博麗神社での宴会の時、私は蒸気機関車の旅を友人である射命丸文に提案したとき、なんと彼女は二つで返事で了承してくれた。
「外の世界の移動手段ですか、興味がありますね」
酒に酔いながらも手帳に約束の日付と時間を書き込む彼女の几帳面さに感心しながらその日は帰路へ着いた。
約束した日の夜、私は漆黒の空に輝く月に傘を差して彼女を待っていた。
そして突然強い風が吹き私の目の前に美しい黒髪をたなびかせた天狗が現れた。
「…すいません、遅れました」
別に遅れてはいない、そう微笑んで言うと彼女は私の日傘を指さし…
「…夜に日傘を差すのですね、貴方は」
そう言ってきた、別に良いではないか、そう言う気分なのだと言うと彼女は静かに微笑んだ。
私はスキマを開くと彼女の手を取りその中へ入った。
無数の目が此方を覗き込むような空間、私にとっては居心地が良いのだが彼女は何とも怪訝な顔をして歩を進める。
そして第一の目的地に着いたとき冷たく乾いた空気が私の肌を突き刺した、こんな事ならば暖かい格好をしてくるべきだったと心の中で呟いた。
「真っ暗ですね、ここは」
小さく弱い灯りを照らす街灯一つだけが立っている駅に着いた彼女の第一声である。
私は空を見上げるよう彼女に行った、まるで吸い込まれそうな闇の中に煌めく星々を見上げ彼女は言った。
「本当に真っ暗です、気を抜くと何者かに連れて行かれそうだ」
そうね、そう言って私は微笑み銀色の懐中時計を明かりの下へ運び時刻を確認した、後数分で列車は来るはず蓋を開けながら私は依然として夜空を見上げる彼女を見やり、
少しだが懐かしい気分になった、遠い昔だが遠い未来、私はこんな風景を見たのだ。
「あれですか?」
興奮を隠せないような彼女の言葉に振り向くと確かに黒い鉄の塊がもうもうと煙を吐き出しながら私たちの目の前に進入していた。
私は懐中時計をしまい日傘を畳むと彼女を伴って開かれた扉を潜った。
古ぼけた橙色のランプが照らす車内に入るとそこは外気よりも幾分か暖かくそして懐かしく。
後ろでシャッターを切る音が聞こえるが別段気にとめることもなく私は対面式の座席に陣取った。
「あ、もう席を取ったんですか」
フィルムを取り替えながら笑顔で問いかける彼女に私は手招きをして席に座らせた。
そして発車を知らせる警笛が鳴り響きその大きく黒い躯を軋ませ滑り出した。
「凄いですね、フィルムを沢山持ってきて良かった」
最初こそそう言ってそう言って興奮していた彼女だがやがてカメラをバッグに仕舞い込むと黙り込み窓外を眺めた。
鉄の車輪が枕木に乗せられた線路を叩く音に耳を傾けていると彼女は唐突に私に尋ねた。
「そう言えば今日は何処へ行くんですか?」
私は微笑み、楽しみにしておきなさい、それだけ言うと窓から夜景を眺めた。
夜景とは言え真っ暗な平原に微かに街の灯りが見えるだけの路線。
出発して一時間くらい経った頃、向こうから外套を着込んだ車掌が此方に歩み寄ってきた
「切符を拝見します」
私たちは切符を彼に渡した。
彼は手際よくその切符達を捌くとそれぞれの切符を返し。
「それでは良い旅を」
それだけ言って元の道を引き返していった。
既に冬に近づいているとは言え車内の暖房は効きすぎている状態らしく目の前の彼女は胸のリボンを僅かにずらしボタンを一つ開け息をついた。
「少し、暑いですね」
そう言って外気に冷やされた窓に彼女に白い手が置かれ、そこから僅かながら結露が生まれた。
そして私は唐突に口を開き、昔話を紡ぎ始めた。
「…一体、何の話でしょうか?」
余りにも唐突すぎたのか彼女は目を白黒させながら私に尋ねた。
もう一度、私は話し始めた、私が人間として暮らしていた頃の昔話を。
大学に入った頃の話から彼女は質問を止め私の昔話を黙って聞いてくれた。
出会ってすぐ、私たちはサークルと呼ばれる同好会を立ち上げ、たった二人で色々な場所へ赴いた。
共有した時間はもはや計ることは叶わず、共有した楽しみや悲しみは忘れたくとも忘れ得ることはない、そんな話を延々と続けた。
しかし彼女は口を挟むことなく私の話を真摯に聞いてくれた、まるで医者が病人に具合を聞くくらいに真剣であった。
夜の闇を溶かし込んだような黒髪に太陽のような明るさを持った顔、そして物怖じせず進む姿、目の前にいる烏天狗の少女と良く似た性格だったこと、
そして二人で旅をした話にさしかかると彼女はようやく口を挟み込んできた。
「旅って、何をしに?どうやって?」
二人で暮らした街から、友人の実家へ行くためだと、そう言って私は続けた。
東海道五十三次を描いた浮世絵師の名を冠した列車に乗り込み一時間弱の旅、他愛ない話に花を咲かせながら地下を走るその列車の窓を眺めた事を淡々と伝えた。
いつの間にか目に涙が溢れているのに気付いたのは夜の硝子窓に映された自分の顔を見やったときだった。
懐からハンカチを取り出し涙を拭くと私は続けた、到着したら何を見るか、何処に連れて行って欲しいか、そんな話を延々と続けたことを。
そして話は遂に到着間際にさしかかった。
いつも凛とした彼女の口から発せられた言葉と表情を思いだし、私はこみ上げてくる物を感じ、そこで話を切った。
「…それで、その友人さんとはその後どうなったんです?」
そう聞いてくる彼女を私は敢えて無視し、深い闇に包まれている窓外を眺めた。
彼女は答えが返ってこないことを悟ると黙り込み、一緒に窓を眺めた。
警笛がけたたましく鳴り響くのを聞くと、私はこの旅も終わりに近づいていることを感じた。
予想外で思いつかなかった
鉄道はどこか哀愁が漂ってていい
想像力が足りなかったな・・・