見て、と彼女が指差す先、向こう百里は続いていそうなくらい壮大に広がる、燃
えるような紅と深淵に沈み込むような紺のコントラスト。
その奥にみえたのは神聖な祠。
この社を神社たるものにしているのは、そこにおわします神なのだと、直感で察
した。古びた祠ではあるが、手入れが行き届いている様がうかがえる。
「どうあっても、この社はただの褸屋にはならないでしょうね」
そう言って、永琳はすっと上げた腕を伸ばす。示した先にはかつては朱塗りであ
っただろう、今は黒ずんだ木肌の上に煤けた赤をところどころに纏うのみの朽ち
かけた鳥居がある。
そうでしょうね、と返す咲夜はお猪口に手を伸ばす。透明な液体をその薄い桜色
の唇で受け止め、静かに飲み下す。その際に伏せられた髪色と揃いの銀の睫毛が、コバルトの瞳を縁取って、不意に差し込んできた月光を跳ね返して煌めいた。
一息にお猪口を空けてふう、と息をついた彼女は、些か目元が赤く普段よりもずっと艶めいてみえる。
「いい飲みっぷりね」
「ありがとう」
永琳の称賛を流しつつ、咲夜は空のお猪口に酒を注ぐ。また、飲む。また注ぐ。
飲む。
その勢いは止まることなく、寧ろ増していく一方。
ハイペースな飲みっぷりの咲夜に気づかれぬように永琳は静かに薄く笑む。
彼女の淡いグレイの瞳の奥で、記憶は数時間前に遡っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「次の方」
夕方になり、患者もほとんどいなくなった永遠亭に、永琳の声が響く。
すると診察室の扉が開いて、人が入ってくる。
紅魔館のメイド長、十六夜咲夜だった。
静かに入ってきて、永琳の向かいの椅子に腰掛ける。
「今日はどのような症状で?」
「最近調子がどうも優れなくて」
「具体的には」
「頭痛、倦怠感など、ね」
さらさらとカルテに書き込む。
彼女が来ている理由など、十中八九は分かっているけれど、敢えて、問う。
じりじりと、焦らすように。
「思い当たる節はある?」
「そうね…、恋人が構ってくれない…とか」
ほら。こうしてすぐに尻尾をだす。
犬は追い掛けると逃げる。でもこちらが追い掛けるのを止めると、立ち止まって。
それでも、その犬が焦れてこちらにやって来るのを、じっと。待つ。
「他は?」
「分かっているクセに。先生は意地悪ね」
「仕方ないわ。こういう仕事なのですから」
つん、と澄ました様が何故か可笑しくて、わざとらしく突き放す。
咲夜は床に視線を落とす。
呟くように言葉を発す。
「……お休み、貰ったの」
「良かったじゃない」
「今日の夜と、明日いっぱい」
「そう。ゆっくり休みなさいな」
ため息が聞こえた。
「わからないの?」
「何の事か、さっぱり」
永琳の肩に咲夜の手が触れる。
きゅっと力が篭って、掴まれる。
煙色の瞳と、夜色の瞳がかちあう。
どちらとも、視線を外す事はない。
沈黙が暫し、空気にまぎれて辺りを支配する。
「仕方ないわね」
重く沈みかけたそれを切ったのは永琳の声。咲夜は黙ったままだ。
かたん、と音を立ててペンとカルテを机に置けば空いた左手を咲夜の左手に乗せ
る。手の甲から手首へと指を滑らせると、緩やかに咲夜の細い手首を掴む。
そして永琳は目を細めて、低く、囁くような音量で告げた。
―誰そ彼時を一時間過ぎた頃に、竹林の外れの社で。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「えいりん」
やけに甘ったるい咲夜の声で、永琳は現実に引き戻された。
「ねえ、きついのね、このお酒」
ぐっと衿元を掴み引き寄せられる。もう目の前には、紅く染まった、咲夜の瞳。
能力を使うとき、感情が高ぶったとき。咲夜の瞳は人ならざるもののような色合
いに染まる。
永琳はそのルビーみたいに妖しく輝く双眸がいたく気に入っていた。
悪魔のようなその色に魅入られるような感覚を覚えながら、それでも永琳はしら
を切り通す。
「さあ…銘柄を見ずに持ってきたから」
聞いた本人は答えをあまり気にしていないようで、空いた片手で自身のリボンタ
イを解く。つやめいた唇が動く。
「何だかもう、焼けるみたいに熱くて、あつくて」
とろりと紅色の瞳が細められたかと思うと、唇が触れ合う柔らかな濡れた感触。
半開きになった永琳の口の中へ、咲夜の舌が侵入する。違和感に逃げる永琳のそ
れを捕らえて、裏側を舌先で撫で上げると、永琳の身体が大きく揺れる。
歯の裏をざらりと撫でて、また舌を吮り水音を立てると、二人の唾液が混ざる。
幾許かの名残惜しさと熱を残して咲夜が離れると、二人の間に透明な糸が残り、
すぐにぷつりと切れた。
永琳は、唇を伝い滴りかけた深いキスの名残を手で強引に拭い取ると俯いてしな
垂れかかる咲夜の背中に腕を回す。童をあやすように柔らかく優しく背中を叩き
ながら、口では甘美に誘うように言葉を紡ぐ。
「それで、熱を冷ましたい。ということ?」
小さく首肯をを返した咲夜の肩を掴み一度、距離を取る。
視線をかみ合わせると、永琳は口許だけで微笑(わら)う。
「ちゃんと言わないと、私にはわからないわ」
ぐっ、と咲夜が唾を飲み込む。黙り込む。その頬は酒のせいではない赤さを持つ。
一度瞬きをすると彼女は、永琳に向き直って、上擦った声で言う。
「身体が、熱いの。……熱を、冷まして」
蠱惑する色を持つ声と煽情的な眼差しに、永琳の喉元が思わず動く。
よくできましたと妖艶にわらって、永琳は咲夜を畳へゆっくりと押し倒した。
えるような紅と深淵に沈み込むような紺のコントラスト。
その奥にみえたのは神聖な祠。
この社を神社たるものにしているのは、そこにおわします神なのだと、直感で察
した。古びた祠ではあるが、手入れが行き届いている様がうかがえる。
「どうあっても、この社はただの褸屋にはならないでしょうね」
そう言って、永琳はすっと上げた腕を伸ばす。示した先にはかつては朱塗りであ
っただろう、今は黒ずんだ木肌の上に煤けた赤をところどころに纏うのみの朽ち
かけた鳥居がある。
そうでしょうね、と返す咲夜はお猪口に手を伸ばす。透明な液体をその薄い桜色
の唇で受け止め、静かに飲み下す。その際に伏せられた髪色と揃いの銀の睫毛が、コバルトの瞳を縁取って、不意に差し込んできた月光を跳ね返して煌めいた。
一息にお猪口を空けてふう、と息をついた彼女は、些か目元が赤く普段よりもずっと艶めいてみえる。
「いい飲みっぷりね」
「ありがとう」
永琳の称賛を流しつつ、咲夜は空のお猪口に酒を注ぐ。また、飲む。また注ぐ。
飲む。
その勢いは止まることなく、寧ろ増していく一方。
ハイペースな飲みっぷりの咲夜に気づかれぬように永琳は静かに薄く笑む。
彼女の淡いグレイの瞳の奥で、記憶は数時間前に遡っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「次の方」
夕方になり、患者もほとんどいなくなった永遠亭に、永琳の声が響く。
すると診察室の扉が開いて、人が入ってくる。
紅魔館のメイド長、十六夜咲夜だった。
静かに入ってきて、永琳の向かいの椅子に腰掛ける。
「今日はどのような症状で?」
「最近調子がどうも優れなくて」
「具体的には」
「頭痛、倦怠感など、ね」
さらさらとカルテに書き込む。
彼女が来ている理由など、十中八九は分かっているけれど、敢えて、問う。
じりじりと、焦らすように。
「思い当たる節はある?」
「そうね…、恋人が構ってくれない…とか」
ほら。こうしてすぐに尻尾をだす。
犬は追い掛けると逃げる。でもこちらが追い掛けるのを止めると、立ち止まって。
それでも、その犬が焦れてこちらにやって来るのを、じっと。待つ。
「他は?」
「分かっているクセに。先生は意地悪ね」
「仕方ないわ。こういう仕事なのですから」
つん、と澄ました様が何故か可笑しくて、わざとらしく突き放す。
咲夜は床に視線を落とす。
呟くように言葉を発す。
「……お休み、貰ったの」
「良かったじゃない」
「今日の夜と、明日いっぱい」
「そう。ゆっくり休みなさいな」
ため息が聞こえた。
「わからないの?」
「何の事か、さっぱり」
永琳の肩に咲夜の手が触れる。
きゅっと力が篭って、掴まれる。
煙色の瞳と、夜色の瞳がかちあう。
どちらとも、視線を外す事はない。
沈黙が暫し、空気にまぎれて辺りを支配する。
「仕方ないわね」
重く沈みかけたそれを切ったのは永琳の声。咲夜は黙ったままだ。
かたん、と音を立ててペンとカルテを机に置けば空いた左手を咲夜の左手に乗せ
る。手の甲から手首へと指を滑らせると、緩やかに咲夜の細い手首を掴む。
そして永琳は目を細めて、低く、囁くような音量で告げた。
―誰そ彼時を一時間過ぎた頃に、竹林の外れの社で。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「えいりん」
やけに甘ったるい咲夜の声で、永琳は現実に引き戻された。
「ねえ、きついのね、このお酒」
ぐっと衿元を掴み引き寄せられる。もう目の前には、紅く染まった、咲夜の瞳。
能力を使うとき、感情が高ぶったとき。咲夜の瞳は人ならざるもののような色合
いに染まる。
永琳はそのルビーみたいに妖しく輝く双眸がいたく気に入っていた。
悪魔のようなその色に魅入られるような感覚を覚えながら、それでも永琳はしら
を切り通す。
「さあ…銘柄を見ずに持ってきたから」
聞いた本人は答えをあまり気にしていないようで、空いた片手で自身のリボンタ
イを解く。つやめいた唇が動く。
「何だかもう、焼けるみたいに熱くて、あつくて」
とろりと紅色の瞳が細められたかと思うと、唇が触れ合う柔らかな濡れた感触。
半開きになった永琳の口の中へ、咲夜の舌が侵入する。違和感に逃げる永琳のそ
れを捕らえて、裏側を舌先で撫で上げると、永琳の身体が大きく揺れる。
歯の裏をざらりと撫でて、また舌を吮り水音を立てると、二人の唾液が混ざる。
幾許かの名残惜しさと熱を残して咲夜が離れると、二人の間に透明な糸が残り、
すぐにぷつりと切れた。
永琳は、唇を伝い滴りかけた深いキスの名残を手で強引に拭い取ると俯いてしな
垂れかかる咲夜の背中に腕を回す。童をあやすように柔らかく優しく背中を叩き
ながら、口では甘美に誘うように言葉を紡ぐ。
「それで、熱を冷ましたい。ということ?」
小さく首肯をを返した咲夜の肩を掴み一度、距離を取る。
視線をかみ合わせると、永琳は口許だけで微笑(わら)う。
「ちゃんと言わないと、私にはわからないわ」
ぐっ、と咲夜が唾を飲み込む。黙り込む。その頬は酒のせいではない赤さを持つ。
一度瞬きをすると彼女は、永琳に向き直って、上擦った声で言う。
「身体が、熱いの。……熱を、冷まして」
蠱惑する色を持つ声と煽情的な眼差しに、永琳の喉元が思わず動く。
よくできましたと妖艶にわらって、永琳は咲夜を畳へゆっくりと押し倒した。
素晴らしいえーさくでした!
それはともかく、あなたの書くえーさくは何でこんなに妖艶なんだろう…
雰囲気の描写がとても上手でした!
奇声を発する程度の能力さん>
お褒めの言葉を頂けて嬉しいです。ありがとう御座います。
けやっきーさん>
えーさくは、いいですぞ…!
妖艶でしょうか?多分二人がそういう雰囲気だから・・・(笑)
ありがとう御座います。
コメントありがとう御座いました!