人里離れたその場所は、暗くも不気味な闇の森。
季節を問わず蟲は囁き、梟などの夜行性の鳥達は、餌を求めて飛び回る。
木々の隙間から見える星々は、行く人を見つめる瞳のようにも見えた。
そこは、夜には行ってはいけない場所だった。
小さい頃から言われている、夜雀の歌。
その舞台になる森こそが、今、歩を進める者がいる場所である。
何故その場所にいるのか。それは簡単なものである。
冬場は寒くなり、火で暖を取るものとしては薪が必要なのだ。
先日、薪を切らしていたにも関わらず、面倒くさがった結果がこれだった。
どうせ村に伝わる伝承のようなものでしかないその歌など、信じていなかった。
幼い頃にそれで親に脅されたのが懐かしく、馬鹿馬鹿しいと思うほどに。
今宵、満月。
木々の合間から盛れる月光は、じめじめとした地を青白く照らす。
冬の寒風が木々を揺らし、その者の頬を撫でた。
突如身に寒気を感じ、一度震えると、暖を求めて家路を急ぐ。
チン、チン。
それは、不意に耳に入った。
その辺で囁く蟲でもなく、餌を狙い目を研ぎ澄ます梟のものでもない。
夜に鳴く筈も無い、雀のそれだった。
間違い無くそれが背後から聞こえたのだ。
先ほどの寒気とは違ったものを感じ、急いで振り向く。
雀らしい姿は見当たらないし、こんな暗闇の中見つけるのは難しかった。
嫌な予感が、その者の脳を埋め尽くしていく。
急いで帰らなければと、己の足に命令を送りつける。
走り出したその背後で、またあの奇妙な雀の鳴き声が聞こえてくる。
チン、チン。
夜の帳が、闇が降りてくる。
今は太陽が傾いているのに、聞こえる筈なんて無い。
そう言い聞かせて足を進めるも、耳に聞こえるは己の荒れる息と雀の鳴き声。
やがてそれは、鳴き声から、歌へと変わる。
荒れる心情とは打って変わって、それはとても優しく暖かい歌だった。
聞きたくない、そう思って脳に直接訴えかけてくる。
耳を塞いでも聞こえるそれは、恐怖でしかなかった。
森を出ようと決めた頃から、どれだけの時が経ったかなんて分からない。
それほど長くないと走りながらぼんやりと考える。
しかし、それほど夜が深まったのかと思うような、暗幕が視界にかかる。
次第に大きくなるその歌は、意識を曖昧にしていく。
何故逃げる必要がある?
その美しい歌に耳を貸せばいいじゃないか。
足を止め、ふと後ろを振り向いた。
視界は悪く、もうほとんどといっても良いほど前が見えない。
だけど、微かに見えるものがあった。
ちょうど大きく開いた、木の隙間。
そこには、満天の夜空に満ちる月から毀れた光の帯が集まっていた。
それは、暗い森の中でひっそりと行われている、コンサート。
ステージに集まる明かりの中で、一人歌う姿が見えた。
瞳を閉じて、歌に気持ちを注いでいるのが良くわかる。
そして、その気持ちは声に乗って届く。
美しく、どこか消え入りそうな儚い声。
まるで幻想の音を聞いているのではないかと思うような、そんな気持ち。
もうまるで見えなくなった世界。
それでも、声を頼りにその方向へと足を進める。
足は、あれほど走ったにも関わらず軽かった。
そして、その足を止める。
とても近い場所で、その歌を聞く事ができる場所まで。
耳に、甘美な声が満ちる。
艶やかで、優しく、心地の良い声。
そんな声に溺れながら、意識は闇へと落ちていく。
暖かく、心地の良い闇の中へ。
光を見る事を最後に望んだけれど、今はそれも後回し。
また明日になれば日が見える。
だから、その時まで、暖かい闇の中で。
サヨウナラ。
季節を問わず蟲は囁き、梟などの夜行性の鳥達は、餌を求めて飛び回る。
木々の隙間から見える星々は、行く人を見つめる瞳のようにも見えた。
そこは、夜には行ってはいけない場所だった。
小さい頃から言われている、夜雀の歌。
その舞台になる森こそが、今、歩を進める者がいる場所である。
何故その場所にいるのか。それは簡単なものである。
冬場は寒くなり、火で暖を取るものとしては薪が必要なのだ。
先日、薪を切らしていたにも関わらず、面倒くさがった結果がこれだった。
どうせ村に伝わる伝承のようなものでしかないその歌など、信じていなかった。
幼い頃にそれで親に脅されたのが懐かしく、馬鹿馬鹿しいと思うほどに。
今宵、満月。
木々の合間から盛れる月光は、じめじめとした地を青白く照らす。
冬の寒風が木々を揺らし、その者の頬を撫でた。
突如身に寒気を感じ、一度震えると、暖を求めて家路を急ぐ。
チン、チン。
それは、不意に耳に入った。
その辺で囁く蟲でもなく、餌を狙い目を研ぎ澄ます梟のものでもない。
夜に鳴く筈も無い、雀のそれだった。
間違い無くそれが背後から聞こえたのだ。
先ほどの寒気とは違ったものを感じ、急いで振り向く。
雀らしい姿は見当たらないし、こんな暗闇の中見つけるのは難しかった。
嫌な予感が、その者の脳を埋め尽くしていく。
急いで帰らなければと、己の足に命令を送りつける。
走り出したその背後で、またあの奇妙な雀の鳴き声が聞こえてくる。
チン、チン。
夜の帳が、闇が降りてくる。
今は太陽が傾いているのに、聞こえる筈なんて無い。
そう言い聞かせて足を進めるも、耳に聞こえるは己の荒れる息と雀の鳴き声。
やがてそれは、鳴き声から、歌へと変わる。
荒れる心情とは打って変わって、それはとても優しく暖かい歌だった。
聞きたくない、そう思って脳に直接訴えかけてくる。
耳を塞いでも聞こえるそれは、恐怖でしかなかった。
森を出ようと決めた頃から、どれだけの時が経ったかなんて分からない。
それほど長くないと走りながらぼんやりと考える。
しかし、それほど夜が深まったのかと思うような、暗幕が視界にかかる。
次第に大きくなるその歌は、意識を曖昧にしていく。
何故逃げる必要がある?
その美しい歌に耳を貸せばいいじゃないか。
足を止め、ふと後ろを振り向いた。
視界は悪く、もうほとんどといっても良いほど前が見えない。
だけど、微かに見えるものがあった。
ちょうど大きく開いた、木の隙間。
そこには、満天の夜空に満ちる月から毀れた光の帯が集まっていた。
それは、暗い森の中でひっそりと行われている、コンサート。
ステージに集まる明かりの中で、一人歌う姿が見えた。
瞳を閉じて、歌に気持ちを注いでいるのが良くわかる。
そして、その気持ちは声に乗って届く。
美しく、どこか消え入りそうな儚い声。
まるで幻想の音を聞いているのではないかと思うような、そんな気持ち。
もうまるで見えなくなった世界。
それでも、声を頼りにその方向へと足を進める。
足は、あれほど走ったにも関わらず軽かった。
そして、その足を止める。
とても近い場所で、その歌を聞く事ができる場所まで。
耳に、甘美な声が満ちる。
艶やかで、優しく、心地の良い声。
そんな声に溺れながら、意識は闇へと落ちていく。
暖かく、心地の良い闇の中へ。
光を見る事を最後に望んだけれど、今はそれも後回し。
また明日になれば日が見える。
だから、その時まで、暖かい闇の中で。
サヨウナラ。
どう言えばいいのか…