橙「紫様が病気になっちゃった……」作者: 電動ドリル

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「フンフンフ～ン♪」

夕暮れに染まる森の中を風のように走り抜けていく蒼い影が一つ。
今日も今日とて幻想郷ライフを十二分に楽しんで天子は、今日も八雲さんちで夕食食べようと急いでいた。
頼めば食べさせてくれるが、何事にも用意には時間が必要なものだ、早く行かねば自分の分が間に合わないだろう。
鼻歌を歌いながらであるが天子は木にぶつからなく、また枝に引っかからないギリギリの飛行速度で駆ける。
途中八雲邸に行き着くために目印のところで東に行き、南にいき西に行き、今度は北にいく。
すると森の中に不釣合いな豪邸が現れる。

「おっじゃましまーす！」

躊躇なく玄関の扉を開ける、何度もここに来る天子はいつのまにか扉を叩くこともなくこうやって訪ねるようになった。
そのまま誰かが見に来るまでもなく靴を脱ぎ、屋敷の中に入ろうとする。
その時に小さめの靴が天子の目に入った、藍の式の橙のものだ、今日の夕食は彼女とも一緒か。
奥の居間に顔を覗かせると予想通り、小さな背丈をした二尾の少女がいた。
だがしかし様子が変だ、いつもは元気な橙のはずが今は部屋の隅でうずくまり震えている。

「どうしたの、橙」

天子が声をかけると橙がハッと顔を上げる、彼女の顔は悲壮感あふれて目じりは微かに濡れていた。

「て、天子さん……」
「なによ橙そんな顔して、何があったの」

橙は天子にとって妹分のような存在であった、自分が知識を披露すれば尊敬の眼差しで見つめ、また数百年の暇の内に学んだ技を披露すれば凄い凄いと褒めてくれた。
そんな彼女を放っておける訳がない、天子は橙の傍によって震える背中を撫でた。

「ゆ、紫様が……」
「紫がどうかしたの？」

まさか紫が橙に酷いことを……？
いいや紫は胡散臭いが悪いやつではない、それに彼女は幻想郷を愛するのと同じぐらい自分の家族を愛している、橙を望んでこんな目にあわせる訳がない。
なら何が……と天子はあれこれと憶測を立てる、だが返ってきた答えはその予想のどれもを超えるものだった

「紫様が……病気に……！」

橙を撫でる天子の手が止まった。

「藍！藍はどこ！？」

いてもたってもいられなかった。
震える橙を引き連れて天子は話を聞くべく藍を探す、紫の式である藍ならば主のこと知っているはずだ。

「なんだ天子、そんな大声で……どうしたんだ二人とも」

台所から割烹着を着た藍がやってくる。
最初は「また天子が夕食を強請る気だろうな」などと思っていたようだが、橙と天子の様子を見てただ事ではないとすぐに見抜き真剣な顔になる。

「藍！紫が病気になってった本当！？」
「なっ」

天子が問い質したがすぐには答えは返ってこない、だがそれを聞いた藍の顔は何か心当たりがあるように見えた。
まさか本当に……？

「だ、誰から聞いたんだそれは？」
「わ、私です藍様……紫様の部屋に行ったら…行ったら……！」
「そうか、あれを見てしまったか橙……」

そう言うと藍は怯える橙の頭を慰めようと撫でる。
その行動は何よりも質問に対して肯定の意を示していて、天子はまるで頭を金槌で叩かれたような衝撃を受けた。

紫が病気……？泣いて怯えるほどの病気、それってつまりは……

嫌でも思い浮かんでくる、布団の中で冷たくなる紫の姿、最悪の結末を想像して天子の体が震える。

「本当に病気なのね紫……」
「天子、いや心配しなくて良い、確かに病気と言えば病気だが……」

藍は天子をなだめようと声をかけたのであろう、しかしショックを受け冷静ではなかった天子にその言葉は逆効果であった。

「何よ心配しなくて良いって！それでもあんた紫の式なの！？何で医者も呼びに行かないでこんなところにいるのよ！」
「いや待つんだ天子、落ち着いて話を」
「藍の馬鹿！いいわ、あんたが頼りにならないって言うなら、私が紫を支える！」

そう言い切りと天子は紫の部屋めざし走り出した。
後ろから藍の制止の声が聞こえてきたが構うものか、病気ならきっと紫は苦しんでる、身は勿論のこと心までだ。
ならば自分が傍に行って慰めてあげないといけない、それが、私が。

「紫の友達として――しないといけないこと！」

着いた、紫の部屋！

「紫！大丈――」

「魔法少女マジカルゆかりん参上ー☆」

やたらとピンクでヒラヒラでハートの付いた服を着て、それでいて手に持ったピンクでハートの杖を持って、鏡の前でポーズを取っている紫がいた。
時が凍ったように天子は感じた。
やがて凍ったものが溶けると、天子は何も言わずそっと襖を閉めた。

「待って、行かないで」
「素直に行かせて欲しかったわ」

凄い必死な紫に引き止められた。
うん、言いたいことは一つ。

「無理すんだババァ」
「酷い！？」

とりあえず言いたいことは言ったが、止められたこともあるし、ちょっとは話をしようと天子は部屋の中に入り込む。
天子も紫もその場に座る、が何故か二人とも正座だ。
理由は二人ともわからない、どちらも自然とその座り方をしていた。

「……で？その服は何なのよ」
「その、趣味です」
「うわぁ……」

あぁ病気だわこりゃ、しかも医者にも草津の湯にも治せないような、きっと竹林の薬師にも無理だわこれは。
病気かと思って、さっきまで物凄い必死だった自分は、一体何だったのか。

「何よその反応、仕方ないじゃない！こういう服とかそういうの大好きなんだから！！！」

そして今度は逆切れまでし始める始末だ、引き千切らんとばかりに隙間から出したハンカチを噛んでいる。しかし何でも出てくるな隙間、本当に便利だ。
それにしても何でこんなのに一向に弾幕ごっこで勝てないのだろうか、と天子は天子で割りと落ち込んでいた。

まぁでも、紫が本当に死ぬような病気でなくて良かったか。

「何笑ってるのかしら」
「な、なんでもないわよ、ただ紫の格好が馬鹿らしくて」

本心を出すのが恥ずかしくて、誤魔化してしまうのはご愛嬌というヤツである。
そんな天子の心知らず、紫はさめざめと泣くばかり。

「うぅ……何が悪いのよ、ただこういう服が好きなだけなのに……」
「あんたが着るのが悪いんだって」
「そんなに私って不細工かしら？」
「いや、そうじゃないけど……」

紫は不細工ではない、寧ろその真逆に位置するだろう美貌の持ち主だ、それについて天子は勿論誰も異論はないだろう。
問題は彼女が、「美しい」というステータスを持っていることだ。
紫が今も着ているヒラヒラした服は可愛い系の服、要するにベクトルの向きが違うのである。
美しいと可愛いは混ざらないもの、もし仮に無理やり混ぜれば今の紫のように物体Ｘのできあがりだ。
食べ物で例えたなら、塩辛い煎餅に甘ったるい生クリームぶっかけるようなものだ。
材料が美味しくても、これでは仕上がったものが美味しいわけがない。

「せめて本当に紫の見た目が、本当に少女ってくらいだったら……」
「あら、それで良いの？」
「そうそう、それなら多分まだマシ……って、何？」

聞き返した天子に、言うが早いか紫は隙間を作ってそこに身を投じる。
そしてわずか数秒で出てきた紫は、なんと１０歳ちょっとのまごうごとなき少女の姿をしていた。

「八雲ゆかりん１１歳です☆」
「卑怯者！！」
「何で！？」

何ではこっちの台詞だ、どうやったら２０歳は軽く超えてる姿からいきなりマイナス１０年以上の姿になれるんだ、若作りってレベルじゃないぞ。
えぇい隙間か、またその便利能力か、胸もその能力ででっかくしてるんじゃないだろうな。

「ちなみに胸は元々あの大きさよ」
「な、誰も胸のことなんて考えてないわよ！」
「嘘おっしゃいな、あなたの考えることぐらい悟りじゃなくたってわかるわ」
「ぐぬぬ……」

反論したい、だが悔しいことにピンポイントで当たっていて反論できない。
小さくなっても紫は紫、杖を扇子のように口元に持ってきて胡散臭く笑う姿は変わりなく、口喧嘩で勝つことなどできよう筈もなかったのだ。

…ん？胡散臭く笑う？

「紫、あんた胡散臭い」
「何よいきなり、そんなのいつものことじゃないの」
「そういつものことなのよ、それが問題なのよ」

一瞬何言ってんだこいつ？的な顔をした紫だったが、流石は妖怪の賢者とも言うべきか、天子の言葉の意味にすぐに気付き顔を青くする。

「まさか……」
「そう気付いたようね、小さくなっても紫は紫、いつものあの胡散臭くてやたらと人をからかってくる紫よ……つまりは」

天子は右手の人差し指を立て上に掲げると、次の瞬間には指先を勢い良く紫に向けた。

「つまり！小さくなってもババァには変わりない！」
「で、でも、黙ってればバレることはな――」
「１１歳児がフフフなんて笑い方するかぁ！」
「グハァッ！？」

何故か血を噴出して、畳に突っ伏す紫。
ソレを見て天子は「初めて紫に口で勝った……！！！」と喜びを噛み締めていた。
だがそこで満足しては先は望めない、攻める時に攻めてこそその先に真に勝利を得ることができるのだ。

「そういう服を着る資格があるのは、ギリギリで私くらいよ、紫あんたには無理なのよ！」
「ギリギリで……天子……？」

……あれ、おかしいな、攻めたはずなのに何故か嫌な予感がする。

「そうかそうだった……アハ、アハハハハハハハ」

そう呟き、そして笑い始めた紫はゆっくりと身を起こす。
と言うか何なのかその笑い方は、どこぞの悪役でも滅多にしかしないぞ。

「そう、何も私が着て楽しむ必要はなったのよ、丁度最高の素材が身近にいたのだから……」
「ちぇ、橙のことよね！体は勿論、心も少女で――」
「橙は藍のガードが固いから無理」

何でこの屋敷はそういう時、主より式のほうが力が強いんだ。
普通逆だろう、いかなる時でも下のものは上のものに絶対服従、それが普通じゃないのか。
こうなった紫はきっと止められないだろう、今の天子に取ることができる道は一つ。

「せ……」
「せ？」
「戦略的撤退！」
「させませんわ」

天子は逃げ出した！しかし回り込まれてしまった！
いつのまにか体も服もいつもの姿に戻った紫が、逃げようとした天子の目の前に現れた。
天子が反応しないうちに、持っていた杖を天子に握らせると、柄についていたボタンを押す。
するとどうしたことか、突如として杖が光を放ち始めたではないか。

「ちょっ、何よこれどうなってるの！？」
「魔法少女って言えば、変身でコスチュームを着るがお約束じゃないの」
「へ、変身って何……って、その手に持ってるの何！？鴉天狗が持ってたカメラと似てるんだけどぉ！！？」
「安心しなさい、これはカメラじゃなくてビデオカメラよ、被写体を写真でなく映像で記録するものよ」
「なお悪いわぁ！！！わ、わ、わっ！」

言い争ってるうちに発光は杖だけにとどまらず、天子の衣服までもが光を放ち始める。
そしてそのまま天子の体が浮かび上がるとお約束が開始された、お茶の間で見ると場が気まずくなるアレである。
服が弾け、帽子が弾け、下着が弾け、先程紫が来ていたヒラヒラの衣装を身にまとう。
そして最後にはクルクルと杖を回し決めポーズ。

「魔法少女マジカルてんしちゃん、ただいま参上☆」

更には決め台詞で締めである。
紫は涙を流しながら「ブラボー、おぉブラボー」と呟いていた。
そんな紫に、天子は衣装をフリフリ揺らしながら無言で近づくと、杖でビデオカメラを叩き壊す。

「あぁ！なにをするの、せっかくのマジカルてんしちゃんが！」
「てんしちゃんが！じゃなぁい！！！何よあの決めポーズと決め台詞、勝手に体と口が動いたんだけど！」
「私が持っている物が普通の物だと思う？ボタンを押せば最後、全自動で変身をやってくれる変身キットよ、製作者は勿論私」
「もうちょっとマシなことに能力使えー！！！」

才能の無駄遣い、ここに極まれり。

「あぁもう、私の服どこいったのよ、帽子なんかとっても大切なんだからね！」
「大丈夫よ、一時的に隙間の中にしまってるだけだから」
「じゃあ早く出してよ」
「ちょっと特殊な空間にしまってるから私でもすぐには出せないわ、ちゃんとあなたが条件をこなさないと」
「じょ、条件って何よ」

嫌な予感がする、だが駄々をこねても無駄のようだ。
覚悟してその条件とやらをこなさなければ。

「このネコミミ付きメイド服を着て、人里で「てんこにゃんはご主人様の僕です、何でも命令して下さいにゃん☆」っておねだりすれば……」
「できるかぁ――！！！」
「へぇぶぁっ！！？」

やっぱり覚悟とか無理でした。容赦なく天子は手に持った杖で紫の頭を強打する。
だてにいつも剣を振るっていない、腕のしなりと手首のスナップから繰り出される一撃は、かの大妖怪をノックアウトするに至った。
そして振るわれた杖も、本来の使用用途とはかけ離れた使い方にバキャッと音を立てて折れ散る。
するとどうしたことか、天子の身体が淡く光ると元の格好に戻っていた。

「あっ、戻った。なんだ壊せばよかったのか……よく考えれば紫とかすぐに元の格好に戻ってたわけだし、紫の言ってたことは嘘だったのね」
「おーい、天子どうしたー？」

部屋の外から藍の声が聞こえてきた。
どうしようかと思い紫のほうをチラリと見る、頭から血を流しながら痙攣していた。
何もせず部屋を出た。

「あぁ藍、何でもないわ」
「そうか、紫様はどうした？」
「寝てるー」
「そうか寝たか、うん寝たんだな、うん。じゃあちょっと橙を慰めてあげてくれないか、どうもまだ怖がっていてな」
「はいはーい」

こんな感じですが、八雲家は今日も平和です。終わり。

橙「紫様が病気になっちゃった……」

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