------人里から離れた場所にある博麗神社。
普段から参拝客の少ないこの神社では今日も巫女が一人のんびりとお茶を飲んでいるのであった。
「はぁ…、今日も暑いわねぇ…。こうも暑いと境内の掃除をする気もなくなっちゃうわよね。うん。あー、その辺に湖の氷精でも飛んでたら捕まえてやるのに…。」
少々平和ではない発言をしながら、サボりの言い訳を誰に語るでもなくつぶやいていると、何もない空間から急にスキマが開いた。
「御機嫌よう、霊夢。元気にしているかしら?」
「…何か用?後、急に出てこないでって言ってるでしょ。お茶ならそこにあるから勝手に入れて頂戴。あ、素敵なお賽銭箱はあっちよ。」
唐突なスキマ妖怪の出現にも驚いた様子もなく答える霊夢。一応お客として迎える気はあるようだ。指さしているのは出がらしで入れた温くなったお茶だが。
「そうねぇ…、お賽銭は又にしましょう。今日は貴女に確認することがありまして。」
「何よ、改まって。アンタが持ってくる話ってろくでもないことばかりだけど、今回もその類なんでしょ。」
普段通りの胡散臭い笑みを浮かべながら語りだす紫。こういう時の紫は大抵問題ごとを抱えてきては押し付けてくるので露骨に嫌な顔をしてしまう霊夢であるが、そんな事は気にする様子もなく紫は続けた。
「いえ、貴女も今年で十六を迎えたでしょう?そろそろ跡継ぎのことを考えてもらおうかと思いまして。」
「跡継ぎって…。突然ね…。」
「そんなことないですわ。貴女の立場を考えれば早めに後継者の事を考えておくのは当然の事じゃなくて?それに…、先代の博麗の巫女は素晴らしい才能の持ち主でしたが、異変の解決中にね…。」
そう言いながら、紫は遠くを見つめるように視線を外した。
「…だから、ね。今はほら、スペルカードルールが制定されているからいくらか安心だけれども、それでも憂いは残しておきたくないのよ。」
「ふぅん…。でも私、そんなこと考えたこともないし、そもそも相手だっていないじゃないの。」
「うふふ…、本当にそうなのかしらね…?まぁいいですわ。いざとなればこちらでお相手は探して差し上げましてよ?」
「……?何よ、その言い方は…。それにそれこそお断りだわ。いきなり知らない人とだなんて。」
「そうね。今すぐにとはいいませんわ。だけども、貴女は博麗の巫女。こういう問題もあるということを自覚しておいてくださいな。それでは、また…。」
そういうと、紫はいつの間にかあらわれたスキマの中に入って消えてしまった。
「…なんなのよ…、もう…。」
---------人里と魔法の森の境界にある香霖堂
「ふぅ…、こんなものだろう…。」
店先にて一人語るのは、この店舗の店主、森近霖之助であった。
およそ整理されているとは言い難い店先には大きな風呂敷に包まれた白い箱のようなものが置いてある。
「リアカーを使うべきだろうか…。まぁ依頼品はこれだけだからな。帰りのことを考えればこのままでよいだろう。しかし人里にも『冷蔵庫』が流行るようになるとはね。山の巫女たちの産業革命も役に立っているようだ。」
そう、今人里では『冷蔵庫』が普及しつつある。
とはいっても、動力部には河童独自の改造が加えられているようだが。
~
いつか、霊夢と魔理沙が山に来た新しい巫女を店に連れてきたことがあった。その巫女は霊夢と違って青地に白の巫女服を着ていた。まぁ霊夢と一緒で何故か腋は空いているスタイルだったが。
あの時も、山の巫女、-たしか東風谷早苗と言っただろうか-は、目を輝かせて、
『ちょ…!あれはNEO・GEOじゃないですか!箱つき完品に出会えるなんて…!間違って加奈子様が廃品回収に出してしまったからもう会えないと思っていました…!あの時の神奈子様は絶対に許しませんよ!絶対に!』
と、大変店の品ぞろえを気に入ってもらえたようだった。まぁ、言っている内容の大半は意味がわからなかったが。しかし、これも電気を使う品のようである。そのことを説明すると、
『ううう…!そうなんですよ!もう耐えられないんです!電気のない生活が~!100歩譲ってテレビが観れないことには目を瞑りましょう!だけど!ゲーム機も扇風機も使えないんですよ!折角個体値31ガブリアスを育成開始しようとしたのに!!』
などと、よくわからないことを語っていたようだが、あれから地底に住む妖怪やら、河童の力を借りて、簡単な電力をつかう外のモノであれば使うことができるようになったらしい。
しかし、こんなにも外の世界の技術が幻想郷に広がってしまって大丈夫なのだろうか?幻想郷に住まうものなら誰もが知っていることだが、幻想郷は、人と妖が共存し成り立つ世界である。人に過ぎた力が渡れば、それはパワーバランスの崩壊、幻想郷のシステムが成り立たなくなってしまうことにつながる。
僕が拾ってくる商品は、無縁塚に流れ着いた-つまり外の世界で忘れ去られた-道具である。そして、それらの大半は電力を使うものであり、電力がなければ本来の使い方はできないだろう。僕の能力、【道具の名前と用途が判る程度の能力】をこれらの品に使用すると、
名前:シムシティ
用途:街を創造する
名前:スペースコブラ
用途:死亡フラグをかき消す
街一つ創造するなど、それは神の行為に他ならないだろうか?ましてや、人の生死を操れるなど、冥界の亡霊姫のような能力が誰にでも使えるようになるのだろうか?いずれにせよ、こんな危険な道具が外の世界には溢れかえっていると考えるとちょっとした恐怖を覚えてしまう。
まぁ、幻想郷の管理者である八雲紫は当然にこのことを把握しているはずである。その紫が黙認しているのであれば問題はないということになるが…。
~
と霖之助が思考の海に入ること数十分。
「おっといけない、つい考え込んでしまったようだ。急がないと親父さんにドヤされてしまうな。」
こうして、霖之助は依頼品の冷蔵庫を抱えて人里へと向かうのであった。
----------人里・霧雨道具店
「…ふむ!完璧だぜ!霖之助!相変わらずお前は仕事が早いな!」
「…ごぼっ!何度も背中をたたくのはやめてください…!」
「がっはっは!まぁそう固いこと言いなさんな!こうやって夏に冷てぇ麦茶が飲めるようになったのもコイツのお陰だしなぁ。」
「そうですね。それで親父さん、冷蔵庫ですが、そろそろ一般化はできそうなんですか?」
「おうよ!山の連中と協議してる最中だがな、まぁ近いうちにはそこそこの値段で提供できるようになると思うぜ!」
霖之助は人里にある霧雨道具店の店内に設けられた商談用スペースで、店主である魔理沙の父親と商談、もとい久しぶりの交流に花を咲かせていた。
魔理沙の父親は豪胆な人ではあるが、誰もが気軽に接しやすい雰囲気の持ち主であった。そのため、里内でも人望は厚い様で、販売代表として今回の産業革命についても一役買っているのであった。
本人達は否定するが、魔理沙に性格が遺伝しているのは間違いないだろう。
「あら、霖之助さんじゃないですか。いらしていたんですか?」
「あ、これはどうも。」
「うちの人がまた無茶言ってごめんなさいね。でも助かったわ、こんなに早く持ってきてくれて。今度町の人たちを集めて効果説明をしようとしていたところだったから。」
あいさつをしながら、店奥から出てきたのは、魔理沙の母親だった。
魔理沙の性格が父親に似たのなら、容姿は母親に似たのだろう、というくらい魔理沙の面影を感じさせることができる外見である。
「いえ、これくらいの修理でしたらすぐに終わる作業ですから。ああ、今回の修理個所についてですが、簡単にですが問題点を項目化しておきました。今度の量産の際には改良できると思います。」
「おおう!やるじゃねぇか!俺も耐久性については今度の議題にしようと思っていてな…!ありがたくもらっておくぜ!」
「そういえば、霖之助さん…。魔理沙のことだけど…」
「ふん!あんな不良娘のことなんぞ俺はしらんぞ!魔法なんぞにうつつをぬかしやがって!…んで、霖之助、あの馬鹿娘は今どうしてるんだ?」
「はは…」
商談も佳境に入った頃、やはりというか、娘である魔理沙の話題になるのであった。勘当に近い形で家出してしまったとはいえ、やはり実の娘の事は心配なのだろう。こうして霧雨店に霖之助が訪れるときは状況報告をしてあげるのであった。
「しかしアイツもすっかり反抗的な娘に育っちまって…何が『目玉焼きにケチャップなんてありえないぜ!私は醤油以外はみとめないからな!』だ…!俺はあいつをそんな不良娘に育てた覚えは…おっともうこんな時間か。いかんな、商会の会合があるのをすっかり忘れてたぜ。」
「そうですね。親父さん、ただでさえ遅刻が多いんですから早く行ってくださいよ。」
「うるせぇ!言われなくてもわかってるぜ!おっと忘れてたぜ、そら、今回の報酬だ。あと、お前!アレあったろ!オマケでつけといてやんな!」
「はいはい…。」
そういいながら、魔理沙の母親から渡されたのは銭の入った袋と、一つの小箱であった。
小箱の中には白い陶器が入っていて、中は赤くなっていた。
「これは…?紅でしょうか。」
「そうね。今年はいい色の紅餅が作れたみたいでね?ウチでも取り扱っているのよ。ほら、霖之助さんまだ独りでしょう?いい娘の一人くらいいるんじゃないの?プレゼントにあげたらどうかしら?」
「…あいにくと、僕はまだそういった相手もいませんし、作るつもりもないと思いますよ。だからこれは受け取っても意味ないと思いますがね。」
「だああっ!ゴチャゴチャ抜かすない!いいからそれもって行け!」
結局、押しの強い二人に無理やり報酬+αを持たされて霧雨道具店を後にした霖之助である。
「まったく、二人とも相変わらずだな…。さて、あとは必要なものを揃えて帰るとしようか。む、そうだ、ここからは博麗神社が帰り道の途中だったか。様子を見てみるのも悪くないだろう。」
これは彼女を心配しての行動である。何より、服が破けた、等の理由で来店された暁には、もれなくツケという名の強奪により高級茶葉がなくなる、といったような打算ではない…。
そういって、心の中で言い訳をしながら、入用なものを揃えた霖之助は里を後にするのであった。
----------博麗神社
霊夢は神社の縁側でぼーっと座っていた。
しかし、何時もとは違いその顔には若干の暗さが漂っているようだ。
(はぁ、何よ、紫ったら突然あんなこと言い出すんだから…。そりゃ私は博麗大結界を管理するって重要な役目があるんでしょうけど、まるで跡継ぎを産む機械みたいなこと言わなくたって…。)
(大体、それにしたって相手がいないのだってわかってるでしょうに。私の周りに知ってる男の人なんてそれこそ霖之助さんくらいしかいないじゃないの。
……霖之助さん、そういえば彼って今いくつなのかしら?半妖とは聞いているけど結構永く生きているのかしら。)
~
霖之助とはそこそこ長い付き合いであるといえるつもりだ。初めて出会ったのは、魔理沙に連れられて香霖堂に来た時であった。
薄暗く湿っぽい店内にはなんだかよくわからない物ばかりが陳列されていて、商店だとは思えなかった思い出がある。当然、その店主もまた一癖ある性格の持ち主であった。接客態度はお世辞にも評価できないし、物事に集中すると気づかないことも多々ある。ただ、霊夢は彼の話す薀蓄について、議論をするのは好きだったし、彼が集中しているときは構わずお茶を飲んでいた。仕事である巫女稼業についても陰ながらフォローしてもらっている。この寝るとき以外は常に着ている巫女服も彼に作ってもらったものだ。
いったい彼は私のことをどう認識しているんだろう?魔理沙の友達?博麗の巫女?それとも…
~
霊夢が思考の海へもぐっている頃、神社へと続く長い長い階段を上りきった霖之助は、縁側に腰掛ける霊夢を見つけ、声をかけた。
「やあ、霊夢。久しぶりだね。」
「ふぇっ…!り、霖之助さん!?い、いつからここにいたのかしら!?」
「いや…、僕もついさっきここに来たばかりだが…。珍しいね。君が来訪客に気付かないとは。」
「…ちょっと考え事をしていたのよ…。」
「君が考え事か、何事に捕われない博麗の巫女でもそういうことがあるんだな。いや、この能力の対象とは自己の思考にも捕われないと言うことなのだろうか…。そうならば…」
「失礼ね。私だってそういう時くらいあるわよ。せっかくなら座ったら?霖之助さん。」
また脳内で考察を始めかけた霖之助を遮るように縁側を示す霊夢。霖之助は一度自分の世界で考察を始めてしまうとなかなか戻ってこない悪癖があることを霊夢も魔理沙も知っていたからこその行動である。
「…おっと、里への用があってね。そのついでに君の様子も見に来たというわけさ。お祓い棒やお札の様子はどうだい?」
「ついでってなんだか失礼ね。今のところ予備も併せて大丈夫よ。」
「まぁ君と魔理沙はよく顔を合わせるからね。合理性の問題だよ。」
「…そうね。」
少し霊夢の顔に影が差したように見えた。
「……霖之助さん。」
「…?どうかしたのかい?」
「私、もう大人になったのかしら?」
霖之助:僕からすれば霊夢も魔理沙もまだまだ子供さ。少なくとも、店から無断で物品を持ち出している間はね。
「無断なんて、それじゃ泥棒じゃない。ちゃんと聞いているわ。」
「払う当てのないツケはツケとは言わないよ…」
「ちゃんと将来お賽銭がたまったら払う予定よ。」
「…期待しないで待つことにしよう…。それにしても、珍しいね、君がこんなことで悩むなんて。」
「こんなことって、失礼ね、私だって悩みの一つくらいもつわよ。」
頬を軽く膨らまして怒る霊夢であったが、先ほどの重い雰囲気は薄れていた。
「ふむ…、そうだな。」
霖之助は先ほど貰った袋を開け、そして、中から紅の入った陶器を取り出した。
「君にちょうどいいものがある。こっちを向いてごらん。」
「…?これは?」
「これは口に塗るための紅だよ。所謂化粧品の一種さ。」
「化粧はね、外見を変えるだけじゃなくて、内面の変化をももたらす事もできるんだ。外の世界のとある部族には顔に文様を描くことで、意識を高揚させるのに役立たせているそうだ。君の悩みの助けになるかと思ってね。」
「ふぅん…、でも私化粧なんてしたことないわ。」
「霧雨店での修業時代に習ったからね。僕が施してあげるから大丈夫だ、問題ない。」
「ふぅん、じゃあお願いしようかしら?せっかくなんだから、一番いい顔に頼むわね?」
さっそく、鏡台を用意した霖之助は霊夢に化粧を施すのであった。どうせならば道具一式にしておこうと思い、里の帰り道で調達した道具がこんなに早く役に立つとはな、と思いながら作業を進める霖之助。口には真紅の京紅を、紅の強さに合わせて全体的に白めの下地を施している。元々形の良い眉は軽く整えるだけにし、髪は普段止めているリボンから櫛でまとめるようにしている。
「ほう、馬子にも衣装というか、中々様になっているじゃないか。」
化粧を終えた霖之助は霊夢の前に鏡台を持ってきて、感想を漏らした。
確かに、化粧を施された霊夢からはまだ残っていた幼さが消えて、顔のパーツ一つ一つが女性らしさをアピールしていた。上にまとめた髪から続くうなじのラインが魅力を引き立てている。
「…、結構変わるものなのね。後一言余計よ。」
「ははは。そうだ。この道具は君に渡そう。これからは儀式の時にも使う機会があるかもしれない。常備しておいたほうが役に立つだろう?」
「いいのかしら?高いんでしょう?こういうのって。」
「それこそ霊夢らしくないさ。この道具は元々貰い物だが、僕には必要ないからね。いい有効活用さ。僕はね、霊夢。道具は必要な人や状況で使うべきだと思うんだよ。だから大切に使ってくれれば僕はそれで満足さ。それに、普段なら勝手にツケにしてるだろう?」
「失礼ね。まるで私が普段強奪してるみたいな言い方じゃないの。まぁ…、ありがとうね、霖之助さん。」
「何、礼には及ばないさ。何ならこれまでのツケを返してくれればそれでいいんだが。」
「それはまた今度ね。」
「…そこは譲らないんだね…。まぁいいさ、君の機嫌が直っただけでも良しとしよう。普段能天気な君がそんな調子でいられると僕が困る。」
「何よそれ。まるで私が何も考えてないような言い方ね。」
「おや、そうだったのかい、それはすまなかったね。」
「ええ、そうよ。気を付けてね?ふふっ」
二人して笑みをこぼす。
霊夢は嬉しかった。彼に化粧をしてもらったこと。そして何より、彼なりに自分を気遣ってくれているということが伝わってくる。
(…ああそっか、私こんなに悩む必要なんてなかったんじゃない…。紫め、こんどとっちめてあげないと。)
「それと霖之助さん。道具だけ貰っても、私使い方わからないわ。だからまた化粧するときにはお願いね。」
「はあ…、霊夢。君も将来思い人ができたりしたらその人の為に化粧するものなんだぞ?」
「それは大丈夫よ。そんな必要ないもの。」
(だって…、)
(もう見てもらっているわ。だから、ね。)
神奈子
ご指摘ありがとうございます!
修正しておきました。
取り敢えず霖之助爆発しろ!
無縁塚以外に博麗神社とかにも行ってるっぽい。後爆発阻止
えがえが氏よ、よくぞ私の正義を書いてくれた
ここに最大級の感謝を言おう、GJ!!
とにかく霊夢がかわいい。そしてかわいいだけじゃなく彼女らしいふわふわ感もあって
いいなあと思います。霖之助との関係の描写が本当に僕の理想と一致するんですよね。
霖之助の描写も、少ない中でしっかりと彼の日常や生活の面白さを書けていて素敵でした。
今後にも期待!!