「はろー」
「あら、良く来たわね、素敵な賽銭箱はあっちよ」
「私はあなたに会いに来たのだけど」
「お帰りの階段はそっちよ」
「ぐすん、冷たいのね。折角恋人が来てあげたっていうのに」
「誰が恋人よ!」
「まあ良いわ、勝手にお邪魔しますわ」
いよいよ寒さが厳しくなってきた秋の暮れの夕方。
いつものように私が参道の掃除をしていると、いつものように紫がやってきた。
最近は、毎日こうだ。
いや、毎年この時期の日課、といった方が正しいかしら。
冬が近くなると、私の周りに紫がひょこひょこ顔を出すようになる。
スキマから。
そして、なんとなく神社で寛いでいって、なんとなく帰っていく。
スキマから。
時々泊まっていく。その時は、翌朝に「あらやだ、朝帰りね、霊夢っ」なんて
茶化しながら、朝食の後に帰っていく。
やっぱり、スキマから。
◇
「で、今日は何の用よ」
一人で悠々と縁側に腰を下ろしている紫に呆れつつ、期待せずに聞いてみる。
「恋人に会いに来るのに理由が要るの?」
「はいはい」
私は紫への問い掛けを諦め、お茶を用意しに台所へ向かう。
お茶っ葉はまだ新しいが、私が飲むほうの湯のみから先にお茶を淹れる。
その後、紫に出すほうの湯のみにお茶を淹れる。
紫の方がちょっとだけ、出涸らし。
少し気分を良くした私は、二つの湯のみを載せたお盆を持って縁側に行き、
紫にお茶を渡しつつ、自分も紫の隣に腰を下ろした。
「お茶請けは無いのかしら?」
図々しくもお茶請けまで要求してくる客人に、私はなるべく素っ気無く答える。
「あんたの話」
「あらあら、霊夢が私に話を求めるなんて珍しい」
「面白くなかったら承知しないわよ」
それから私たちはお茶を飲みながら、結界の緩みがどうだとか、お賽銭がどうだとか、
天人がまた何か企んでいるだとか、最近神社に来るようになった仙人の事だとかを、
取り留めもなく話し合った。
◇
時刻はそろそろ酉の刻といったところだろうか。
見上げる空はもう真っ暗だ。
私と紫は、とうに無くなったお茶を注ぎ足す事もせず、相変わらず縁側に
並んで腰掛けていた。
私は、軽々しさを装って、聞いた。
「あんた、今年はあとどれくらい居るの」
「そうねぇ…あと半月といったところかしら」
「そう」
紫は、事も無げに言った。まるで、ちょっと人里まで買い物に行ってくるわ、
とでもいうような、些細な事のように。
紫のような妖怪にとっては、数ヶ月という期間は取るに足らない時間だと
いう事かもしれない。
でも、人間の私にとっては…。
不意に、つつーっと涙が一筋、頬を伝うのを感じた。
「霊夢…泣いているの?」
焦る様子も無く、心配する素振りも見せず、唯々優しく紫が問いかけてきた。
「ぐす、ふぇ、ふぇぇ…」
「あらあら」
どうしてかしら。毎年の事なのに、始めからこうなるって分かってるのに。
数ヶ月会えないって思うだけで、流れ出した涙が止まらない。
「うぅぅ、うっ、ゆかり、ゆかりぃ…」
嗚咽混じりの情けない姿の私を、紫が何も言わずに受け止めてくれたのが
有難かった。
◇
霊夢が泣いている。私の腕の中で。きっと、私に会えなくなるのが寂しくて。
こんな事を霊夢に言ったら怒られそうだけれど…泣いている霊夢が堪らなく愛しい。
(「そんなに泣かなくても、春になればまた戻ってくるわ」)
そう呟けば、少しは慰めになるかも知れない。
でも、私は何も言わない。
限りなく我侭で、自分勝手な気持ちだけれど…もう少しだけ、この愛しい姿の霊夢を、
抱き留めていたいから。
◇
「あらら、服がびしょ濡れね…これじゃあ服が透けちゃうわ」
「わ、悪かったわね」
ようやく落ち着いた私は、恥ずかしさで顔を伏せながら、謝る。
「でも、霊夢になら見られても良いわ」
「…バカっ」
「これじゃあ風邪引いちゃうわ。温泉、借りるわね」
相変わらず、主の意見を聞かない妖怪である。
まあ、減るものじゃないから良いんだけど。
「私はお夕飯作っちゃうわ。あんたも食べてくんでしょ?」
「それはそうだけど…ねえねえ、霊夢」
「な、何よ」
紫が、悪戯っぽい目で私を覗き込んでくる。
「温泉、一緒に入らない?」
「い、いいわよ、あんたが先に入りなさいよ」
「本当は一緒に入りたいんでしょう?私の裸も見放題よ♪」
「一人で入れっ!」
◇
紫が渋々温泉に向かったのを見届け、私は夕食の支度に取り掛かった。
無意識にふたり分の夕食を作り始めている自分に思わず苦笑したが、
ふと、紫が冬眠した後の事が頭をよぎった。
きっと、出来上がったふたり分のご飯を見て、私はまた泣くだろう。
でも、それでも良いかなと思った。
とりあえず、あと半月はそれで泣くことはなさそうだし。
良いゆかれいむでした!
しかし霊夢、御茶の濃さは均等にせんといかんぞ
いいなぁ、いいなぁ。
>朝、布団でうとうとしている時に妄想した
凄い同感です。
甘かったっす!