じゅうじゅうと音が鳴り、熱された鉄板の上で八目鰻が焼き上がる。
ひょいと持ち上げ、普通のコップの倍以上ある缶に放りこんだ。
焼き物独特の香ばしい匂いと甘ったるい液体の匂いが混ざり合い、私の鼻を直撃した。
八目鰻のチョコレート付け――我ながら、恐ろしい物を作ってしまったものだ。
「リグル、ルーミア、もうすぐ出来るよー」
「ありがとう、ミスチー。良い匂いだね」
「唾が溜まるぅ」
何故か好評なのでメニューに残していたりする。
因みに、普通のタレより割高価格。
チョコレート高いし。
まぁそもそも友達からはもらってないんだけどね。
「はい、熱いから気を付けてね」
タレを切り、お皿代わりの大きな葉っぱに乗せ、カウンター越しのフタリに渡す。
「ミスチー、ありふぁと!」
「早いよルーミア!?」
「熱、あふひっ」
リグルの突っ込みも早い。
よほどお腹が空いていたのだろう、忠告など物ともせず、ルーミアが蒲焼にぱくりと噛みついた。
タレが冷たいとは言え、熱されたばかりの蒲焼は当然ながら熱々だ。
結果、涙目で舌を出している。
私は手を伸ばし、コップに入った水をルーミアの口元へと運んだ。
リグルは、跳ねたタレを拭うためにハンカチを近づけていた。
手と手が軽く当たり、私たちは微苦笑を浮かべる。
……なんか、いい雰囲気だ。
「んくんく、んーんー!」
すかさずぶち壊す腹ペコ妖怪。
おのれルーミア。
とは思わないけどさ。
水を飲み、ハンカチに口を押しつけるルーミアに、私とリグルは再度くすりと笑いあう。
「と、ルーミア、ちょっと動かないでね」
「んぅ? なになに、リグル?」
「タレがほっぺに飛んでる」
何時もなら小首を傾げたんだろうけど、今は直前の言葉もあって、ルーミアは目だけをぱちくりと動かした。
なるほど、言われてみれば頬にチョコレートが付いている。
当の本人は口内の熱さに意識がとられ、気付かなかったようだ。
「ふふ、ルーミアのほっぺ、柔らかいね」
二つ折りのハンカチを更に折り、ちょいちょいとルーミアの頬をリグルが拭う。
「そーなのかー?」
私はと言えば、フタリの奥、空へと視線を向けた。
‘力‘が近づいて来ている。
冷気を伴っていた。
つまり――
「いらっしゃい、チルノ!」
「こんにちは、ミスチー、リグル、ルーミア!」
――‘さいきょー妖精‘こと氷精チルノのご到着だ。
振り向き、チルノと挨拶を交わすリグルとルーミア。
わんぱく妖精の歓迎をフタリに任せ、私は一度、屋台の奥へと引っ込む。
「んなスペースあるのか」と言われそうだが、あるんだコレが。
屋台本体と切り離せるプレハブみたいなものだけど、呑んで潰れてしまったお客さん用に、人二人が寝られる程度の広さを増設している。
私たちよりも大柄な、‘結界の大妖‘と‘月の頭脳‘を同時に寝転がせたのだから、それ位はあるだろう。
……因みに、寝られると言ってもネチョい意味ではなく、そんなことに使う部屋ではない。
が、使いたくないかと言えばそうでもなく、いざという時に備えて『Yes/No枕』も完備していたりする。手作りの逸品。
閑話休題。
チルノの好みは甘ダレだ。
普通のものではなく、極端に甘いタレ。
砂糖と蜂蜜の分量がおかしい、大さじ六杯ずつってなんだそれ。
元々は罰ゲーム用に作ったのだが、気に入られてしまい、今でも作っている。
とは言え、そう滅多に注文されるものでもないので奥に仕舞っていた。
それを取りに引っ込んだと言う訳だ。
何処だっけかな……あったあった。
カウンターの前に戻る直前、チルノとルーミアの声が耳に飛び込んできた。
――あたいのがさいきょーよ!
――むむ! 私だって負けてないもん!
しかも、何処か喧嘩腰。
チルノの方は幾分聞きなれていたが、ルーミアが張り合うのは珍しい。
加えて、互いに感情の制御が出来るとは言い難く、端的に言うとすぐに手、もとい弾幕が出る。
広っぱならともかく、此処でやられちゃ目も当てられない。
タレを落とさないよう注意しつつ、私は急ぎ足でカウンターへと駆けこんだ。
そんな私の眼前に広がるのは、幼女フタリが頬を当て合っていると言う、ある意味、素晴らしい光景だった。
あー。
えーと……。
お金を払った方が良いのかな。
「ミスチー」
「ひゃい!?」
「? こっちこっち」
呼び声は、張り合っているルーミアとチルノからのものではなく、それゆえの過剰反応だ。
カウンターの向こう、フタリとは少し離れた位置に移動しているリグルに近づく。
彼女は、呆れているような困っているような表情をしている。
ちらりと横目に映したフタリは、相変わらず頬を合わせていた。
「えっと、どうしたの、あれ?」
リグルの横に並び、小さな声で問う。
そぅと囁きが返された。
少し胸が高鳴る。
気付いていないのだろう、リグルは微苦笑のままだった。
「難しい話ではないんだけど……。
ほら、さっき、私がルーミアの頬を拭ってたでしょ?
その時言った言葉をチルノに振ってね、後はまぁ、何時も通り」
なるほど、それでチルノの『さいきょー病』が出て、どちらの頬がより素晴らしいのかと言う、解のない問答に陥っているのか。
発端となった責任を感じているのか、憂いた表情のリグル。
だけどまぁ、一触即発と言う訳でもないみたいだし、そこまで心配する必要はないのかもしれない。
万が一、杞憂に終わらなかったら私たちで止めればいいんだし……いや、難しいか? リグルはともかく、私は最近弾幕の腕が鈍っているぞ。
どうしたもんかと考えつつ、私は再度、当のフタリへと視線を向ける。
ふにふにふに。
もちもちもち。
ぷくぷくぷくん。
――世界平和の鍵が此処にある。
「リグルが言ったもん!
私のほっぺ、柔らかいって。
だから、こればっかりは譲らないわ!」
体内の空気をかき集め、更に頬を目一杯膨らませるルーミア。愛いのう。
「ふふん、あたいのほっぺが柔らかいのは知れ渡っているわ!
門番のお姉さんでしょ、アリスお姉さんでしょ、早苗お姉さんも……。
あ、勿論、一番知っているのはお姉ちゃんだけどね! 今日も突っつかれたんだから!」
ほんともう大ちゃんは羨ましいポジションだなこんちくしょう。
などと惚けた感想はさておくとして、それでも、私の推測は変わらない。
手が出たとしても、互いの頬を突っつきあうだけの、ただのじゃれあい。
私やリグル、傍観者がどうこうするものでもないだろう。
故に、私は仲睦まじい友達フタリに温かな視線を送るのであった。
「むぅぅぅぅ!!」
フタリの可愛らしい唸り声が重なる。
互いに寄せていた視線を、真っ直ぐに戻す。
つまり、ルーミアとチルノは、此方を、と言うか私を見ていた。……へ?
「ねぇ、ミスチーはどう思う!?」
……は?
友達の中でも高い部類の声が二つ、確かに私の耳に届いた。
言葉の意味を理解するのに、暫し目をぱちくりとさせる。
視界の隅に映ったリグルが自身の頬を掻いていた。
えーっと、だから――「私に決めろってこと……?」
勢いよく頷くルーミアとチルノ。
いやしかしそれは断言できるものでもないだろう。
先に思った通り、フタリの争いは『解のない問答』だ。
顔の作りや身長、もっと言えば胸のサイズにだって個々の信条があるのだから。
好みとも言う。
「あのね、フタリとも、そう言うのは誰が一番だとか決められるものじゃ」
「私だよね、私だよね、ミスチー!」
「あたいだってば!」
聞いてくれないよねー。
うんまぁ、仮に聞いてくれたとしても納得するには至らないだろう。
そう言う話は、フタリにゃちと早い。
だから困るんだけど。
なんて思っていると、ずいと迫ってくるフタリ。
それぞれが片頬を突き出してきていた。
林檎よりは桃に近い色合い。
……突っつけと?
「いや、あの、ほら、私の爪って長いから、傷つけちゃうかもしれないし!」
思う存分プニりたい気持ちを抑え、両手を広げてフタリに振る。
『指の腹で触ればいいんじゃない』と言う意見は却下だ。
選べないゆえの言い訳なんだし。
ルーミアとチルノが顔を見合わせる。
これで引いてくれればいいのだけれど。
苦笑いと共に出かける溜息を飲み込み、そんなことを思う。
だから、だろう――細める目の視界から消えるフタリに、私は気付けなかった。
ぷに。溢れんばかりの弾力を左頬に加えられる。
ぷに。心地よい冷たさを右頬に感じた。
ぷに、ぷに、ぷにぷに。
「ミスチーっ」
「ミスチー!」
「さぁ、どっち!?」
ぷにぷにぷにぷにぷにぷにににっ。
「――幼女でサンドイッチ!?」
はらしょー。
「や、傍から見ると、ミスチーも然程変わらないよ?」
「私はほら、心に益荒男を持つ女だから」
「み・す・ちー」
ごめんなさい。
自身でもどうかと思う言葉に、リグルがジト目となる。
心で浮かべた反省は届いてくれたと思う。
頭は下げられない。
だって動かすと、どうしても両頬を意識してしまうだろうから。
「さぁミスチー、あたいの方がいいってルーミアに教えてあげて!」
「違うもん、私だよね、ミスチー?」
「おぉ……ふぅ」
気を落ちつけただけです。
しかし、拙い。
置かれた状況に何時までも耐えられると思うほど、私は自身を過信していない。
こういう思考の合間にも、ぷに、とか、もに、とかやぁらかい感覚が襲ってきているのだから。
加えて、発展途上のちっぱいがおぁぁぁぁぁっ。
「もう、ミスチー、どっちなの!?」
あ、はい、決めなきゃいけないんでしたね。
「あー……ルーミアの頬は、凄く滑らかですりすりしたくなるんだけど、ちょっと白すぎる様な」
「太陽の光、やだ」
「チルノの方は、とても気持ちよくてくんかくんかしたくなるんだけど、冬になると辛いかなぁ」
「冬のあたいはもっとさいきょーだよ!?」
「だから、つまり、どっちかと言われたら……」
……。
「どっちよぅ!?」
甲乙つけ難し。
って言うか、ほんと決められないってこんなのっ。
ただでさえぷにぷともにもが押し寄せてきて、オラわくわくしてきたぞ!
……じゃねぇ!? あ、ちょ、フタリとも、全身でぐいぐい押すのは止めてまじヤバイ!
――泣き笑う私の耳に、こほん、と空咳一つが入り込んできた。
ぷに、と右手でルーミアの頬に触れる。
もに、と左手でチルノの頬を確かめる。
リグルがフタリに手を伸ばしていた。
一同の視線を受け、すぅと目を開き、言う。
「どっちかと言われたら、だよね?
うん、私は、ルーミアの頬が好きだな。
だけど、一般的にはチルノに分があると思う」
あー……そう落とすか。
「えーと、つまり、あたいがさいきょーってことだよね!?」
「リグルがそう言うなら、私もそれで良いかなぁ」
「ん、じゃあ、これで解決だね」
私から離れ、チルノは胸を張り、ルーミアは頷いた。
難しい話じゃない。
チルノの拠り所は『さいきょー』で、一方のルーミアは『リグルの評価』。
それを的確に押さえ妥当な判断を伝えた……と言う訳だ。
ただ、何よりも恐ろしいのは、一切の打算抜きで斯様な台詞が出てくることだろう。
ちょっと自重して欲しいとか思わないでもなかったり。
……まぁ、今回の場合は助けられたんだから、何も言えないんだけども。
正直、私は未だ判断できないでいる。
良い所と悪い所、どちらも解っていながらだ。
優柔不断と罵られてもしょうがない、かなぁ。
「でもなぁ……ルーミアのもチルノのも、ほんとに気持ちよかったし……」
傍で互いの健闘を称えあっている――具体的に言うと、ぷにぷにしあっている――フタリに届かない程度の声量で、溜息交じりに呟いた。
「まだ、悩んでるの?」
だから、私に問いを発したのは、リグル。
身長の差から覗き込むように言ってきた。
微苦笑しつつ、小さく頷く。
「だってさ、さっきも言ったけど――」
言い訳しようとする直前に返されたのは、悪戯気な微笑み。
「――あぁ言うのって好み……え?」
「選択肢、もう一つ」
「え」
ふに。
押し当てられたのは、柔らかな頬。
とは言え、ルーミアほどの弾力はない。
そして、チルノのような心地よさもなかった。
だけど、あぁ、だけど――「そんなの、リグルが一番、好きだよ」――選択の余地など、ある訳もなかった。
……どさくさにまぎれて凄いことを言ってしまった気がする。
頭の中で言葉をリピート。
うん、『リグル』の後に『の』が必要だったね。
これだと、ど直球の告白っぽいね、いやーどうしようあっはっは。
あはははははははははははあぁぁぁぁああああっっ!?
どうしようほんとにどうしようリグルも固まっちゃってるしなんか言ってよぅ!
いやでも雰囲気はそんなに悪くないぞここは攻め時か往くべき時なのか!?
フタリで一緒にジャケットパージ、屋台の奥でツインバードストライク!
「――ルーミア、チルノ!」
私のビクティムビークが……って、あれ?
気付けば、両腕を掴まれ、フタリの方に突き出されている私。
しかし、野生の牙な心情が漏れていた訳でもなさそうだ。
もしそうならスペカの乱舞が放たれていたことだろう。
突然の拘束を問うよりも先に、リグルが言葉を続けた。
「もう一回、ミスチーにほっぺくっつけて!」
「む? いいけど」
「どうして?」
ぷに、もち。
サンドイッチ再び。
ブラボー、おぉブラボー……!
零れそうになる悦びの声をどうにか心の内で押し留める。
「……おぉ」
本能万歳。
いや違う、今のは私じゃないぞ!?
声も高いし、何よりいやらしさの欠片もなかった!
と言うことは、両サイドからの呟きであり、ルーミアとチルノが発したものだろう。
ますます訳が解らない。
しかし、答えが与えられた。
唸りをあげるフタリに、リグルが問う。
「もう一つの選択肢を加えて、どうかな?」
「絶妙な温かさに適度な弾力……これは、流石のあたいも」
「柔らかさだけじゃなくて、とっても良い匂い! うん、私も」
そして、彼女たちは、声を合わせ言った。
「ミスチーのほっぺが一番!」
<幕>
《幕後に、馴染みの面子がやってきました》
「ふーん、なるほど。それで、貴女の頬は何時も以上に赤いのね」
「何の躊躇いもなしにくっつけてくる幽香さん、ぱねぇっす」
「……煩い夜雀、食べてしまおうかしら」
「もうルーミアに齧られたよ」
「あの子ったら。お腹を壊さないといいけど」
「そうそう、生肉は危険だよねってあんたなぁ!?」
「それはともかく」
「さらっと流そうとするな!」
「四つ目の選択肢が加わった訳だけど、……結論は変わらない?」
「ハリが足りない」
「……そぉう」
「はッ、正直すぎた!?」
「いえ、いいのよ、怒ってなんていないわ。
皆に認められた貴女ですもの、求める基準が高いのは当然のこと。
貴女の頬は、柔らかいし匂いも良いし歯ごたえも、あ、聞き流して頂戴。
――ところで聞いた話なんだけど、鳥肉ってお肌に良いらしいわね、うふふ」
「いやいやいや、幽香、幽香さん!
肌に良いってのは人間が勝手に言いだしたことで、匂いはタレがうつっただけ――!
あ、ちょ、羽交い締めしないで背中におっぱおが当たって、あぁぁほら生肉はお腹に良くないよ!?」
「この私が、貴女を食べただけで腹痛を起こすと思って?」
「ウツボカズラみたいに消化しちゃいそうだよね。……ぎゃぁぁぁぁぁ!?」
《コラーゲンがどうかとか関係なく、ミスティアのほっぺは柔らかそうだよね》
ひょいと持ち上げ、普通のコップの倍以上ある缶に放りこんだ。
焼き物独特の香ばしい匂いと甘ったるい液体の匂いが混ざり合い、私の鼻を直撃した。
八目鰻のチョコレート付け――我ながら、恐ろしい物を作ってしまったものだ。
「リグル、ルーミア、もうすぐ出来るよー」
「ありがとう、ミスチー。良い匂いだね」
「唾が溜まるぅ」
何故か好評なのでメニューに残していたりする。
因みに、普通のタレより割高価格。
チョコレート高いし。
まぁそもそも友達からはもらってないんだけどね。
「はい、熱いから気を付けてね」
タレを切り、お皿代わりの大きな葉っぱに乗せ、カウンター越しのフタリに渡す。
「ミスチー、ありふぁと!」
「早いよルーミア!?」
「熱、あふひっ」
リグルの突っ込みも早い。
よほどお腹が空いていたのだろう、忠告など物ともせず、ルーミアが蒲焼にぱくりと噛みついた。
タレが冷たいとは言え、熱されたばかりの蒲焼は当然ながら熱々だ。
結果、涙目で舌を出している。
私は手を伸ばし、コップに入った水をルーミアの口元へと運んだ。
リグルは、跳ねたタレを拭うためにハンカチを近づけていた。
手と手が軽く当たり、私たちは微苦笑を浮かべる。
……なんか、いい雰囲気だ。
「んくんく、んーんー!」
すかさずぶち壊す腹ペコ妖怪。
おのれルーミア。
とは思わないけどさ。
水を飲み、ハンカチに口を押しつけるルーミアに、私とリグルは再度くすりと笑いあう。
「と、ルーミア、ちょっと動かないでね」
「んぅ? なになに、リグル?」
「タレがほっぺに飛んでる」
何時もなら小首を傾げたんだろうけど、今は直前の言葉もあって、ルーミアは目だけをぱちくりと動かした。
なるほど、言われてみれば頬にチョコレートが付いている。
当の本人は口内の熱さに意識がとられ、気付かなかったようだ。
「ふふ、ルーミアのほっぺ、柔らかいね」
二つ折りのハンカチを更に折り、ちょいちょいとルーミアの頬をリグルが拭う。
「そーなのかー?」
私はと言えば、フタリの奥、空へと視線を向けた。
‘力‘が近づいて来ている。
冷気を伴っていた。
つまり――
「いらっしゃい、チルノ!」
「こんにちは、ミスチー、リグル、ルーミア!」
――‘さいきょー妖精‘こと氷精チルノのご到着だ。
振り向き、チルノと挨拶を交わすリグルとルーミア。
わんぱく妖精の歓迎をフタリに任せ、私は一度、屋台の奥へと引っ込む。
「んなスペースあるのか」と言われそうだが、あるんだコレが。
屋台本体と切り離せるプレハブみたいなものだけど、呑んで潰れてしまったお客さん用に、人二人が寝られる程度の広さを増設している。
私たちよりも大柄な、‘結界の大妖‘と‘月の頭脳‘を同時に寝転がせたのだから、それ位はあるだろう。
……因みに、寝られると言ってもネチョい意味ではなく、そんなことに使う部屋ではない。
が、使いたくないかと言えばそうでもなく、いざという時に備えて『Yes/No枕』も完備していたりする。手作りの逸品。
閑話休題。
チルノの好みは甘ダレだ。
普通のものではなく、極端に甘いタレ。
砂糖と蜂蜜の分量がおかしい、大さじ六杯ずつってなんだそれ。
元々は罰ゲーム用に作ったのだが、気に入られてしまい、今でも作っている。
とは言え、そう滅多に注文されるものでもないので奥に仕舞っていた。
それを取りに引っ込んだと言う訳だ。
何処だっけかな……あったあった。
カウンターの前に戻る直前、チルノとルーミアの声が耳に飛び込んできた。
――あたいのがさいきょーよ!
――むむ! 私だって負けてないもん!
しかも、何処か喧嘩腰。
チルノの方は幾分聞きなれていたが、ルーミアが張り合うのは珍しい。
加えて、互いに感情の制御が出来るとは言い難く、端的に言うとすぐに手、もとい弾幕が出る。
広っぱならともかく、此処でやられちゃ目も当てられない。
タレを落とさないよう注意しつつ、私は急ぎ足でカウンターへと駆けこんだ。
そんな私の眼前に広がるのは、幼女フタリが頬を当て合っていると言う、ある意味、素晴らしい光景だった。
あー。
えーと……。
お金を払った方が良いのかな。
「ミスチー」
「ひゃい!?」
「? こっちこっち」
呼び声は、張り合っているルーミアとチルノからのものではなく、それゆえの過剰反応だ。
カウンターの向こう、フタリとは少し離れた位置に移動しているリグルに近づく。
彼女は、呆れているような困っているような表情をしている。
ちらりと横目に映したフタリは、相変わらず頬を合わせていた。
「えっと、どうしたの、あれ?」
リグルの横に並び、小さな声で問う。
そぅと囁きが返された。
少し胸が高鳴る。
気付いていないのだろう、リグルは微苦笑のままだった。
「難しい話ではないんだけど……。
ほら、さっき、私がルーミアの頬を拭ってたでしょ?
その時言った言葉をチルノに振ってね、後はまぁ、何時も通り」
なるほど、それでチルノの『さいきょー病』が出て、どちらの頬がより素晴らしいのかと言う、解のない問答に陥っているのか。
発端となった責任を感じているのか、憂いた表情のリグル。
だけどまぁ、一触即発と言う訳でもないみたいだし、そこまで心配する必要はないのかもしれない。
万が一、杞憂に終わらなかったら私たちで止めればいいんだし……いや、難しいか? リグルはともかく、私は最近弾幕の腕が鈍っているぞ。
どうしたもんかと考えつつ、私は再度、当のフタリへと視線を向ける。
ふにふにふに。
もちもちもち。
ぷくぷくぷくん。
――世界平和の鍵が此処にある。
「リグルが言ったもん!
私のほっぺ、柔らかいって。
だから、こればっかりは譲らないわ!」
体内の空気をかき集め、更に頬を目一杯膨らませるルーミア。愛いのう。
「ふふん、あたいのほっぺが柔らかいのは知れ渡っているわ!
門番のお姉さんでしょ、アリスお姉さんでしょ、早苗お姉さんも……。
あ、勿論、一番知っているのはお姉ちゃんだけどね! 今日も突っつかれたんだから!」
ほんともう大ちゃんは羨ましいポジションだなこんちくしょう。
などと惚けた感想はさておくとして、それでも、私の推測は変わらない。
手が出たとしても、互いの頬を突っつきあうだけの、ただのじゃれあい。
私やリグル、傍観者がどうこうするものでもないだろう。
故に、私は仲睦まじい友達フタリに温かな視線を送るのであった。
「むぅぅぅぅ!!」
フタリの可愛らしい唸り声が重なる。
互いに寄せていた視線を、真っ直ぐに戻す。
つまり、ルーミアとチルノは、此方を、と言うか私を見ていた。……へ?
「ねぇ、ミスチーはどう思う!?」
……は?
友達の中でも高い部類の声が二つ、確かに私の耳に届いた。
言葉の意味を理解するのに、暫し目をぱちくりとさせる。
視界の隅に映ったリグルが自身の頬を掻いていた。
えーっと、だから――「私に決めろってこと……?」
勢いよく頷くルーミアとチルノ。
いやしかしそれは断言できるものでもないだろう。
先に思った通り、フタリの争いは『解のない問答』だ。
顔の作りや身長、もっと言えば胸のサイズにだって個々の信条があるのだから。
好みとも言う。
「あのね、フタリとも、そう言うのは誰が一番だとか決められるものじゃ」
「私だよね、私だよね、ミスチー!」
「あたいだってば!」
聞いてくれないよねー。
うんまぁ、仮に聞いてくれたとしても納得するには至らないだろう。
そう言う話は、フタリにゃちと早い。
だから困るんだけど。
なんて思っていると、ずいと迫ってくるフタリ。
それぞれが片頬を突き出してきていた。
林檎よりは桃に近い色合い。
……突っつけと?
「いや、あの、ほら、私の爪って長いから、傷つけちゃうかもしれないし!」
思う存分プニりたい気持ちを抑え、両手を広げてフタリに振る。
『指の腹で触ればいいんじゃない』と言う意見は却下だ。
選べないゆえの言い訳なんだし。
ルーミアとチルノが顔を見合わせる。
これで引いてくれればいいのだけれど。
苦笑いと共に出かける溜息を飲み込み、そんなことを思う。
だから、だろう――細める目の視界から消えるフタリに、私は気付けなかった。
ぷに。溢れんばかりの弾力を左頬に加えられる。
ぷに。心地よい冷たさを右頬に感じた。
ぷに、ぷに、ぷにぷに。
「ミスチーっ」
「ミスチー!」
「さぁ、どっち!?」
ぷにぷにぷにぷにぷにぷにににっ。
「――幼女でサンドイッチ!?」
はらしょー。
「や、傍から見ると、ミスチーも然程変わらないよ?」
「私はほら、心に益荒男を持つ女だから」
「み・す・ちー」
ごめんなさい。
自身でもどうかと思う言葉に、リグルがジト目となる。
心で浮かべた反省は届いてくれたと思う。
頭は下げられない。
だって動かすと、どうしても両頬を意識してしまうだろうから。
「さぁミスチー、あたいの方がいいってルーミアに教えてあげて!」
「違うもん、私だよね、ミスチー?」
「おぉ……ふぅ」
気を落ちつけただけです。
しかし、拙い。
置かれた状況に何時までも耐えられると思うほど、私は自身を過信していない。
こういう思考の合間にも、ぷに、とか、もに、とかやぁらかい感覚が襲ってきているのだから。
加えて、発展途上のちっぱいがおぁぁぁぁぁっ。
「もう、ミスチー、どっちなの!?」
あ、はい、決めなきゃいけないんでしたね。
「あー……ルーミアの頬は、凄く滑らかですりすりしたくなるんだけど、ちょっと白すぎる様な」
「太陽の光、やだ」
「チルノの方は、とても気持ちよくてくんかくんかしたくなるんだけど、冬になると辛いかなぁ」
「冬のあたいはもっとさいきょーだよ!?」
「だから、つまり、どっちかと言われたら……」
……。
「どっちよぅ!?」
甲乙つけ難し。
って言うか、ほんと決められないってこんなのっ。
ただでさえぷにぷともにもが押し寄せてきて、オラわくわくしてきたぞ!
……じゃねぇ!? あ、ちょ、フタリとも、全身でぐいぐい押すのは止めてまじヤバイ!
――泣き笑う私の耳に、こほん、と空咳一つが入り込んできた。
ぷに、と右手でルーミアの頬に触れる。
もに、と左手でチルノの頬を確かめる。
リグルがフタリに手を伸ばしていた。
一同の視線を受け、すぅと目を開き、言う。
「どっちかと言われたら、だよね?
うん、私は、ルーミアの頬が好きだな。
だけど、一般的にはチルノに分があると思う」
あー……そう落とすか。
「えーと、つまり、あたいがさいきょーってことだよね!?」
「リグルがそう言うなら、私もそれで良いかなぁ」
「ん、じゃあ、これで解決だね」
私から離れ、チルノは胸を張り、ルーミアは頷いた。
難しい話じゃない。
チルノの拠り所は『さいきょー』で、一方のルーミアは『リグルの評価』。
それを的確に押さえ妥当な判断を伝えた……と言う訳だ。
ただ、何よりも恐ろしいのは、一切の打算抜きで斯様な台詞が出てくることだろう。
ちょっと自重して欲しいとか思わないでもなかったり。
……まぁ、今回の場合は助けられたんだから、何も言えないんだけども。
正直、私は未だ判断できないでいる。
良い所と悪い所、どちらも解っていながらだ。
優柔不断と罵られてもしょうがない、かなぁ。
「でもなぁ……ルーミアのもチルノのも、ほんとに気持ちよかったし……」
傍で互いの健闘を称えあっている――具体的に言うと、ぷにぷにしあっている――フタリに届かない程度の声量で、溜息交じりに呟いた。
「まだ、悩んでるの?」
だから、私に問いを発したのは、リグル。
身長の差から覗き込むように言ってきた。
微苦笑しつつ、小さく頷く。
「だってさ、さっきも言ったけど――」
言い訳しようとする直前に返されたのは、悪戯気な微笑み。
「――あぁ言うのって好み……え?」
「選択肢、もう一つ」
「え」
ふに。
押し当てられたのは、柔らかな頬。
とは言え、ルーミアほどの弾力はない。
そして、チルノのような心地よさもなかった。
だけど、あぁ、だけど――「そんなの、リグルが一番、好きだよ」――選択の余地など、ある訳もなかった。
……どさくさにまぎれて凄いことを言ってしまった気がする。
頭の中で言葉をリピート。
うん、『リグル』の後に『の』が必要だったね。
これだと、ど直球の告白っぽいね、いやーどうしようあっはっは。
あはははははははははははあぁぁぁぁああああっっ!?
どうしようほんとにどうしようリグルも固まっちゃってるしなんか言ってよぅ!
いやでも雰囲気はそんなに悪くないぞここは攻め時か往くべき時なのか!?
フタリで一緒にジャケットパージ、屋台の奥でツインバードストライク!
「――ルーミア、チルノ!」
私のビクティムビークが……って、あれ?
気付けば、両腕を掴まれ、フタリの方に突き出されている私。
しかし、野生の牙な心情が漏れていた訳でもなさそうだ。
もしそうならスペカの乱舞が放たれていたことだろう。
突然の拘束を問うよりも先に、リグルが言葉を続けた。
「もう一回、ミスチーにほっぺくっつけて!」
「む? いいけど」
「どうして?」
ぷに、もち。
サンドイッチ再び。
ブラボー、おぉブラボー……!
零れそうになる悦びの声をどうにか心の内で押し留める。
「……おぉ」
本能万歳。
いや違う、今のは私じゃないぞ!?
声も高いし、何よりいやらしさの欠片もなかった!
と言うことは、両サイドからの呟きであり、ルーミアとチルノが発したものだろう。
ますます訳が解らない。
しかし、答えが与えられた。
唸りをあげるフタリに、リグルが問う。
「もう一つの選択肢を加えて、どうかな?」
「絶妙な温かさに適度な弾力……これは、流石のあたいも」
「柔らかさだけじゃなくて、とっても良い匂い! うん、私も」
そして、彼女たちは、声を合わせ言った。
「ミスチーのほっぺが一番!」
<幕>
《幕後に、馴染みの面子がやってきました》
「ふーん、なるほど。それで、貴女の頬は何時も以上に赤いのね」
「何の躊躇いもなしにくっつけてくる幽香さん、ぱねぇっす」
「……煩い夜雀、食べてしまおうかしら」
「もうルーミアに齧られたよ」
「あの子ったら。お腹を壊さないといいけど」
「そうそう、生肉は危険だよねってあんたなぁ!?」
「それはともかく」
「さらっと流そうとするな!」
「四つ目の選択肢が加わった訳だけど、……結論は変わらない?」
「ハリが足りない」
「……そぉう」
「はッ、正直すぎた!?」
「いえ、いいのよ、怒ってなんていないわ。
皆に認められた貴女ですもの、求める基準が高いのは当然のこと。
貴女の頬は、柔らかいし匂いも良いし歯ごたえも、あ、聞き流して頂戴。
――ところで聞いた話なんだけど、鳥肉ってお肌に良いらしいわね、うふふ」
「いやいやいや、幽香、幽香さん!
肌に良いってのは人間が勝手に言いだしたことで、匂いはタレがうつっただけ――!
あ、ちょ、羽交い締めしないで背中におっぱおが当たって、あぁぁほら生肉はお腹に良くないよ!?」
「この私が、貴女を食べただけで腹痛を起こすと思って?」
「ウツボカズラみたいに消化しちゃいそうだよね。……ぎゃぁぁぁぁぁ!?」
《コラーゲンがどうかとか関係なく、ミスティアのほっぺは柔らかそうだよね》
凄く恥ずかしかった、だと?
構わん、その恥じらいを大事にしつつ、いつまでもこのような素晴らしいぷにぷに、もとい作品を出し続けてください。
しかしこのみすちーはだめなみすちー
幽ミス、そういう選択肢もあるのか..!