「お一人ですか?」
騒がしい中、そんな声がした。
ぬえがふと顔を上げると、そこには早苗が立っていた。もう夏も終わり、風が冷たく感じられるようになってきたというのに、それでもいつもと変わらない薄い巫女装束。ぬえは、見ているこっちが寒くなると思った。
「えっと、確か緑の巫女だったわね」
「東風谷です。東風谷早苗。人呼んで、現人神」
「んで? その現人神さんが何の用?」
「いえ、ただ一人で居るように見えたので、気分でも悪いのかなーと」
現在、もはや定番となりつつある博麗神社での宴会中だ。
周りを見れば、普段仲が良さそうな者から、全く接点がなさそうな者まで、ごちゃ混ぜになって騒いでいる。もちろん、静かにお酒を飲むのを好む者もいるが、そういうタイプでも、必ず誰かが近くに居る。一人だけ、というのは居なかった。
そのせいか、輪から外れ闇に潜むかのように一本の木の根元にひっそりと座っているぬえは、早苗から見れば不思議に思えたのだ。
「別に。ただ、一人で飲む酒ってのも悪くないもんなのよ。それに、こういう空気はあまり肌に合わないの」
「騒がしいのは、嫌いですか?」
「いんや、どっちかっていうと強引な緑の巫女の方が嫌いかもね」
「な、わ、私が何をしたというのです」
「以前は無理矢理写真を撮られ、そして今は私の一人酒を邪魔してるもの」
「うぐぅ……」
ぬえはニヤニヤと意地悪い笑みを浮かべて、そう言った。
嘘ならともかく、実際それは事実なわけだから、反論出来ない。ハッキリと嫌っていると言われ、早苗はさすがに少し悲しくなる。
しゅん、と肩を落とす。
「あはは、冗談冗談。別に嫌いってわけじゃないわよ。だからほら、そんな悲しそうな顔しないでよ。酒が不味くなるし、鬱陶しいから」
「むむむ、ぬえさんは意外と毒をさらっと吐きますね」
「私は正直者だからねー」
ぬえはけらけらと笑った。
そんなぬえに、早苗はため息一つ。そして、隣に座った。肩が触れるか触れないか、そんな距離。
ジトっとした目で、早苗を睨む。
「む、何? なんで隣り座るわけ?」
「別に嫌いってわけではないんですよね? なら、別にいいじゃないですか」
「答えになってない気がするんだけど」
「まぁまぁ、お気になさらず。ほら、私は強引ですから」
「……割と根に持ってるわね。はぁ、まーいいけどさ」
片手に持っていたお酒を、くいっと飲む。ぷはぁと息を吐いた後、早苗の方を見た。
「あんたも飲みなよ」
「私、そんなにお酒得意じゃないので」
「……あんた、宴会に何しに来てるのさ」
「うーん、あまりお酒が飲めなくても、この空気は好きですから」
早苗はふわっと柔らかい笑みを浮かべる。そんな早苗の視線の先には、輪の中でぎゃあぎゃあと騒ぐ神様がいた。魔理沙や萃香と飲み比べをしている神奈子、咲夜や妖夢と一緒に料理を配っている諏訪子。
「お二人が本当に楽しんでらっしゃるので、私も楽しいです」
「へぇ~大切な人なんだ」
「はい、大切な家族ですから」
「家族、ねぇ……」
ぬえには分からなかった。
家族というものはそもそもいないし、家族のように親しいという相手も別段いるわけではなかったからだ。
「私には一生分かりそうにないわね」
「あれ? でも、ぬえさん今は命蓮寺の方々と一緒に過ごしている筈では?」
「暇だから居るって感じで、別にそんなあんたのとこのように親しいわけじゃあないわ。仲が悪いってわけでもないけどね」
そう言って、またお酒を一口。さっきよりも、アルコールがきついように感じたのは、きっと気のせいだろう。
早苗はそれを聞いて、何やら考え込む。自分の顎に手を添え、典型的ないかにも考えていますといったポーズだ。
「なぁに考え込んでるの?」
「……ぬえさん!」
「わぁっ!? な、何よ突然大声出して!」
「私のこと、早苗お姉ちゃんって呼んでも良いんですよ?」
「もう帰れよ」
「凄い冷静に一蹴された!? な、なんでですか!」
ぬえからすれば、こっちがなんでそうなったのかと訊きたい気分だった。前々からおかしな人物だと思ってはいたが、ここまでおかしいとは。そんなことを思い、わざとらしく、大きくため息を吐いた。
「あのさぁ、意味が分かんないわけ」
「え? ぬえさんに家族のぬくもりを感じてもらおうかと」
「いらんお世話だよ。大体、家族はともかく、なんで私が妹なのさ? 年齢的に、私が姉でしょうに」
「だって……ぬえさん、見た目幼いですし。それにほら、私よりもぺったんこですし」
「よーし、私その喧嘩買っちゃうよー」
今日一番の笑顔でぬえが立ち上がったが、早苗が無理矢理再び座らせる。
「落ち着いて下さい、私は真実をそのまま言っただけです。悪意はありません」
「よーし、やっぱり喧嘩売ってるなこのやろー」
再び立ち上がり、拳を構えるぬえ。
「ほら、そういうすぐむきになるところが、子どもっぽいんですよ。大人の女性なら、私のようにもっと冷静に、何事にも動じないオリハルコンの心が必要です」
「オリハルコンが何かは知らないけど。……常識にとらわれない(笑)素晴らしい巫女さんは流石ね」
「あれ? あれれ? 私今、物凄くかちんときたんですけど。凄い馬鹿にされた気がしたのですが。よし、その喧嘩買いましょうか」
「あんたも子どもじゃない」
「はっ!? ぬえさんの巧みな罠に嵌められました!」
「うん、とりあえず座ろうか馬鹿」
二人とも、一旦落ち着く。
また座り、今度は早苗も一杯いただく。そして、互いにふぅっと一息。
「では、ぬえさん。改めて、早苗お姉ちゃんって呼んでみてください」
「まだ引っ張るの? もうどうでもいいじゃない」
「大体ぬえさんは失礼です。私は『あんた』じゃなくて、東風谷早苗と言う立派な名前があります。なのにさっきから、あんたあんたって……もうこれは、私のことをしっかりと早苗お姉ちゃんと呼んでくれるまで許しませんよ?」
「いや、お姉ちゃんは不要でしょ」
騙されないわよ、とツッコミを入れるぬえ。
早苗はうぐぐー、と悔しそうにしている。
「じゃあ、ここは百歩譲って早苗お母さんで」
「よりハードル高くなったわね」
「もう我侭ばっかり! ぬえ、お姉ちゃんの言うことちゃんと聞きなさい! おやつ抜きにしますよ!」
「なんか勝手に姉妹始めたし!?」
何これ面倒くさい。ぬえは、純粋にそう思った。
しかし、これはどうやら言わないと終わりそうにない気配だ。悩むぬえ。
「せめて、早苗お姉ちゃんってのはやめよう。変に恥ずかしいわ」
「むぅ、なら何がいいんです?」
「……さな姉とか」
「さなねぇぇぇぇぇぇ!? ありです! 実にありです!」
「な、なんか怖いんだけど」
物凄い勢いで両腕をぱたぱたとさせ、お酒を飲んだわけでもないのにテンションがマックスになっている。
そんな早苗の様子に、思わずぬえは引いた。
「じゃあ今度からそう呼んでくださいね」
「はぁ!? 今日だけじゃないの!?」
「当たり前です! 大丈夫、私もちゃんとぬえって呼びますから」
「むしろ呼び捨てになって、上下関係が決まった気がするんだけど!」
「我侭娘さんですねぇ……もうっ」
いかにも、ぬえが悪いといったような空気を作りだす。
しかし、ぬえは何一つ悪くない。むしろ、正論しか言ってない。なんて自分勝手な、といより自由気ままなやつなんだ。と、ある意味尊敬した。
「じゃあ、ぬえちゃんって呼びましょうか」
「……は?」
「ぬえちゃん、ぬえちゃん……うん、可愛いのでこれにしましょう。ね、ぬえちゃんっ」
「ちょ、ちょっと待ったぁ! それ余計に恥ずかしくてたまらないんだけど! というか、なんであんたは本当に予想の斜め上をいくことばかりっ!」
「あんた、じゃないですよね?」
早苗の大きな瞳で、じぃっと睨まれる。
ただそれだけのことなのに、明らかにぬえは悪くないのに、思わずびくっと体を震わせた。何か逆らえないような、恐怖とはまた違った強制力。
「……さな姉」
「はい、よく出来ました~」
「わっ、頭撫でないでよ!」
「頭を撫でられるのは嫌いですか?」
「いや、どちらかというと安心感とか感じられて好きだけど……じゃなくて!」
「あぁーつまり、ぬえちゃんは恥ずかしがり屋ってことですね」
「~っ!?」
「えへへ、可愛い可愛い」
長年生きてきたはずの自分が、若い人間一人にここまで遊ばれている。その事実に、ぬえは戸惑いを隠せなかった。
頭を撫でる手を払っても、にへーとした緩い笑顔を浮かべてまた撫でてくる。
しばらくは抵抗していたが、それも無駄だと悟り、もう大人しく撫でられることにした。
「早苗はさー」
「違いますよね?」
「……さな姉は、本当に変な奴だね」
「あれ? 喧嘩売られてます? 怒りますよ? 怒って、全力で愛でますよ?」
「それ本当に怖いんだけど」
「あはは、冗談半分ですよ。そんなに警戒しなくても大丈夫ですって」
「半分本気なんじゃん。はぁ……厄介な奴に目を付けられたなぁ」
「そういうこと、普通は思ってても口に出さないと思うんですけど」
「あぁごめん、私は正直者だから」
「よし、お仕置きです。私の膝の上に座ってください」
「嫌だよ!?」
なんてことない会話の中に、さらっと変なことを混ぜてくる。ぬえは、会話も警戒しておかないといけないと心に決めた。
「あー本当、なんでこんなことになったんだろう」
「嫌でしたか?」
「嫌っていうか、恥ずかしいよ」
「慣れちゃえば大丈夫ですよ」
「出来れば慣れたくはないなぁ」
「さて、それじゃあ――」
早苗はゆっくりと立ち上がり、座っているぬえの手を引っ張って無理矢理立たせた。
突然のことに体勢を崩しかけるが、倒れかけたぬえを早苗がしっかりと胸に抱きとめた。ふにゅり、と自分よりも明らかに大きい感触がして、ぬえは一瞬噛みついてやろうかと思った。
「行きましょうか」
「え、ちょ、わけわかんないって! 何処行くの?」
「このまま二人きりというのも悪くないですが、やっぱり大勢で騒いだ方が楽しいと思いますから。ぬえちゃんにも、この楽しさを感じて欲しいですし」
「だ、だから私には肌に合わないからいいって」
「ご安心を! 不安もあるでしょうが、そんなときはこの早苗お姉ちゃんを頼ってくれて良いんですよ!」
とても良い笑顔で、早苗は言った。
もうどうせ、何を言っても聞かないのだろうと分かっているぬえは、ため息を吐きながら観念した。
「もうっ、酔っ払いに絡まれて面倒なことになったら、全部さな姉に押しつけるからね!」
「ばっちこいです!」
こうして、ぬえは早苗に手を引かれ、輪の中へと入って行った。
わいわいきゃあきゃあと楽しそうな声が、輪の中から二つ、増えた。
ぬえが恥ずかしげに「さな姉」と言う場面を想像すると……にやにや。
いつの日か、ダブスポでぬえに会いたいものです。
さな姉ー、グハッ!!
すごく楽しそう。二人のやりとりをそばで眺めてるみたい。
作文でもよく「表現力がない」と言われる僕には無いもの。
いつか絶対に身に付けてやりますよ!
楽しかった!
ぬえちゃんももちろん可愛いのですが
早苗さんがとてもとても良いです!
余りのぬえの可愛さに死にそうです。ていうか死にました。最高です。
素晴らしい物を見せて頂き、有り難う御座いました!
もっと増えないかなぁ
まあ、早苗さんだからいいんですけどね
ぬえ~ん♪
本当に書いてくださったとは……ありがとうございます!
「さな姉」と恥ずかしがりながら言うぬえ……想像するとニヤニヤが止まりません!
早苗さんのほうも相変わらずで……あぁもうさなぬえ最高!
本当にありがとうございした!
このさなぬえはほんとうにGJ!
ジェネリックでは点数付けられないけど向こうなら200点、いや1000点入れる!
強引な早苗さん、可愛いなぁ、可愛いなぁ!
>じゃあ、ここは百歩譲って早苗お母さんで
大分お年を召されたようですが、早苗さんはそれでいいのでしょうかw
ダブスポは時間かければ一部除いて楽ですよ! 特にEX!
>>桜田ぴよこ様
初めて書きましたー。
>>華彩神護.K様
あーそこは一回目の壁ですねー。
>>ケトゥアン様
師匠じゃないですってばw
>>5様
ありがたきお言葉。
>>6様
一日に2本は久し振りでしたっ!
>>7様
ぬえは可愛いですよねっ!
>>唯様
可愛いものは正義です!
>>9様
マイナーですよねw
>>10様
早苗さんだからこそ、出来る行動かもしれませんw
>>11様
甘くはないですよっ!
>>こじろー様
ぬえー。
>>自由人サキ様
楽しんでもらえて、なによりです。
>>14様
早苗さんは美味しいポジション!
>>薬漬様
そ、そこまでですかっ!?
>>けやっきー様
母性が開化するかもしれませんw