幻想郷――。
現実より忘れ去られた者たちの住む世界。
ここでは、現実では起こり得ない事が日常的に、かつ頻繁に起きる。
今では最早誰も信じる事なない吸血鬼、亡霊、妖精、死神や妖怪などが存在し、人々はそれらを恐れつつも生活をしている。
だが此処と『外』の世界とはたった一枚の結界によって隔てられているだけであり、その結界を管理する者が存在する。
博麗神社の巫女――博麗霊夢。
これは彼女と人妖達によるちょっと愉快な日常を描いた物語である。
●
博麗霊夢の朝は早い。
朝陽が昇ると目を覚まし、寝巻から巫女服へと着替える。
そして井戸から汲み上げた冷水で顔を洗い、朝食の準備に取り掛かる。
巫女だからという訳でもないが、彼女の献立は和食が中心となる。
別に洋食が嫌いという訳ではなく、ただどちらかといえば和食の方が好きだからという理由でである。
気がむけば作るし、むかなければ作らない。
ようは気分の問題という訳だ。
ちなみに今日の献立は、白ご飯に、海苔に、漬物とみそ汁というごく一般的なものだった。
それらに舌鼓を打った後、洗い物を済ませ、今度は洗濯へと取り掛かる。
そして洗濯が済んだ後は、神社の境内を箒ではわく。
これらを毎日一人で行う。
というのも、彼女はこの博麗神社に一人で暮らしている。
家族は知らない。
両親の顔も、いたかもしれない兄弟の顔も何一つ知らない。
けど別に霊夢は平気だった。
たとえ家族がいなくても、霊夢の傍にはいつも誰かがいた。
それは人であったり、はたまた妖怪であったり。
だから霊夢は寂しくなかった。
「ふぅ……」
一息ついて、縁側に腰をかける。
あらかじめ用意してあった急須に湯飲みに、そしてお茶受け。
霊夢はこの時間が大好きであった。
ぼんやりと視線を彼方に彷徨わせながら、熱い緑茶を口に運ぶ。
「おいし……」
パリッと小気味よい音を立てて煎餅をかじり、そしてまたお茶を一口。
その表情は普段の彼女からはとても想像できないのんびりとしたものだ。
普段は巫女として気を張っているのもあり大人びた雰囲気のする彼女だが、この時だけは年相応のあどけなさが顔を覗かせる。
穏やかな空気が流れる神社。
だがそれは唐突に終わりを迎える。
「来たわね……」
霊夢の背後で空間に亀裂が生じると、スッと尻目にそれを見やる。
だというのに、お茶を飲むのをやめようとする素振りは一切見られない。
それはつまりこれがなんなのか霊夢は知っているのだ。
亀裂が縦に裂けるとそこには無数の目が在った。
この場には一切そぐわない、その不気味としか言いようのない空間の『隙間』からは――やはり、この古風な神社とは溶け込めそうのない金色の髪をなびかせて彼女は現れた。
「はぁーい、霊夢。
ご機嫌はいかが?」
そんな軽い調子の挨拶と共に姿を現したのは、思わず目を見張ってしまうほど可憐な容姿の女性だった。
金色のふわふわとした髪に、優美に女性的な肢体。
髪と身に付けた紫と白で構成された衣服の隙間から覗かせる肌は驚くほど白く、それが明るい髪の色と共によく映える。
整った部位はまるで人形の様に作られたかの如く存在している。
同姓ですら思わず息を呑んでしまいそうに美しい彼女を前にして、しかし霊夢はなんら変わりない態度で応じる。
「中々よ。
ほら、あんたもどうせ呑むんでしょう」
そういってもう一つの湯飲みにお茶を注ぐ霊夢。
それを見て女性は薄く笑みを浮かべて見せる。
「あらあら。
ちゃんと私の分まで用意してくれていたのですね」
そんな指摘に一瞬ぎくりと動きを止める霊夢。
ややあって乱暴に湯飲みを差し出した霊夢の頬にはうっすらと朱がさしていた。
そんな霊夢の様子にくすくすと笑いながら湯飲みを受け取る。
「ごめんなさい、まさか本当だとは夢にも思いませんで」
「……うそつき。
分かってた癖に言わないでよ、紫」
さらに笑みを深める紫。
八雲 紫――それが彼女の名前である。
この幻想郷においても一種しかいない隙間妖怪と呼ばれるれっきとした妖怪である。
古くから生きこの幻想郷を作ったとされる彼女は、妖怪たちの間で賢者とよばれ恐れられてきた。
強大な力を持ち、幻想郷のパワーバランスの一角を担う彼女だが人を襲ったりはせず、人前に姿を現す事も少ない。
だがこの博麗神社には割と頻繁に現れ、よくこうして霊夢とお茶を楽しむ。
霊夢にとっても紫は親しい友人の一人だ。
「今日は早いのね。
もう少し後から来ると思ってたのに」
「可愛い霊夢の為ですもの。
何よりも優先してここには来ますわ」
「でもいつもはもう少し遅いじゃない」
「それはそれ。
この時期まだまだ布団が恋しくって」
そう宣まう紫に霊夢はふーんと気のない返事を返す。
しかし、その内では少し嬉しかったりする。
それはつまり、紫が自分に逢うために早起きしてくれたということで。
霊夢としてはそれがやはり嬉しいのだ。
にこにことしながらお茶をすする霊夢に紫は首を傾げる。
「なんです?
そんなににこにこと。
何か良い事でもあったのですか?」
「ふふ。
ええ、あったわ」
そう答えて見せる霊夢に紫はますます疑問を深める。
そんな紫とは対照的に霊夢はまた笑みを浮かべて。
「紫」
「何かしら?」
「……ありがとねっ」
喜色満面の霊夢に驚いた様に目を丸くする紫。
だが――
「どういたしまして」
そう言ってお互いに笑いあう。
大切な友人とののんびりとした時間。
この時間が霊夢は本当に大好きなのだ。
現実より忘れ去られた者たちの住む世界。
ここでは、現実では起こり得ない事が日常的に、かつ頻繁に起きる。
今では最早誰も信じる事なない吸血鬼、亡霊、妖精、死神や妖怪などが存在し、人々はそれらを恐れつつも生活をしている。
だが此処と『外』の世界とはたった一枚の結界によって隔てられているだけであり、その結界を管理する者が存在する。
博麗神社の巫女――博麗霊夢。
これは彼女と人妖達によるちょっと愉快な日常を描いた物語である。
●
博麗霊夢の朝は早い。
朝陽が昇ると目を覚まし、寝巻から巫女服へと着替える。
そして井戸から汲み上げた冷水で顔を洗い、朝食の準備に取り掛かる。
巫女だからという訳でもないが、彼女の献立は和食が中心となる。
別に洋食が嫌いという訳ではなく、ただどちらかといえば和食の方が好きだからという理由でである。
気がむけば作るし、むかなければ作らない。
ようは気分の問題という訳だ。
ちなみに今日の献立は、白ご飯に、海苔に、漬物とみそ汁というごく一般的なものだった。
それらに舌鼓を打った後、洗い物を済ませ、今度は洗濯へと取り掛かる。
そして洗濯が済んだ後は、神社の境内を箒ではわく。
これらを毎日一人で行う。
というのも、彼女はこの博麗神社に一人で暮らしている。
家族は知らない。
両親の顔も、いたかもしれない兄弟の顔も何一つ知らない。
けど別に霊夢は平気だった。
たとえ家族がいなくても、霊夢の傍にはいつも誰かがいた。
それは人であったり、はたまた妖怪であったり。
だから霊夢は寂しくなかった。
「ふぅ……」
一息ついて、縁側に腰をかける。
あらかじめ用意してあった急須に湯飲みに、そしてお茶受け。
霊夢はこの時間が大好きであった。
ぼんやりと視線を彼方に彷徨わせながら、熱い緑茶を口に運ぶ。
「おいし……」
パリッと小気味よい音を立てて煎餅をかじり、そしてまたお茶を一口。
その表情は普段の彼女からはとても想像できないのんびりとしたものだ。
普段は巫女として気を張っているのもあり大人びた雰囲気のする彼女だが、この時だけは年相応のあどけなさが顔を覗かせる。
穏やかな空気が流れる神社。
だがそれは唐突に終わりを迎える。
「来たわね……」
霊夢の背後で空間に亀裂が生じると、スッと尻目にそれを見やる。
だというのに、お茶を飲むのをやめようとする素振りは一切見られない。
それはつまりこれがなんなのか霊夢は知っているのだ。
亀裂が縦に裂けるとそこには無数の目が在った。
この場には一切そぐわない、その不気味としか言いようのない空間の『隙間』からは――やはり、この古風な神社とは溶け込めそうのない金色の髪をなびかせて彼女は現れた。
「はぁーい、霊夢。
ご機嫌はいかが?」
そんな軽い調子の挨拶と共に姿を現したのは、思わず目を見張ってしまうほど可憐な容姿の女性だった。
金色のふわふわとした髪に、優美に女性的な肢体。
髪と身に付けた紫と白で構成された衣服の隙間から覗かせる肌は驚くほど白く、それが明るい髪の色と共によく映える。
整った部位はまるで人形の様に作られたかの如く存在している。
同姓ですら思わず息を呑んでしまいそうに美しい彼女を前にして、しかし霊夢はなんら変わりない態度で応じる。
「中々よ。
ほら、あんたもどうせ呑むんでしょう」
そういってもう一つの湯飲みにお茶を注ぐ霊夢。
それを見て女性は薄く笑みを浮かべて見せる。
「あらあら。
ちゃんと私の分まで用意してくれていたのですね」
そんな指摘に一瞬ぎくりと動きを止める霊夢。
ややあって乱暴に湯飲みを差し出した霊夢の頬にはうっすらと朱がさしていた。
そんな霊夢の様子にくすくすと笑いながら湯飲みを受け取る。
「ごめんなさい、まさか本当だとは夢にも思いませんで」
「……うそつき。
分かってた癖に言わないでよ、紫」
さらに笑みを深める紫。
八雲 紫――それが彼女の名前である。
この幻想郷においても一種しかいない隙間妖怪と呼ばれるれっきとした妖怪である。
古くから生きこの幻想郷を作ったとされる彼女は、妖怪たちの間で賢者とよばれ恐れられてきた。
強大な力を持ち、幻想郷のパワーバランスの一角を担う彼女だが人を襲ったりはせず、人前に姿を現す事も少ない。
だがこの博麗神社には割と頻繁に現れ、よくこうして霊夢とお茶を楽しむ。
霊夢にとっても紫は親しい友人の一人だ。
「今日は早いのね。
もう少し後から来ると思ってたのに」
「可愛い霊夢の為ですもの。
何よりも優先してここには来ますわ」
「でもいつもはもう少し遅いじゃない」
「それはそれ。
この時期まだまだ布団が恋しくって」
そう宣まう紫に霊夢はふーんと気のない返事を返す。
しかし、その内では少し嬉しかったりする。
それはつまり、紫が自分に逢うために早起きしてくれたということで。
霊夢としてはそれがやはり嬉しいのだ。
にこにことしながらお茶をすする霊夢に紫は首を傾げる。
「なんです?
そんなににこにこと。
何か良い事でもあったのですか?」
「ふふ。
ええ、あったわ」
そう答えて見せる霊夢に紫はますます疑問を深める。
そんな紫とは対照的に霊夢はまた笑みを浮かべて。
「紫」
「何かしら?」
「……ありがとねっ」
喜色満面の霊夢に驚いた様に目を丸くする紫。
だが――
「どういたしまして」
そう言ってお互いに笑いあう。
大切な友人とののんびりとした時間。
この時間が霊夢は本当に大好きなのだ。
二人の距離感がグッドです。
うん、ぐっじょぶです!
可愛らしい霊夢ですね。紫も妖艶で素敵。