※ この話は、ジェネリック作品集75、『小傘と子猫』からのシリーズものとなっておりますのでご注意ください。
「あの……良いんでしょうか? 私達、こんな立派なお部屋を使わせて頂いちゃって……?」
偶然出会った捨て猫と一緒に、何だか良く分からないうちに命蓮寺でお世話になることになった私──多々良小傘は船長さんこと、村紗さんにこれから住む事になる部屋へと案内して貰ってたところです。
そして通された部屋が思っていた以上に素敵だった為、私は恐る恐る尋ねました。
「間取りはどの部屋も変わらないから、そんな気兼ねしなくても良いよ。それに遠慮する事無いんだから。さっき聖が言ってたように、私達はもう家族なんだから!」
人懐っこい村紗さんの笑顔に、私はほっと安堵しました。あっ、ちなみに『さっき』て言うのは命蓮寺に住まう皆さんが一同に揃った晩御飯での事です。
おっとりとした笑みが印象的な聖さんが、命蓮寺の代表という事で自己紹介を終えた私に優しく言ってくれました。
『命蓮寺へようこそ。私達は貴女達を歓迎致します。今日からは同じ釜の飯を食べる仲間に──家族になったのです。だからどうかここを我が家だと思って下さい。』
心の広い方なんだなって、この言葉だけで十分に伝わりました。
「それじゃあ私は行くけど……何か不便が有ったら呼んでね?」
「あっはい。ありがとうございます。」
子猫を抱きながらお辞儀する私に、村紗さんは照れくさそうに鼻の下を擦られました。
「良いって良いって。あっ、そうだ。うちの朝は早いから、早めに寝ることをお勧めするよ。遠慮はしなくて良いけど、私たちも特別扱いはしないから、そのつもりで。」
「はいっ!」
「うん。良い返事だ♪ これなら大丈夫そうだね。それじゃあ、お休み。」
満足そうに頷いた村紗さんは最後にそれだけ言い残すと、部屋を出て行かれました。
「お、おやすみなさい!」
村紗さんの背中に向かって挨拶を返すと、わざわざ振り返って手を振ってくれました。
何だか、家族って良いな……村紗さんを見てそう感じました。
コンコン
ノックの音がしたのは村紗さんが部屋を出て行かれたすぐ後の事でした。
「どなたですか?」
障子越しに私が声を掛けると、ノックの主は控えめな声で返事をされました。
「ナズーリンだ。先程の自己紹介で、覚えて頂けたかな?」
何だか紳士を思わせるその丁寧な口調で私はすぐにナズーリンさんの姿が脳裏に浮かびました。
「あっ、はいっ! 覚えてます! 立ち話もなんですから、とりあえず中へ──」
「いや、良いんだ。どうかそのままで聞いて欲しい……。」
どうしてだろう? 私は不思議に思いましたが、ナズーリンさんがそう言うのですから、私達は障子越しに話をする事にしました。
「君は……猫を飼っているんだってね?」
「はい。まだ名前も決まって無いんですけど。とっても可愛いですよ? せっかくですからご覧に──」
ガタッ!
──なりませんか?
そう言って障子を開けるつもりが、何かに引っかかったように障子は思うように動きません。
おかしいなぁ……さっきはちゃんと開いたのに。建て付けが悪いのだろうか?
明日にでも村紗さんに相談してみよっと。
「え、遠慮しておくよ! 寝ているところを起こしても悪いし。」
やっぱりナズーリンさんは紳士な方です。私より先に寝てしまった子猫を気遣ってくれてます。
あれ……? でもどうして子猫が寝てる事、知ってるんだろう?
「時にその猫なんだが──」
いけない、いけない。折角ナズーリンさんが話して下さっているのに、余計な事を考えてちゃ。
「はい。なんでしょう?」
「──しっかり見張っ……いや、目を離さないで貰えるかな?」
ナズーリンさんが何かを言い換えた気がしましたが、とっさに相槌を入れてしまった為、そこだけ私は聞き取れませんでした。
でもどうやら大事なところは聞き取れていたようなので、ほっと一安心。
「はいっ! ちゃんと面倒を見るようにと、一輪さんからも言われてますから!」
もちろん言われなくてもそのつもりです。
出会いは偶然だったけどここまで来たら、一蓮托生です!
そんな私の決意が伝わったのかナズーリンさんはほっと安堵している御様子。
「そうか……それを聞いて安心した。と言うのも、この命蓮寺では私の可愛い部下達──即ちネズミ達が沢山いるんだ。どうか悲しい悲劇が起きぬよう……」
「なる程分かりました!」
私だってそこまでお馬鹿さんじゃ有りません。猫がネズミを食べるのはきょうび傘だって知っているのです!
あれ? でもそれならナズーリンさんも……?
そういえば食事の時もナズーリンさんだけは猫に触れようとはしませんでした。
「ひょっとして……ナズーリンさんも猫苦手ですか?」
そんな事にも気付かず、子猫見ませんかなんて私どうかしてました。
でも…………ちょっと、ほんのちょっとですけど、子猫を使ってナズーリンさんを驚かせたいとか、思っちゃいました……。
だって仕方ないじゃないですか。私、そういう妖怪なんですからっ……!
「わ、私が!? まさかそんな事は無いさ! 私の上司は寅の妖怪だよ? そんな事有るはず無いじゃないか、ははは。冗談が厳しいな……。」
私の葛藤をよそに、どこか乾いた笑い声と共にそんな事をおっしゃるナズーリンさん。
私、冗談を言ったつもりは無かったんですが……ナズーリンさん、なんだか焦ってる?
にゃあ。
「あっごめん、起こしちゃった?」
私の足元にすり寄ってきた子猫を謝りながら抱きかかえてやる。
すると──
「ひっ!?」
──何だか可愛らしい悲鳴が障子越しに聞こえてきました。
障子越しに見えるナズーリンさんのシルエットが文字通り飛び上がっています。
「あのっ! ナズーリンさん──」
「いやああああぁあぁぁ…ぁ…………」
ドドドドドドドドドドドドド……
──大丈夫ですか? なんて聞く暇も与えて貰えず、ナズーリンさんは悲鳴と共に走り去ってしまったようです。
「一体どうしちゃったんだろう?」
何か怖いものでも見たんでしょうか?
あれくらい人間も驚いてくれれば私も苦労しなくていいんだけど。
にゃあ。
「そうだね。考えたところで、分かりっこないよね。今日はもう寝ようか。」
にゃあー。
同意するように鳴いた子猫に満足して、私はナズーリンさんの事は深く追求しない事にしました。
それから私、実はお布団ひいて寝るの今日が初めてなんです!
子猫の温もりも手伝ってか、それはそれは快適な寝心地でした!
次は誰だろうなー。
ところで襖って透けるんですか……?
いや!?そこはもっと考えてあげて!?
さでずむ!