妹が降り注ぐ、小麦色の草原を歩いていた。
「お姉ちゃん」「どこ行くの?」「おぉい」
星の瞬く夜空から、大地へ、声は雫のように降り続けるのだ。
双葉から、一粒、妹が落ちる。これは小さい妹。向こうの山には、大きい妹が寝転がっているのが見える。
「やっほぉ」
雷が轟くように、大きい妹の声が草むらを掻き分けて流れ、最果ての海で波打った。
肩に、頬に、髪に、妹が流れ落ちてくる。ポケットはぱんぱんになっていた。妹が詰まりすぎているので、少し掬いだしてやった。その度、親に肩車された幼児のような喜色を小さな瞳に浮かべるのである。
麦穂が揺れに揺れている。妹の風に晒されて、世界が靡いているようだった。
私と同じくらいの大きさの妹が、目の前に降った。この妹は何も言わず、進む私の後に付いてきた。
別に拒絶する理由もないので、放っておく。
ふと、右頬に思いきり妹の小さめなやつがぶち当たった。小さめと言っても、小石くらいの大きさはあるので痛かった。
小石くらいの妹は私の肩に落ちて、そのまま乗っかっていた。降りてくれる気はなさそうである。
私は足元に気をつけながら歩いていた。妹がどこに転がっているかもしれないからだ。妹は止みそうもない。ますます勢いを増して小麦色の世界を撫ぜていく。
視界が危ぶまれるほどの妹量になってきたので、近くの岩陰で休むことにする。
「あ、お姉ちゃんだ!」
「みんなぁ、お姉ちゃんここにいるよ」
比較的大きい妹が私を見つけ、救援要請を出したようだ。雪崩のように妹が押し寄せて、辺り一面が黒い帽子に染まった。
私の後ろに付いてきた妹がみんなをたしなめて、騒ぎは次第に収まっていった。
向こうに、小川が流れていた。
妹のせせらぎが聞こえる。色んな大きさの妹が、緩やかな流れをつくって手を振っていた。
何ともなしに見ていると、段々流れは激しくなって、妹かさも増してきた。轟々と響き、川辺に妹があふれ出した。
氾濫しているのである。
あぁ。呟いて、私は小麦の背に抱かれるように寝転がる。妹たちは、みんな笑いあって私を見つめている。
口を大きく開けて叫びたかった。
しかし、そうすれば降ってくる妹を少なからず飲み込んでしまうだろう。
広げた指先に、触れるものがある。
見ると、どうやら氾濫した小川から妹が流れ込んできたらしい。飛沫をあげて小さい妹から中くらいの妹の波が押し寄せる。
「きゃあ」
「あはは」
「お姉ちゃん、もう疲れちゃったの?」
笑い声を遠く聞いて、私はしばらく瞳を閉じた。
妹はもう、止まないのかもしれない。
それがいい。きっと、それがいい。
妹の洪水だった。遥か彼方にある、まだ見ぬ海のように、妹が世界に満ちている。
波は私を飲み込む。心地よい、妹の大波だった。
ざざぁ、と。ざぶん、と。
妹を抱いているのか、妹に抱かれているのか。どっちでもいい。
妹の隣にいることだけは、確かだ。
妹の大雨は大地を一滴も濡らさなかった。麦の明るい色をした穂は、ときどき妹に齧られてしまったようだ。
でも。
私の頬は、どうやら濡れているらしい。
恵みの妹が、降る夜だった。
目を覚ますと、空は晴れ渡り、朝の澄みきった涼しい空気が山の向こうから吹き込んでくる。
金色の小麦の草原は、世界の果てまで続いているようだ。
肩に何かぶつかった。
気だるげな身体を起こしてみると、石ころがあった。
小石のような、こいしが一つ。
「お姉ちゃん」「どこ行くの?」「おぉい」
星の瞬く夜空から、大地へ、声は雫のように降り続けるのだ。
双葉から、一粒、妹が落ちる。これは小さい妹。向こうの山には、大きい妹が寝転がっているのが見える。
「やっほぉ」
雷が轟くように、大きい妹の声が草むらを掻き分けて流れ、最果ての海で波打った。
肩に、頬に、髪に、妹が流れ落ちてくる。ポケットはぱんぱんになっていた。妹が詰まりすぎているので、少し掬いだしてやった。その度、親に肩車された幼児のような喜色を小さな瞳に浮かべるのである。
麦穂が揺れに揺れている。妹の風に晒されて、世界が靡いているようだった。
私と同じくらいの大きさの妹が、目の前に降った。この妹は何も言わず、進む私の後に付いてきた。
別に拒絶する理由もないので、放っておく。
ふと、右頬に思いきり妹の小さめなやつがぶち当たった。小さめと言っても、小石くらいの大きさはあるので痛かった。
小石くらいの妹は私の肩に落ちて、そのまま乗っかっていた。降りてくれる気はなさそうである。
私は足元に気をつけながら歩いていた。妹がどこに転がっているかもしれないからだ。妹は止みそうもない。ますます勢いを増して小麦色の世界を撫ぜていく。
視界が危ぶまれるほどの妹量になってきたので、近くの岩陰で休むことにする。
「あ、お姉ちゃんだ!」
「みんなぁ、お姉ちゃんここにいるよ」
比較的大きい妹が私を見つけ、救援要請を出したようだ。雪崩のように妹が押し寄せて、辺り一面が黒い帽子に染まった。
私の後ろに付いてきた妹がみんなをたしなめて、騒ぎは次第に収まっていった。
向こうに、小川が流れていた。
妹のせせらぎが聞こえる。色んな大きさの妹が、緩やかな流れをつくって手を振っていた。
何ともなしに見ていると、段々流れは激しくなって、妹かさも増してきた。轟々と響き、川辺に妹があふれ出した。
氾濫しているのである。
あぁ。呟いて、私は小麦の背に抱かれるように寝転がる。妹たちは、みんな笑いあって私を見つめている。
口を大きく開けて叫びたかった。
しかし、そうすれば降ってくる妹を少なからず飲み込んでしまうだろう。
広げた指先に、触れるものがある。
見ると、どうやら氾濫した小川から妹が流れ込んできたらしい。飛沫をあげて小さい妹から中くらいの妹の波が押し寄せる。
「きゃあ」
「あはは」
「お姉ちゃん、もう疲れちゃったの?」
笑い声を遠く聞いて、私はしばらく瞳を閉じた。
妹はもう、止まないのかもしれない。
それがいい。きっと、それがいい。
妹の洪水だった。遥か彼方にある、まだ見ぬ海のように、妹が世界に満ちている。
波は私を飲み込む。心地よい、妹の大波だった。
ざざぁ、と。ざぶん、と。
妹を抱いているのか、妹に抱かれているのか。どっちでもいい。
妹の隣にいることだけは、確かだ。
妹の大雨は大地を一滴も濡らさなかった。麦の明るい色をした穂は、ときどき妹に齧られてしまったようだ。
でも。
私の頬は、どうやら濡れているらしい。
恵みの妹が、降る夜だった。
目を覚ますと、空は晴れ渡り、朝の澄みきった涼しい空気が山の向こうから吹き込んでくる。
金色の小麦の草原は、世界の果てまで続いているようだ。
肩に何かぶつかった。
気だるげな身体を起こしてみると、石ころがあった。
小石のような、こいしが一つ。
>小石のような、こいしが一つ。
不思議でかつ、とても綺麗なお話でした。