「そういえばあんた達って姉妹なのにあんまり一緒にいるとこ見かけないわね」
霊夢が唐突にこんな事を言った。
さとりはそれにこう答えた。
「ええ、だって私たち」
「……し合ってますから」
◆
「お姉ちゃんは私の事、愛してる?」
こいしが言う。その内容は疑問だ。疑問とは本当かどうか、疑わしい事の事を意味する。こいしは探っているのだ。さとりが自分を愛しているのかを。
疑問なのだから納得のいく解答を与えなければならない。勿論さとりはこいしの事を愛している。だからさとりが口にする答えは決まっているのだった。
「ええ、愛していますよ」
こいしはその答えを聞くと満足そうな顔をしてこう言うのだった。
「そう、じゃあ」
「その愛を殺して」
◆
「どうしてですか」
「理由なんてないよ。愛はいらないだけ」
「あなたを勝手に想ってはいけないのですか」
「駄目」
「それが家族としてではなく、一人の誰かを想っての愛だとしてもですか」
「尚悪い」
「では私はあなたにどう接すれば良いのでしょう。あなたを愛おしいと思う気持ちをどうすれば良いのですか」
「答えは簡単。お姉ちゃんは恋をすればいいの」
「誰に」
「その疑問への口答はさっきしたよ?」
「私には判りません」
「私に恋すればいいの」
◆
「判りません」
「何が?」
「どうして愛してはいけないのですか」
「愛はアイスクリームみたいなものだからよ」
「アイスクリームは美味しいじゃないですか。甘くてクリーミーで」
「でも、溶けるじゃない。アイスクリーム食べたい」
「愛のエネルギーが熱いからでしょうか。私は溶けたアイスクリームも好きですけどね。買ってきましょうか」
「私はそう思えない。愛は凍えていくものよ。どんどん崩れ去っていく。溶けると味も悪くなるし。うん、食べたい」
「どうして恋なら良いのですか。今日の夜ご飯はアイスクリームにしましょうか。多分溶けていますがね」
「恋は溶けない。恋は死なない。恋はそのエネルギーを、リビドーを燻り続けるのよ。例え対象が変わったとしても。やっぱりいい」
◆
「判りません」
「何が?」
「あなたが判りません」
「んー、判らなくてもいいんじゃないかな」
「そんな」
「だって私もお姉ちゃんの事判んないし」
「そうですか」
「私のこと、知りたい?」
「知りたいと思ってはいけないのですか」
「そうね、知りたいと思う事は良い事だと思うよ。恋に通じるものがあるからね。でも「なになにの事なら何でも知っている」という過信は愛と同じ。そんな事ある筈が無いのにね。第一、追求を自分から終わらすなんてそんなのつまらないもん。判らなければ知ろうとすればいいの。そして、満足しなければいいのよ」
「私はあなたを知りたいわ」
「なら、私を知ろうとしてくれればいいのよ」
◆
「お姉ちゃんはさっき特定の誰かへの愛を以て私を愛してるって言ったよね?」
「ええ、言いました」
「お姉ちゃんは私の特別でいたいの?」
「私はあなたにとって特別な誰かではなかったのでしょうか」
「どういう意味?」
「あなたにとって私は代わりが利くものなのでしょうか」
「お姉ちゃんにとって私は特別な、代わりの利かない存在なの?」
「ええ、妹としても一人の個体としても」
「私にとってはお姉ちゃんはお姉ちゃんであって初めて特別な存在なのに」
「それは喜んでも良いことなのでしょうか」
「古明地こいしの姉は古明地さとりしかいないの。それは喜ぶべき事だよ。でも、だからこそお姉ちゃんはお姉ちゃんでしかないのよ」
◆
「お姉ちゃんがお姉ちゃんじゃなくても私の特別な存在でいられる方法を教えてあげる」
「どうすれば良いのですか」
「私に恋すればいいのよ」
「私があなたに恋をすればあなたは私の想いを受け止めてくれるのですか」
「あげないよ」
「ならどうして。それなら恋だろうと愛だろうと変わらないじゃないですか」
「受け止めたら恋は愛になっちゃう。恋と愛は別物よ。恋はある過程を通って愛になる。受け止めなければ恋は恋のままなの」
◆
「お姉ちゃんが私の小文字の他者で居続けるためには、お姉ちゃんが私の想いを受け入れないか、または私がお姉ちゃんの想いを受け入れないか、もしくは互いに想いを受け入れ両想いになった後に離れ離れになるかの三択だけだよ」
「愛してはいけないのですか」
「そう、お姉ちゃんは私を愛してはいけないわ。私に恋してなきゃ駄目。だって私はお姉ちゃんを愛していないもの。だけど恋してる。もし私がお姉ちゃんを愛してしまったらお姉ちゃんはもう私にとって大文字の他者でしかないの」
「では、互いに愛し合っている二人がなぜ離れ離れにならなければいけないのでしょう。一緒にいる事はいけないのですか」
「互いに愛し合っていても離れ離れになってさえいれば恋は継続されるわ。逢えないという想いが、満たされない想いが私の身を焦がすの。例えば霊夢。きっとあの人に恋をすれば、あの人は私を満たされない想いでいっぱいにしてくれると思うの。けっして恋をしても振り返ってくれないだろうから。きっとそれはとても居心地が良い。お姉ちゃん。恋は受け入れたら冷めて愛になってしまうの。それは砕けて灰になりやすいからもしお姉ちゃんが私に恋をしてそれが愛になってしまったらきっと私はお姉ちゃんを捨てるよ。新たな小文字の他者を探す。愛は私の心をちっとも満たしてくれないから。例えそれがお姉ちゃんがくれるものであっても」
「あなたは私と一緒にいたくないのですか」
「その疑問への口答はさっきしたよ。自分で考えてね」
「判りません」
「解ってよ」
「判らないことは判りませんよ」
「なら尚更解ってよ」
「判りません」
「少しは考えてよ」
「そうですね、考えてみましょう」
「私の事、好き?」
「好きですよ」
「じゃあ解って」
「……成程、判りました。私はあなたと離れたくはありませんからね。私はあなたに恋することにしましょう」
「うん、そうしてね。私もお姉ちゃんに恋してあげるから」
◆
「そういえばあんた達って姉妹なのにあんまり一緒にいるとこ見かけないわね」
「ええ、だって私たち」
「恋し合ってますから」