※前作『お誘いは庭で』の続きです。
今日は朝からどれだけ心臓に負担掛ければいいのよ、って思うくらいに疲れた。
しかも夜にはまたなんともビッグなイベントが発生するし。
ちょっとくらい私を休ませてくれてもいいんじゃないかと思う。
「さて、もうすぐ美鈴も上がるころですよ、お嬢様」
「咲夜。私、今なら死ねるわ」
「デートもせずに死んでしまわれるのですか? では、私が美鈴と…」
「誰が死ぬなんて言った? 美鈴の隣は誰にも渡さないからね!」
「はいはい。分かっておりますよ」
「ところで咲夜」
「なんでしょう?」
「その、…変じゃないかな?」
「…既に変ですから問題ありませんよ?」
「分かった。お前に聞いた私がバカだった」
いや、こんなコントしてる場合じゃない。
もう外はすっかり暗くなっている。
吸血鬼の私が活動するにはちょうどいい。
「あ、ではお嬢様。私はこれで失礼します」
「え? ちょ、咲夜!?」
「後は頑張ってくださいね。応援してますから」
「うぅ…」
咲夜は私に軽く微笑んで時間を止めて部屋から出て行った。
それから数秒後にコンコンとドアをノックする音が聞こえた。
「お嬢様、美鈴です。お迎えにあがりました」
「あ、ああ。入れ」
「失礼します」
そう言ってドアをゆっくりと開いた先には、私の想い人がいた。
私と目が合った瞬間、ニコッと笑ってくれた。
それがまたなんとも言えない微笑みで、思わず視線を逸らしてしまった。
「あれ? どうかしましたか?」
「え? な、なんでもないわ…」
「そうですか。それじゃあ行きましょうか」
「そうね。どんな所に連れて行ってくれるのかしら?」
「そんなに遠くまでは行きませんよ?」
「別にいいわよ。楽しみしてるわ」
「はい!」
…今の、自然に言えた?
きっと顔の筋肉がバカになりそうなくらい硬直してるかも。
「さて。お手をどうぞ、お姫様」
「お、お姫、さま…!?」
「どうかしました?」
「いいいいやいやいや!! なんでもないから! お姫様ね、うん…」
「ふふっ。さぁ、どうぞ」
「……うん」
私は差し出された手に引き寄せられるかのように手を伸ばした。
それを優しく取ってくれた美鈴は、月に照らされて本当に格好良かった。
そしてそのまま窓から外に出た。
ふわりと浮く体を美鈴がそっ、と支えてくれる。
「あの、美鈴?」
「なんですか?」
「いや、その…一人でも飛べるから…」
「あ、すみません。でも目的地に着くまではいいですか?」
「…うん」
「えへへ」
美鈴が笑う。
つられて私も笑う。
そうすると美鈴は本当に嬉しそうな顔をした。
そんな時間がどれだけ続いただろうか。
急に美鈴が高度を下げた。
私の体は美鈴によってそのまま下に行った。
「ここですよ、お嬢様」
そう言って美鈴は私を支えていた手を離して持ってきたランプに火をつけた。
月の光だけでは限界があったが、これで美鈴の顔がよく見えるようになった。
それにしてもここはどこだ?
「…ここはどこ?」
「紅魔館の外れにある森です。たぶんここは森の中心だと思います」
「たぶんって…」
「すみません。暗くてそこまではちょっと…」
「ふぅん。まぁ、いいけど。でも何もないわよ?」
「こちらに来て下さい」
美鈴はズンズンと森の奥に入って行った。
見失わないように、しっかり美鈴の後に着いて行った。
「さて、ここですお嬢様」
「…うわぁ~! こんな所にも湖があったのね」
「はい。なのでお嬢様に是非見てもらいたくて」
「綺麗ね。月の光が反射して湖が輝いて見えるわ」
「そうですね。よかったです気にいってもらえたようで」
「ええ。また来たいくらいよ」
「でしたら、またもう一度来ましょう。今度は皆さんと一緒に」
「……そう、ね」
皆さんと一緒、か…。
そうよね、そりゃ美鈴の考えることは大体分かってたけど、いざそう言われるとショックだな。
美鈴は皆と一緒がいいかもしれないけど、私は…
「お嬢様?」
「……。」
「お嬢様!」
「へっ?」
「ボーっとしてましたけど、そんなに気にいってもらえるとは思いませんでしたよ」
「あ、うん。本当に気にいったわ、ありがとう美鈴」
「いえ。それよりも前言撤回です!」
「ん?」
美鈴は湖をバックに私の目を合わせてきた。
「やっぱり、また二人で来ましょうか」
「…え?」
「なんだか今のお嬢様を見ていたら、そんな気分になったので。駄目、でしょうか?」
どこまで私を狂わせれば気が済むんだコイツは。
好きすぎて、今こうしているのが辛い。
言って楽になりたいけど、それはやっぱり今の私には勇気がない。
前に咲夜に『ヘタレ吸血鬼』とボソッと言われたことがある。
間違いではなかったようだ。
「あの~、お嬢様?」
「あ、…えっと、その…」
「やっぱり駄目ですか?」
「あっ! いや、私も美鈴と一緒にまた来たい!…です」
「ホントですか!? やったぁ!」
「……。」
『です』ってなに!?
どんだけヘタレなのよ私!
でも、また一緒に来る約束をした。
それだけでも進歩してる証拠、よね?
「えへへ~。あ、ほら見てくださいよお嬢様、今魚が跳ねましたよ!」
「…そうね」
「何回か来たことありますけど、本当にここは綺麗です」
「…そうなの」
「あの、元気ないですね。どうかしましたか?」
「な、なんでもないわよ! ちょっとあまりにも綺麗すぎてボーっとしてただけで…」
まぁ、ボーっとしてた原因は美鈴にあるんだが。
あまりにも美鈴が綺麗だったからついつい見惚れていた。
どうしよう、まともに美鈴の顔が見れない。
「さて、そろそろ帰りますか」
「そうね」
「今度は一人で飛びますか?」
「……うん」
「そうですか。それじゃあ~、それっ!」
「きゃあっ!?」
突然地面から足が離れた。
私はまだ羽を動かしてはいない。
「今のすごく可愛かったですよ、お嬢様?」
「んなっ!?」
状況は理解できた。
今の私は美鈴に抱っこされている。
そう、お姫様抱っこだ。
「ちょ、めーりんッ!?」
「お嬢様軽いですねぇ」
「なにしてるのよ! 降ろしなさい!」
「いいじゃないですかぁ」
「よくない!」
「私がこうしたいんです。駄目ですか?」
そんな瞳で、顔で言われたら断れるわけないじゃない。
「………べつに、だめじゃ、ない」
「ありがとうございます、お嬢様」
美鈴の体温が妙に心地いい。
少し肌寒いと思ってたけど、これならどこに居たって暖かい。
それに、眠くなってきた。
「眠くなってきましたか?」
「…館に着くまで、寝てもいい?」
「構いませんよ。まぁ、もうすぐ着きますけど」
「…いいわ。すぐ、起きる…から……スー」
「あらら。しょうがない人だなぁ。おやすみなさい、お嬢様」
意識が完全に途切れる前に見た美鈴は、何百年か前に見た母の顔によく似ていた。
また、そうやって子供扱いするの?
言おうと思ったけど、どうやら睡魔の方が勝っていたようだ。
(めーりんの、ばか…)