Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

風花の昼心地

2010/10/18 01:48:34
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「それにしても、綺麗な桜だぜ」
ぽつりともれる、ひとりごと。
冥界の桜並木に比べればちっぽけだけれど、それでもこのちっぽけさもまた風情があって良い。
そよ風を受けながら、少し前のことを思い返す。


何をするでもなしに、特に何をやりたいということもなしに、ぶらりと飛び回っていた。
異変があれば面白いのだけれど、異変なんてそうそう起きやしない。
せいぜい起きたとしても、畑の作物を妖精がいたずらしたりだとか、天狗が新聞を勝手に置いていってゴミになるだとか。
普通の人間にとってはそういうことでも大きな異変なんだが、私みたいな普通の魔法使いにとってはちっぽけな事件。
それでも、ちっぽけだと思って首を突っ込んでみたら実は大蛇の尻尾だった、なんてこともあるから、油断は禁物。
だけど、そんなことは本当に少ないし、たいていは勘違いだのいたずらだのばかり……。
この前も、神社に続く道を通っていたらいつの間にか里に帰っていたという話を耳にしたが、どう考えてもあの三妖精の仕業だろう。
そもそも、神社に行こうとする人間の方がちょっとした異変なんじゃないのか、なんて思ったりもしたが。

そんなちっぽけで些細なことに飽きてしまったので、飛び回ることも止めてしまった。
たまには歩いて小さな世界を見て回ることも悪くなかった。
それに、純情無垢な乙女ですら恥じらう肉体的な重みも、ちょっと、ほら、減らしたかったし……。
もちろん、私も純情無垢な乙女だぜ。言うまでもなく。
とはいえ、幻想郷はやけに広い上に、人が歩くには適さない道も数多くある。
なので、そういう道は仕方がなしに飛び越えてもみたりした。
歩くよりも飛んだ距離の方が多かった気がするが、それはきっと誰かが距離をいじったんだ、そうだ、絶対。
森を越え、川を越え……。山を登っては降りて、まだ見たこともない場所に……行こうと思っていたが、案外行ったことのある場所にしか出なかった。
まぁ、本能がきっと、遭難したりすると危険だからというセーブをかけたのかもしれない。
一度行った場所をまた見るというのも、なかなか乙なものだぜ。
そうして一通り見て回って、あと少しで紅魔館に辿り着く、というところで、この桜を発見した。
ぽつりと咲き誇っている桜は、まるで私だけの秘密の宝物みたい。
耳を澄ましても、人の声も妖怪の声、妖精の声すら聞こえない、そんな場所。
一人だけ隔離されたかのような寂しさも覚えるけれど、そういう一人きりな世界にも、たまにはこもりたい。
乙女にはそういう時もある。そういうことだぜ、きっと。

誰の姿も見かけず、誰にも声を掛けず、一人ひっそりと家に戻り、お酒と食べ物と食器を持ち出した。
花見といえば、やっぱりお酒が一番。花より団子で、団子よりもお酒。
ひらひらと舞い散る桜を眺めたり、盃に浮かべてみたりして風情を感じて、ごくりと一杯。
喉を潤すお酒が胸にしみれば、空を見上げる桜はより一層綺麗に見えることだろう。
でも、飲み過ぎると桜は星になって、目の前を回りだしてしまうから、飲み過ぎには注意をしたいところ。
一人きりで飲んでいると、ついつい飲み過ぎてしまいかねないから、ちゃんと気を付けて飲まないと。
とは言っても、日本酒一瓶だけだから、きっと大丈夫なハズ。
若し酔いつぶれても、それはそれで花見の醍醐味だから乙……なのかもしれない。
月見酒だなんていうのも乙だけれど、暗すぎると桜が見えなくなって、心細くなってしまう。
夜に飲むのだったら、やっぱり霊夢とか萃香とかアリスだとか、あいつらも呼ばないと。
寂しすぎると、私は死んじゃうんだぜ。きっと。
そんなことを思いながら、私は一人きりで花見を始めようとしていた。


そんなこんなで、ゴザを敷いて、その上に持ってきたお酒や食べ物を置く。
空を見上げれば、満開の桜がぽつり。口からこぼれるひとりごとを咎める様な奴は誰もいない。
真昼間からお酒を飲むなんて、私ですら笑ってしまうぐらいに贅沢な行為だ。
とはいえ、普段の私はそこまで呑ん兵衛でもないけれど。
神社とかで宴会をする時には、ついつい飲み過ぎて倒れたりはするけれど、それはそれで面白いことだぜ。
片付けは霊夢がしてくれるんだから、私たち招かれた側は精一杯飲んで食べてしまえば良い。
霊夢の奴は、なんだかんだ文句を言いながらも、楽しそうに片付けをしているから、オーライなのか?
あいつにそう言うと、きっとムキになって反論してくるんだろうけど……。
今は宴会じゃないし、招かれた側でもないから、私自身がゴミとか片付けを最後まで面倒を見ないといけない。
こんな人も妖怪も何も居ない様な場所で飲み過ぎて倒れたりなんてしたら、下手をしなくても大変なことになってしまう。
もし倒れないとしても、顔が真っ青になるまで飲み過ぎてしまったら、帰ることすらままならない……かも。
嗜む程度に飲んで、ほろ酔いで風情を楽しんで家に帰るのが、きっと一番だろう。
箒に乗ってまっすぐ飛んで帰ることが出来る程度じゃないと、大きな大きな痛みを負うだろう。
ずっと前に調子にのって飲み過ぎて、そのまま箒に乗ったら地面と熱烈なキスをしてしまったことがある。
流石にあんな不手際はもうしちゃいけないし、したくもないし。
花も恥じらう乙女だから、私は出来れば恥ずかしい所は人に見せたくない。
まぁ、乙女じゃなくても人に恥ずかしい所を見られたいなんて人は滅多に居ないだろうが……。


「んー……」と伸びをする。
「さぁて、呑もうか」
とく、とく、とく。
盃に注いだ日本酒は、蒼く澄んだ空に咲き誇る満開の桜を映す。
風情があってとても良い。一首詠みたいとも思うが、冥界の姫君みたいに才能はない。
あいつが詠んでいるところなんて一回も見たことがないから、分からないがな。
妖夢が言うには、それはそれは綺麗な言霊を紡ぎ出すのだそうだ。
半人前が言うのだから、実際はそれの半分ぐらいだろう。
一度は詠む所を見てみたいものだが、なかなかその機会は訪れない。
あいつは、訪れる度に何かを食べているイメージしかないし、風雅も優雅もおおっぴらげにはしていないのだから。

ごくり、と音を立てて呑む。
清酒も良いが、にごり酒も呑みたくなる。霊夢の所に行けばあるだろうから、その内行ってやろう。
つまみに持ってきた枝豆をぱくり。
おっさんみたいだけれど、私は乙女だぜ。純真無垢なお酒好きなだけだ。
空を見上げれば咲き誇る薄紅の桜と蒼穹の快晴、遠くを見やれば紅の館に薄緑の湖と森々。
面白い色の対比、対比、対比。溢れ出る洪水の様な奔流。
喉元を流れる日本酒、手元の枝豆。
吹き渡るそよ風が何気ない景色にアクセントを付ける。
そんな平和な世界は、とてもとても、素晴らしく、とてもとても、つまらなかった。

「やっぱり、飽きるぜ」
いつもと違うことをやってみても、定着なんかしない。
いつもの日常が面白いから、別のことをやってもすぐに戻ってしまう。
「さてと……」
重い腰を上げて、片付けを始める。
ゴミなんか残したら、自然に失礼だしな。
「あいつらと呑まないと、折角の絶景も台無しだぜ」
乙女の心は秋の空。変わり易さにかけては幻想郷一。
一人きりも良いけれど、それは時々、少しだけで良い。
「よし、あいつの所に行くか」
とは口に出すけれど、まだ決めていない。

――さて、何処へ行こうか。
箒に跨り、空へと向かう。
まぁ、風の吹くままに、気ままに行こう。

だって、時間は一杯あるのだから――
久々に文章らしい文章を書きました。
異変と異変の間の、ちょっとした平和な日常……を書こうと思っていましたが、
よくよく考えると、魔理沙にとっては毎日が平和な日常と変わりがないのかもしれません。

打ち切りみたいな終わり方だけれど、こういう方が魔理沙らしくて良いのかな、って。
気まぐれな魔法使いって、可愛いですよね。

10/18
得利→盃 に訂正。 勘違いしていました。
メリーベル
コメント



1.奇声を発する程度の能力削除
のんびりとした感じがとても良かったです。
2.名前が無い程度の能力削除
徳利から飲む……のか?
3.名前が無い程度の能力削除
良いね
4.名前が無い程度の能力削除
まるで綺麗なアニメの様に、桜の木の下で魔理沙がお酒を飲む光景が思い描けました。
色使いが巧みな画家の作品を見ているような、それでいて星のような……?
ちょっと、何が言いたいのか自分でもわからなくなるんですけれど、とにもかくにも、良い。
それにつきます。
ちょっとした寂しさとか、そういうの好きです。
魔理沙かわいい。