ひょう、と乾いた風が吹く。
冷たい空気に流されて、木の葉が向こうへ飛んでゆく。
月明かりの下、大きく波打つススキの海。辺り一面に広がって、風に任せて踊り続ける。
さわり、さわり。
しゃり、しゃり、しゃり。
一本道の遥か先、我が家を目指して歩き続ける。
心地よい、虫の音色に包まれて、八雲藍は歩き続ける。
りぃん、りぃん。
ころ、ころ、ころ。
びゅう、と強く煽られて、ひときわ大きく波が立つ。
飛ばされた落ち葉が一つ、くるり、くるりと宙を舞い、藍の頭に着地した。
なんとなく手に取り、光にかざしてみる。
紅葉は、楽しげに笑っていた。
ふと立ち止まり、ぼんやりと空を仰ぎ見る。
闇夜の中をゆっくりと、雲が流れて月を隠した。
しかし薄くたなびく切れ端では、隠しきれずにぼやけて光る。
真っ赤な紅葉を風に乗せ、藍は軽く地を蹴った。
ざわめく海のすぐ上を、風を追い越し駆けてゆく。
少し欠けた月の下、藍は一つ身を震わせて、温かい我が家に思いを馳せた。
○○○○○
「ただいま戻りました」
「藍、ちょっとこっちにいらっしゃい」
丁度玄関を開けた時、縁側の方から声がした。
まだ起きているなんて、珍しい。そういえば、前にもこんな事があった気が……。
鈍る思考を揺り起して、主の下へ向かう。
「お待たせしました。なんでしょうか?」
「……と、貴方は言う。でしょうか」
先手を打った紫の予言に、仕方なく藍も返した。
掛け布団にくるまって縁側に腰掛けている紫は、満足そうに頷き自分の隣を軽く叩く。一緒に座れ、ということだろう。
藍は欠伸を一つして、隣にそっと腰を下ろした。
「それで、用事はなんでしょうか?」
「あら、用事なんて無いわよ。強いて言えば、ここに座ること、かしら」
「私は早く温まりたいのですが……」
それに、今日は疲れたので早く寝たい。
心の声は押しとどめる。
と、紫様が私にぴたりと身体を寄せて、掛け布団の一端を私にかぶせた。
「これならいいでしょう?」
紫様は、腕をからめてにこりと笑う。
じわじわと、温もりが伝わってくる。疲れた体に、じわじわと。
「手があったかいわね。ここで寝ちゃってもいいのよ」
「いえ、大丈夫です。まだ着替えてもいませんし」
そう。と一言発した後は、黙りこくって空を見ていた。
穏やかな沈黙に身を任せ、睡魔の侵攻を容認する。
そのまま、どの位そうしていただろうか。ふと、紫様が月を見て呟いた。
「きれいね」
「……ええ」
鋭い光が、遮るものなく、私たちを照らしている。
月明りを受けて淡く光る雲が、暗い海を、ゆるり、ゆるりと泳いでいる。
私の意識も泳ぎ始めた。
「きれいですね」
「ふふっ……そうね」
私は、月を見て呟く。
薄い雲に覆われて、控えめに主張している。
雲は月にかぶさり、外へ、外へと光を拡散させる。
頭の中には霞が広がる。
やがて、紫の肩に控えめな重みが加わった。
○○○○○
ひょう、と乾いた風が吹く。
冷たい空気に流されて、庭の落ち葉が音をたてる。
木々が揺れ、新たに仲間が地に舞い降りた。
くるり、くるり。
かさ、かさ、かさ。
紫の隣で、藍がこくりと船をこぐ。
普段の理知的な表情はどこへやら、無垢な寝顔を晒している。
紫を信頼しきっているのだろう、安心感が口元を緩ませていた。
もう少しこのままでいたいが、ここで寝ていては風邪をひいてしまう。
よっこいしょ、と抱き上げて、寝室へと足を運ぶ。
大きい動作の割に、意外と起きないものだ。こうして抱いていると、昔を思い出す。藍がまだ八雲ではなかった頃を。
小さな面影が、ふと甦る。
しかし回想もそこそこに、藍を布団に寝かせ、しっかりと毛布をかけた。それから、少し考えて……自分も一緒にもぐりこむ。
しん、と束の間、風が凪ぐ。
突然支えを失って、木の葉が地面へ落ちてゆく。
庭のすぐ外、月の下。果てなく広がるススキの原。余韻で僅かに穂が揺れる。
ころり、ころり。
りん、りん、りん。
虫たちはまだ、眠らない。秋の夜は、これからだ。
おわり
この、ゆっくりと空気が流れていく感じ、とても良かったです!
とても気に入りました。
ゆっくりとした感じがとてもよかったです!