~エピローグ~
カンッカンッコロロ……
博麗神社の賽銭箱から金属と木材のぶつかる音が鳴った。
なんのことはない、ただのお賽銭である。
入れられたのは十円玉一枚。
賽銭箱が奏でた音に続き、二回手を打つ音が鳴る。
何を願っているのだろう。
目を瞑り礼をしている少女の顔からは伺いきれない。
1秒
2秒
3秒
「何を願っていたの?」
少女が祈りから顔を上げるのを待っていたのだろう。
けだるそうな声が、少女の後ろから声がかけられた。
「私と貴女が恋仲になれますように」
「願い事って、人に話すと叶わないと言われてるわよね」
「あらあら、困りましたわ」
少女が袖から扇子を取り出し口元にあてる。
その様子が妙に艶めかしい。
健全な男子が、不健全な病気にかかるだろう仕草。
少女……八雲 紫は好んでこの仕草をよく使っていた。
「紫」
「うん?」
「本当は何を願ったの?」
「人に話すと願いは叶わないらしいから秘密」
「ふぅん……」
さわさわと、二人の間に風が流れる。
秋から冬へと移り変わるこの季節。
肌寒いのか、二人表情が少し硬い。
「風邪をひいてしまうわ。部屋に戻りなさいな?」
紫がそう促した。
しかし彼女は動かない。
「どうしたの?」
紫が尋ねるが、言葉を探しているのだろうか。彼女は声を発しない。
しばらく口をパクパクさせた後、小さく静かに呟いた。
「……なさい」
「え、何聞こえないわ」
「今夜の宴会には参加しなさいって言ったのよ」
それだけ言うと、彼女は紫に背を向けて家の中へと消えていった。
残された紫はそんな彼女の様子を、ただじっと見つめているだけ。
その表情からは悲しみと寂しさがにじみ出ていたのに、誰も気づくことはなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その日は大繁盛だった。
何がと言えば、お賽銭だ。
秋の姉妹が訪れれば、冬の妖怪も訪れる。
寝ぼけた春の妖精がお賽銭箱にぶつかれば、四季のフラワーマスターがお茶をたかりに来る。
吸血鬼姉妹が二拍手すると、メイド長が二人の頭を押さえ無理やり礼をさせる。
門番と世間話の花を咲かせ、妖精を弾幕で落ち落とし。
亡霊が半人半霊に作法を教えながら、兎が薬を売りに来る。
風祝りにお賽銭を強要したならば、山の神々が笑いながら高価を賽銭箱へと投げ込む。
ちゃりんちゃりんと、金属の奏でるメロディが博麗神社を満たしていく。
一枚から始まり、二枚十枚百枚……
集まった硬貨の枚数分の人妖が、一つの趣旨の元に集まる。
太陽が沈むころには、すでに宴会が始まっていた。
「おっす霊夢。今年は去年にも増して大繁盛だな」
白黒の魔法使いが、お酒を抱えながら霊夢の元へとやってきた。
顔が紅いところをみると、すでに一杯やった後らしい。
ほれ、と言いながら、空になったいる霊夢の杯にお酒を注ぐ。
「ありがと」
「おう、飲め飲め。暇があったらどんどん飲め」
「馬鹿。そんなに飲んだら明日仕事できないじゃない」
「いいじゃん一日くらい。酔いつぶれようぜ?」
酒瓶ごと霊夢に押しつけ魔理沙は笑っていた。
霊夢も、あきれたなんて言いながらも口元は緩んでいる。
せっかくの宴会。楽しまなければ損だ。
「ほらほら、魔理沙ももっと飲みなさい」
「おう。ぐぐっとくれぐぐっと」
ワイワイと騒がしい境内と、やっぱり騒がしい縁側。
まるで何かの約束事のように、霊夢は一人で縁側にいる。
そこに順番を決めているわけでもないのに、順に一人ずつ少女達がやってくるのだ。
そう、魔理沙のように。
そして、適度に時間がたてば……
「さぁって、そろそろ次の奴が来るころだな」
「別にここに残ってもいいのよ?」
「悪いな。私が居ないと拗ねる奴がいるんでな」
「もてる女は大変ね」
「お互いに、な」
トレードマークの帽子をかぶりなおすと、魔理沙は手を振りながら境内へと飛び出していった。
向こうがワッと盛り上がったのを見ると、きっと魔理沙が誰かにヒップアタックでも喰らわせたのだろう。
そのうち弾幕バトルが始まって、それを肴に宴会は続行される。
それがこの宴会恒例になっている。
魔理沙の次に、咲夜が来て、咲夜は美鈴にナイフを投げる。
ため息をつきながらパチュリーが来て、パチュリーはアリスに魔法をぶつける。
鬼は烏天狗を追いかけまわし、さとり妖怪は泣きながら妹に抱きつく。
永遠に続くと思われる夜。
廻り廻るわ縁の輪。
続く続くは宴会の花火。
全員が霊夢に引き寄せられ、酒を飲む。
そこに、人間も妖怪も幽霊も鬼も天狗もなにもかも関係なく。
儘、霊夢を中心に笑っていた。
ただ一人を除いては。
「あんたで最後なのね。藍?」
「そうみたいだな」
よいしょっと霊夢の隣に腰をおろしたのは、紫の式、八雲 藍だった。
藍も同じように、お酒を霊夢へと注ぐ。
霊夢がそれをぐっと飲み干すと、自分も飲み干す。
それを何回か繰り返した後、霊夢は尋ねた。
「今年も、やっぱりだめだったの?」
「照れ屋だからな。紫様は」
それが答えだと、藍は言葉と一緒に酒を飲み込む。
「今年も、全員は集まらなかったわね」
「空気読めないからな。紫様は」
「あはは、確かにそうよね。何もかも分かっているように振舞っているだけで」
「あぁ。実は一番なにも分かっていないのさ。紫様は」
とくに私達の心はね。
二人とも笑い、また時間が流れる。
あとは他愛もない談話。
人里がどうだった、橙がこんな失敗をしていた。
紫が拗ねると可愛い。幽々子が怒ると怖い。
そのほとんどが幻想郷に住む人々の話だったが、不思議とまるで井戸のようにいくらでも話がわいてくる。
彼女達は好きなのだ。
幻想郷が。
だから、守りたいのだ。命をかけて。
紫が寝ている間も。
「ということで、霊夢」
「はいはい、分かってるわよ。結界の管理はいつも以上に気をつけてでしょ?」
「いや、そうじゃなくてな」
「?」
藍が自分の尻尾をもそもそと漁りだす。
そしてソレを力を込めて引っ張り出した。
「後はまかせた」
「ゆ、紫!?」
「こんばんは霊夢。今夜は月が綺麗ね」
「ちょ、藍!? ってもう居ないし!」
霊夢の視線の先には、すでに聖にちょっかいをかけている藍が遠くに見えていた。
最初からこうするつもりだったらしい。
「縁が重なり、積み上がればそれは」
紫の声に重ねるように、霊夢は答えた。
「十円、重縁ねぇ」
「縁が重なるほどに寂しそうにする霊夢が可愛くて、来ちゃったわ」
「……初めてじゃない。あんたがこの宴会に参加するのは」
「霊夢と縁がある者、全員を集めた大宴会……」
「そう。あんただけがいつも居なかった宴会。私は待ってるだけの楽な祭り」
「だから一人なのね」
「うっさい。この宴会はお賽銭を集めたくて開いてるだけ。それ以上でもそれ以下でもないわ」
嘘。
霊夢はこの宴会を、誰よりも楽しみにしている。
この一年でどれだけの縁ができたか。
どこまで縁が深くなったのか。だれよりも気にしている。
そして思いだすのだ。一人ひとりと話しながら、日常の平和を。
小さな胸の記憶の箱を解放し、想いでへと昇華させているのだ。
だけど紫はいつも居なかった。
「どうして」
「……」
「ねぇ。紫はどうしていつも来てくれないの?」
「……眠いわ」
「質問に答えなさい」
「ねぇ霊夢。とても眠いの」
「あんた何しに来たのよ!?」
「いつもならもう寝ている時間だもの。とっても眠たいわ」
「こら、頭を膝に乗せるな」
「眠いの。とてもとても眠たいの。だから少しだけ此処で寝させて……」
「人の話しをっ!」
「……離れてしまうのは……でも……今日は寂しくないわ」
「紫?」
「すーすー」
「寝付き早!?」
霊夢の膝の上で眠る、一人の妖怪。
その寝顔は安らかで、まるで親の胸で眠る子供のように目を瞑っていた。
ゆっくりとした寝息を奏でる紫の長い金色の髪を、霊夢は一本一本慈しむように指に絡める。
それは手から零れ落ちる水のように柔らかく、抵抗なく霊夢の指の上を流れる。
さらさらと、さわさわと。
そして掌で霊夢は優しく金糸を掬い上げ、口元へ持っていき祈るように呟いた。
「おやすみ、紫」
そっと、霊夢の唇が……紫の髪にふれた。
< ~幻想少女物語~十円入れれば大団円 >
~Fin~
カンッカンッコロロ……
博麗神社の賽銭箱から金属と木材のぶつかる音が鳴った。
なんのことはない、ただのお賽銭である。
入れられたのは十円玉一枚。
賽銭箱が奏でた音に続き、二回手を打つ音が鳴る。
何を願っているのだろう。
目を瞑り礼をしている少女の顔からは伺いきれない。
1秒
2秒
3秒
「何を願っていたの?」
少女が祈りから顔を上げるのを待っていたのだろう。
けだるそうな声が、少女の後ろから声がかけられた。
「私と貴女が恋仲になれますように」
「願い事って、人に話すと叶わないと言われてるわよね」
「あらあら、困りましたわ」
少女が袖から扇子を取り出し口元にあてる。
その様子が妙に艶めかしい。
健全な男子が、不健全な病気にかかるだろう仕草。
少女……八雲 紫は好んでこの仕草をよく使っていた。
「紫」
「うん?」
「本当は何を願ったの?」
「人に話すと願いは叶わないらしいから秘密」
「ふぅん……」
さわさわと、二人の間に風が流れる。
秋から冬へと移り変わるこの季節。
肌寒いのか、二人表情が少し硬い。
「風邪をひいてしまうわ。部屋に戻りなさいな?」
紫がそう促した。
しかし彼女は動かない。
「どうしたの?」
紫が尋ねるが、言葉を探しているのだろうか。彼女は声を発しない。
しばらく口をパクパクさせた後、小さく静かに呟いた。
「……なさい」
「え、何聞こえないわ」
「今夜の宴会には参加しなさいって言ったのよ」
それだけ言うと、彼女は紫に背を向けて家の中へと消えていった。
残された紫はそんな彼女の様子を、ただじっと見つめているだけ。
その表情からは悲しみと寂しさがにじみ出ていたのに、誰も気づくことはなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その日は大繁盛だった。
何がと言えば、お賽銭だ。
秋の姉妹が訪れれば、冬の妖怪も訪れる。
寝ぼけた春の妖精がお賽銭箱にぶつかれば、四季のフラワーマスターがお茶をたかりに来る。
吸血鬼姉妹が二拍手すると、メイド長が二人の頭を押さえ無理やり礼をさせる。
門番と世間話の花を咲かせ、妖精を弾幕で落ち落とし。
亡霊が半人半霊に作法を教えながら、兎が薬を売りに来る。
風祝りにお賽銭を強要したならば、山の神々が笑いながら高価を賽銭箱へと投げ込む。
ちゃりんちゃりんと、金属の奏でるメロディが博麗神社を満たしていく。
一枚から始まり、二枚十枚百枚……
集まった硬貨の枚数分の人妖が、一つの趣旨の元に集まる。
太陽が沈むころには、すでに宴会が始まっていた。
「おっす霊夢。今年は去年にも増して大繁盛だな」
白黒の魔法使いが、お酒を抱えながら霊夢の元へとやってきた。
顔が紅いところをみると、すでに一杯やった後らしい。
ほれ、と言いながら、空になったいる霊夢の杯にお酒を注ぐ。
「ありがと」
「おう、飲め飲め。暇があったらどんどん飲め」
「馬鹿。そんなに飲んだら明日仕事できないじゃない」
「いいじゃん一日くらい。酔いつぶれようぜ?」
酒瓶ごと霊夢に押しつけ魔理沙は笑っていた。
霊夢も、あきれたなんて言いながらも口元は緩んでいる。
せっかくの宴会。楽しまなければ損だ。
「ほらほら、魔理沙ももっと飲みなさい」
「おう。ぐぐっとくれぐぐっと」
ワイワイと騒がしい境内と、やっぱり騒がしい縁側。
まるで何かの約束事のように、霊夢は一人で縁側にいる。
そこに順番を決めているわけでもないのに、順に一人ずつ少女達がやってくるのだ。
そう、魔理沙のように。
そして、適度に時間がたてば……
「さぁって、そろそろ次の奴が来るころだな」
「別にここに残ってもいいのよ?」
「悪いな。私が居ないと拗ねる奴がいるんでな」
「もてる女は大変ね」
「お互いに、な」
トレードマークの帽子をかぶりなおすと、魔理沙は手を振りながら境内へと飛び出していった。
向こうがワッと盛り上がったのを見ると、きっと魔理沙が誰かにヒップアタックでも喰らわせたのだろう。
そのうち弾幕バトルが始まって、それを肴に宴会は続行される。
それがこの宴会恒例になっている。
魔理沙の次に、咲夜が来て、咲夜は美鈴にナイフを投げる。
ため息をつきながらパチュリーが来て、パチュリーはアリスに魔法をぶつける。
鬼は烏天狗を追いかけまわし、さとり妖怪は泣きながら妹に抱きつく。
永遠に続くと思われる夜。
廻り廻るわ縁の輪。
続く続くは宴会の花火。
全員が霊夢に引き寄せられ、酒を飲む。
そこに、人間も妖怪も幽霊も鬼も天狗もなにもかも関係なく。
儘、霊夢を中心に笑っていた。
ただ一人を除いては。
「あんたで最後なのね。藍?」
「そうみたいだな」
よいしょっと霊夢の隣に腰をおろしたのは、紫の式、八雲 藍だった。
藍も同じように、お酒を霊夢へと注ぐ。
霊夢がそれをぐっと飲み干すと、自分も飲み干す。
それを何回か繰り返した後、霊夢は尋ねた。
「今年も、やっぱりだめだったの?」
「照れ屋だからな。紫様は」
それが答えだと、藍は言葉と一緒に酒を飲み込む。
「今年も、全員は集まらなかったわね」
「空気読めないからな。紫様は」
「あはは、確かにそうよね。何もかも分かっているように振舞っているだけで」
「あぁ。実は一番なにも分かっていないのさ。紫様は」
とくに私達の心はね。
二人とも笑い、また時間が流れる。
あとは他愛もない談話。
人里がどうだった、橙がこんな失敗をしていた。
紫が拗ねると可愛い。幽々子が怒ると怖い。
そのほとんどが幻想郷に住む人々の話だったが、不思議とまるで井戸のようにいくらでも話がわいてくる。
彼女達は好きなのだ。
幻想郷が。
だから、守りたいのだ。命をかけて。
紫が寝ている間も。
「ということで、霊夢」
「はいはい、分かってるわよ。結界の管理はいつも以上に気をつけてでしょ?」
「いや、そうじゃなくてな」
「?」
藍が自分の尻尾をもそもそと漁りだす。
そしてソレを力を込めて引っ張り出した。
「後はまかせた」
「ゆ、紫!?」
「こんばんは霊夢。今夜は月が綺麗ね」
「ちょ、藍!? ってもう居ないし!」
霊夢の視線の先には、すでに聖にちょっかいをかけている藍が遠くに見えていた。
最初からこうするつもりだったらしい。
「縁が重なり、積み上がればそれは」
紫の声に重ねるように、霊夢は答えた。
「十円、重縁ねぇ」
「縁が重なるほどに寂しそうにする霊夢が可愛くて、来ちゃったわ」
「……初めてじゃない。あんたがこの宴会に参加するのは」
「霊夢と縁がある者、全員を集めた大宴会……」
「そう。あんただけがいつも居なかった宴会。私は待ってるだけの楽な祭り」
「だから一人なのね」
「うっさい。この宴会はお賽銭を集めたくて開いてるだけ。それ以上でもそれ以下でもないわ」
嘘。
霊夢はこの宴会を、誰よりも楽しみにしている。
この一年でどれだけの縁ができたか。
どこまで縁が深くなったのか。だれよりも気にしている。
そして思いだすのだ。一人ひとりと話しながら、日常の平和を。
小さな胸の記憶の箱を解放し、想いでへと昇華させているのだ。
だけど紫はいつも居なかった。
「どうして」
「……」
「ねぇ。紫はどうしていつも来てくれないの?」
「……眠いわ」
「質問に答えなさい」
「ねぇ霊夢。とても眠いの」
「あんた何しに来たのよ!?」
「いつもならもう寝ている時間だもの。とっても眠たいわ」
「こら、頭を膝に乗せるな」
「眠いの。とてもとても眠たいの。だから少しだけ此処で寝させて……」
「人の話しをっ!」
「……離れてしまうのは……でも……今日は寂しくないわ」
「紫?」
「すーすー」
「寝付き早!?」
霊夢の膝の上で眠る、一人の妖怪。
その寝顔は安らかで、まるで親の胸で眠る子供のように目を瞑っていた。
ゆっくりとした寝息を奏でる紫の長い金色の髪を、霊夢は一本一本慈しむように指に絡める。
それは手から零れ落ちる水のように柔らかく、抵抗なく霊夢の指の上を流れる。
さらさらと、さわさわと。
そして掌で霊夢は優しく金糸を掬い上げ、口元へ持っていき祈るように呟いた。
「おやすみ、紫」
そっと、霊夢の唇が……紫の髪にふれた。
< ~幻想少女物語~十円入れれば大団円 >
~Fin~
何だか後書きがこれでお別れみたいな感じがしますけど来年ももちろん来ますよね?
本当に素晴らしかったです!
素晴らしい作品をありがとう、お疲れ様。
よし、私もこじろー氏に二重に御縁があるようにお賽銭箱に二十五円入れよう
縁とは不思議なもの
もしかすればまた……そのときはひさしぶり!と飛び蹴りをかましてくださいね♪
>2しゃま
また今日の延長にお会いしましょう
きっとそれは、東方が存在する限り続く物語ですから
>脇役しゃま
お賽銭ありがとうございます!
博麗神社の名の下に、またSSというお酒を飲み交わせる日を……
では、しばしのお別れを