小さな小さな虫の声。揺れる草の音。時計の針が動く音。
私はゆっくりと目を開いた。
窓際から差し込む月明かりに照らされた私の部屋。
見えるのは洋服棚と本棚、そしてぬいぐるみ達。
足を動かすとシーツの感触がくすぐったい。
体を起こして欠伸を一つ。もう夜もだいぶ遅い。
妖精は人間と同じように夜に眠る。夜は妖怪達の時間。たまに私の時間でもある。
ベッドから降りて服を着て、そっと同居人を起こさないように扉を開ける。
部屋は離れてるからそんな心配する必要ないけれど、一応気をつけないとね。
家を出るとさっと吹いた風が髪を撫でた。
涼しい風は季節が変わっていく事を教えてくれる。
そういえばもう少しで十五夜だったかな、今日はスターとサニーをせかして月見団子を作る準備をしようか。
トントンとつま先で地面を叩いて靴をしっかり履いて夜の散歩にでかけよう。
雲が少なくて月がよく見える日が私が散歩をする日。
灯りいらずだし、なにより歩いていて気分がいい。
林の中ではあちこちで虫の大合唱。
ちょっと気が早いんじゃない? って声をかけてみたけど誰も返事をしてくれなかった。
まぁいいや、いつもの所に行こう。
林を抜けて少し歩けばすぐに博麗神社が見えてくる。
宴会がないのは歩いている途中でわかったから遠慮なく入らせてもらう。
ここに集まる妖怪達は五月蝿いのばかりだから、たまに家にまで聞こえて来るのが嫌だけど……。
うん、静か。巫女も寝てるみたい。人間だものね。夜は妖怪の時間。
そして今日は私の時間。
鳥居が私のお気に入りの場所。座って背中を預けるとひんやり冷えて気持ちがいい。
うん、いい場所だ。ここからだと月もよく見えるし。
両腕を伸ばすとまた欠伸が出る。少し眠いけどこれくらいがいい感じ。
目を閉じて、耳を澄ませる。
コオロギ、鈴虫、キリギリス。
たくさんの虫の合掌が近くの林から聞こえてくる。
夜だけ開かれるコンサート。この会場は今は私が独り占め。
ああ風が気持ちいい、涼しくて柔らかい。
月はまぁるく輝いて。
いい夜だなぁ。
虫の声が一杯だけど五月蝿いとは感じないし、風の音も小さくて丁度いい。
普段あの二人といるせいか、なんだかありがたみさえ感じてしまう。
でももっと静かなのがいいかな。
うん、もっと静かでいい。
リ――ンリ―ン、チィ、チィ、リーン――、チィ、リ――……
はい消えた。
私の回りは音で溢れていたけどもう聞こえない、無音の世界。
風もちゃんと吹いてる、そよそよ髪を撫でてくれる。
けどなぁんにも聞こえない。うん、静かでいい。
ふと手がむずむず痒くなる。
見てみるとコオロギが私の手の上に乗っている所だった。
私の所に来るなんて物好きだなぁ、あっちのみんなといなくていいの?
手の甲に乗ったコオロギ君を顔に近づけても逃げようとしない、ふむ。
ならご一緒に月でもどうですか? なんてね。
いい月よ? ほら。
ああ、でもあそこ、雲が流れてきてる。
少ししたら隠れちゃうね。
仕方ない、月が隠れたら帰ろっと。
……もしかして鳴いているのかな?
私は虫の事はよくわからないけど、羽が震えてるしそうなのかな?
でも残念だけど聞こえないのよね。
私の居る夜はお静かに願います。
ああ、行かないでよ、怒ったの?
寂しいなぁ、君から来たんじゃない。
急に真っ暗、雲が月を覆ってしまった。
仕方ないや、もう帰ろう。
あんまり起きてると寝坊しちゃうしね。
立ち上がってスカートの土汚れをしっかり払ってと。ちゃんと掃除してるのかしら?
さて帰りましょ。
……――ン、チィチィ、リ――ン
無音にしていたせいかさっきよりも虫の大合唱が大きく聞こえる気がする。
もしかしたらさっきのコオロギ君が加わったのかしら。
りーんりーん、ちぃちぃ
私の羽も頑張ればあんな綺麗な音が出せるのかな。
帰ったら試してみようかしら。もう遅いからちょっとだけ。
夜は妖怪の時間。
私の時間は、もうおしまい。
日常の一シーンを切り取れている素晴らしい雰囲気を楽しませていただきました。
静かな感じがして良かったです。
ルナチャは一人で居るときはこんなセンチな様子がよく似あう。
スターとサニーのも読んでみたいですね。
今の季節、こういうお話もいいですねぇ。