長い間、贅沢とは縁がなかったわけだし、抜け道もあるものの取り敢えず禁酒の概念がある寺暮らし、宴会は久し振りだった。
私たち命蓮寺一門は、新参を歓迎するとの名目で博麗神社に招待された。
酒宴ということで、最初はみんな顔を見合わせたものの、般若湯だからという聖の大号令が下り、
晴れて久方振りに酒――いやさ般若湯の恩恵を受けることとあいなったのである。
「ねえ、あんたの能力で財宝を集められるんでしょう? 百年ものの泡盛が飲みたーい」
「まかちょーけー! でーじ貴重なやつを取り寄せるやっさー!」
調子に乗って能力を使ってしまうほど泥酔していた私は、ナズーリンによって隔離された。
彼女なりに心配してくれていたのだろう。
「ご主人様も滅多なことをするものじゃない。あれだけ欲張りな連中だ、竜宮の財宝全て集めさせられるぞ」
「すみません、つい気持ち良くなってしまったものですから」
「程々が一番だね。ほら、手酌などしなくとも私が注いであげるから」
呆れ眼で見つつも、杯が乾かない内に注ぎ入れてくれる辺り、気の利く良い従者である。
しかも、見目もかわいらしくて実に素敵だ。
ついつい酒――般若湯も進むというもの。
ああ、お師匠様、ナズーリンを与えてくださってありがとうございます。
一生大切にします。
などと須弥山にいらっしゃるであろう毘沙門天に感謝しながら、久し振りに羽目を外すのだった。
障子でいくらか緩和されているとはいえ、明るい朝の陽光が瞼を通し、私は低く唸りつつ眼を覚ます。
昨晩は少し酔い過ぎたようだ。
寺に帰って来てからの記憶が曖昧だし、少し頭が痛い。
ただ布団の中にいるし、見回したところ服は脱ぎ散らかしているが、
ちゃんと寝間着にしている麻衣に着替えていたようだ。
我ながら器用なことだと軽く苦笑する。
「んー」「んぅ」
背伸びをしながら声を絞り出した時、すぐ近くに猫が甘えるようなか細い声が重なった気がした。
ふと視線を落とす。
軽く百年くらい寿命が縮まった。
灰褐色の艶のある髪の毛を寝乱しながら、見慣れた血色の良い女の子が瞼を片手で擦っている。
「……南無三宝」
……これは、あれだ。
きっと酔い潰れてしまった私を布団まで運んだは良いが、
自分の部屋に帰るのが面倒になって添い寝をしていたナズーリンの図だ。
疚しいことは何もなかった。
うん、そうに違いない。
私は布団がめくれて露になったナズーリンの素肌の肩を見なかったことにして、必死に口の中で毘沙門天の真言を唱えていた。
「……あ、ご主人様、おはよう」
息が止まる。
背筋が不自然に伸びる。
背中に嫌な汗がしとどに流れるのを感じた。
ナズーリンは私の姿を見留めると、眼を軽く細めて微笑んだ。
「お、おはようごじゃります」
酒が――般若湯が残っているのか、何か別の理由が原因か、舌が正常に機能してくれない。
へらへらと実に締まりのないだろう笑顔を向けながら、私は意味不明な挨拶を告げる。
私の不可解な様子は気にならないらしいナズーリンは、体重を支えている私の手の甲に自らの手を重ねた。
「もう起きるから、あと少しだけ待ってくれないか。昨晩は激し過ぎて腰が立たないんだ」
「……………」
奇声を上げながら駆け出したくなった。
そうすればきっと、紅白の巫女か山の巫女あたりが退治しに来てくれるだろう。
開いた口が閉まらないとは、こういうことを言うのだ。
つまり、有り体に言えば酒に任せて――やっちゃった……と。
「……あぁ――」
ナズーリンは全力で走った後のような気怠そうな顔を、敷き布団に擦り寄せながら見上げて来る。
普段聡明に輝く真っ赤な双眸は、蕩けてしまいそうなくらい無防備に緩んでいた。
涙の膜が、より一層彼女を儚く見せている。
私の手に添わされたままの彼女の手に、力無き力が込められた。
「やっぱり覚えていなかったか」
少し寂しそうに視線を逸らしながらも苦笑する仕種に、罪悪感で死んでしまいたくなった。
ナズーリンにそんな顔をさせる不届きな奴は、死んで詫びた方が良い。
むしろ、私死ね。
「良いんだ、流されちゃった私もいけなかったのだし……ただ」
白魚の肌にすっと紅を注したように赤らんだ頬を隠すかのごとく、ナズーリンは枕にその端整な顔を埋める。
死刑宣告を待つ囚人とは、こういった心境なのだろうか。
今朝だけで髪が脱色してしまいそうだった。
ああ、ホワイトタイガーになってしまう。
言葉を止めたナズーリンは、なおも気恥ずかしそうにまばたきを数回繰り返し、私を直視することが出来ないのか布団を見下ろしていた。
あまりに痛々し過ぎて、声を掛けようと口を開きかけた瞬間――
「ただ……次は覚えていてくれると嬉しい」
「お師匠様、ナズーリンは責任を持って私が幸せにします」
いつもの強気な態度を内包しつつ、吹けば飛んでしまいそうなか弱い仕種を見せられてそれ以外の台詞が言えるはずもない。
現金といえば現金、しかし昨晩に師に誓ったことと何ら変わらない気持ちだけに、絶望の淵から無事生還した私は改めて神に宣言するのだった。
てか殺傷力半端ねえだろJK……ああ、だから殺し文句って言うのか。
すっかりのぼせ上がった頭で思ったことは、どうやって聖に言い訳しようかということだった。
ナズ「計画通り」
後は毘沙門天様に結婚――結果報告して、認可させれば作戦成功である、いざ南無三!
昨晩の真相は藪の中、ナズーリンと毘沙門天のみぞ知る。
私たち命蓮寺一門は、新参を歓迎するとの名目で博麗神社に招待された。
酒宴ということで、最初はみんな顔を見合わせたものの、般若湯だからという聖の大号令が下り、
晴れて久方振りに酒――いやさ般若湯の恩恵を受けることとあいなったのである。
「ねえ、あんたの能力で財宝を集められるんでしょう? 百年ものの泡盛が飲みたーい」
「まかちょーけー! でーじ貴重なやつを取り寄せるやっさー!」
調子に乗って能力を使ってしまうほど泥酔していた私は、ナズーリンによって隔離された。
彼女なりに心配してくれていたのだろう。
「ご主人様も滅多なことをするものじゃない。あれだけ欲張りな連中だ、竜宮の財宝全て集めさせられるぞ」
「すみません、つい気持ち良くなってしまったものですから」
「程々が一番だね。ほら、手酌などしなくとも私が注いであげるから」
呆れ眼で見つつも、杯が乾かない内に注ぎ入れてくれる辺り、気の利く良い従者である。
しかも、見目もかわいらしくて実に素敵だ。
ついつい酒――般若湯も進むというもの。
ああ、お師匠様、ナズーリンを与えてくださってありがとうございます。
一生大切にします。
などと須弥山にいらっしゃるであろう毘沙門天に感謝しながら、久し振りに羽目を外すのだった。
障子でいくらか緩和されているとはいえ、明るい朝の陽光が瞼を通し、私は低く唸りつつ眼を覚ます。
昨晩は少し酔い過ぎたようだ。
寺に帰って来てからの記憶が曖昧だし、少し頭が痛い。
ただ布団の中にいるし、見回したところ服は脱ぎ散らかしているが、
ちゃんと寝間着にしている麻衣に着替えていたようだ。
我ながら器用なことだと軽く苦笑する。
「んー」「んぅ」
背伸びをしながら声を絞り出した時、すぐ近くに猫が甘えるようなか細い声が重なった気がした。
ふと視線を落とす。
軽く百年くらい寿命が縮まった。
灰褐色の艶のある髪の毛を寝乱しながら、見慣れた血色の良い女の子が瞼を片手で擦っている。
「……南無三宝」
……これは、あれだ。
きっと酔い潰れてしまった私を布団まで運んだは良いが、
自分の部屋に帰るのが面倒になって添い寝をしていたナズーリンの図だ。
疚しいことは何もなかった。
うん、そうに違いない。
私は布団がめくれて露になったナズーリンの素肌の肩を見なかったことにして、必死に口の中で毘沙門天の真言を唱えていた。
「……あ、ご主人様、おはよう」
息が止まる。
背筋が不自然に伸びる。
背中に嫌な汗がしとどに流れるのを感じた。
ナズーリンは私の姿を見留めると、眼を軽く細めて微笑んだ。
「お、おはようごじゃります」
酒が――般若湯が残っているのか、何か別の理由が原因か、舌が正常に機能してくれない。
へらへらと実に締まりのないだろう笑顔を向けながら、私は意味不明な挨拶を告げる。
私の不可解な様子は気にならないらしいナズーリンは、体重を支えている私の手の甲に自らの手を重ねた。
「もう起きるから、あと少しだけ待ってくれないか。昨晩は激し過ぎて腰が立たないんだ」
「……………」
奇声を上げながら駆け出したくなった。
そうすればきっと、紅白の巫女か山の巫女あたりが退治しに来てくれるだろう。
開いた口が閉まらないとは、こういうことを言うのだ。
つまり、有り体に言えば酒に任せて――やっちゃった……と。
「……あぁ――」
ナズーリンは全力で走った後のような気怠そうな顔を、敷き布団に擦り寄せながら見上げて来る。
普段聡明に輝く真っ赤な双眸は、蕩けてしまいそうなくらい無防備に緩んでいた。
涙の膜が、より一層彼女を儚く見せている。
私の手に添わされたままの彼女の手に、力無き力が込められた。
「やっぱり覚えていなかったか」
少し寂しそうに視線を逸らしながらも苦笑する仕種に、罪悪感で死んでしまいたくなった。
ナズーリンにそんな顔をさせる不届きな奴は、死んで詫びた方が良い。
むしろ、私死ね。
「良いんだ、流されちゃった私もいけなかったのだし……ただ」
白魚の肌にすっと紅を注したように赤らんだ頬を隠すかのごとく、ナズーリンは枕にその端整な顔を埋める。
死刑宣告を待つ囚人とは、こういった心境なのだろうか。
今朝だけで髪が脱色してしまいそうだった。
ああ、ホワイトタイガーになってしまう。
言葉を止めたナズーリンは、なおも気恥ずかしそうにまばたきを数回繰り返し、私を直視することが出来ないのか布団を見下ろしていた。
あまりに痛々し過ぎて、声を掛けようと口を開きかけた瞬間――
「ただ……次は覚えていてくれると嬉しい」
「お師匠様、ナズーリンは責任を持って私が幸せにします」
いつもの強気な態度を内包しつつ、吹けば飛んでしまいそうなか弱い仕種を見せられてそれ以外の台詞が言えるはずもない。
現金といえば現金、しかし昨晩に師に誓ったことと何ら変わらない気持ちだけに、絶望の淵から無事生還した私は改めて神に宣言するのだった。
てか殺傷力半端ねえだろJK……ああ、だから殺し文句って言うのか。
すっかりのぼせ上がった頭で思ったことは、どうやって聖に言い訳しようかということだった。
ナズ「計画通り」
後は毘沙門天様に結婚――結果報告して、認可させれば作戦成功である、いざ南無三!
昨晩の真相は藪の中、ナズーリンと毘沙門天のみぞ知る。
そして昨晩の真相を是非!
このナズ怖っ!!w
ピクッ
ナズ策士すぎるww
早く結婚しろ