新しい人形のデザインをしていたら、丸いものが必要になった。
正確に言えば指先ほどの大きさの球体を大量に、である。端的に言えばビーズの代わりだ。
家にある量では足りなかった。買い足そうにも、人里の雑貨店はもう閉まっている時間帯だろう。
明日まで待てば良いと言えばそれまでだが、この作業はなんとなく今日のうちに済ませておきたかった。
とすると、必然何かで代用することになる。
何かないかと納戸を開けると、結構なスペースを占拠して鎮座している上新粉の袋が目に止まった。
出来るなら硬い材質のものが欲しかったが、あまり贅沢は言っていられない。
袋を持ち出して製作の準備にとりかかった。
水をつけて粉を練る。
粉っぽさがなくなったら適当に小さくちぎって丸めるだけ。
後は乾燥させるなり硬化の魔法をかけるなりすればいい。
阿呆臭いが、お目当ての物は手に入るのだから文句は言うまい。
一通り球体の数を揃えてさあ始めようと意気込んでみたところで、口を開けたままの上新粉の袋が視界の隅に鎮座しているのに気付いた。
手を洗って片付けようとして、袋を抱えて再び納戸を開ける。
「……あら?」
片付けようとした場所の奥に、もう一つ上新粉の袋が置いてあった。開封済みの。
最近使っていなかったせいもあってか、開けかけがあるかを確認せずに新品の袋を開けてしまったらしい。
手元の袋はまだズッシリと重い。
生物でもなし、そのまま放置しておいたところで困るようなものではないが開封済みの袋を2つ積み上げたままというのも気分が悪かった。
余った上新粉を少し減らしておきたい。
窓の外を見遣る。逢魔ヶ刻は過ぎたが、月が天頂に到るまでにはまだ幾らか時間がありそうだった。
これから作業が暫く続くのだ。夜食の一つ位作ってみるのもいいかもしれない。
かといって手間のかかるものは作りたくないなあ、なんてことを思いながら視界の隅に先程のビーズの代用品を捉える。
……確かに、つまむには丁度いいかもしれない。
目的の違う、しかし同じ作業を私は再開した。
「………」
本日二度目の失態。今度は非常に単純である。
作り過ぎた。
鼻歌を歌いながら無心で作業していたのが失敗だった。皿の上に山積みになった団子はとても一晩で食べきることの出来る量ではない。
流石に、放置してこのまま不味くしてしまうのも癪だった。
「……仕方ない」
三宝を探しかけて、持ち運ぶには不便なだけかと思い直す。適当な小袋に入るだけ団子を詰められるだけ詰め込む。
お裾分けである。
幸い、今夜は半月。神社に宴会で妖怪が群がっているということもないだろう。
家のドアを開けて空を見上げる。雲が私を邪魔する様子もない。
夜でも瘴気の抜けきらない森の空気を吸い込んで、私は神社へと飛び立った。
月も、そろそろ上り切る頃合いだった。
神社の境内に着地すると、霊夢はまだ縁側に座ってお茶を片手にぼんやりしていた。
予想通り、私の他に来客はないようだ。
だがこの季節になれば夜も冷えるだろうにと爪の先程度に心配していると、霊夢が私の姿を認める。視線は、小袋を持つ私の右手に注がれていた。
こういう時はやたらと目聡い奴だ。
「あら、カモネギ?」
「上新粉」
私が放り投げた袋をキャッチして中身を確認すると、「ちょっと待ってなさい」といって霊夢は部屋の奥へ入っていった。
三宝が出てくるのかと思ったが、戻ってきた霊夢が持ってきたのは極普通の大きい和皿だった。積むのが面倒なのだろう。
「はい、お茶」
「ありがと」
再び縁側に出て、並んで月を眺める。手土産を持っていけば割と丁寧な対応をしてくれるのもいつも通りだ。
「で、なんで今頃団子?」
「上新粉よ」
「はぁ」
別段興味があったわけでもないのだろう。特に追求することなく、霊夢は再び湯呑みを口に運んだ。
「しかし、半月で月見ってのもなかなかないわね」
「そうかもね。不満?」
「別に。あ、そうだ」
襖を開けて、とてとてと膝立ちで何かを探しに行く。縁側に戻ってきたとき、霊夢が手に握っていたのは小さいナイフだった。
えい、と団子を半分に割って、片方を持って空に掲げてみせた。
「これでよし」
そのまま、口の中へ放り込む。
何がいいのかよく分からないが、なんとなく真似をしてみた。
団子と月を重ねたところで、三日月のときはどうするつもりなのかと霊夢に聞いてみた。
霊夢はムッとして団子を数秒睨んでいたが、「そのときはそのとき」と意味の通じないことをいって、また一つ団子を口に放り込んだ。
考えるのに飽きたらしい。
湯呑みの中身が空になる頃に、団子を眺めていてふと思ったことを口に出してみた。
「そういえば霊夢」
「何かしら?」
「陰陽玉ってどんな材質で出来てるの?」
霊夢はポリポリと頬を掻きながら何かを考えるようなふりをしていたが、やがてポツリと月を見ながら呟いた。
「上新粉」
食いつなぐには便利らしい。
陰陽玉って上新粉だったのかww
流石。
なんか…いい
上新粉をビーズ代わりにしてしまうアリスさんの思考回路まじパネェ。
非常食か。
非常食…流石霊夢さん。