Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

偉大なる 雨の恵みは あやれいむ

2010/10/05 03:22:44
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 ぺちぺち、と雨粒が木の葉をたたく。黄色が混じり始めた木々が、忙しなく音をたてる。
 ぴちゃぴちゃ、と滴が地を打つ。庭のあちこちにできた水溜りに、落ちては跳ねて、落ちては跳ねる。

 神社の縁側に腰掛けて、霊夢は心地よい雨音に耳を傾けていた。
 こんな雨の中でも、何処かの草むらでは秋の虫が鳴いている。
 
 賑やかな静寂、落ち着いた高揚。
 不思議な、それでいて、自然な心地。知らずに笑みがこぼれる。
 
 この雨の中を、傘もささずに歩きまわりたい。
 木陰で滴を浴びながら、揺れる木の葉を眺めていたい。

 じわじわと湧き上がる衝動。
 
 今なら、案外濡れないかもしれない。 
 神秘の力で、きっと私は守られる。

 当然の真理。 
 
 しかし、理性が待ったをかける。
 流石に、風邪をひく。それは、夏にやれ。と。

 確かにそれも、一理ある。
 
 だけど、私は縛られない。誰にも、縛られたくはない。もちろん、自分にも。
 だから、やる。
 
 さあ、行くぞ。今こそ私は、自然に帰る。

 いざ――。





○○○○○





「あやややや」


 突然、ずぶ濡れの文が飛び込んできた。
 今まさに地を蹴ろうとした瞬間に、謀ったかのように現れた。
 
 私は、仕方なく思いとどまる事にした。


「こんな雨の中、どうしたのよ? すっかり濡れ鼠じゃない」
「霊夢さん! 雨ですよ。雨!」
「ええ、雨ね」


 空を見上げる。暗雲が全天を覆いつくし、そろそろ沈むはずの太陽を隠してしまっている。


「雨が降ると、なんだか濡れてみたくなりませんか? 私はなります。なりました」
「まあ、なるわね。当然」


 むしろ、ならない人などいない。断言できる。


「なので、とりあえず雨の中に飛び出してみました。ここまではいいですね」
「ええ。それで?」


 ここまでは、と言う事は、その先があるのだろう。言われてみれば、ただ雨の中を飛んだにしては濡れすぎている。……まるで服のまま泳いできたかのように。
 まあ、流石の文でも、そんな馬鹿な真似はしないだろう。


「それでですね、森の中を飛び回っていたんですよ。のんびりと、雨に打たれながら。すると目の前に、立派な滝が……」


――後は当然、分かりますよね?

 文は、いたずらっぽく笑った。 
 いやいや、流石の文でも……。


「……泳いできたの?」
「まさか、そんな馬鹿な真似はしませんよ。ただ、滝の下で座禅を組んできただけですよ」


 良かった、安心した。滝の下の座禅は、ごく当たり前の事。誰だって、一度と言わず経験があるだろう。


「なんだ、それだけ?」
「はい。それだけです。それで、気が済むまでいたら、今度は霊夢さんに会いたくなりまして……」





○○○○○





 ちょっと待ってて、と言いつつ、霊夢はタオルを取りに行った。


「……突っ込まれませんでした」


 少し寂しげに、外を見遣る。心なしか、雨音が大きくなったようだ。


「まあ、全部本当の事なんですけどね」


 たまには自分をネタにしてみようと思ったけれど、案外普通の事だったのか。霊夢の反応を見る限り、そのようだ。


「さっき霊夢さんが縁側で立っていたのも、もしかして……」


 いやいや、それこそ、無いだろう。自分は妖怪だから平気だが、霊夢は人間だ。すぐに風邪をひいてしまう。そこら辺、霊夢は馬鹿ではない。


「今度は、本当に泳いでみましょうか」


 どこかの風祝ではないが、常識に捕らわれていてはいけないのかもしれない。


「風邪祝、なんちゃって……」


 独り言は、降りしきる雨の中に溶けていった。
 ちょっと切なくなって、そっと体を抱きしめた。




 
○○○○○





「あやー、こっちに来なさい」
 
「来ましたよ。家の中が濡れちゃいましたけど……」
「そんなこと気にしなくてもいいわよ。それよりあんた、結構冷えてるでしょう。お風呂にでも入る?」


 文が呼ばれてやってきたのは、お風呂場の脱衣所。点々と軌跡を残しながら。
 風呂に入るというのは、もはやタオルでは解決できない、という判断もあるのかもしれない。 


「確かに冷えてますけど、どうしたんですか? 今日はやけに親切ですね」
「まあね。雨に感謝しなさい、とっても気分がいいの。守矢神社にお賽銭を入れてあげたくなるくらいね」


 だったら自分の所に入れたらどうか。いや、それでは後で虚しくなるだけ、か。
 さっきよりも明らかに強くなった雨音が、文の想像に現実味を添える。
 ……今度、こっそり入れてあげよう。


「だったら、一緒にお風呂に入って下さいよ」
「いいわよ」


 文の適当に放った冗談が、即座に承諾された。


「へ? いや、冗談ですよ?」
「いいから、いいから」


 言いつつ、霊夢は脱ぎ始める。
 

「なんで脱いでるんですか!」
「早くあんたも脱ぎなさいよ。ほれほれ、私が脱がせてあげようか?」


 既に上下巫女服を脱ぎ捨てた霊夢は、不敵に笑いながら、妖しい手つきで文の胸元のリボンに手を伸ばした。
 文は咄嗟に、霊夢の手を掴み止める。


「ま、待って下さい! 恥ずかしいですって」
「何言ってるのよ。女同士で、減るもんでもないし。だいだいあんた、今だって十分裸みたいなもんじゃない」
「え?」


 言われて、文は自分の体を見下ろす。
 すっかり濡れたままの服は、ぴったりと体に張り付いている。


「むしろ、裸よりも色っぽいわよ」


 短めのスカートが、白いブラウスが、本来は隠されている筈の下着が……


「ラインも色も、くっきり透けて……そそるわね」


 真っ赤な顔で硬直した文の手をすり抜け、霊夢は背後に回り込む。
 文が再起動したときには、もう遅かった。


「や……そんなとこ、揉まないでください……」


――いい乳してるわね。一個わけなさいよ





○○○○○





「れ、霊夢さん……ふざけ過ぎですよ」
「ごめん、ごめん。ちょっと、はしゃぎ過ぎたわね」


 風呂上がり、文はすっかりやつれ果てていた。
 上気した頬で満足げな表情を浮かべ、霊夢は少しだけ反省の色を示す。
 しかし、後悔の念は無さそうだ。


「夕食、食べてくでしょ? と言うか、今日泊まっていくわよね?」
「はい。服が乾かないと、どうにも……お世話になります」


 霊夢とおそろいの寝間着姿で、文は答えた。
 霊夢は頷きながら障子を閉める。
 直前に見えたのは、暗闇の中に浮き上がる雨。部屋の光に照らされて、幾筋もの糸が流れ落ちていた。





○○○○○





「ねえ、文。起きてる?」


 真っ暗な部屋に、雨の屋根を打つ音が満ちている。そこに、霊夢の声が控えめに割り込んだ。


「今日はありがとう」
「なんでですか? お礼を言うのは私の方ですよ? 突然押し掛けてしまって……」
「でも、いいの。ありがとう……来てくれて」


 嬉しかった。
 その言葉は、すぐに鈍い雨音にかき消された。


「おやすみ」


 少し恥ずかしげに、早口で紡がれた言葉が、少しの間だけ耳に残った。

 壁の外、雨の中に意識を飛ばす。
 神社の庭で、木の枝が揺れているのが脳裏に浮かぶ。すっかり大きくなった水溜りでは、水滴が跳ねまわっていることだろう。
 
 さらにずっと遠く、山の滝つぼへと向かう。
 激しく水面を叩く奔流に、負けじと天から援軍が加わる。しかしその内側では、河童がのんびりと寝ていそうだ。

 今日は来てよかった。本当に、ふとした思いつきだったけど。雨音に誘われて、正解だった。
 
 今度は、泳いでから来よう。
 考えて見れば、滝での座禅と大して変わらないじゃないか。 

 やっぱり、泳いでから来よう。
 でも、その前に……。


「な、何? なんでこっちに来るのよ!」


 隣の布団にもぐりこんだ。


「ふふふっ。お風呂でのお返しです」
「ちょ、ちょっと! や、止めなさいよ! そんなっ……」
「霊夢さん、可愛いですね。誘ってるんですか? そう簡単には……寝かせませんよ?」


 お前達、行きなさい。
 隠れた月が指示を飛ばす。
 来るべき悲鳴に備えて、雨粒の軍は最大勢力を投下した。

 

 
人の疎らな自習室で、ガラス窓をたたく雨音に浸りながら、揺れる木の枝を眺めていました。
あやれいむが出てきました。
書きました。

明日も、雨、降らないかなぁ。(チラッ


感想や批評、アドバイスなどありましたら是非よろしくお願い致します。
読んで頂きありがとうございました。


追記:2010/10/08

・奇声を発する程度の能力 様
 2 様
 5 様
ありがとうございます!
お風呂でナニがあったのか、射命丸さんに聞いてみました。
「もう、お嫁に行けません!」だそうです。

・喉飴 様
こちらこそ、全力で感謝です。
こんな素敵なコメントを頂いて、感動しました。
SSを書いて良かった。と、心の底から思います。
私の方こそ、おそらく何度も(素敵なコメントを)読み返すと思います。いえ、読み返しています。
これからも、より楽しんで頂けるような作品を目指して精進して参りたいと思います。

・ワレモノ中尉 様
ありがとうございます。
題名は思い付きでつけました。流れる雨に感謝も込めて。
私は特に、五・七・五(七・七)のリズムが好きです。
今回も所々でリズムを意識してみました。時には一文の前半だけ、とか。

追記②:2010/10/12

・けやっきー 様
ありがとうございます!
画面を覗きこむと、その向こうには美しい幻想郷が広がっている。
そんなSSを目指しています。
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コメント



1.奇声を発する程度の能力削除
お風呂でナニがあった!
とても良いあやれいむでした。
2.名前が無い程度の能力削除
お風呂で何があったというの…

いいなぁ、こういうあやれいむは!
素敵でした!
3.喉飴削除
あーもうなんでしょうね……最高、という言葉しか出てきません!
思わず5回も読み返しました。多分、また読みます。
シーン1つ1つが、鮮明に脳内で再生されました。
この甘いのに、ただ甘いだけじゃない雰囲気がたまりません。
地の文の言葉のチョイスや表現の仕方が、どこか綺麗で、それでいて分かりやすい上に読みやすく、思わずパルパルしちゃいました。
面白かったです!
もう本当に素晴らしかったです! 最高です!
良いSSを読ませていただいたことに、全力で感謝です。
4.ワレモノ中尉削除
いいですね、川柳とか大好きです(←そこか)
それはともかく、素晴らしいあやれいむでした。
二人とも可愛くて、思わずにやけてしまいましたw
5.名前が無い程度の能力削除
最高でした
6.けやっきー削除
二人の間で交わされる会話もさることながら、景色の描写がとても丁寧で綺麗に感じました。
爽やかなこの感覚、ありがとうございます。
7.オオガイ削除
すっきりというか綺麗な感じの文で好きです。
あやれいむご馳走様でした。感謝。