早朝、公園のゴミ箱から煙草の吸殻をあさるのが日課になっているこいし。ほぐして巻きなおして姉のさとりにプレゼント(いやがらせ)するためだ。
「ふ……いつもの仕返しよ。シケモクふかして微妙に嫌な気持ちになればいいのよ」
下卑た笑みを浮かべる彼女はご近所さんから白い目で見られていることを知らなかった。
***
冬の乾燥によってこいしの唇は荒れ果てていた。いつ割れてもおかしくはない。
舌で自分の下唇をなぞると、少女にあるまじき『がさり』とした感触が伝わる。舐めると逆効果と知ってはいてもべろべろ舐めずにはいられなかった。
出した舌で時計回りに唇を舐める、こいし必殺舌ベロスクリューが炸裂する。つやつや唇のさとりは、無様な妹のことなど気にも留めず本を読んでいた。
憎き姉にもこのがさがさを味わわせたい。いや、味わわせてやる。こいしは心も荒れ果てていた。
思いつきで除湿機をつけしばらくねばるが、いくら待てどもこいしの唇から潤いが失われるばかり。
依然ぷるぷると艶を放つさとりの唇。それに反してこいしの唇と心はささくれ立っていく。
「お姉ちゃんはどうしてそんなに柔らかそうな唇をしているの?」
「少女の唇はいつでも柔らかぷるんでなければならないからよ」
「……へぇ、じゃあガサガサ唇の私は少女ではないというのね」
「ふふ、クリームを塗ってあげるからこっちへいらっしゃい」
「ふぇ?」
呆気にとられかたまるこいしに、穏やかな微笑みをたたえたさとりが懐から小さな容器を取り出して手招きをする。
「う、うんっ」
私、お姉ちゃんに意地悪しようとしたのに。やっぱり妹のことは可愛いのね。
いそいそとさとりの前まで来たこいしは、ひざ立ちになって目を閉じた。
唇に指が近づく気配に自然と口角が上がる。そっと、指が触れる。
「ったい! なにこれヒリヒリすゆ!」
「あらごめんなさい、これラー油だったわ」
「いやああああ塗りこまにゃいれええええ!!」
***
「私が作った夕飯ね、ペット達にとっても好評でお姉ちゃんの分が無くなっちゃったの!」
「そう」
「ごめんね!」
「ふふ、気にしないで。適当に何か作るから」
舌を出し、自分の頭をコツンと叩くこいしを尻目に、エプロンを身につけたさとりは取り出してきた材料を手際よく調理し始めた。
さとりは有り物もゲテ物もご馳走に変えてしまう。魔法でも使っているのだとこいしは考えている。
以前、こいしが作った青臭い人参スープに少し手を加えただけで美味しいステーキにしてしまったさとりだ。
人参スープとステーキでは材料が一致しない。だがスープが肉に変わる瞬間をこいしは見たのだ……。
「はっ……ステーキのにおい……まさか!」
鼻腔をくすぐる香ばしい肉の香りで我に返ったこいしは、食卓でステーキを頬張る姉に尋ねる。
「お姉ちゃん、ステーキ肉なんて無かったはずよね? それどうしたの?」
「あなたが昨日作ったあの青臭いプリン、大量に余っていたでしょ?」
「あー……ってちょっとひどいじゃない! がんばって作ったのよキャラメルプリン!」
「早く食べなければ悪くなってしまうでしょう?」
「なら普通に食べてよぉ……」
***
「あら、煙草を切らしていたわ」
煙草入れを指先で弄りながら、さとりが口惜しそうに呟く。その肩をトントンと叩くものがあった。
「煙草ならあるわ。これ、日ごろの感謝の気持ちよ」
「まあ……どうしたの?」
「お小遣いで買ってきたのよ。うふふ、ちょっと待ってね……」
「こいし……!」
箱から煙草を取り出して差し出そうとするこいし。その細い手首を掴むと、さとりは自分のほうへぐいと引き寄せ抱きしめた。
「えっ! あの、あの、お姉ちゃん?」
「私、あなたに何もしてあげられなかったのに……こんなに優しい妹をもって私は幸せ者だわ」
姉の温かい胸に抱かれ優しく撫でられていると、涙と罪悪感がじわりこみ上げてくる。
「っ……ごめんなさい! この煙草ちょっと湿気ているみたいなの、新しいのを買ってくるから!」
こいしはさとりの腕をほどいて走り出すと、勢いよく扉を開けて部屋から飛び出していった。
遠ざかる足音がさとりの耳には心地よい。
湿気ているという煙草の箱を手に取ると、彼女は晴れやかな表情で台所へ向かった。
「お礼にこの青臭いシケモクをステーキにしてこいしに食べさせてあげましょう」
「ふ……いつもの仕返しよ。シケモクふかして微妙に嫌な気持ちになればいいのよ」
下卑た笑みを浮かべる彼女はご近所さんから白い目で見られていることを知らなかった。
***
冬の乾燥によってこいしの唇は荒れ果てていた。いつ割れてもおかしくはない。
舌で自分の下唇をなぞると、少女にあるまじき『がさり』とした感触が伝わる。舐めると逆効果と知ってはいてもべろべろ舐めずにはいられなかった。
出した舌で時計回りに唇を舐める、こいし必殺舌ベロスクリューが炸裂する。つやつや唇のさとりは、無様な妹のことなど気にも留めず本を読んでいた。
憎き姉にもこのがさがさを味わわせたい。いや、味わわせてやる。こいしは心も荒れ果てていた。
思いつきで除湿機をつけしばらくねばるが、いくら待てどもこいしの唇から潤いが失われるばかり。
依然ぷるぷると艶を放つさとりの唇。それに反してこいしの唇と心はささくれ立っていく。
「お姉ちゃんはどうしてそんなに柔らかそうな唇をしているの?」
「少女の唇はいつでも柔らかぷるんでなければならないからよ」
「……へぇ、じゃあガサガサ唇の私は少女ではないというのね」
「ふふ、クリームを塗ってあげるからこっちへいらっしゃい」
「ふぇ?」
呆気にとられかたまるこいしに、穏やかな微笑みをたたえたさとりが懐から小さな容器を取り出して手招きをする。
「う、うんっ」
私、お姉ちゃんに意地悪しようとしたのに。やっぱり妹のことは可愛いのね。
いそいそとさとりの前まで来たこいしは、ひざ立ちになって目を閉じた。
唇に指が近づく気配に自然と口角が上がる。そっと、指が触れる。
「ったい! なにこれヒリヒリすゆ!」
「あらごめんなさい、これラー油だったわ」
「いやああああ塗りこまにゃいれええええ!!」
***
「私が作った夕飯ね、ペット達にとっても好評でお姉ちゃんの分が無くなっちゃったの!」
「そう」
「ごめんね!」
「ふふ、気にしないで。適当に何か作るから」
舌を出し、自分の頭をコツンと叩くこいしを尻目に、エプロンを身につけたさとりは取り出してきた材料を手際よく調理し始めた。
さとりは有り物もゲテ物もご馳走に変えてしまう。魔法でも使っているのだとこいしは考えている。
以前、こいしが作った青臭い人参スープに少し手を加えただけで美味しいステーキにしてしまったさとりだ。
人参スープとステーキでは材料が一致しない。だがスープが肉に変わる瞬間をこいしは見たのだ……。
「はっ……ステーキのにおい……まさか!」
鼻腔をくすぐる香ばしい肉の香りで我に返ったこいしは、食卓でステーキを頬張る姉に尋ねる。
「お姉ちゃん、ステーキ肉なんて無かったはずよね? それどうしたの?」
「あなたが昨日作ったあの青臭いプリン、大量に余っていたでしょ?」
「あー……ってちょっとひどいじゃない! がんばって作ったのよキャラメルプリン!」
「早く食べなければ悪くなってしまうでしょう?」
「なら普通に食べてよぉ……」
***
「あら、煙草を切らしていたわ」
煙草入れを指先で弄りながら、さとりが口惜しそうに呟く。その肩をトントンと叩くものがあった。
「煙草ならあるわ。これ、日ごろの感謝の気持ちよ」
「まあ……どうしたの?」
「お小遣いで買ってきたのよ。うふふ、ちょっと待ってね……」
「こいし……!」
箱から煙草を取り出して差し出そうとするこいし。その細い手首を掴むと、さとりは自分のほうへぐいと引き寄せ抱きしめた。
「えっ! あの、あの、お姉ちゃん?」
「私、あなたに何もしてあげられなかったのに……こんなに優しい妹をもって私は幸せ者だわ」
姉の温かい胸に抱かれ優しく撫でられていると、涙と罪悪感がじわりこみ上げてくる。
「っ……ごめんなさい! この煙草ちょっと湿気ているみたいなの、新しいのを買ってくるから!」
こいしはさとりの腕をほどいて走り出すと、勢いよく扉を開けて部屋から飛び出していった。
遠ざかる足音がさとりの耳には心地よい。
湿気ているという煙草の箱を手に取ると、彼女は晴れやかな表情で台所へ向かった。
「お礼にこの青臭いシケモクをステーキにしてこいしに食べさせてあげましょう」
いやこれも愛のひとつですねわかります
さとりさんの料理技術、というか特殊能力私もほしいです
妹は「自分が作った物を青臭くする程度の能力」を持つだと……?
ゴクリ…
お姉ちゃんは一枚上手と言うことか…!
締めもきれいにまとまっていました。
上手いですね~