※拙作、『恋風便り』の後日談となります。
博麗神社の宴会は、いつもやかましい。
挨拶の代わりに弾幕が飛び交い、歌の代わりに弾幕が飛び交い、宴会芸の代わりに弾幕が飛び交うのが、ここの慣わし。もちろん、弾幕勝負に弱い輩なんて紛れ込んでいるはずもない。
紳士淑女のたしなみ――それを骨の髄まで叩き込まれたもの達だけが参加できるこの酒宴を、とある人は『ルナシューターでないものが博麗神社の酒宴に参加するのは難しい』と表現するほどの宴会である。
さて、そんな宴会であるが、最近は色々と『遊び』も増えてきている。
酒宴に混じる人間や妖が増えてきているためか、彼らの知っている『遊び』が取り入れられているのだ。
ちなみに、先日の出し物は『竜巻ゲーム』というよくわからないものだった。赤・青・黄色・緑など色とりどりのマスが並んだ敷物の上で、点灯するマスを手足のみで追いかけるというものだ。
これを持ってきた天人曰く、『天界では空前の大ブーム。体の触れ合うどっきどき感が最高』らしい。ちなみに、このゲーム、二人一組になって行うものらしい。
それに皆、なかなか面白そうだと参加して、『邪魔よ!』『そっちこそ!』『やろうっての!?』『面白い!』と、やっぱり弾幕ゲームに発展したのだが、それはさておきとしよう。なお、普段、運動不足のもの達が手と栗鼠のブロックのような形になって運ばれていったのは内緒だ。
どきどき感も何もないな、とそれを持ってきた天人は、その時、つぶやいていたという――。
そんな、いつも通りの宴会の中、誰かが『何か出し物ないのー?』という声を上げる風景がある。
「今日はこれをやろうぜ!」
と、宴会の主犯格(表現的に間違いではない)、霧雨魔理沙が取り出したのはチョコスティック。
何をするのよ、と場所を提供している巫女さんが尋ねると、彼女はおもむろに一冊の本を取り出した。
「こいつはな、畝津祁莞夏慧牟っていうチキンレースらしいぜ」
「何それ?」
「物の本によると、かつて、中国のとある王朝時代に行われていたものでな。先端に猛毒を塗った刃物を左右に組み合わせたものを、二人の死刑囚が互いにくわえこみ、どこまでその刃を飲み込むことが出来るかという様を見て楽しむものだったらしい。
途中で刃を放せばそいつが死刑になって、完全に飲み込んでしまえば二人とも死んでしまうという物騒な遊びだったらしいんだが、勝者は無罪放免になれるってことで挑むものが絶えなかったらしいんだ」
ちなみに、魔理沙が持っている本には『民○書房』と書かれている。
「何、それ。んな物騒なことやろうっての?」
「で、最近だと、そういう物騒な要素は排除して、こういうお菓子を互いにくわえてだな」
ひょいと、チョコスティックをくわえる。
「で、反対側にもう一人がかじって、互いにお菓子を食べていくっていう遊びになったらしい。
もちろん、そのまま行けば……わかるよな?」
彼女はにやりと笑った。
その言いたいことがわかったのか、宴会に参加していた面々の大半が、それぞれ個別に、さまざまな表情を浮かべる。
「嫌いなやつとやるのが面白いらしいぜ」
やる奴、手をあげろー、と彼女。
しかし、当然のごとく、だーれも手をあげない。
「何だよ、つまんないな」
そりゃ当然だろう、と巫女さんは思った。
要するに、彼女の言うことを要約すると、『人前でキスをする勇気のある奴、手をあげろ』ということになるわけだ。
そうなる前にゲームから下りるというのも選択肢の一つだが、そもそも、そういうことを望むのは『望まない』ゲームへの参加者だけ。参加を希望する時点で、そういうことになるのを、ある程度は望んでいるということになる。
――耳をそばだててみれば、
「……ひ、人前でそんな……できるわけないじゃない……」
だの、
「魔理沙の奴……恥ずかしいとか思わないわけ……?」
だの、
「……これをチャンスに……いや、ダメダメ……そんな欲望に飲まれちゃ……ああ、だけど、今ならわたしでも……」
だのといった声が聞こえてくる。
誠、人間関係は複雑だ。
ともあれ、興が冷めると思ったのだろう。魔理沙はもう一度、『手をあげろー』と声を上げる。
「手をあげなかったら、私と霊夢でやっちゃうぞー」
……ま、別にいいけどさ、と巫女さんは思った。
場を盛り上げる程度に遊ぶなら、それもまたありだろう。ある意味、体を張ったゲームだからだ。もちろん、魔理沙も『そこまで』のことは望んでいまい。気心の知れている相手を『相手』として選んだことからもわかることだ。
「よーし、そんなら……」
と、そこで。
「はい」
挙手する人物がいた。
振り向いた先には守矢の巫女の姿。彼女はしとやかな笑みを浮かべたまま、「わたし、やります」と宣言する。
「おー、さっすがだなー!
よし、相手は誰だ! 私か!?」
「いえ。それはないです」
一言の元に否定され、魔理沙は思いっきり地面に手とひざをついた。何だかわかりやすい表現もありそうな気がしたが、この文面でそれを表現できないのが情けない。
「霊夢さん、よろしいですか?」
「え? わ、私? ちょい待ち、何で!?」
そして、相手として指名された巫女さんは、あからさまにうろたえた。心なしかほっぺたが赤い。
それを見て、極上の『酒の肴』を見つけた面々は、『やれやれー!』だの『勝ったほうに賞金出すわよー!』だのと煽り始める。
巫女さんは気づく。ここに集まっている奴らは、皆、『人の不幸は蜜の味』な連中ばかりだということを。
「いやいや、不幸……じゃないけど……違うっ!
早苗、落ち着いて! こいつらの策略に……!」
「はい」
「ふむっ」
「それじゃ、ゲームスタートですね」
いただきまーす、と彼女は巫女さんがくわえているのとは反対側を口にくわえると、
「早い!」
「積極的ねぇ」
「若いっていいわねぇ」
などというギャラリーの声が上がるほど、積極的にチョコスティックを食べていく。
巫女さんは体を後ろに引くのだが、悲しいかな、両者をつなぐスティックの長さには限界があった。やがて、程なく――、
「あー」
「ざんねーん」
「チョコスティック空気よめー!」
ぱきん、と二人の唇が重なる寸前で、それが折れてしまった。
内心、ほっと息をつく巫女さん。周りから、ぶーぶー文句の上がる中、
「霊夢さん、食べないんですか?」
「むぐ!?」
「それじゃ、もったいないので」
――と。
『おおーっ!』
場が沸き立った。そりゃもう、これ以上ないくらいに。
一部のちびっこ達の目がふさがれるシーンが終わると、
「……わたしだって、たまには積極的なんですよ?」
そのささやきに、巫女さんは後ろに向かってぶっ倒れたのだった。
「わー! 霊夢が倒れたぞ、おい!」
「刺激が強すぎたのよ!」
「何だかんだで、霊夢も、まだうぶだからね……」
「医者だ、医者! えーりんえーりん!」
「残念だけど、お医者様でも草津の湯でも、ほれた病は治りゃせぬ、っていうのよ。
というわけで、お大事に」
「……しっかし、あなたにしては大胆というか……」
「だって――」
にっこりと。
「たまにこういうことしないと、霊夢さん、前に進んでくれなさそうなんですもん」
その笑顔を見た、とある図書館の司書は言った。
「意外と、早苗さんって小悪魔なんですねー」
終劇
博麗神社の宴会は、いつもやかましい。
挨拶の代わりに弾幕が飛び交い、歌の代わりに弾幕が飛び交い、宴会芸の代わりに弾幕が飛び交うのが、ここの慣わし。もちろん、弾幕勝負に弱い輩なんて紛れ込んでいるはずもない。
紳士淑女のたしなみ――それを骨の髄まで叩き込まれたもの達だけが参加できるこの酒宴を、とある人は『ルナシューターでないものが博麗神社の酒宴に参加するのは難しい』と表現するほどの宴会である。
さて、そんな宴会であるが、最近は色々と『遊び』も増えてきている。
酒宴に混じる人間や妖が増えてきているためか、彼らの知っている『遊び』が取り入れられているのだ。
ちなみに、先日の出し物は『竜巻ゲーム』というよくわからないものだった。赤・青・黄色・緑など色とりどりのマスが並んだ敷物の上で、点灯するマスを手足のみで追いかけるというものだ。
これを持ってきた天人曰く、『天界では空前の大ブーム。体の触れ合うどっきどき感が最高』らしい。ちなみに、このゲーム、二人一組になって行うものらしい。
それに皆、なかなか面白そうだと参加して、『邪魔よ!』『そっちこそ!』『やろうっての!?』『面白い!』と、やっぱり弾幕ゲームに発展したのだが、それはさておきとしよう。なお、普段、運動不足のもの達が手と栗鼠のブロックのような形になって運ばれていったのは内緒だ。
どきどき感も何もないな、とそれを持ってきた天人は、その時、つぶやいていたという――。
そんな、いつも通りの宴会の中、誰かが『何か出し物ないのー?』という声を上げる風景がある。
「今日はこれをやろうぜ!」
と、宴会の主犯格(表現的に間違いではない)、霧雨魔理沙が取り出したのはチョコスティック。
何をするのよ、と場所を提供している巫女さんが尋ねると、彼女はおもむろに一冊の本を取り出した。
「こいつはな、畝津祁莞夏慧牟っていうチキンレースらしいぜ」
「何それ?」
「物の本によると、かつて、中国のとある王朝時代に行われていたものでな。先端に猛毒を塗った刃物を左右に組み合わせたものを、二人の死刑囚が互いにくわえこみ、どこまでその刃を飲み込むことが出来るかという様を見て楽しむものだったらしい。
途中で刃を放せばそいつが死刑になって、完全に飲み込んでしまえば二人とも死んでしまうという物騒な遊びだったらしいんだが、勝者は無罪放免になれるってことで挑むものが絶えなかったらしいんだ」
ちなみに、魔理沙が持っている本には『民○書房』と書かれている。
「何、それ。んな物騒なことやろうっての?」
「で、最近だと、そういう物騒な要素は排除して、こういうお菓子を互いにくわえてだな」
ひょいと、チョコスティックをくわえる。
「で、反対側にもう一人がかじって、互いにお菓子を食べていくっていう遊びになったらしい。
もちろん、そのまま行けば……わかるよな?」
彼女はにやりと笑った。
その言いたいことがわかったのか、宴会に参加していた面々の大半が、それぞれ個別に、さまざまな表情を浮かべる。
「嫌いなやつとやるのが面白いらしいぜ」
やる奴、手をあげろー、と彼女。
しかし、当然のごとく、だーれも手をあげない。
「何だよ、つまんないな」
そりゃ当然だろう、と巫女さんは思った。
要するに、彼女の言うことを要約すると、『人前でキスをする勇気のある奴、手をあげろ』ということになるわけだ。
そうなる前にゲームから下りるというのも選択肢の一つだが、そもそも、そういうことを望むのは『望まない』ゲームへの参加者だけ。参加を希望する時点で、そういうことになるのを、ある程度は望んでいるということになる。
――耳をそばだててみれば、
「……ひ、人前でそんな……できるわけないじゃない……」
だの、
「魔理沙の奴……恥ずかしいとか思わないわけ……?」
だの、
「……これをチャンスに……いや、ダメダメ……そんな欲望に飲まれちゃ……ああ、だけど、今ならわたしでも……」
だのといった声が聞こえてくる。
誠、人間関係は複雑だ。
ともあれ、興が冷めると思ったのだろう。魔理沙はもう一度、『手をあげろー』と声を上げる。
「手をあげなかったら、私と霊夢でやっちゃうぞー」
……ま、別にいいけどさ、と巫女さんは思った。
場を盛り上げる程度に遊ぶなら、それもまたありだろう。ある意味、体を張ったゲームだからだ。もちろん、魔理沙も『そこまで』のことは望んでいまい。気心の知れている相手を『相手』として選んだことからもわかることだ。
「よーし、そんなら……」
と、そこで。
「はい」
挙手する人物がいた。
振り向いた先には守矢の巫女の姿。彼女はしとやかな笑みを浮かべたまま、「わたし、やります」と宣言する。
「おー、さっすがだなー!
よし、相手は誰だ! 私か!?」
「いえ。それはないです」
一言の元に否定され、魔理沙は思いっきり地面に手とひざをついた。何だかわかりやすい表現もありそうな気がしたが、この文面でそれを表現できないのが情けない。
「霊夢さん、よろしいですか?」
「え? わ、私? ちょい待ち、何で!?」
そして、相手として指名された巫女さんは、あからさまにうろたえた。心なしかほっぺたが赤い。
それを見て、極上の『酒の肴』を見つけた面々は、『やれやれー!』だの『勝ったほうに賞金出すわよー!』だのと煽り始める。
巫女さんは気づく。ここに集まっている奴らは、皆、『人の不幸は蜜の味』な連中ばかりだということを。
「いやいや、不幸……じゃないけど……違うっ!
早苗、落ち着いて! こいつらの策略に……!」
「はい」
「ふむっ」
「それじゃ、ゲームスタートですね」
いただきまーす、と彼女は巫女さんがくわえているのとは反対側を口にくわえると、
「早い!」
「積極的ねぇ」
「若いっていいわねぇ」
などというギャラリーの声が上がるほど、積極的にチョコスティックを食べていく。
巫女さんは体を後ろに引くのだが、悲しいかな、両者をつなぐスティックの長さには限界があった。やがて、程なく――、
「あー」
「ざんねーん」
「チョコスティック空気よめー!」
ぱきん、と二人の唇が重なる寸前で、それが折れてしまった。
内心、ほっと息をつく巫女さん。周りから、ぶーぶー文句の上がる中、
「霊夢さん、食べないんですか?」
「むぐ!?」
「それじゃ、もったいないので」
――と。
『おおーっ!』
場が沸き立った。そりゃもう、これ以上ないくらいに。
一部のちびっこ達の目がふさがれるシーンが終わると、
「……わたしだって、たまには積極的なんですよ?」
そのささやきに、巫女さんは後ろに向かってぶっ倒れたのだった。
「わー! 霊夢が倒れたぞ、おい!」
「刺激が強すぎたのよ!」
「何だかんだで、霊夢も、まだうぶだからね……」
「医者だ、医者! えーりんえーりん!」
「残念だけど、お医者様でも草津の湯でも、ほれた病は治りゃせぬ、っていうのよ。
というわけで、お大事に」
「……しっかし、あなたにしては大胆というか……」
「だって――」
にっこりと。
「たまにこういうことしないと、霊夢さん、前に進んでくれなさそうなんですもん」
その笑顔を見た、とある図書館の司書は言った。
「意外と、早苗さんって小悪魔なんですねー」
終劇
あなたのおかげで、さなれいむの素晴らしさに気付きました。
ありがとうございます!
ちゅっちゅ!ちゅっちゅ!
積極的な早苗さんがこんなにも素晴らしいとは。
霊夢も頑張れw
ところで、前作?の「恋風便り」が見つかりませぬ…