秋の色が舞い散り、無機質な冬の色へと移行し始める霜月の終わり頃、僕は何時もの様に店番という名の読書に耽っていた。
外には風が舞い踊り、幻想郷中に冬を知らせている。この分だと今夜は冷え込むだろう。ストーブにもまだまだ活躍してもらわなければ。
思いながら、先程焼いた餅を一口頬張る。冬は寒いから苦手だが、こういう冬特有の美味しい物も同時に存在する為一概に苦手とは言い切れはしないな。
……今夜は酒でも飲みながら、温まるとしようか。
そんな事を思いつつ肴に何を作ろうかと考えたが、食材も余り残っていなかったと思い出した。
最近めっきり里に出かけていないからだろう。冬になるとどうも外出が億劫になる。紫は冬に冬眠するらしいが、出てこないという意味では僕も彼女と同じなのかもしれないな。
――カランカラン。
とそんな事を考えていると、店の鈴が来客を告げた。
「いらっしゃ……やぁ、君か」
「私だぜ香霖。ちょっと温まらせてくれ」
入って来るなり魔理沙はそう言うと、ストーブの方へと直行した。
「はぁ、あったかいぜ」
「で、今日は何の用だい? 温まりに来ただけならお帰り願うよ」
「温まるのはついでだぜ」
「ついで? 何のだい」
「決まってるだろ? 宴会のお誘いだぜ」
言って、魔理沙はストーブが創り出す暖かな世界に入り込んでしまった。
「宴会、ねぇ」
考える。
騒がしいのは苦手だし、浴びる様に酒は飲みたくはない。何時もの様に断るか……
……いや、待てよ?
元々今日は酒で温まろうと思っていたし、唯一の問題点だった肴も宴会に行けば何かしらあるだろう。
騒がしくなって来たら、厠とでも言って静かな場所で一人飲めば事足りる。
それに、今まで散々断り続けてきた。偶には誘いに乗るのも悪くはないだろう。
「分かったよ」
「え?」
「行くんだろう? ほら、ストーブを消すから退いてくれ」
「え、い、行くのか?」
「あぁ、偶にはね」
「驚いたな。明日は雪が天界まで降るぜ」
「確実に皆閻魔様にお世話になるね。というか誘ってきたのは君だろうに、誘いに乗るのがおかしいのかい?」
本当は宴会なんてどうでもよくて、温まるのが目当てなんじゃないのだろうか。
「い、いや。何時も断ってたからな。今日も行かないのかなぁって思ったから、ちょっと吃驚しただけだぜ」
「そうかい。まぁ、何でもいいから行くなら早くしよう」
「ん……そーだな」
若干戸惑いを隠しきれていない魔理沙を尻目に、僕は宴会に持っていく酒を探しに奥へと向かった。
***
夜の博麗神社。僕と魔理沙が到着する頃には既に酒盛りは始まっており、各々が好き勝手に酒を愉しんでいる。
その中に、一人面倒そうな顔をして肴を運ぶ見知った少女の顔があった。
言わずと知れた博麗の巫女、霊夢だ。
「よう霊夢。待たせたな」
「あら魔理沙、遅かったわね……って、霖之助さん?」
「やぁ、此処で会うのは久しぶりかな?」
「そうね。最後に霖之助さんが宴会来たのって何時だったかしら……」
「あー、ほら、細かい事気にしてたら酒が不味くなるぜ」
「まぁ、それもそうだね。適当に飲んでいるよ」
言って、縁側辺りに移動しようと足を動かした。
……が、上半身は足に着いて来なかった。
「待てよ香霖」
「待ちなさい霖之助さん」
随分勝手な妹分二人に両腕を掴まれていたからだ。
「……何だい?」
「久しぶりに宴会に来たんだ。やる事は一つだろ?」
「魔理沙、霖之助さん押さえてて。私誰かしら酒強い奴呼んで来るから」
「がってんだぜ」
「おい、待て。何で僕が飲み比べをする事になってるんだ」
「偶に来たんだ。毎日じゃないだけマシだろ?」
「いや、そういう意味じゃなくてだね……」
霊夢は誰かしら酒が強い奴と言っていた。この宴会に来ている酒の強い奴……恐らく天狗の文や、その文を圧倒する酒飲みの萃香辺りがすぐに思い浮かぶ連中だ。
天狗とは二度と飲み比べなんてしたくない。天狗を軽く潰せる鬼となんて論外もいい所だ。
「連れて来たわよー」
そんな事を考えていると、霊夢がこっちへ戻ってきた。
――此処まで来たら仕方ない。覚悟を決めるか……
そう思い霊夢の方に目を向けると、霊夢が堂々と佇んでいた。
そして、その傍らに居たのは。
「やぁ霖之助君、飲もうか」
ンフフと笑うその人物を前にして、僕の死が確定した。
***
「……ふぅ」
宴会も随分と盛り上がって来た頃、僕は縁側で一人酒を愉しんでいた。
あの後、偶然近くを通った勇儀に相手を任せ何とか事なきを得た。勇儀は萃香と同じ鬼だし、まぁ大丈夫だろう。尤も、相手は酒の化身だが。
「はぁ。矢張り騒がしいのはどうも駄目だな」
偶には良いかと宴会に行く度にこの台詞を言っている気もするが、気のせいだろう。
思い、杯に注いだ酒を呷る。
「……うん」
矢張り酒は静かに、味わいながら飲むべきだ。いい景色が肴なら、何も言う事は無いだろう。
今日の空は雲が多い。雲間から見える月明かりは綺麗だというのに、少し残念だ。
「まぁ、無いものを強請っても虚しいだけだ」
自然は人の思う様には動いてくれない。龍神様の匙加減なのだ。
しかし雲に隠れた月というのも、これはこれで風情がある。
そんな事を思いながら再び杯を傾けようとした時、隣りで飲む者の姿が目に入った。
「……ん?」
その少女は傍らに日傘を置き、空を眺めて一人杯を傾けていた。
「………………」
酒でほんのりと赤く染まった顔。
その顔は、よく見知った顔だった。
――知り合いに会ったのだ。無視する訳にもいかないだろう。
思い、腰を上げ彼女に歩み寄った。
「やぁ、幽香」
名を呼ばれた少女……幽香は振り向くと、少し驚いた様な顔をして言葉を紡いだ。
「あら、貴方が宴会に来るなんて珍しいわね。明日は槍が降るのかしら」
「間違いなく里が滅ぶね。……まぁ、偶にはいいかと思ってね」
「そう」
「あぁ」
そこで会話が途切れる。冷たい風が吹きぬけ、宴会の馬鹿騒ぎが小さく聞こえてくる。
「………………」
「………………」
やがて、幽香が口を開いた。
「……隣り、座る?」
「あ、あぁ。そうさせてもらうよ」
言って、幽香の隣りに腰掛ける。
「ん」
「あぁ、有難う」
差し出された一升瓶に杯を合わせる。なみなみと酒が注がれ、水面には雲が映った。
「ほら」
「あら、どうも」
言って、幽香の杯にも酒を注ぐ。
「乾杯」
「乾杯」
どちらからとも無く杯を小さく上に揚げ、中身を少し減らす。
「……ふぅ。それにしても、貴方が宴会に参加するなんて本当に珍しいわね。どういう風の吹き回しかしら?」
「さっきも言った様に、ただの気紛れさ。偶にはいいかと思っただけだよ」
「ふーん……」
「……何だい?」
「別に。貴方にしては珍しいなーって思っただけよ」
「まぁ、騒がしいのは苦手だからね」
「それに関しては同意ね。周りでガヤガヤ騒がれるのは好きじゃないわ」
「全くだ。でなければこんな端の方で飲みはしないよ」
「そうね」
言って、何となく笑った。
「思えばこうして二人で酒を飲むというのも随分久しぶりだね」
「そうね……最後に飲んだのは何時だったかしら」
「確か……三年程前か」
「あぁ、それくらいなら大した時間じゃないわね」
「……矢張り、君は妖怪だね。時間の感じ方がまるで違う」
「あら、じゃあ貴方は結構時間が経過したって思ってるの?」
「まぁ感覚は妖怪に近い方だからそうでもないんだが……冬が三回も過ぎれば、流石にね」
「貴方冬嫌いだものね」
「あぁ。実入りは無いし蓄えは減る一方だし、何より寒いからね」
「今は暖かいじゃない。ストーブだっけ? あれ」
「あぁ。……言っておくが、非売品だからな」
「いらないわよ。それ程寒いとも思わないし……あ、はい」
「ん? あぁ、すまない」
杯に酒を注がれながら言葉を繋いでいく。
「しかし、君の様な大妖怪に御酌をしてもらえるとはね」
「嫌味かしら? 今日は無礼講よ」
「そうなのかい?」
「知らないわ。でも人妖入り乱れての宴会よ? 隔たりがある方がおかしいわ」
「……それもそうか」
幽香の言う通りだろう。
人と妖怪の間に隔たりがあれば霊夢や魔理沙、それに咲夜や早苗等は真っ先に妖怪の餌食だろう。
「だから、相手がどんな奴かなんて気にしちゃ駄目なのよ。お酒が不味くなっちゃうわ」
「……成程」
確かに、僕とした事が配慮が足りなかった様だ。
僕もまだまだの様だな。
「……ん?」
とそんな事を考えていると、手の甲を冷たい物が触れた。
「あら?」
それは幽香も同じらしく、左手を返し頭の上に疑問符を浮べていた。
「……あぁ、そういう事か」
その言葉は何事かと辺りを見渡し、上へと目線が向かった時に自然と口から零れていた。
「あら……ふふ」
僕の視線に気付いたのか? 幽香も上を見上げ愉しそうに微笑んでいた。
「雪か」
「冬だもの、降ってもおかしくないわ」
「それはそうだがね……」
空から舞い落ちる冬の代名詞を見ながら呟く。
雪が降れば、外は更に冷え込むだろう。寒いのが苦手な僕としては、すぐさま中に入って寒さを逃れたいところだ。
だが。
「中、戻らないの?」
「今戻る訳にもね……」
そう。此処は店ではなく博麗神社。中に戻れば騒がしい連中との飲み比べが待っている。かといってこのまま此処にいれば酒では誤魔化せない寒さを味わう事になる。どちらを選んでもろくな事にはならない。まさに前門の虎後門の狼だ。
「でも、寒いんじゃなくて?」
「……まぁ、ね」
「だったら」
言って、幽香は酒を注ぐ。
「温まるまで、付き合ってあげるわ」
「……いいのかい?」
「言ったでしょ? 騒がしい連中は苦手だって」
「……成程」
元々幽香は残るつもりだったらしい。そして、僕はそれに付き合う形になる訳だ。
「まぁ、宴会が雪見に変わっただけだ。肴が一つ増えたと思って愉しむとするか」
「そうよ。愉しむ時は少しでも愉しまなきゃ」
「だね」
そう返し、酒を喉へと流し込む。
外気に冷やされた酒は程よく冷酒となり、僕の味覚を愉しませてくれた。
「雪見はいいわね。落ち着いてて」
「あぁ、こういうのも風情がある。それを今、僕達は二人占めしている訳だ」
中の連中はあの調子だ。外に気付いている者は皆無だろう。
ふと上を見ると、先程まで隠れていた月が雲間から姿を見せていた。
「月と雪、それに君で雪月花といった所か」
「あら、洒落た事言うのね」
「尤も、時期こそ違うがね」
「そうね……でも、そういう事を感じて、愉しめる人は好きよ」
何気なく幽香が発した言葉に、一瞬固まってしまった。
「……? 何よ、いきなり黙っちゃって。凍った?」
「いや……君の口からそういう言葉が出るとは思わなくてね」
「あら、意外?」
「正直ね」
「そう」
「あぁ」
「ふふ、でも言った事は本当よ? 花鳥風月を感じれる人は好きだわ」
「……まぁ、君の様な美しい女性にそういう事を言われるのも、存外悪くは無いな」
幽香と同じ様に、何気なく口から出た言葉だった。
「あら……ふふ、嬉しい事言ってくれるわね」
その言葉に振り向くと、幽香は此方を向き顔を赤らめていた。恐らく、酒だけではないのだろう。
大方、美しいという言葉に対しての照れだろうか。
「はい」
「あぁ」
そして、その顔のまま酒を注がれる。完全に冷酒となった酒は美味いが、この寒さには聊か不向きだ。
「あぁ、寒い寒い。冬だから仕方ないが……」
「それも一興……でしょ?」
……台詞を奪われてしまったか。
「……違いない」
言って、二人くすりと笑った。
外には風が舞い踊り、幻想郷中に冬を知らせている。この分だと今夜は冷え込むだろう。ストーブにもまだまだ活躍してもらわなければ。
思いながら、先程焼いた餅を一口頬張る。冬は寒いから苦手だが、こういう冬特有の美味しい物も同時に存在する為一概に苦手とは言い切れはしないな。
……今夜は酒でも飲みながら、温まるとしようか。
そんな事を思いつつ肴に何を作ろうかと考えたが、食材も余り残っていなかったと思い出した。
最近めっきり里に出かけていないからだろう。冬になるとどうも外出が億劫になる。紫は冬に冬眠するらしいが、出てこないという意味では僕も彼女と同じなのかもしれないな。
――カランカラン。
とそんな事を考えていると、店の鈴が来客を告げた。
「いらっしゃ……やぁ、君か」
「私だぜ香霖。ちょっと温まらせてくれ」
入って来るなり魔理沙はそう言うと、ストーブの方へと直行した。
「はぁ、あったかいぜ」
「で、今日は何の用だい? 温まりに来ただけならお帰り願うよ」
「温まるのはついでだぜ」
「ついで? 何のだい」
「決まってるだろ? 宴会のお誘いだぜ」
言って、魔理沙はストーブが創り出す暖かな世界に入り込んでしまった。
「宴会、ねぇ」
考える。
騒がしいのは苦手だし、浴びる様に酒は飲みたくはない。何時もの様に断るか……
……いや、待てよ?
元々今日は酒で温まろうと思っていたし、唯一の問題点だった肴も宴会に行けば何かしらあるだろう。
騒がしくなって来たら、厠とでも言って静かな場所で一人飲めば事足りる。
それに、今まで散々断り続けてきた。偶には誘いに乗るのも悪くはないだろう。
「分かったよ」
「え?」
「行くんだろう? ほら、ストーブを消すから退いてくれ」
「え、い、行くのか?」
「あぁ、偶にはね」
「驚いたな。明日は雪が天界まで降るぜ」
「確実に皆閻魔様にお世話になるね。というか誘ってきたのは君だろうに、誘いに乗るのがおかしいのかい?」
本当は宴会なんてどうでもよくて、温まるのが目当てなんじゃないのだろうか。
「い、いや。何時も断ってたからな。今日も行かないのかなぁって思ったから、ちょっと吃驚しただけだぜ」
「そうかい。まぁ、何でもいいから行くなら早くしよう」
「ん……そーだな」
若干戸惑いを隠しきれていない魔理沙を尻目に、僕は宴会に持っていく酒を探しに奥へと向かった。
***
夜の博麗神社。僕と魔理沙が到着する頃には既に酒盛りは始まっており、各々が好き勝手に酒を愉しんでいる。
その中に、一人面倒そうな顔をして肴を運ぶ見知った少女の顔があった。
言わずと知れた博麗の巫女、霊夢だ。
「よう霊夢。待たせたな」
「あら魔理沙、遅かったわね……って、霖之助さん?」
「やぁ、此処で会うのは久しぶりかな?」
「そうね。最後に霖之助さんが宴会来たのって何時だったかしら……」
「あー、ほら、細かい事気にしてたら酒が不味くなるぜ」
「まぁ、それもそうだね。適当に飲んでいるよ」
言って、縁側辺りに移動しようと足を動かした。
……が、上半身は足に着いて来なかった。
「待てよ香霖」
「待ちなさい霖之助さん」
随分勝手な妹分二人に両腕を掴まれていたからだ。
「……何だい?」
「久しぶりに宴会に来たんだ。やる事は一つだろ?」
「魔理沙、霖之助さん押さえてて。私誰かしら酒強い奴呼んで来るから」
「がってんだぜ」
「おい、待て。何で僕が飲み比べをする事になってるんだ」
「偶に来たんだ。毎日じゃないだけマシだろ?」
「いや、そういう意味じゃなくてだね……」
霊夢は誰かしら酒が強い奴と言っていた。この宴会に来ている酒の強い奴……恐らく天狗の文や、その文を圧倒する酒飲みの萃香辺りがすぐに思い浮かぶ連中だ。
天狗とは二度と飲み比べなんてしたくない。天狗を軽く潰せる鬼となんて論外もいい所だ。
「連れて来たわよー」
そんな事を考えていると、霊夢がこっちへ戻ってきた。
――此処まで来たら仕方ない。覚悟を決めるか……
そう思い霊夢の方に目を向けると、霊夢が堂々と佇んでいた。
そして、その傍らに居たのは。
「やぁ霖之助君、飲もうか」
ンフフと笑うその人物を前にして、僕の死が確定した。
***
「……ふぅ」
宴会も随分と盛り上がって来た頃、僕は縁側で一人酒を愉しんでいた。
あの後、偶然近くを通った勇儀に相手を任せ何とか事なきを得た。勇儀は萃香と同じ鬼だし、まぁ大丈夫だろう。尤も、相手は酒の化身だが。
「はぁ。矢張り騒がしいのはどうも駄目だな」
偶には良いかと宴会に行く度にこの台詞を言っている気もするが、気のせいだろう。
思い、杯に注いだ酒を呷る。
「……うん」
矢張り酒は静かに、味わいながら飲むべきだ。いい景色が肴なら、何も言う事は無いだろう。
今日の空は雲が多い。雲間から見える月明かりは綺麗だというのに、少し残念だ。
「まぁ、無いものを強請っても虚しいだけだ」
自然は人の思う様には動いてくれない。龍神様の匙加減なのだ。
しかし雲に隠れた月というのも、これはこれで風情がある。
そんな事を思いながら再び杯を傾けようとした時、隣りで飲む者の姿が目に入った。
「……ん?」
その少女は傍らに日傘を置き、空を眺めて一人杯を傾けていた。
「………………」
酒でほんのりと赤く染まった顔。
その顔は、よく見知った顔だった。
――知り合いに会ったのだ。無視する訳にもいかないだろう。
思い、腰を上げ彼女に歩み寄った。
「やぁ、幽香」
名を呼ばれた少女……幽香は振り向くと、少し驚いた様な顔をして言葉を紡いだ。
「あら、貴方が宴会に来るなんて珍しいわね。明日は槍が降るのかしら」
「間違いなく里が滅ぶね。……まぁ、偶にはいいかと思ってね」
「そう」
「あぁ」
そこで会話が途切れる。冷たい風が吹きぬけ、宴会の馬鹿騒ぎが小さく聞こえてくる。
「………………」
「………………」
やがて、幽香が口を開いた。
「……隣り、座る?」
「あ、あぁ。そうさせてもらうよ」
言って、幽香の隣りに腰掛ける。
「ん」
「あぁ、有難う」
差し出された一升瓶に杯を合わせる。なみなみと酒が注がれ、水面には雲が映った。
「ほら」
「あら、どうも」
言って、幽香の杯にも酒を注ぐ。
「乾杯」
「乾杯」
どちらからとも無く杯を小さく上に揚げ、中身を少し減らす。
「……ふぅ。それにしても、貴方が宴会に参加するなんて本当に珍しいわね。どういう風の吹き回しかしら?」
「さっきも言った様に、ただの気紛れさ。偶にはいいかと思っただけだよ」
「ふーん……」
「……何だい?」
「別に。貴方にしては珍しいなーって思っただけよ」
「まぁ、騒がしいのは苦手だからね」
「それに関しては同意ね。周りでガヤガヤ騒がれるのは好きじゃないわ」
「全くだ。でなければこんな端の方で飲みはしないよ」
「そうね」
言って、何となく笑った。
「思えばこうして二人で酒を飲むというのも随分久しぶりだね」
「そうね……最後に飲んだのは何時だったかしら」
「確か……三年程前か」
「あぁ、それくらいなら大した時間じゃないわね」
「……矢張り、君は妖怪だね。時間の感じ方がまるで違う」
「あら、じゃあ貴方は結構時間が経過したって思ってるの?」
「まぁ感覚は妖怪に近い方だからそうでもないんだが……冬が三回も過ぎれば、流石にね」
「貴方冬嫌いだものね」
「あぁ。実入りは無いし蓄えは減る一方だし、何より寒いからね」
「今は暖かいじゃない。ストーブだっけ? あれ」
「あぁ。……言っておくが、非売品だからな」
「いらないわよ。それ程寒いとも思わないし……あ、はい」
「ん? あぁ、すまない」
杯に酒を注がれながら言葉を繋いでいく。
「しかし、君の様な大妖怪に御酌をしてもらえるとはね」
「嫌味かしら? 今日は無礼講よ」
「そうなのかい?」
「知らないわ。でも人妖入り乱れての宴会よ? 隔たりがある方がおかしいわ」
「……それもそうか」
幽香の言う通りだろう。
人と妖怪の間に隔たりがあれば霊夢や魔理沙、それに咲夜や早苗等は真っ先に妖怪の餌食だろう。
「だから、相手がどんな奴かなんて気にしちゃ駄目なのよ。お酒が不味くなっちゃうわ」
「……成程」
確かに、僕とした事が配慮が足りなかった様だ。
僕もまだまだの様だな。
「……ん?」
とそんな事を考えていると、手の甲を冷たい物が触れた。
「あら?」
それは幽香も同じらしく、左手を返し頭の上に疑問符を浮べていた。
「……あぁ、そういう事か」
その言葉は何事かと辺りを見渡し、上へと目線が向かった時に自然と口から零れていた。
「あら……ふふ」
僕の視線に気付いたのか? 幽香も上を見上げ愉しそうに微笑んでいた。
「雪か」
「冬だもの、降ってもおかしくないわ」
「それはそうだがね……」
空から舞い落ちる冬の代名詞を見ながら呟く。
雪が降れば、外は更に冷え込むだろう。寒いのが苦手な僕としては、すぐさま中に入って寒さを逃れたいところだ。
だが。
「中、戻らないの?」
「今戻る訳にもね……」
そう。此処は店ではなく博麗神社。中に戻れば騒がしい連中との飲み比べが待っている。かといってこのまま此処にいれば酒では誤魔化せない寒さを味わう事になる。どちらを選んでもろくな事にはならない。まさに前門の虎後門の狼だ。
「でも、寒いんじゃなくて?」
「……まぁ、ね」
「だったら」
言って、幽香は酒を注ぐ。
「温まるまで、付き合ってあげるわ」
「……いいのかい?」
「言ったでしょ? 騒がしい連中は苦手だって」
「……成程」
元々幽香は残るつもりだったらしい。そして、僕はそれに付き合う形になる訳だ。
「まぁ、宴会が雪見に変わっただけだ。肴が一つ増えたと思って愉しむとするか」
「そうよ。愉しむ時は少しでも愉しまなきゃ」
「だね」
そう返し、酒を喉へと流し込む。
外気に冷やされた酒は程よく冷酒となり、僕の味覚を愉しませてくれた。
「雪見はいいわね。落ち着いてて」
「あぁ、こういうのも風情がある。それを今、僕達は二人占めしている訳だ」
中の連中はあの調子だ。外に気付いている者は皆無だろう。
ふと上を見ると、先程まで隠れていた月が雲間から姿を見せていた。
「月と雪、それに君で雪月花といった所か」
「あら、洒落た事言うのね」
「尤も、時期こそ違うがね」
「そうね……でも、そういう事を感じて、愉しめる人は好きよ」
何気なく幽香が発した言葉に、一瞬固まってしまった。
「……? 何よ、いきなり黙っちゃって。凍った?」
「いや……君の口からそういう言葉が出るとは思わなくてね」
「あら、意外?」
「正直ね」
「そう」
「あぁ」
「ふふ、でも言った事は本当よ? 花鳥風月を感じれる人は好きだわ」
「……まぁ、君の様な美しい女性にそういう事を言われるのも、存外悪くは無いな」
幽香と同じ様に、何気なく口から出た言葉だった。
「あら……ふふ、嬉しい事言ってくれるわね」
その言葉に振り向くと、幽香は此方を向き顔を赤らめていた。恐らく、酒だけではないのだろう。
大方、美しいという言葉に対しての照れだろうか。
「はい」
「あぁ」
そして、その顔のまま酒を注がれる。完全に冷酒となった酒は美味いが、この寒さには聊か不向きだ。
「あぁ、寒い寒い。冬だから仕方ないが……」
「それも一興……でしょ?」
……台詞を奪われてしまったか。
「……違いない」
言って、二人くすりと笑った。
大人な雰囲気…子供じゃない事です(真面目に)
風流があって良かったです
自分も酒は飲めない年齢ですが結構飲んでます、チューハイですけどwww
しかし霖之助のように四季を楽しめるようになりたいですね
・・・チューハイしか飲めない自分。
十分大人な感じが伝わってきましたよ。
大人というか、風流人という感じかもしれませんが、大変趣深く、楽しめました。
雪見酒はまだやったことありませんが、ちょっと心揺さぶられました。
いいお話でした~。
あと、コメ無かったら私も相手が誰か分からなかったクチでしたw
>>華彩神護.K 様
神主には勝てる筈もありません、だから彼は逃げたんですw
大人な雰囲気は子供じゃない事……成程! 勉強になりました!
>>奇声を発する程度の能力 様
風流なのっていいと思うんです。なので、この作品でそれを感じてくださり嬉しいです!
>>3 様
お酒は二十歳になってからですよーw
>>4 様
その口調……魔理沙かっ!?
>>投げ槍 様
天狗総動員でほろ酔いに持ち込ませれる程度ですねw
>>6 様
大人を感じて頂けて嬉しいですっ
>>7 様
楽しんで頂けて幸せです!
>>淡色 様
雪見酒っていいと思うんです。風情があって。
ンフフじゃ分かりにくかったですかねw
読んでくれた全ての方に感謝!