『地底に遊びに来たのかい? あそこは今お祭り騒ぎよ。誰も拒みやしないから楽しんでおいき。』
地上からやってくる人妖にヤマメがそう言っているのを、キスメはこれまでに幾度と無く見て来た。
確かに地底、特に繁華街として栄える旧都なんかは此処とは段違いの華やかさだ。ヤマメが勧めるのも頷ける。
だけど自分にはやっぱり此処があっているとキスメは思う。旧都の華やかさはまるで地獄では無いかのよう。
自分には、じめじめとしたこう如何にもといったこの感じが肌に合う。そう思うからキスメは滅多に旧都には行かない。
そして旧都に行かないのはヤマメも一緒だった。それがキスメには分からなかった。
他人には旧都に行く事を勧めているのにヤマメ自身が行っている姿を見たことが無い。そのことにキスメはずっと不思議に思っていた。
ヤマメの本当はどっちなのだろう、と。自分みたいに旧都の雰囲気に馴染めず此処に居るのか。それとも本当は旧都に憧れているのか。
まさか地上に出たいなんて思ってないだろうか? 側に居るのが当たり前になっている事にキスメは不安を覚え初めていた。
何かヤマメを繋ぎ止めておく手段は無いだろうか……気付けばそんな事ばかり模索しているキスメだった。
「ふぃ~。いやぁ~最近増えたねぇー。旧都に向かう地上の奴ら。ま、良い事なんだろうけど。道先案内人としてはこの忙しさはちょっと堪えるかな。」
言葉の割には余裕の笑みを浮かべているヤマメ。何だか嬉しそうにさえ見えキスメの心は焦るばかりだった。
「そんなの放っとけば良いじゃない……。」
むくれた顔で突き放したように言うキスメ。可愛くないと自分でも思っていたがキスメ自身どうしても素直になんてなれなかった。
「んん~? どうしたキスメ~? らしくないぞぉ?」
言いながらキスメの髪をぐりぐりと撫で回すヤマメ──ちょっと乱暴だけど、この人なりに励ましてくれてるんだって。そしてそれだけで嬉しくなってしまう自分が悔しい。
キスメは頬を赤らめながらも僅かな抵抗とばかりに上目遣いにヤマメを睨んだ。
「ホントにどうかした? 言いたい事あるなら言ってご覧よ。」
お姉さんっぽく振る舞うヤマメにキスメはこう思った。きっとこの人は私の想いには気付いてくれないんだろうなーと。
ならば、とキスメは思い切る事にした。とても告白する勇気なんてないけど、ずっと心に引っかかってた疑問ぐらいなら聞けそうな気がした。
例えそれで別れる事になったとしても、それならそれで自分が少し大人になれば良いだけだ。
キスメはちょっとだけ、勇気を振り絞ることにした。
「それじゃあさ──!」
「ん、何?」
──言ってしまえ。言ってスッキリすれば良い。ずっと叶わない恋をしていたって何にもならないじゃないか。
「──どうしてヤマメは旧都に行かないの?」
挑戦するかのようにひたすら真っ直ぐヤマメを見上げるキスメ。真剣さそのものといった具合のキスメに、だけどヤマメはきょっとんとした顔をした。
分からないか──キスメは意を決し捲くし立てるようにして言葉を紡いだ。
「だからー! どうしてこんな辛気臭い所に何時までも居るのかって聞いてるの!
さっきだって地上の妖怪に旧都に行くのを勧めてたじゃない! 本当は誰よりも旧都に行きたいんじゃないの!?」
ぜぇぜぇと肩で息をしながらも噛み付くように言い放ったキスメ。これにはヤマメも驚いたようで目を点にしていた。
(普段はこんなに感情的になるような子じゃ無いのに……)
キスメを感情的にさせた理由など終ぞ知らないヤマメ。
なんだか知らないが真剣なのは確かに伝わった為、自分もまた真剣に答えなくてはなるまい──そう思うのだが、気持ちとは裏腹にヤマメは不自然に視線をさまよわせた。
気恥ずかしそうに頬まで赤く染めるヤマメに一体どうしたのかと今度はキスメが不思議がる番だった。
「…………行っても、そこにはキスメが居ないだろう?」
──はい?
衝撃のあまりキスメは言葉を失った。思ってもみない返答に戸惑ってしまったのだ。
それをどう受け止めたのか、ヤマメはやっぱりなぁ~なんて呟きながらボリボリと頭を掻いた。
顔はまだ赤らめたままで。
「キスメにはまだ早かったかなぁ~。こういう気持ち。」
年上ぶってキスメの頭を片手で撫で回しながら、もう一方の手で鼻の下を擦るヤマメ。
──ヤマメが照れてる?
何時も余裕綽々といった感じでどこか大人びてるというのがヤマメに対するキスメの印象で、そんなヤマメが照れているなんて正直キスメにとってみれば信じられない光景だった。
その理由がキスメ自身なのだ。キスメは一気に気持ちが高揚していくのを感じた。
「や、ヤマメ! 私、私ね──!」
ヤマメからすれば自分なんかはまだまだ子供なんだろう。だったら思いっきり背伸びをしてやろう。
今なら本当の勇気を出せる気がする……そこまで考えていたキスメだったのだが。
「良いから! この話は終わり! もうちょっとキスメが大人のレディになったら私からしてあげるからさ!」
そう言ってそっぽを向いてしまうヤマメ。そんな事をしても顔が真っ赤っかなのが横から見てもまる分かりなのだが、相当恥ずかしいらしく直接キスメを見ようともしない。
それでも必死にくらいつこうとするキスメが左右に動いてはヤマメの顔を覗き込もうとするが、その度にヤマメは顔を見せまいと首を振った。
悔しいがこのままでは埒があかないと気が付いたキスメ。彼女は、それならばと思い掛けない行動に出た。
「えいっ!」
体当たりでもするような勢いで桶を揺らしヤマメに迫るキスメ。
そっぽを向いていたのが徒となったか、勢い良くキスメが迫ってきている事にヤマメは気付くのが遅れてしまった。
そして気付いた時には、もう回避できないくらいにまでキスメが肉薄してしまっていた。
しかし、そのままぶつかると思いきや、寸でのところでキスメはブレーキを掛けた。その為、実際にはほんの少し互いに触れ合った程度だった。
ちゅっ。
それでもヤマメに衝撃を与えるには十分だったが。
「えっ……? あ、えええええ!?」
思いの外取り乱すヤマメにしたり顔を浮かべるキスメ。
──思い知ったか。何時までも子供だと思ってたら大間違いよ。
勝ち誇ったように笑うキスメだったが、ヤマメに負けず劣らず、その顔は真っ赤っかだった。
「そう言えばさ、もう一つだけ聞いていい?」
「な、何?」
お互いが漸く落ち着きを取り戻した頃合いを見て、キスメはまたヤマメに尋ねかけた。
多少警戒心を見せながらも、ヤマメは応える。が──
「なんでいっつも案内人なんかやってるのかなって。」
そんな面倒臭いこと、ヤマメがする事ないのに──とキスメは思っているのだ。
実際旧都まで真っ直ぐ降りていくだけだ。がらんどうとしたこの暗さに面食らう事があったとしても迷うほどでは無い。
「な、なんでも無いさ。ただの気紛れ!」
しかしヤマメとしては本当の事を言うわけにはいかなかったのだ。
二人っきりで居たいから厄介払いしていた──などとそれこそ恥ずかしくて言える筈も無く。
今の質問のどこにまた顔を赤くする理由があったのか、全く読み取れないキスメはただただ首を傾げるばかりだった。
地上からやってくる人妖にヤマメがそう言っているのを、キスメはこれまでに幾度と無く見て来た。
確かに地底、特に繁華街として栄える旧都なんかは此処とは段違いの華やかさだ。ヤマメが勧めるのも頷ける。
だけど自分にはやっぱり此処があっているとキスメは思う。旧都の華やかさはまるで地獄では無いかのよう。
自分には、じめじめとしたこう如何にもといったこの感じが肌に合う。そう思うからキスメは滅多に旧都には行かない。
そして旧都に行かないのはヤマメも一緒だった。それがキスメには分からなかった。
他人には旧都に行く事を勧めているのにヤマメ自身が行っている姿を見たことが無い。そのことにキスメはずっと不思議に思っていた。
ヤマメの本当はどっちなのだろう、と。自分みたいに旧都の雰囲気に馴染めず此処に居るのか。それとも本当は旧都に憧れているのか。
まさか地上に出たいなんて思ってないだろうか? 側に居るのが当たり前になっている事にキスメは不安を覚え初めていた。
何かヤマメを繋ぎ止めておく手段は無いだろうか……気付けばそんな事ばかり模索しているキスメだった。
「ふぃ~。いやぁ~最近増えたねぇー。旧都に向かう地上の奴ら。ま、良い事なんだろうけど。道先案内人としてはこの忙しさはちょっと堪えるかな。」
言葉の割には余裕の笑みを浮かべているヤマメ。何だか嬉しそうにさえ見えキスメの心は焦るばかりだった。
「そんなの放っとけば良いじゃない……。」
むくれた顔で突き放したように言うキスメ。可愛くないと自分でも思っていたがキスメ自身どうしても素直になんてなれなかった。
「んん~? どうしたキスメ~? らしくないぞぉ?」
言いながらキスメの髪をぐりぐりと撫で回すヤマメ──ちょっと乱暴だけど、この人なりに励ましてくれてるんだって。そしてそれだけで嬉しくなってしまう自分が悔しい。
キスメは頬を赤らめながらも僅かな抵抗とばかりに上目遣いにヤマメを睨んだ。
「ホントにどうかした? 言いたい事あるなら言ってご覧よ。」
お姉さんっぽく振る舞うヤマメにキスメはこう思った。きっとこの人は私の想いには気付いてくれないんだろうなーと。
ならば、とキスメは思い切る事にした。とても告白する勇気なんてないけど、ずっと心に引っかかってた疑問ぐらいなら聞けそうな気がした。
例えそれで別れる事になったとしても、それならそれで自分が少し大人になれば良いだけだ。
キスメはちょっとだけ、勇気を振り絞ることにした。
「それじゃあさ──!」
「ん、何?」
──言ってしまえ。言ってスッキリすれば良い。ずっと叶わない恋をしていたって何にもならないじゃないか。
「──どうしてヤマメは旧都に行かないの?」
挑戦するかのようにひたすら真っ直ぐヤマメを見上げるキスメ。真剣さそのものといった具合のキスメに、だけどヤマメはきょっとんとした顔をした。
分からないか──キスメは意を決し捲くし立てるようにして言葉を紡いだ。
「だからー! どうしてこんな辛気臭い所に何時までも居るのかって聞いてるの!
さっきだって地上の妖怪に旧都に行くのを勧めてたじゃない! 本当は誰よりも旧都に行きたいんじゃないの!?」
ぜぇぜぇと肩で息をしながらも噛み付くように言い放ったキスメ。これにはヤマメも驚いたようで目を点にしていた。
(普段はこんなに感情的になるような子じゃ無いのに……)
キスメを感情的にさせた理由など終ぞ知らないヤマメ。
なんだか知らないが真剣なのは確かに伝わった為、自分もまた真剣に答えなくてはなるまい──そう思うのだが、気持ちとは裏腹にヤマメは不自然に視線をさまよわせた。
気恥ずかしそうに頬まで赤く染めるヤマメに一体どうしたのかと今度はキスメが不思議がる番だった。
「…………行っても、そこにはキスメが居ないだろう?」
──はい?
衝撃のあまりキスメは言葉を失った。思ってもみない返答に戸惑ってしまったのだ。
それをどう受け止めたのか、ヤマメはやっぱりなぁ~なんて呟きながらボリボリと頭を掻いた。
顔はまだ赤らめたままで。
「キスメにはまだ早かったかなぁ~。こういう気持ち。」
年上ぶってキスメの頭を片手で撫で回しながら、もう一方の手で鼻の下を擦るヤマメ。
──ヤマメが照れてる?
何時も余裕綽々といった感じでどこか大人びてるというのがヤマメに対するキスメの印象で、そんなヤマメが照れているなんて正直キスメにとってみれば信じられない光景だった。
その理由がキスメ自身なのだ。キスメは一気に気持ちが高揚していくのを感じた。
「や、ヤマメ! 私、私ね──!」
ヤマメからすれば自分なんかはまだまだ子供なんだろう。だったら思いっきり背伸びをしてやろう。
今なら本当の勇気を出せる気がする……そこまで考えていたキスメだったのだが。
「良いから! この話は終わり! もうちょっとキスメが大人のレディになったら私からしてあげるからさ!」
そう言ってそっぽを向いてしまうヤマメ。そんな事をしても顔が真っ赤っかなのが横から見てもまる分かりなのだが、相当恥ずかしいらしく直接キスメを見ようともしない。
それでも必死にくらいつこうとするキスメが左右に動いてはヤマメの顔を覗き込もうとするが、その度にヤマメは顔を見せまいと首を振った。
悔しいがこのままでは埒があかないと気が付いたキスメ。彼女は、それならばと思い掛けない行動に出た。
「えいっ!」
体当たりでもするような勢いで桶を揺らしヤマメに迫るキスメ。
そっぽを向いていたのが徒となったか、勢い良くキスメが迫ってきている事にヤマメは気付くのが遅れてしまった。
そして気付いた時には、もう回避できないくらいにまでキスメが肉薄してしまっていた。
しかし、そのままぶつかると思いきや、寸でのところでキスメはブレーキを掛けた。その為、実際にはほんの少し互いに触れ合った程度だった。
ちゅっ。
それでもヤマメに衝撃を与えるには十分だったが。
「えっ……? あ、えええええ!?」
思いの外取り乱すヤマメにしたり顔を浮かべるキスメ。
──思い知ったか。何時までも子供だと思ってたら大間違いよ。
勝ち誇ったように笑うキスメだったが、ヤマメに負けず劣らず、その顔は真っ赤っかだった。
「そう言えばさ、もう一つだけ聞いていい?」
「な、何?」
お互いが漸く落ち着きを取り戻した頃合いを見て、キスメはまたヤマメに尋ねかけた。
多少警戒心を見せながらも、ヤマメは応える。が──
「なんでいっつも案内人なんかやってるのかなって。」
そんな面倒臭いこと、ヤマメがする事ないのに──とキスメは思っているのだ。
実際旧都まで真っ直ぐ降りていくだけだ。がらんどうとしたこの暗さに面食らう事があったとしても迷うほどでは無い。
「な、なんでも無いさ。ただの気紛れ!」
しかしヤマメとしては本当の事を言うわけにはいかなかったのだ。
二人っきりで居たいから厄介払いしていた──などとそれこそ恥ずかしくて言える筈も無く。
今の質問のどこにまた顔を赤くする理由があったのか、全く読み取れないキスメはただただ首を傾げるばかりだった。
ニヤニヤがやっぱり止まらんどうしてくれる
とても良かったです
ヤマキスちゅっちゅ。