを巻きつけたミニツリーが飾られている。
テーブルの上には見ただけでお腹がなりそうなほどよくできた料理の数々。出来て間もないそれらはその存在を主張するかのようにゆらゆらと湯気をあげている。その中心には見事に焼けたターキーがずっしりと鎮座していた。
今からパーティーでも開くのかと聞かれればイエスと答えるところだ。しかし「パーティー」という言葉の意味から考えればそこはノーと答えるべきであろう。
テーブルには料理が所狭しと並べられている様に見える。しかしそのテーブル自体が二人がけの小さめなテーブルであることを考慮に入れなければならない。椅子も二つだし、お皿もグラスも、ナイフもフォークも、お箸だってそれぞれ2つしか置いていない。これではパーティーを開くというには少し足りないものがある。では何のためにこのような料理と装飾を施しているのか。それは…。
「だって霊夢と過ごす初めてのクリスマスなのよ?うれしくないはずがないわ!」
霊夢と結ばれてから迎える初めてのクリスマスだから。
私たちが付き合いだしたのが大体半年前の梅雨真っ盛りの時期だ。じめじめとした湿度の日に二人で買出しに出て、雨に降られて雨宿りできる場所を探し大木の下に逃げ込んで。雨の音以外何も聞こえない静かな森の中、お互い服が透けるくらいびしょびしょに濡れながら。震えそうな寒さをごまかすように二人寄り添って…胸に抱いた想いを隠し通すことができず、気づいたらお互いに手を取って同時に好きだと叫んでいた。あの時、実は緊張で声が裏返っていたのだが、霊夢も同じく声が裏返っていたから気づかれてはいないはず。きっとそう。でなければ都会派を自負する私にとっては恥ずかしいだけだ。
それから二人そろって風邪を引いたり、子供みたいに手をつないで歩いたり、宴会の準備を一緒にしたり、弾幕ごっこで喧嘩をしたり…と実に色々なことをした。右手の指の付け根を見るとそこには小さな爪あとが見て取れる。これは一昨日のこと、霊夢と初めて恋人繋ぎをしたとき緊張した霊夢が力加減を間違ってつけてしまったものだ。あの時の霊夢は傑作だった。まるで死にそうな顔で土下座を繰り返してきたのだから。でも私にとってはそんな傷とも取れるものでさえ愛おしい対象でしかなく、土下座などされずとも怒る気はなかったが。…最も、必死に土下座する霊夢があまりにも面白かったものだからしばらく許さないふりをしたのはいい思い出だ。
そのような感じで付き合っており、まだキスやそれ以上のことはしていないが私は腐り落ちるくらいに甘く幸せな時間を手に入れた。そうして迎えるクリスマス。うれしくないはずがない。むしろうれしくならない理由がどこにあろうか!
「霊夢喜んでくれるかな…」
「シャンハーイ!」
「そうよね、喜んでくれるよね」
「ホラーイ!」
「うん!…あ、でも喜ばなくっても爆発はしちゃだめよ?」
「オーエドー…」
よし、ケーキの盛り付けもいい感じ。あとは魔法で冷蔵空間を作り出してその中で冷やせばいい。料理も大丈夫だろう。さっきここを訪れた魔理沙に(友人皆にプレゼントを配って回るとか言ってたっけ)味見をしてもらったが「いつにもまして気合入ってんなぁ。これなら味にうるさい霊夢でも太鼓判押すと思うぜ!」と言ってくれた。
エプロンと三角巾、それと揚げ物の油などが付いてしまった服を解き、クリーニングしたてのいつものワンピースに腕を通す。髪を丁寧に梳いていつもよりちょっとフリルの多めなカチューシャをセットする。これで準備万端、いつでもいけるだろう。
「…ちょっと早すぎたかな」
時計を見るとちょうど短針が6の字を指している。少々早すぎたかもしれない。…ま、いいか。できれば出来立ての熱々を食べてもらいたかったけども仕方ない。不本意だけど保温魔法をかける。この魔法、便利だが少し効率の悪い魔法であった。熱量に干渉するから変に魔力を消費するしその場から離れると距離に比例して効果が薄くなる。それに意識が途絶えると同じく魔法も解けてしまうからである。しかし、この苦労もあなたにただ一言「おいしい」といってもうためだ。
「早く来ないかな…。でも、こんな気持ちで恋人を待つのも悪くはないかも」
「ゴリアテー!」
「うれしいのはわかるけど大きくはならないでね?」
「テー…」
窓の外を見るとはらはらと小雪が降りだしていた。
「シャンハーイ…」
「うん、霊夢遅いね」
「ホラーイ…」
「心配ないよ、霊夢ならちゃんと来てくれるはずだよ」
時計を見ると長針が12の方向を指していた。…ちなみに短針は7時を指している。あれから1時間、ずっとソファーに腰掛けて待ち人をひたすらに待っている。最初の30分くらいはよかったが、段々と時間の流れがゆっくりに感じ始めて、それから何度も時計を見てはため息を吐いての繰り返しを続けている。集中力が途切れ途切れになっているからか保温魔法が若干弱まっているようだ。
「こんなのじゃだめね。高が1時間くらいで何言ってるのアリス!」
「オーエドー…」
「ふふ、慰めてくれるの?ありがと。でもまだ来ないと決まった訳じゃないよね。もしかしたら準備に手間取ってるだけかもしれないよね」
「ソレハネーヨ」
「えっ?」
「ゴリアテー」
顔を落としてまたため息を吐く。心なしか時計の針の音がやけに大きく聞こえる。…それに混じって人形たちのきゃいきゃいと騒ぐ声とぼこぼこと何かが殴られる音が聞こえてくるような気もしないことはない。…だめだ。こんなのよくあることじゃないか。霊夢が家でご飯を食べるときはいつも大体7時半ぐらいだったからもしかしたらそれにあわせて来るだけかもしれない。何も来ないと決まったわけじゃない。それに何時に来てくれと言ったわけでもない。
「霊夢…来てくれるよね」
「ゴ、ゴリアテー!」
「うん、きっと来てくれる。…ところであなた何でそんなぼこぼこになってるの?」
「シャンハーイ!」
「ホラーイ!」
「オーエドー!」
そうだ。まだ1時間じゃないか。それくらい、まだあわてるような時間ではないだろう。霊夢はよく時間には遅れるけども約束は破らない人だ。絶対来てくれる。そしていつもみたいに「ごめんなさいアリス!待った?」って息を切らしてノックもせずに入ってくるはず。きっとそう。
「ヤクソクシタワケジャナイノニナー」
「えっ?」
「シャンハーイ!」
「ホラーイ!」
「オーエドー!」
「オルレアーン!」
「ゴリアテー!?」
…そう言えばまだこの子たち完全に自律してる訳じゃないのか。これどう見てももう自律してるようにしか見えないのだが…我ながら不思議なものだ。
少し大柄なゴリアテ人形に上海、蓬莱、大江戸、オルレアン、グランギニョルが馬乗りになってじゃれている。ゴリアテも嫌々と首を振りながらもどこかうれしそうにしている。人形だから表情は変わらないけど。
「ゴリアテー!!?」
「あんまり騒がしくしすぎちゃだめよ?お洋服が汚れてしまうから」
「シャンハーイ!」
「ゴリアッー!!」
「いつもながら元気ね。一体誰に似たのかな」
窓の外には雪がちらつき始めていた。
「……ーイ…ハーイ…」
「…ん…う…」
「シャンハーイ!」
「…え?」
人形に揺さぶられて目が覚める。どうやらいつの間にか寝てしまっていたようだだった。…寝違えたのか首が痛い。幸い涎はたらしていなかったが。もっとも都会派な私がそんなはしたないことをするわけがないが。
…しかしどれほど寝てしまったのか。おそらく30分くらいだろうか?確認のために時計に目を向けて…。
「…えっ」
絶句した。
「…うそ」
「ホラーイ…」
長針は6を指している。30分だ。それはいい…それが30分だけだったのならどれだけよかったことか。
だがしかし、短針に目をやるとそこには…。
「じゅう…」
つまり、現時時刻…10時30分。
「…」
「オーエドー…」
10時半、つまりあと1時間半で今日が終わる、そんな時間。里の人間たちなら飲んだくれ以外ほとんどが床についていてもおかしくはない。少なくとも、里の半獣や湖の妖精たちならもう寝ていることだろう。
部屋を振り返っても想い人の姿は見えず、テーブルに目を向けるとそこには保温魔法が解けて冬の寒さにすっかり冷たくなった料理があるだけだった。お皿に手を触れると陶器特有の冷たい感触が伝わってきて柄にもなく背筋を震わせてしまう。いつもきれいにしている分埃をかぶっているなんてことはないが、熱を失った食材たちはただ表面に油を固めさせ色をくすませているだけだった。人形たちが心配そうに見つめてくる。
「うん。大丈夫だよ」
「ゴ、ゴリアテー…」
ゴリアテがハンカチで目元を拭いてくれる。もしかして寝ている間に汚れでもついてしまったのかと鏡を見たらそこには光るものがあった。
それはまさしく涙そのもの。
「…泣いてる」
「オルレアーン!」
元気を出してとでも言うかのように目の前をふよふよと飛んでくれるオルレアンに少しだけ癒される。すると、ある種の感情がふつふつと腹のそこから湧き上がってくるのに気がついた。それは徐々に体を熱くしながら上昇を続け、ついには頭に到達する。
「れいむぅ…」
苦しそうとも取れるような、驚くくらいに恋焦がれた声が出る。それもそうだ。クリスマスという大事なイベントをほっとかされてこんな声出ないほうがおかしい。嗚咽を我慢して外を見る。さっきまでちらつく程度だった雪も、今はもう木々を白く染め上げていた。熱が顔に集まりだす。また目が潤んできて、握りこぶしをひとつ。おろおろする人形たちを尻目に大きく息を吸い込んで…一言。
「霊夢のばかぁぁぁ!!!!」
たぶん、霧雨邸や香霖堂くらいになら届いていたんじゃないだろうか。それくらいお腹の底から声を絞り出した。その一言でとりあえず頭の中を空っぽにする。そんな頭が次に充填した感情は…。
「…逢いたいよ…霊夢」
まぁこれしかないだろう。頭にあなたの顔を浮かべる。面倒そうな、しかしながらどこか優しさを湛えたその笑顔が過ぎっては消えていく。なら答えはもう出たはずだ。
「シャンハーイ!」
「ええ、行って来るわ!後お願い!」
「ホラーイ!」
「オルレアーン!」
「ツイテイクノハヤメトキナ。イマノアリスニフレタラヤケドスルゼ?」
「オ、オーエドー…?」
「ゴリアテー」
静かだ。風ひとつなく、穏やかに降り積もる雪は眺めているとまるでしんしんと音が聞こえてきそう。だが、そんな雪でも高速で飛んでいれば吹雪の中を飛んでいるのとそう変わらない。さっきから雪が顔面に当たって痛い。耳はもうほとんど感覚がなくなっていて、触るとただ凍るような冷たさが伝わってくるだけだ。早くもまともな防寒着をつけずに飛び出したこと後悔し始めていた。せっかくクリーニングした服も雪が解けて染み込んで重く萎びてしまっている。最も、今の私にとってはそのようなことはすべて瑣末事でしかないが。凍えそうな体も今は「霊夢に逢いたい」という衝動を素にして熱を生産し続けている。
「…くぅぅっ…でもやっぱり寒いぃ…霊夢の馬鹿…」
しかしやはり寒いものは寒い。ここ幻想郷で過ごしてわかったが私はどうやら暑さには強いようだが寒さにはめっぽう弱いようだ。低体温だからだろうか?雪が首筋に触れるだけで歯がカチカチとなりそうになる。しかし都会派としてはそのようなことで情けなく歯をならすのは恥ずかしいもので、何とか抑えようと頭に恋人のことを思い浮かべる。そういえばあなたも寒さには弱かったか。あのような腋を露出させた巫女服なんか着てるのだから当たり前か…。
…駄目だ、逆効果だ。確かに寒さはごまかせるから歯はならないが、これではあなたに逢えない寒さに震えそうになってしまうではないか。右手の指の付け根を見る。凍えに赤くなったそれからは爪あとを見つけることはできない。
「…ぐす…」
スピードのギアをもう1段階上にシフトする。何、どうせ神社に着くころには寒さで顔全体が真っ赤になっていて泣き跡なんて見られないだろうし気にするものか。
あ、でも神社に着く前に鼻だけはかんでおかなければならない。鼻声なままではさすがに不味い。
「…ん?」
ふと額に雪とは違う液体が付着した。一瞬だけ暖かさを残したそれは急速に冷えて雪と変わらないものに変化する。…恐らく自分の涙が首を振った際に飛び散ったものだろう。目から流れるものが額に付くとは我ながら器用なものだ。人形師とはこんなところまで器用なのだろうか?
そんなくだらない話を頭の片隅で描いていると、段々と雪の積もり始めている神社の鳥居が見えてきた。やっとあなたに逢うことができる。逢ったら文句の十や二十は覚悟してもらおう。それくらい言わないとこっちの気もすまないというものだ。とにかく、今私がするべきことは…鼻かもう。
「霊夢ー!居るんでしょー?」
襖の外から呼びかける。ちなみにさっきしっかりと処理してきたので私の今の声は一切濁ってなどいないクリアな声だ。しかしいくら待っても返事は一向に返っては来ない。ただただ薄くあいた襖の隙間から光が漏れ出しているだけである。まさかもう眠っているのかと嫌な予感が脳内を掠める。咲夜から譲って貰った手のひらサイズのアンティーククロックを見るとその長針は2を、短針は11を指している。つまりは11時5分。健康に気を使う霊夢ならもう寝ていてもおかしくはない。きょろきょろとあたりを見回すと庭先の木には電飾が巻きつけられていて、赤や緑、オレンジなどの色が淡く輝いていた。
「…クリスマスツリー?」
なんと言うか、純和風の神社の庭にクリスマスツリーがポツンと鎮座しているのは何かシュールなものを感じる。しかしまぁ、本物の雪のデコレーションも相まってなかなかに綺麗なツリーだ。…電飾なのに雪に晒してもいいんだろうか?
とにかく、電気が付いているならまだ起きている可能性もある。…とにかく入ろう。入ったら起きてようが寝てようが開口一番に「霊夢のばか!!」と叫ぼう。叫ぶべきだ。
襖に手を掛け息を吸う。そのまま一気に開け放ち…
「霊夢のばかぁぁ…ぁー?」
そこには予想外な光景が広がっていた。視界が急にフリーズを起こしたかのような錯覚にとらわれて、目を何度も開閉させる。しかし脳内回路にうまく視界からの情報が入ってこない。とりあえず、絶句することにした。
「えーっと?」
落ち着け、まずは落ち着くことが必要だ。精神を落ち着かせようと深呼吸を3回繰り返したところで、徐々にではあるが視覚回路が復旧してきた。
まず、壁一面に掛けられたテープペナント。赤や緑の色紙を器用に何枚もつなぎ合わせたのだろう、なかなかな長さがあり、この部屋全体を覆っている。
次に柱に吊るされた大きなクリスマスリース。綺麗な円形を描くその葉にはかわいらしいベルや赤いリボンが付けられている。
そして、テーブルには見事な出来の和食料理。私でもまだそれ程上手く作れない和食をこんなにもバラエティに富ませて、見た目も完璧に作りこんでいる。冷めているにもかかわらず、いい香りが鼻腔をくすぐってくる。…お腹が鳴ってしまった。
「これはどうも…。…ん?」
台所の奥になにやら白いものが見える。不思議に思い勝手ながら見させてもらうと、それはどこからどう見ようとまさしく…。
「クリスマスケーキ…?」
所々クリームにむらができており、トッピングのイチゴなどは傾いているし、机にまでクリームが飛び散っている。だが苦労しながらも頑張って作っているあなたの姿が容易に想像できる。それに、やはり料理の才能があるのだろう、初めて作ったにしては上手くできているではないか。
…さて、ここまでの情報で、私はひとつの仮説にたどり着いた。最も、確信に最も近い仮説ではあるが。
「もしかして…クリスマスパーティーでも開こうと?」
少し前、霊夢と付き合うことになったと咲夜に漏らしたとき、彼女は「あなたたち似たもの同士だし、きっと上手く行くわよ」と言っていたのを覚えている。
はっとなって部屋に戻りテーブルの両サイドを確認するとそこには座布団が二つ。テーブルの上をもう一度見渡すと、やはりそこにはお皿と湯のみとお箸が二つずつ置いてあった。
…成程、これは何が何でも…
「上手く行き過ぎでしょう…咲夜…」
仮説はあっさりと確信に変わった。つまり、あなたも同じことを考えていた訳だ。部屋を飾りつけ、料理を作り、ケーキも作って。それでずっと私を待っていた訳だ。約束はしていないが恋人なのだからクリスマスは来るだろうと同じことを考えながら。…ワクワクしながら料理を作って私を待つあなたを余裕で脳裏に投影することができる。
…どうりで何時まで待っても来ない訳だ。お互いに待っている限り何時間待とうが何度呼ぼうが来ないものは来ないというのに…。
「…あ、ということは霊夢も…?」
まさか私と同じでクリスマスを蹴られたと勘違いして逢いたくなって神社を飛び出した…?
「そういえばさっきのはまさか…」
さっき液体が付着した額を撫でる。冷静に考えれば飛行中に首を振ったところで額に涙が付くものだろうか。左右に流れていくだけではなかろうか。だとするとあれは一体何だったのか。
もし、仮に霊夢が同じ時間に神社を飛び出していたとしたら?
もし、全く同じルートで飛んでいたとしたら?
もし、すれ違ったときに私よりも上を飛んでいたら?
もし、同時に同じことを考えていたとしたら?つまり相手に、恋人に、逢いたくてしょうがないと考えていたら。
「…行かなくちゃ」
体に纏わり付いた雪は室内の温度ですっかり解けてしまい、まるで雨に降られたかのようは酷い有様だ。衣服としての役目を半分放棄しており下着が透けて見えるほどに水分を含んでいる。髪の毛は水が滴っていてカチューシャもほとんどずり落ちている。こんなことならフリル少なめなものを着ければよかったか。しかし、そのようなことはすべて瑣末事だ。今は、一刻も早くあなたに逢いたいという願望だけが私の動力炉に火を入れているだけだった。
滴る水分を絞ろうともせずに空に舞い上がる。何、絞ったって結局また濡れるのだ。変わらないだろう。仮に風邪を引いたって恋人に甘えるチャンスができるだけではないか。何も問題など存在しない。ありったけの魔力を生成しスピードを上げる。早くあなたに逢うために。またすれ違ったりする可能性だって十分に考えられるだろう。しかし、今度は上手く巡り逢えるだろうと確信していた。
…やっぱり寒いものは寒い。一回雪が解けた分行きにも増して寒い。いつもならば隣にはあなたが居てくれて、冷えるねと言えば手を握ってくれて寒いねと言えば体を寄り添わしてくれた。お互い同じことを考えていたとは言えやはりこういうときに一緒に居てもらえなければなかなかに寂しいものである。…向こうも同じことを考えているのであろうか?だとしたらうれしい。うれしいと同時に早く行ってあげたくなる。今は一刻も早く、あなたの元へ。なんというのか…漠然とした予感だが、私はもうすぐあなたと巡り逢えるのではないかと感じていた。そしてそれは現実のものとなる。
「…あっ」
地平線まで真っ白な世界の中に、ポツンと紅白色の物体が浮いている。近づくにつれてそれの輪郭ははっきりと形を成して行き、それが私の追い求めて止まなかった彼女だと確認する。向こうもこちらに気が付いたのかその持てる速さのすべてを出し切らん限りの速度で迫ってくる。その目はいろいろなものでキラキラと輝いているようであった。こちらのスピードも自然と上昇してくる。お腹に息を限界まで溜め込み相手との相対距離を調節しながら一気に距離を詰め、ぶつかるかどうかの瀬戸際で急ブレーキをかける。そのままお腹の中の全てを吐き出すほどの勢いで叫んだ。
「霊夢の…っ」
「アリスの…っ」
『ばかあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!』
もし冬の妖怪が近くにいたらその二重の轟音に腰を抜かせていたことであろう。それくらいお腹の底から声を吐き出した。しかしそれは向こうも同じだったらしく、互いの耳にはあまり届かなかったようであるが。さっきまでかなりスピードを飛ばしていたせいもあり、ぜぇぜぇと肩を怒らせながら息を吐き出す。どれくらいそうしていたであろうか。いつの間にか雪は止んでいた。どうやら私のほうが早く息が整ってきたようなので先手を打たせてもらおう。
「どういうことよ霊夢!私ずっと待ってたのよ!?」
それは向こうも同じだろうと理解はしている。しかし、それだけではこれは収まらないというものだ。ランナーズハイに似た高揚感の中まくし立てるように文句を吐いていく。
「6時にはもうご飯もケーキもできていたのに!霊夢があまりにも遅いから!」
「そ、そんなのこっちの台詞よ!」
霊夢のほうも息が整ってきたようで、反撃もとい文句を言い返し始める。
「私だってねぇ!あんたのためを思って朝っぱらから買出しに言ってそのままの勢いで割烹着着ていつもの数十倍気合入れて和食を作ったってのにあんたの家行ったら!!」
霊夢の割烹着姿か。…成程似合いそうだ。今度はぜひとも目の前で…ではない。全く、溜まった乳酸が悪い考えでも引き起こしているのではなかろうか。
「私だってそうよ!ずっと前から下準備して、お母さんに無理言って七面鳥まで取り寄せてもらってケーキだって作ったのに!」
「私だって作ったわよケーキぐらい!」
「あんな不恰好なケーキを?」
「なぁ!?あんた見たのね!」
「お互い様でしょう!」
話は二転三転し段々と悪い方向にエスカレートしているような気がしてきた。お互いに相手の考えも想いも分かっているのだろうがとめることができないのだ。そこはやんごとなき乙女心というもの。初めてのクリスマスなのだ。やはりこんなときくらい自分で恋人をもてなしたいもの。しかしお互いにそう考えていて、まるで口裏でも合わせたかのように揃いに揃った行動を取って、結局時間を無駄にして。自分が悪い訳でも相手が悪い訳でもないから余計に腹が立つというものなのだ。
「部屋のクリスマスの飾りつけだって頑張ったのに!」
「私だって少しでも雰囲気出そうとしてにとりに頼んで電飾まで借りてきたのに!」
「神社にツリーなんて似合わないわよ!」
「言われずともわかってるわよ!」
いつの間にか話題が摩り替わっていた。恐らく、お互いにそのことにはもう気づいているだろう。しかしながらオーバーロードしている私たちの頭ではそれを修正する能力はもうほとんどない。ただぎゃーぎゃーと言うことしかできない。
「分かってるのならやらなきゃいいじゃない!」
「だってアリスに喜んでほしかったんだもん!!」
「そんなの私だってそうよ!霊夢に喜んでもらおうと思って!!」
「だってねぇ…!」
「なんて言ってもね…!」
そこから先はもう衝動に近かった。半ばやけになってしまい気づいたら大声で叫んでいた。
「好きなんだから!!」
「好きなんだもん!!」
周りに漂う空気が急に正常値に戻る。言葉の意味を理解してお互いに無言になる。ややあって、また空気が加熱していく。もちろん私の体温が上がっていっているだけであろうが。あなたもそれは同じようで髪の毛の間からはみ出た耳まで真っ赤に染まっていた。指摘してもどうせ寒いからの一言で済ませられるんだろうな。もちろん私もそうするだろうが。目線を上げるとちょうどあなたと目が合う。お互いに、もう耐えることができなかった。どちらからなんて関係なくひしと抱き合って腰に手を回す。
「霊夢のばかばか」
「アリスだってばかよ」
「本気でもう来ないかと思った」
「私もアリスがクリスマスに来てくれないんだって思った」
「ほんとは逢いたくて堪らなかったよ」
「私もアリスに逢いたくて堪らなかった」
額に冷たい何かが舞い降りてきた。上を向くとまた雪が降り始めたようだ。しんしんと降り注ぐ雪。寒くはあったけど、温かかった。
でも、やっぱり寒いから言うことにした。
「冷えるね」
「うん」
すると自然と手を握ってくれる。子供のような繋ぎ方ではなく、恋人つなぎで。今度は力加減を間違えるなんてことはなかった。
「寒いね」
「うん」
するとまた自然な動きで体を寄せてくれた。頭に頬を傾けると肩に頬を傾けてくれる。
大丈夫だ。もう寒くはない。寄り添った体からは二人分の暖かさが溢れているから。繋ぎあった手からは、漏れることのない温かさが篭っているから。
「咲夜が言ってたの。私たちは似たもの同士だからうまくいくでしょうって」
「…うまく行き過ぎでしょう」
帰り道。結局神社に帰ることにした私たちはさっきと体制を変えないままふらふらと飛んでいた。さっきから雪が変なとこに入るたびに「ひっ」と情けない声をお互い上げている。
「でも霊夢がもう少し私と違っていてくれたらなぁ」
「…なんでよぉ」
「そしたら飛び出す前にマフラーくらいは巻いてくれるかと思ったんだけどね」
「…次からは善処するわ」
…次があったら困るのだけれども。思い出したかのように時計を取り出し時刻を確認する。短針は11と12の間、長針は7を指していた。今日はまだ25分ある。とりあえず神社に着いたら服を借りよう。いくら妖怪とはいえ何時までも濡れた服を着ていては風邪を引いてしまうだろう。霊夢は…どうせ食事が終わるまで入らないつもりだろう。今から入浴していては12時を超えてしまうからだ。26日になってしまってはそれはただの平日にしかならない。だから帰ったらまずは倫敦人形を飛ばしてお風呂の準備をしなければ。それから仏蘭西人形を先に先行させて部屋を暖めておいてもらうことにしよう。そして食事のときは私が絶えず寄り添って冷えないようにしてあげるんだ。
「アリス。どうせあんた食べてから風呂に入るでしょう?」
「え?うん。霊夢もでしょ?」
「でもいくら妖怪とは言え風邪を引きかねないわ。だから食事中は私が寄り添ってあげる」
良くも悪くも…やはりうまく行くものだな。似たもの同士というのは。
「…でこれは何?」
「これはまた驚いたわね…」
家について、体の余分な水分を拭い取ってから借りた冬用筒袖に腕を通して。いざ食事をしようと居間に入ったら、そこには私が数時間前に見たものが鎮座していた。
「これってあれよね。七面鳥ってやつよね」
「え…何で?」
まずなぜこのようなところにターキーが置いてあるのか分からないが、その上そのターキーからは白い湯気がゆらゆらと立ち上っていて、まるで出来立て、もしくはそれに保温魔法をかけたときのような状態になっていた。仮にこれが我が家においてあった鳥だったとしても、なぜ湯気が出ているのだろうか。確か私が眠ってしまった際に解除されて冷たくなっていたはずである。それがなぜ…。近くで待機していた人形たちに視線を向けるとどこかニコニコとしているようだった。…人形だから分かり辛いが。
「二人とも、何があったの?」
「ロンドーン!」
「フラーン!」
「何て?」
「…サンタさんたちからのお届けものだって」
一体この子達は何を言っているのか?サンタさん?ソリに積んでトナカイを使って持ってきたのでも言うのか。…まさか。
「アリス!時間時間!」
「え?…あ、もう15分しかない!」
いつの間にかテーブルの両サイドから両隣の位置に移動していた座布団に腰掛ける。すると間髪いれずにあなたも寄り添ってきてくれる。お粗末だけど、とクラッカーを渡されて…パーンと一発、お互いカラーテープに降られながらあなたは一言。
「メリークリスマス、アリス」
屈託のない、どこまでも魅力的な笑顔だった。
「…うん!メリー…」
「あ、ああ!アリス!」
「え、いきなりどうしたの?」
「私としたことが…プレゼントを忘れていたわ!」
なんだそんなことか。私はプレゼントなどなくともあなたと一緒に特別な時間を過ごせたらそれでいいというのに律儀なことだ。そこのあたりは形式を重んじる人間の性かもしれない。そのようなところも好きなのだけれど。
…ああ、いいことを思いついた。ちらと顔を盗み見るとあなたは「ああやってしまった」といった表情をしている。どうやらこういう考えに至っては私のほうが長けているのだろう。
「気にしないで霊夢」
「でも…」
「じゃあこうしましょ?私からもプレゼントを上げるから霊夢からもプレゼントを頂戴?」
「…んん?私が用意できなきゃ本末転倒でしょう。まぁ、アリスが納得できるもので私が用意できるものなら何でもいいけど」
「じゃあ目を瞑って」
「…サプライズ?」
ごく近い距離で瞳を閉じるあなたを見て、睫長いなとか素直なあなたもかわいいなとか色々な考えが頭をよぎる。どれもこれも愛おしい感情。それら全てを乗せて私は初めてのクリスマスプレゼントを贈り、初めてのクリスマスプレゼントを貰い受けた。
悔しいけど、自信作のローストターキーなんかが霞むくらいにそのプレゼントは甘美だった。
「あ、アアアアアリス!?」
「えへへ…メリークリスマス、霊夢!」
おまけ
「お、霊夢かなり慌ててるぜ。いつも妖怪には堂々としてるくせにな」
「アリスも、いつもは控えめな癖して大胆ね」
「人形たちうまくごまかしてくれたかな」
「でしょうね。さ、私たちも帰りましょう?」
「ああ、すまないな。冬眠前なのにつき合わせて」
「ほかでもないあなたからの望み。断る道理などございません」
「私もプレゼント…やるからな、紫」
「…なら私も、ね」
ありがとうございました
ゆかまり…だと…
二人ともよかったな、幸せな気分になったぜ♪ 人形達自律してるねw
メリークリスマス、こんなに綺麗な話をありがとう!
似た者同士だから、すれ違いもするけど、それ以上に仲良くなれる!
素敵なクリスマスレイアリをありがとうです^^
>>1さま
私の拙い作品でもレイアリ充につながってよかったです。
ゆかまりもいいですよね!
>>奇声を発する(ry in レイアリLOVE!さま
何とかクリスマスに間に合ってよかったです!
最高などと身に余る光栄!ありがとうございます。
>>こーろぎさま
いつも代わり映えのないものばかりですが楽しんでいただけたのなら幸いです。
人形たちはきっとアリスへの愛で自律しているのです!(嘘
>>4さま
ありがとうございます。
…実はレイアリはマイナスイオンを常時発生し続けているとの研究結果が…(え
>>BANkさん
私のものでよければ存分にニヤニヤしてください!
霊夢とアリスはやっぱり似たもの同士がかわいいと思うのです。
これはいいレイアリ。
ニヤニヤしすぎて頬が痛いw
ゴリアテ……
ゴリ阿部さんに吹いたww
や ら な い か?♂