‘七色の人形遣い‘アリス・マーガトロイドは、途方に暮れていた。
正面を直視する気になれず、視線を左に向ける。
和室独特の温かみある白い壁に、今は奇妙な圧迫感を覚えた。
次に、右へと首を傾ける。
住人の作だろう、口を大きく開けて笑う少女の絵が一枚、張り出されていた。
(後ろは……)
思いはしたが、アリスは振り向かなかった。
礼儀作法云々のためではない。
出入り口の障子がなくなっていたら……そう思うと、振り向くことができない。
勿論、普通の家屋であればそんなことはあり得ない。
しかし、この家では、この亭では、万が一が起こりえる。
そして、事実としてアリスは一度、味合わされていた。
長い永い月の夜に――。
「良い絵でしょう?」
言葉に、身を強張らせる。
自らの反応に眉根を寄せ、瞳を閉じた。
一瞬の後、気を持ち直し、視線を声の方に向ける。
アリスの正面にいるのは、描かれた少女であり、此処永遠亭の主、‘永遠と須臾の罪人‘こと蓬莱山輝夜だった。
「赤い袴に桃の上着、黒い髪で貴女だと解ったわ」
「ありがとう。だけど、髪の長さだって完璧よ」
「赤色に被っちゃってるじゃないの……」
クレヨンで描かれたその絵の右下には、『たんぽぽ』と言う署名が為されていた。輝夜のペットの一羽である。
「それに」
アリスは、言葉を続けるかどうか迷った。
輝夜は微笑っている。
目を細め、袖で口を隠し、ころころと嬉しそうに。
幼妖兎から絵を受け取った時のことでも思い出しているのだろうか、その表情に嘘はないように感じた。
しかし、だからこそ不可思議に思う。
「……貴女は、あんな風には笑わないでしょう?」
指摘に、輝夜の瞳の形が変わる。
細くなっていたものが、少しだけ開いた。
試す様な視線が変わらぬ微笑と共に、アリスの視界に映る。
「どうかしら。
あの子には、あぁ映っているのかもしれない。
或いは、私のそういう笑い方を、貴女が知らないだけとか、ね」
くすり、くすり。
可笑しそうに微笑う輝夜。
その様に、アリスは一瞬、我を忘れそうになる。
『弾幕はブレイン』を信条にする彼女は、常日頃から冷静な心境を心がけていた。
ゆえに、言葉を吟味し、的確だと思う反論を返す。
「そもそも、私と貴女は笑みを向け合う間柄じゃないでしょうに」
ずばりな指摘に、輝夜はただ、頷くだけだった。
アリスの言は的を射ている。
今日とて、当然ながらアリスは輝夜と話すために永遠亭を訪れた訳ではない。
今でも時々服用する胡蝶夢丸を処方してもらうために、やってきたのだ。
事実、既に薬師から件の薬を受け取っている。
診察室の扉を開き、来た通路を帰ろうとした矢先、兎に呼び止められた。
『こちらにきてください……』――舌足らずな物言いに絆された訳ではないが、急ぐ帰路でもないし、とついて行ってしまった。
そして、招かれたのが現在地、輝夜の私室だったのだ。
障子を開け面喰っていると、手招きで入室を示される。
唐突の招待に我知らず後じさりしたアリスは、案内の兎に視線を送った。
道を間違えたのではないか――淡い期待は、不安げに見上げてくる円らな紫がかった双眸に、吹き飛ばされた。
『ひめさまにめいをあたえられ……だめでしたでしょうか……?』
アリスにして不可抗力だったのは、期待だけではなく、冷静な心境さえも砕かれたことだった。
『駄目じゃない、駄目じゃないわ!?』
『じゃ、いらっしゃいな』
『しまっち!?』
どこいったブレイン。
――兎にも角にもそう言った訳で、アリスは輝夜とサシで向かい合っている。
「さっきから、ずっと仏頂面ね。嫌だったなら入って来なければよかったのに」
「……無理難題を与えられた、あの兎が泣いてしまうじゃない」
「菫のこと? ……ふーん」
道案内の幼妖兎は菫と言うらしい。
恐らく、今にも涙を零しそうだったあの双眸から名づけられたのだろう。
アリス自身、もし彼女に名を与えるとしたならば、その魅力的な瞳を用いると思った。
含みのある呟きの後、ふっと微苦笑し、輝夜が続ける。
「あれ、演技よ」
「……うっそ、バニートラップ!?」
「あの子は幼女にして妖女の業を持つ兎。……少し、先が心配なのだけれど」
愕然とするアリス。
しかし、呆然自失となったのは一瞬だった。
彼女が彼女を用いた理由を推測し、その先をも考える。
「まぁでも、そんなあの子だからこそ、天真爛漫な蒲公英に惹かれているのでしょう。
あ、蒲公英は、そこの絵を描いてくれた幼妖兎よ。
もう首ったけと言う感じで――」
沈黙するアリスに対し、輝夜が饒舌に語る。
「……何か、聞きたいことでもあって?」
その口を止めたのは、刺すような視線だった。
強い意識を瞳に込め、アリスは問う。
「ええ。
何故、貴女は私を呼んだの?
返答次第では此方にも考えがあるわ」
一つ、二つ。
輝夜の左右に人形が現れる。
年季の入った二体は、アリスが最も扱い慣れているものたちだ。
「……!?」
その二体を――恐らくソレと知りながら――輝夜が手を出し、撫でる。
アリスとて、輝夜を人形二体で脅せるとは思っていなかった。
しかし、少しの躊躇程度は期待していたのだ。
その返しが『撫でる』と言う行為。
加えて、アリスには、何時輝夜が手を伸ばしていたのかも判らなかった。
「この子たちは……」
「上海、蓬莱、戻りなさい」
「……そう言う名前なのね。ふふ、ありがとう」
何がありがとうと言うのだろう。
思い、アリスは首を振る。
なんとなく、判っていた。
輝夜はただ、彼女たちの名を問おうとしていただけだ。
「――質問に答えましょう」
人形を身近に寄せ、アリスは輝夜を睨む。
輝夜もまた、アリスの瞳に真正面から向き合っていた。
絡む視線に、一方は怒気を乗せ、一方は好意を乗せている。
この時にはすでに、アリスにも大体の予想はついていた――。
「アリス。
アリス・マーガトロイド。
貴女がどう思っているかは知らないけれど、私はね、アリス……」
繰り返される名。
その度に、距離が近づく。
近づき、かすり、触れ、絡まる。
「私たちは、似ていると思っているの。
容姿の話じゃないわ。
出自も……似ているのは確かだけど、そう言う話じゃない。
思考、或いは、嗜好。
幼妖兎に絆される貴女ならきっと、無数にいるでしょうその子たちに、名を与えているんじゃないかしら?」
アリスは抗った。
表情にこそ出さなかったが、今にも感情が溢れそうだ。
恐らく、全ては輝夜の掌の中なのだろう――解りつつ、飲み込まれるような感覚。
「アリス。
だから、ねぇ、アリス。
語り合い、触れ合い、重なり合いましょう……アリス・マーガトロイド、さぁ」
誘う言葉の終わりには、アリスの視界に輝夜は映っていなかった。
その代り、腰が絡め取られている。
二本の足によって。
「……暑くない、この中?」
所謂、蟹ばさみ。IN KOTATSU。
「それに、そう言う台詞は別の場所で言うべきでしょうに。あと、足癖悪すぎ」
「え、だって、寒くない? 蜜柑もあるでよ」
「うん、まぁ」
温かみを感じさせる和室。
とは言え、季節は冬。
割と寒かった。
「ぷはっ」
アリスの呟きとほぼ同時に、輝夜が姿勢を戻す。
炬燵に潜り込んでいたからだろう、上気する頬はアリスにして魅力的に思える。
しかし、頭を畳みに付けていたのだから当然と言えば当然だが、乱れた髪が妙に可笑しく映った。
「あはっ、漸く笑ったわね」
言いつつ、自身も嬉しそうに口を開き笑む輝夜。
やはり掌の上。
思いつつ、もう抗う気にもなれなかった。
流石は‘竹取の姫‘、と認められる程度には、アリスにも平常心が戻っている。
だから――
「お友達になって欲しいの、アリス・マーガトロイド」
「重なり合うのはノーセンキューよ」
「あん、つれない」
――差し出される手を、そっと握り返した。
「と言うかね、思ったんだけど、迂遠過ぎ。今の一言でいいじゃない?」
「そう言われても、自分からお願いすることってなかったんですもの」
「あー、あー、そうでしょうね、そうでしょうともさ」
「そも、友達だって少ないし。あ、これも共通点?」
「その通りだけど、うっさい」
会話が弾む。
「ん、でも、うどんげやてゐは?」
「蒲公英や菫と等しく、愛おしいペットよ」
「えーと、じゃあ、藤原妹紅……?」
「友達じゃないわね。彼女とは愛し合う仲だもの」
「愛は愛でも殺し愛でしょうに。不毛な」
心地よいと感じている自身を、アリスは受け入れていた。
「あ、それなら、永琳は」
「従者よ。それ以外、どう表現して?」
「……速いわね。可愛いところもあるじゃない」
「あらー、魔法使いと魔界神、どちらの話を聞こうかしら」
「ごめんなさい。……って、ふと思ったんだけどどうして輝夜が母さんのことを!?」
それ故に――
にまにまと笑む輝夜。
とびきりの玩具を手に入れた童の表情。
暫くこのネタでからかおう、と言う魂胆が見て取れた。
――アリスは、炬燵から抜け出る。
「あ、あら? 存外に怒らせてしまったのかしら」
「先にその手の話題を出したのは私よ?」
「じゃあ」
続く言葉を待たずして、障子へと足を進めた。
そして、振り返り、言う。
「緑茶と蜜柑も良いけれど、紅茶とクッキーも悪くはないのよ?」
「……そう。楽しみに待っていてもいいのかしら」
「任せなさい」
振りあげた拳を開き、数度、振った。
「……そうね、次に会う時は輝夜の少ないらしいお友達も呼んでおいてくれない?」
「構わないけれど、どうして?」
「貴女みたいに解りにくくて扱いにくい人と、ずっと二人は辛いもの」
「あら、酷い。だったら、アリスのお友達も呼びましょう」
「私の? ……やぁよ」
断られるのは予想の範囲外だったのだろう、輝夜が目を瞬かせる。
浮かぶ憂いの色が見て取れて、アリスは微笑した。
不安の表情さえ、美しい。
「数少ないお友達だもの、貴女に盗られたくないわ。月のお姫様」
「そう言うことなら我慢しましょう。魔界のお姫様」
「じゃあ、またね、輝夜。くく」
「ええ、アリス。ふふ」
「あははははっ!」
互いに笑顔で別れた彼女たち。
再会の時は何時であろうか。
きっと、そう遠くはない――。
<幕>
《後日談》
‘七色の人形遣い‘アリス・マーガトロイドは、右手に紅茶の葉を、左手にクッキーの詰め合わせを持ち、途方に暮れていた。
「あら、その匂いは西洋菓子。ウチのおやつはほとんど和食だから嬉しいわぁ」
「その茶葉、良い香りね。貴女もそう。……妬ましい」
「と言う訳で、今日は友達を集めてみたわ」
真正面に位置する輝夜があっけらかんと言う。
右に座るは、亡霊の姫、西行寺幽々子。
左に座るは、地底の橋姫、水橋パルスィ。
顔ぶれを確認し、息を吸い込み、吐くと同時にアリスは叫んでいた。
「幻想郷でも一二を争う訳解らないのと扱いにくいのを呼んでるんじゃないわよー!?」
《こうして、お姫様たちの茶会が始まりましたとさ IN KOTATSU》
正面を直視する気になれず、視線を左に向ける。
和室独特の温かみある白い壁に、今は奇妙な圧迫感を覚えた。
次に、右へと首を傾ける。
住人の作だろう、口を大きく開けて笑う少女の絵が一枚、張り出されていた。
(後ろは……)
思いはしたが、アリスは振り向かなかった。
礼儀作法云々のためではない。
出入り口の障子がなくなっていたら……そう思うと、振り向くことができない。
勿論、普通の家屋であればそんなことはあり得ない。
しかし、この家では、この亭では、万が一が起こりえる。
そして、事実としてアリスは一度、味合わされていた。
長い永い月の夜に――。
「良い絵でしょう?」
言葉に、身を強張らせる。
自らの反応に眉根を寄せ、瞳を閉じた。
一瞬の後、気を持ち直し、視線を声の方に向ける。
アリスの正面にいるのは、描かれた少女であり、此処永遠亭の主、‘永遠と須臾の罪人‘こと蓬莱山輝夜だった。
「赤い袴に桃の上着、黒い髪で貴女だと解ったわ」
「ありがとう。だけど、髪の長さだって完璧よ」
「赤色に被っちゃってるじゃないの……」
クレヨンで描かれたその絵の右下には、『たんぽぽ』と言う署名が為されていた。輝夜のペットの一羽である。
「それに」
アリスは、言葉を続けるかどうか迷った。
輝夜は微笑っている。
目を細め、袖で口を隠し、ころころと嬉しそうに。
幼妖兎から絵を受け取った時のことでも思い出しているのだろうか、その表情に嘘はないように感じた。
しかし、だからこそ不可思議に思う。
「……貴女は、あんな風には笑わないでしょう?」
指摘に、輝夜の瞳の形が変わる。
細くなっていたものが、少しだけ開いた。
試す様な視線が変わらぬ微笑と共に、アリスの視界に映る。
「どうかしら。
あの子には、あぁ映っているのかもしれない。
或いは、私のそういう笑い方を、貴女が知らないだけとか、ね」
くすり、くすり。
可笑しそうに微笑う輝夜。
その様に、アリスは一瞬、我を忘れそうになる。
『弾幕はブレイン』を信条にする彼女は、常日頃から冷静な心境を心がけていた。
ゆえに、言葉を吟味し、的確だと思う反論を返す。
「そもそも、私と貴女は笑みを向け合う間柄じゃないでしょうに」
ずばりな指摘に、輝夜はただ、頷くだけだった。
アリスの言は的を射ている。
今日とて、当然ながらアリスは輝夜と話すために永遠亭を訪れた訳ではない。
今でも時々服用する胡蝶夢丸を処方してもらうために、やってきたのだ。
事実、既に薬師から件の薬を受け取っている。
診察室の扉を開き、来た通路を帰ろうとした矢先、兎に呼び止められた。
『こちらにきてください……』――舌足らずな物言いに絆された訳ではないが、急ぐ帰路でもないし、とついて行ってしまった。
そして、招かれたのが現在地、輝夜の私室だったのだ。
障子を開け面喰っていると、手招きで入室を示される。
唐突の招待に我知らず後じさりしたアリスは、案内の兎に視線を送った。
道を間違えたのではないか――淡い期待は、不安げに見上げてくる円らな紫がかった双眸に、吹き飛ばされた。
『ひめさまにめいをあたえられ……だめでしたでしょうか……?』
アリスにして不可抗力だったのは、期待だけではなく、冷静な心境さえも砕かれたことだった。
『駄目じゃない、駄目じゃないわ!?』
『じゃ、いらっしゃいな』
『しまっち!?』
どこいったブレイン。
――兎にも角にもそう言った訳で、アリスは輝夜とサシで向かい合っている。
「さっきから、ずっと仏頂面ね。嫌だったなら入って来なければよかったのに」
「……無理難題を与えられた、あの兎が泣いてしまうじゃない」
「菫のこと? ……ふーん」
道案内の幼妖兎は菫と言うらしい。
恐らく、今にも涙を零しそうだったあの双眸から名づけられたのだろう。
アリス自身、もし彼女に名を与えるとしたならば、その魅力的な瞳を用いると思った。
含みのある呟きの後、ふっと微苦笑し、輝夜が続ける。
「あれ、演技よ」
「……うっそ、バニートラップ!?」
「あの子は幼女にして妖女の業を持つ兎。……少し、先が心配なのだけれど」
愕然とするアリス。
しかし、呆然自失となったのは一瞬だった。
彼女が彼女を用いた理由を推測し、その先をも考える。
「まぁでも、そんなあの子だからこそ、天真爛漫な蒲公英に惹かれているのでしょう。
あ、蒲公英は、そこの絵を描いてくれた幼妖兎よ。
もう首ったけと言う感じで――」
沈黙するアリスに対し、輝夜が饒舌に語る。
「……何か、聞きたいことでもあって?」
その口を止めたのは、刺すような視線だった。
強い意識を瞳に込め、アリスは問う。
「ええ。
何故、貴女は私を呼んだの?
返答次第では此方にも考えがあるわ」
一つ、二つ。
輝夜の左右に人形が現れる。
年季の入った二体は、アリスが最も扱い慣れているものたちだ。
「……!?」
その二体を――恐らくソレと知りながら――輝夜が手を出し、撫でる。
アリスとて、輝夜を人形二体で脅せるとは思っていなかった。
しかし、少しの躊躇程度は期待していたのだ。
その返しが『撫でる』と言う行為。
加えて、アリスには、何時輝夜が手を伸ばしていたのかも判らなかった。
「この子たちは……」
「上海、蓬莱、戻りなさい」
「……そう言う名前なのね。ふふ、ありがとう」
何がありがとうと言うのだろう。
思い、アリスは首を振る。
なんとなく、判っていた。
輝夜はただ、彼女たちの名を問おうとしていただけだ。
「――質問に答えましょう」
人形を身近に寄せ、アリスは輝夜を睨む。
輝夜もまた、アリスの瞳に真正面から向き合っていた。
絡む視線に、一方は怒気を乗せ、一方は好意を乗せている。
この時にはすでに、アリスにも大体の予想はついていた――。
「アリス。
アリス・マーガトロイド。
貴女がどう思っているかは知らないけれど、私はね、アリス……」
繰り返される名。
その度に、距離が近づく。
近づき、かすり、触れ、絡まる。
「私たちは、似ていると思っているの。
容姿の話じゃないわ。
出自も……似ているのは確かだけど、そう言う話じゃない。
思考、或いは、嗜好。
幼妖兎に絆される貴女ならきっと、無数にいるでしょうその子たちに、名を与えているんじゃないかしら?」
アリスは抗った。
表情にこそ出さなかったが、今にも感情が溢れそうだ。
恐らく、全ては輝夜の掌の中なのだろう――解りつつ、飲み込まれるような感覚。
「アリス。
だから、ねぇ、アリス。
語り合い、触れ合い、重なり合いましょう……アリス・マーガトロイド、さぁ」
誘う言葉の終わりには、アリスの視界に輝夜は映っていなかった。
その代り、腰が絡め取られている。
二本の足によって。
「……暑くない、この中?」
所謂、蟹ばさみ。IN KOTATSU。
「それに、そう言う台詞は別の場所で言うべきでしょうに。あと、足癖悪すぎ」
「え、だって、寒くない? 蜜柑もあるでよ」
「うん、まぁ」
温かみを感じさせる和室。
とは言え、季節は冬。
割と寒かった。
「ぷはっ」
アリスの呟きとほぼ同時に、輝夜が姿勢を戻す。
炬燵に潜り込んでいたからだろう、上気する頬はアリスにして魅力的に思える。
しかし、頭を畳みに付けていたのだから当然と言えば当然だが、乱れた髪が妙に可笑しく映った。
「あはっ、漸く笑ったわね」
言いつつ、自身も嬉しそうに口を開き笑む輝夜。
やはり掌の上。
思いつつ、もう抗う気にもなれなかった。
流石は‘竹取の姫‘、と認められる程度には、アリスにも平常心が戻っている。
だから――
「お友達になって欲しいの、アリス・マーガトロイド」
「重なり合うのはノーセンキューよ」
「あん、つれない」
――差し出される手を、そっと握り返した。
「と言うかね、思ったんだけど、迂遠過ぎ。今の一言でいいじゃない?」
「そう言われても、自分からお願いすることってなかったんですもの」
「あー、あー、そうでしょうね、そうでしょうともさ」
「そも、友達だって少ないし。あ、これも共通点?」
「その通りだけど、うっさい」
会話が弾む。
「ん、でも、うどんげやてゐは?」
「蒲公英や菫と等しく、愛おしいペットよ」
「えーと、じゃあ、藤原妹紅……?」
「友達じゃないわね。彼女とは愛し合う仲だもの」
「愛は愛でも殺し愛でしょうに。不毛な」
心地よいと感じている自身を、アリスは受け入れていた。
「あ、それなら、永琳は」
「従者よ。それ以外、どう表現して?」
「……速いわね。可愛いところもあるじゃない」
「あらー、魔法使いと魔界神、どちらの話を聞こうかしら」
「ごめんなさい。……って、ふと思ったんだけどどうして輝夜が母さんのことを!?」
それ故に――
にまにまと笑む輝夜。
とびきりの玩具を手に入れた童の表情。
暫くこのネタでからかおう、と言う魂胆が見て取れた。
――アリスは、炬燵から抜け出る。
「あ、あら? 存外に怒らせてしまったのかしら」
「先にその手の話題を出したのは私よ?」
「じゃあ」
続く言葉を待たずして、障子へと足を進めた。
そして、振り返り、言う。
「緑茶と蜜柑も良いけれど、紅茶とクッキーも悪くはないのよ?」
「……そう。楽しみに待っていてもいいのかしら」
「任せなさい」
振りあげた拳を開き、数度、振った。
「……そうね、次に会う時は輝夜の少ないらしいお友達も呼んでおいてくれない?」
「構わないけれど、どうして?」
「貴女みたいに解りにくくて扱いにくい人と、ずっと二人は辛いもの」
「あら、酷い。だったら、アリスのお友達も呼びましょう」
「私の? ……やぁよ」
断られるのは予想の範囲外だったのだろう、輝夜が目を瞬かせる。
浮かぶ憂いの色が見て取れて、アリスは微笑した。
不安の表情さえ、美しい。
「数少ないお友達だもの、貴女に盗られたくないわ。月のお姫様」
「そう言うことなら我慢しましょう。魔界のお姫様」
「じゃあ、またね、輝夜。くく」
「ええ、アリス。ふふ」
「あははははっ!」
互いに笑顔で別れた彼女たち。
再会の時は何時であろうか。
きっと、そう遠くはない――。
<幕>
《後日談》
‘七色の人形遣い‘アリス・マーガトロイドは、右手に紅茶の葉を、左手にクッキーの詰め合わせを持ち、途方に暮れていた。
「あら、その匂いは西洋菓子。ウチのおやつはほとんど和食だから嬉しいわぁ」
「その茶葉、良い香りね。貴女もそう。……妬ましい」
「と言う訳で、今日は友達を集めてみたわ」
真正面に位置する輝夜があっけらかんと言う。
右に座るは、亡霊の姫、西行寺幽々子。
左に座るは、地底の橋姫、水橋パルスィ。
顔ぶれを確認し、息を吸い込み、吐くと同時にアリスは叫んでいた。
「幻想郷でも一二を争う訳解らないのと扱いにくいのを呼んでるんじゃないわよー!?」
《こうして、お姫様たちの茶会が始まりましたとさ IN KOTATSU》
自分もアリスと輝夜との相性って良さそうだよなあと常々思っていたところでしたので、
それをこんな安心感たっぷりのコメディとして形にしていただいた作者さんには喝采を送らせていただきたいです。
願わくばこの微笑ましい4人の関係がシリーズのように続いてくれたら…最高だと思います。
そして、その組み合わせが大好き!
姫様マジ姫様。
何気に素直になれない姫様がかわいくてほくほく
後日談が気になりすぎる
笑わせていただきました
マジ気さくな姫様も振り回されっぱのアリスもすばらしい。
姫様はもっとアリスや霊夢と絡むべき