「ぐしゃぐしゃね。ちゃんと梳かしてる?」
「…」
「それ以前に、ちゃんとお風呂入ってる?」
ここのとこ、涼しく気持ちいい日々が続いている。
気分が良いし、特に早朝夜明け頃なんて、最高の空気。
季節の変わり目の新鮮な空気って、大好き。
もちろん風邪を引くような馬鹿な真似はしない。都会派だから。
「…確かに、昨日は風呂に入ってない。徹夜明けだしな」
「やっぱり。薄汚い顔をしてるもの」
「だが、そこまで言うことはないだろ?」
夜明け頃の都会派な散歩中、やけに髪がベタついている魔理沙に会った。
爽やかな空気を汚すような、そんな腐った雰囲気をまとっている魔理沙。
その事を素直に告げてあげると、この反応。
ちょっとは感謝してくれてもいいのに。
「第一、いつでも完璧な人間なんていないんだよ。なぁ?」
「近寄らないで。汗臭さが凄いから」
「…私だって、女の子なんだぜ?」
少し嫌味なことを言っているのは、自覚してるつもり。
でも、私は正直者でありたいの。
そのきっかけは、数日前に出会ったあの小鬼。
「うおぉ。あんた、外に出るんだ」
「…えぇ、まぁ」
朝日が眩しいこの時間帯。やって来たのは博霊神社。
もちろん、いつも通り大した用事はない。
いい天気だから、散歩してただけ。その寄り道。
「霊夢は?」
「寝てる。急用なら起こそうか? そうには見えないけど」
「仰る通りで」
「ん? 起こした方がいいのか?」
「そっちじゃなくて」
縁側でぐったりしている彼女、萃香を今日の暇潰し相手に決定。
珍しく、お酒は入ってないみたい。
まぁ、朝っぱらから飲んでたら…それもそれで。ねぇ。
「なぁ。あんた、普段何してるんだ?」
「人形劇。一人で演じて、一人で観て、一人で満足するの」
「…楽しいのか、それ」
彼女の隣に座ると、私が暇なのを察してくれたみたい。
会話の無い、気まずい雰囲気になる前に話を振ってくれた。
…ちょっと距離を置かれたけれど。
「楽しいわよ。何においても、やり遂げる達成感っていうのはいいものよね」
「でも、やっぱり一人じゃ寂しいだろう?」
「一人じゃないと、感じれない気持ちもあるのよ」
宴会騒ぎが大好きな彼女には、ちょっと難しいかもしれない。
一人の時間が多いと、それだけ他人についての興味が湧いてくる。
自分とは違う生き方、それに想像を膨らませるのも面白い。
「ほほう。例えば…どんなの?」
「人形劇って、当然だけど色んな人形、いや、登場人物がいるじゃない?」
「まぁ、そうだな」
「で、その各々の性格、考え方は違うのよ」
「一緒じゃ、面白くないしな」
「でも、その台本を考えるのは私一人。私一人で、色んな考え方を考えるの」
…ふふん。
なんか、自分で言ってて気分が良くなってきた。
こう、なんていうか。後輩に人生論を語ってるみたいで。
伊吹さん、強く生きなさいよ。なんて。
「で、その過程が面白いのよ。色んな考え方を理解できて」
「へぇ…なんか、屁理屈っぽくないか?」
「え?」
「第一、それが何で一人じゃないといけないんだ? 二人三人だと、もっと考え方のパターンも広がるだろうに」
…この小鬼。
せっかく良い気分だったのに。もうちょっと語らせてくれてもよかったのに。
何だろう。今なら、意地悪な姑になれる。
ちょっと、萃香さん。ここ、埃が残ってますよ。なんて。
「演じる時の話よ。他人が観てると、少なからず緊張するわ。台詞間違えないかな、とか」
「そういうもんかね?」
「そういうもんなの。だから一人だと、その役に集中できるの。それがいいんじゃない」
よしよし。
また、私が優位に立てた気がする。口喧嘩してるわけじゃないけど。
この調子でもう一声。
「それに。他人の考えを理解できるようになったら、円滑な関係を作りやすいし」
「…」
「誰にだって、自分の考え方に合う考え方があるのよ。だから、色んな考え方を理解しておくと…」
「その都度その都度、相手に応じた自分を演じられるってわけだな?」
「そう。相手が満足する自分を演じればいいんだから」
分かってるじゃない。
この語りつくした達成感、なかなか味わえない。
今日は良い日。良い天気。大万歳。
「…私は、今のあんたに満足できないな」
「…?」
「常に演じているんだろう、自分の性格を、考えを。偽っているんだろう?」
「…言い方を変えれば、そうなるわね」
なんか、不満気なご様子で。
何か気に障ることを…そうだ、彼女は鬼だった。
こういうの、許せないんだろうなぁ。
「そんなあんたを、誰が信用してくれる? 誰が好いてくれるんだ?」
「…今あなたに語ったことは、演じてない、元々の私のつもりだけど」
「それは光栄だね。だけど、そういう問題じゃない」
誰が信用してくれる。誰が好いてくれる。
それはそうかもしれない。ただ、私はそこまで信用してもらいたい、好いてもらいたいとは思わない。
そりゃあ、どっちかと言えば信用され、好かれた方かいいけど。
「あんただって、寂しい時はあるだろう?」
「…まぁ」
「もう少し正直に生きても、いいんじゃないか。気楽にさ」
さっきまでの厳しい顔つきとは違い、元のだらけた表情に戻った彼女。
…確かに、今まで正直一本に生きたことは無かった。
結果として私の考えは変わらないとしても、一度演じて、経験してみるのはいいかもしれない。
「…ありがとう。勉強になったわ」
「結局はあんたのことだからね。そう私が口出しすることじゃ無かったかもしれん。ごめんな」
「…あら、アリス。来てたの…ふぁぁ」
何とまぁ、素晴らしいタイミングで起きてきた霊夢。
きっと、次には萃香が「よっしゃ、朝飯にしよう! せっかくだからアリスも食べてけ!」とか言うんだろう。
都会派な私には分かる。
「じゃ、朝ご飯にしようかしら。ほら、アリスも食べてく?」
「…えぇ、ありがとう」
「大丈夫だよ。まだ今日は食用のものを出してくれるから」
食用じゃないものを出す日を教えておいてほしいけど、それはまた次の機会に。
何より、都会派な私の予測が五十点な結果に終わったことが悔しい。
まぁ、今朝はそれ以上の収穫があったからよしとしよう。
さ、朝ご飯だ。
「すぐにお風呂行って。で、さっさと消毒して」
「…アリスにとって、私は細菌は何かか?」
「その薄汚さは毒と一緒よ」
そうして、今は魔理沙を風呂場へ連行中。
この汗臭い匂いがつかないように、一定の距離をとって。
…無理だ。後で消臭しないと。人形達も。
「うわ、くっさ。よくもまぁ、こんな服着てられたわね」
「やめてくれ。私も女の子だ。ガラスの心なんだよ」
「しかも、髪は酷い乱れ様。よく外を出歩けたものよね」
「…おい、アリス。私が何かしたか? 何か恨みでもあるのか?」
「いいから。さっさと消毒してきて」
魔理沙を風呂場に押し込み、リビングへと避難する。
今のうちに、魔理沙に合う服を用意しておかないと。
せっかく綺麗になっても、あの汗臭い服を再び着られちゃ意味がない。
「これは…ダメね。魔理沙にはもったいない」
…萃香に忠告されてから、一人言が多くなった。
正直さを意識するあまり、心に浮かんだことをそのまま口にするようになったのかもしれない。
でも、不思議と嫌な気はしない。むしろ、すっきり爽やかいい気分。
これで信用され、好かれるというんだから堪らない。
「おーい、アリスー。服がないぞー」
「早すぎるわ、ちゃんと消毒して」
今まで正直に生きてこなかった私だから。
こういう生き方も、新鮮でいい。
さて、魔理沙にはもう少し付き合ってもらおう。
流石、都会派は伊達じゃない。
作者さんは都会派ではなかった様で。
喜ぶべきか、悲しむb……喜ぶべきですね。
そういうものも幻想入りしちゃった感じが少しだけしました。
語る萃香は良いですね。特に酔っ払いながらというところが。
魔理沙は慣れるまで毎回(´・ω・`)ってなりそうで、想像したらかわいかったです
そしてアリスは何処までも都会派ですねw
>…私だって、女の子なんだぜ?
何コレ可愛い魔理沙可愛い死にそうなのぜどうしてくれる。
今回も楽しんで読ませてもらいました!
って涙目になる魔理沙を幻視余裕でした
不器用なアリスも実に可愛いよ!