「お師匠様、雪です」
雪洞のような明かりが煌々と照らす一室。
鈴仙・優曇華院・イナバはその部屋の障子を開け、八意永琳に言った。
「そうね、今日降るのは予測通りだわ。寒いから早く入りなさい」
寒いとは己の事であり、いつもの紺の冬服にカーディガンとマフラーを纏った彼女を気遣っての物ではない。
「いえ、またすぐに出かけますので」
「貴方は予測を裏切らないわねぇ、まあいいわ」
「また訳の分からないことを……」
永遠亭にはあらゆる術式をかけている。敵への備えもそうだが、輝夜が快適に過ごせるように、例えば廊下に気温変動緩衝の一つぐらい当然かかっている。あくまで緩衝なので暖房と共に締め切った部屋のようにはいかないが。
「だいぶ温くなったわ、後で少し強めにしておこうかしら?」
「いえいえいえ! 自主訓練は怠ってませんし温いどころか命に厳しいですから!」
「その事じゃないんだけど、そこまで言うなら検討しましょうか?」
「ひえ~」
とはいえ、これ以上自分自身を冷えさせるわけにはいかない。
「鈴仙、貴方が冷えるのはもういいから、早く行きなさいな」
「は、はい。そうさせていただきます」
脱兎の如く駆け出す彼女の後姿を、永琳は苦笑で見送った。
(・x・)三
「はぁ、寒いわ」
袖口にしまっていた手を出し、白い息を吹きかける。
飛んでいる途中に被った雪を払い落とし、目前へと足を上げた。
石造りの古めかしい階段に、足跡を一歩一歩付けていく。振り返れば真白の段が延々と降っており、降り始めてからは自分以外の利用者がいないことを思わせた。
十数段だけ昇って辿り着く。眼前には立派な門があり、扉は開け放たれている。一回息を吸って、少女は進んだ。
雪原を思わせる敷地は、今朝方降り始めたばかりとは思えない。恐らく上空にあるから積もり始めも早かったのだろう、と推測する。
深深の中に溶け込むようにして、永遠亭のそれにも似た屋敷がある。白粉に塗られた優美な姿に、生き物の気配は無い。
「あら、兎鍋かしら?」
「菓子折をお持ちしたので勘弁して下さい」
屋敷の縁側には、妙に生き生きとした西行寺幽々子がいた。
彼女がこちらを認め物騒なことを言い出すと同時に差し出された箱は、即座に開封された。
「あら白粉団子、お茶が欲しくなるわ~」
「お勝手お借りしますね」
「夕飯でもいいのに、月の兎は鍋より丸焼きが好みなのかしら? 竈は奥よ」
「お茶を淹れるだけです!」
|x・)
急須と湯飲みの載った丸盆を運んできた時、
「あ、やっぱり食べてるし」
「ふがふが」
「行儀が悪いですよ。飲み込んでから」
「……んっ、貴方、最近妖夢に似てきたわね」
お茶を受け取り一口すすり、
「ふう、生き返るわ」
「死んでますから」
「お決まり事は言わなくちゃいけないのよ、ねえ?」
「ねえ? と言われても……」
「ほら、お決まり事」
「私のは自然!」
まったく、と呟きながら盆を挟んで縁側に座る。尻の辺りが冷たくて一瞬腰を浮かすが、観念してそのまま下ろした。
「ところで、妖夢は庭ですか?」
「最初に聞かれるかと思って『いませんよ』って答えを用意しておいたのに、残念だわ」
「意地悪」
「だってつまらないじゃない、そろそろ帰って来る頃とか」
「未だに貴方の波が掴めないわ……」
ふふっ、と笑われたのでそっぽを向き頬を膨らませる。
この厄介な相手に対し、思うのは一つだ。
「早く帰ってこないかしら……」
小声でポツリと呟いた。その後でハッと気付く。
……また笑われるんだろうなぁ……。
やり場のない感情に頭をかきつつ、もう帰ろうかとも考える。
「お茶、お代わり」
幽々子の声が聞こえた。明らかに振り返させるつもりで、
……そう簡単に思い通りにさせるもんですか!
顔を赤くしないよう、情けなく眉を窄めないよう強く意識し、幽々子を見た。
「……あ」
確かに、笑いはしていた。
しかしそれは嘲笑ではなく、愛しさを見せるもので、
「綺麗」
思わずその通りに発音していた。
目は淡く、口は緩やかに、死者とは思えぬ頬の紅と、触れれば解けそうな肌に。
それきり。
それきり何も言えず、ただ無音が重なるのを聞いて、
「――」
聞き覚えのある飛翔の風切り音に、耳が動いた。
「貴方" "待ってるのは私じゃないわよ?」
かあっと自分が何をしていたのかを思い出し頬が熱くなる。
何を" "言っていたのかわからないが、それよりもやるべきことがある。
灰色に白玉の混じる空。枯れた桜の方からやってくる。
彼女のために笑顔を作ろう、と少し練習。
「冷えたお茶でちょうど良いわね、熱くなりそうだし」
そのお手本は団子を串ごと食べていた。
自分でも深い意味がありそうな言葉で今後使おうかと思いますが、今回の場合は単なる誤字でしたorz