これは昔々の物語
彼女は歌っていた
彼女は笑っていた
彼女は泣いていた
彼女は生きていた
彼女は母となった
少女も母となった
繰り返し繰り返され
八重に二十重に織りなしてく
決して止まる事の無い機織り
現実を縦糸と
幻想を横糸と呼ぶならば
少女が生きる現実を何と呼べばよいのだろうか
悲劇→
←幸運
現実→
←幻想
少女が求めた世界
その世界の名前は
『罪』
~幻想少女物語~八重に二十重に包むはお菓子
「紫さま。おきてください」
「ん~……後ごふん~」
「その台詞を五分前も聞きました」
「さらに五分追加して」
「追加料金が掛かりますが、よろしいか?」
「それは、よろしくないかも」
ここは幻想でも現でもない世界。
俗に「隙間」と呼ばれる世界にある、八雲家の主の寝室だ。
そこで、まるで子供と親の朝のやり取りのような状態が繰り広げられている。
布団に包まり、外部からの圧力を全力で退けようとしている少女。
それを起こそうとしているエプロン姿の女性。
傍から見たら、仲の良い親子という関係だろうか。
しかし、実際にそれは違っていた。
この二人の関係は主従関係で結ばれている。
「藍、おすわり」
「嫌です」
と言った風に、主人の命令には絶対服従な式神なのだ。
……なのだ?
「馬鹿な事言ってる暇があるのでしたら、ささっと起きて下さい紫様」
「ふわぁ……仕様がないわね。ところで藍、追加料金ってなに?」
「寝坊一分毎に、朝ごはんの品数が一品ずつ消えていきます」
「わぉ、えぐいえぐい」
「紫様の式神ですゆえ」
にっこりと笑う式神と、複雑な心境の飼い主。
不思議な関係。
歪な関係と、貴方は思うだろうか。
否、これこそが二人の位置なのだ。
一番安心できる、信頼の証。
二人の関係はあくまでも、主と式神である。
だが結局、紫は朝ごはん抜きだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「藍、結界の管理まかせたわよ」
「仰せのままに」
幻想郷が出来てからまだ一年と立っていない。
結界は不安定で、紫も力のそのほとんどを結界の維持に使用していた。
この幻想郷を一つの世界として仕立て上げるのに、どれほど苦労したことか。
それは、人類が宇宙へと羽ばたくに等しいほどの苦労といえば分かるだろうか。
とにもかくにも、その苦労は今も続いている。
具体的には、余分な力を間引くのだって、簡単な事ではないのだ。
「ごめんなさいね。貴方はこの世界を壊してしまう可能性がある」
「グガアアアアア!!」
「現ではヨルムンガンドと呼ばれたモノ。この世界が何でも受け入れる事が出来るようになったら、また来なさいな」
「ガアア!!」
「その時はまた、博麗の巫女が退治してあげるから」
眩い閃光と共に封印される怪物。
世界の設立者であり調律者で、初代博麗の巫女たる八雲 紫は、泣いていた。
それは一の罪。
まだ、幻想郷が出来てから一年と立っていない時の事。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「紫様」
「おはよう藍。どうしたの?」
がらりと寝室のドアを開け入ってきたのは紫の式神、藍だ。
自慢の九つの尻尾を丁寧に扱い、扉を閉める。
「尻尾で閉めてはダメって言ってるでしょう」
「も、申し訳ありません。つい……」
「八雲たるもの、常に優雅に完全に。貴女に八雲の名をわけるのはまだまだ先になりそうね」
しゅんと項垂れる藍はまだ幼く、式神としての力も弱いものだった。
出来ることと言えば、炊事洗濯掃除という、簡単な式を実行するだけ。
まだ自身で式を改良し、自我に適応させるだけの力は持ち合わせていないようだ。
「それで藍、朝も早くからどうしたの?」
「あの、お客様がいらしてます」
「お客?」
「はい、ルーミアと名乗る方で……」
「ルーミア? えぇっと私の記憶が確かならば……」
『Rumia』
闇を司る妖怪。
妖怪というよりも神に近いが、本人はどうでもいいと思っている。
光が嫌いで、常に闇に包まっている。
そのため、よく木にぶつかる。
絶世の美女らしいが、常に闇の中に居るためその姿を見た者はいない。
一部では木にぶつかったときの可愛い声から、幼い少女ではないかととも言われている。
好物は人間の肉。だが別に好き嫌いは無い。
「で、合ってるかしら、ルーミアさん?」
「大体合ってる」
紫の視線の先には、一人の妖怪が居た。
その姿は闇の玉をまとってはおらず、紫の目にルーミアという妖怪の姿をはっきりと映し出していた。
「初めまして、かしら」
「いいえ、初めましてよ。貴女が生まれてから闇に触れた数だけ貴女と会っている。だから初めまして」
「言葉遊びかしら。奇遇ね、私も好きなのよ」
「そう、それは残念。ところで貴女は食べてもいい妖怪?」
「人からは食えない妖怪とよく言われますわ」
「残念。残念だわ。本当に残念」
ルーミアが闇に包まれていく。
帰るという意思表示だろう。
むしろそれは行動だ。すでにルーミアの足は帰路へとついていたのだから。
「面白い子」
「紫様……あの人、怖いです」
「それは正しい反応よ。動物の本能としてね」
「なんの用事だったのでしょうか」
「真実は闇の中。迷宮入りの事件。はたしてそこに答えはあるのかしら」
「分かりません」
「ふふ。がんばりなさい。この答えが見つかったとき、貴女に八雲の称号をあげるわ」
結局答えは見つからなかった。
そう言ったら、紫様は私に八雲をくれた。
その時から、私の名前は「八雲 藍」。
これが、二の罪。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
世界の記憶から消え去ったものはどこへ逝くのだろうか。
「私は零から作りだしたわけではないの」
「もぐもぐ」
「元々ソレはあったのよ」
「そーなのかー」
「私はその境界をいじっただけ。あとは簡単な土木工事」
「おかわり」
「はいはい。でも、山を切り開くのがこんなに難しいとは思わなかったわ」
「そーなのかー」
「ねぇ、手伝って下さらない、ルーミアさん?」
暗い食らい喰らい、闇の底。
黒に絡めとられた紫の瞳には、煌々と光るルーミアの姿があった。
それは母の命を食べ成長する子供のように。
命を奪う人間のように。
琥珀に包まれた、闇。
闇が答えは、結局いつもの言葉だった。
「残念」
「残念ね」
「そう、悲しいわ。どれだけ良いものでも、受け入れられなければソレは意味を成さないもの」
ルーミアは答える。
初めて、通算666回目の邂逅で初めて答える。
でもそれは、紫が求めている答えではない。
「そうかしら? どれだけ劣っているものでも、たった一人でもソレを受け入れてくれるなら……ソレは意味があるのではないかしら」
意味?
ソレは何??
ソレは幻想
ソレは楽しいの?
ソレは痛くない。
ソレはなんて名前?
ソレは……。
『ソレは オ イ シ イ ノ ?』
『なら、食べてみる?』
それが三の罪。
しかしこの後、光を求めたルーミアが封印されることで、この罪は昇華される……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「貴女は幾つもの罪を犯した。よって黒とする」
「あら、今日は珍しく白の下着にしましたのに」
「見せなくてよろしい」
「つれないのね」
三途の川を渡る事数日。
サボリ魔の死神の頬をこけさせるほど働かせることに貢献した妖怪に、判決が言い渡された。
判決は黒。
あなた地獄行くわよ。である。
「貴女の罪を数えるのは億劫だから割愛する」
「うふふ。この美しすぎるナイスバディはやっぱり罪なのね」
「罪ですね。黒です黒」
「仕方がないわ。甘んじて罰をうけましょう」
「そうして下さると助かります。いつも見たいに逃げられてはかないませんし」
飽きた。
天国も地獄も詰まんない。
まだ地獄のが面白いわ。
やっぱり幻想郷が一番ね。だから帰る。
等など、適当に理由をつけてはあの世から戻ってくる紫。
むしろここへ来たのも暇つぶしの意味が多分に含まれている。
「ところで今日はどこに食べに行くの?」
「貴女の居ないところですね」
「最近できた、焼き鳥屋とかどうかしら? 蓬莱人が営んでいておいしいのよ」
「すでに抜け出す気満々ですか……どこまで罪を重ねるつもりなの」
「ギネスに乗るまでね。そんな仕事なんていいから行きましょうよ。奢るわよ?」
紫が御猪口をクイッっと飲むしぐさで、閻魔を誘う。
閻魔はと言えば、鬱陶しそうに山積みの書類(全て紫の罪状)を阿求に片づけるよう指示しつつ言った。
「幸い遊ぶ時間がないので、お金には困っていないのですよ」
「そう、なら今日は奢ってもらおうかしら」
「どうしてそうなる……」
「日ごろの愚痴くらいなら、聞いてあげるわよ?」
「どうしてそこまで上から目線で居られるのか」
「だって年上だもの。敬いなさい」
「はぁ……分かったわ。寿命の相談は受けてあげる」
「さすが映姫ちゃん。賢い子は好きよ」
「うぅ……私の罪が増えていく……」
「今更じゃない。むしろこの仕事をしている時点で罪なのに」
「貴女がそれを言いますか……あぁもう判決言い渡す」
閻魔……四季映姫・ヤマザナドゥはカンカンと閻魔の笏を机に叩きつけつつ、一枚の紙を読み上げた。
「八雲 紫。数々にわたる罪は何れも消すことは叶わず。よって汝に刑罰を与える」
「はーい、善行をつみまーす」
「口を挟まない! こほん。罰の内容は、幻想郷の調停、管理をすること」
「いつもと変わらないわね」
「なんだったら、石を積み続ける?」
「嫌よ。子供じゃあるまいし」
紫はそう言うと、手をひらひらさせて隙間を開いた。
彼女にとってここは地獄ても天国でもない。
ただの遊び場、公園と同意なのだろう。
「それじゃまたね~」
「また後でね」
映姫が鋭だるげに言葉を放つ。
しかしその口元は、僅かながら緩んでいたことに誰も気が付かなかった。
結局彼女も、罪人なのだ。
そう、これが四の罪。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「八重に二十重に想い想われ、天に地に糸を結べよ」
地平線が見えるような草原の真ん中で、紫は歌っていた。
紫は両手を広げながら踊った。
動きに合わせるかのように、紫の服が自由に跳ねる。
こんな格好をしていては踊るのも一苦労と思われがちだが、実際彼女の服は機動性もある程度考えられているようで、見た目以上の枷にはなっていないらしい。
体全体で幸せを表現するかの様に、くるくるとその場で回り続ける。
めくるめくオレンジ色のスポットライトを浴びて踊り続ける。
赤から黒に移るまでの一人のダンスパーティ。
一人でパーティーなんて言ってしまえば、それこそ滑稽なものかと思われてしまうかも知れないが、彼女自身がそれでパーティーだと思えばパーティーなのだ。
要は、気持ちの問題なのだから。
その気持ちが高揚しているのか、歌がアップテンポのものに変わった。
私は罪人。罪の無き罪人
それは悲しい事だから嬉しいの
それは悲劇だから喜劇なの
あぁ、罪が増える。増えていく
五の罪
六の罪
八の罪
十の罪
八重に二十重に巻き取られ
その者の名を絡みとり
一の罪は無限の罪へとなるでしょう
その罪の名は
「絆」
後ろから聞こえてきた声に、紫は歌を止めた。
紅い光をバックに、もう一人の女性が踊っていた。
紫に合わせるように、まるで紫の全てを知っているかのように絡め取っていく。
タタン、タンタタン。
靴が地面をたたく度、女性の髪の毛が回る。
かぶっている帽子からこぼれ出た髪の色は、太陽に染められ紅く染まっている。
「さぁ踊りましょう。私たちは罪人」
一瞬見とれていた紫も、その声に釣られるように、また踊りだす。
「友情も愛情も両手で抱えよ」
「繋がりこそ、私が恐れる罰」
二人の手が繋がれる。
草原を滑るように、台地全てをダンスホールに変えて彼女達は踊る。
「貴女はだぇれ?」
「私は私。歌を紡ぐもの」
「貴女は貴女。歌を聴く者」
「なら踊りましょう」
「えぇ、歌いましょう」
「「黒く染まった命の輪廻(ロンド)を」」
・
・
・
踊り終わった後、彼女達は笑った。
談笑、会談、会合。
無限の時間、お互い背にぬくもりを感じながら、お互いの罪を語り合った。
二人居るから、それは会話。
二方通行な会話。
「何処までが現で、どこからが幻想なのか」
「信じる者にとっては、全てが現ですわ」
女性の言葉に、紫が答える。
「ふぅん……どっちにしても私は信じるつもりはないけどね」
「どの御話を?」
「全部よ」
「あらあら、折角御話してあげましたのに。酷いわぁ」
泣きまねなんて当の昔に覚えたこと。
人をだます為に覚えた罪。
だからもう私の一部。
「それも嘘」
「あら、女の涙には億千万の価値があるのよ?」
「たったそれっぽちの価値しかないのね」
「酷いわぁ」
「えぇ酷いわ。だって、私にとっては幻想郷……ここが現だから」
「そうね……嘘も罪も、ここでは全て本当の事」
「夢と現の狭間なんて興味ないわ。興味があるのは、貴女の心よ」
「今日は随分と乙女チックなのね」
「私はいつでも乙女よ……ねぇ」
「なぁに?」
「たまには、部活動でもしない?」
「いいわよ。じゃあ次はどの世界へ行こうかしら」
立ちあがる二人の隙間。
そこにあるのは結局は侵された絆。
幾重にも重ねられた嘘と罪。
それを歴史と呼ぶのなら
彼女の歴史は、真実の罪なのだろうか。
隙間からこぼれ落ちた包み紙。
それこそは……一つのお菓子。
これが、無限の罪。
不思議空間にとらわれましたネ
不思議と素敵って……似てるよね
>2しゃま
ようそこ不思議空間へ
ホラーっぽく書けるようになりたいなぁ