開かれた窓は、二人だけに通じる秘密の合図だ。
「あなたが見上げたとき、私の部屋の窓が開いてたら、それは訪ねてきてもいいって印なのよ」
そう言って、あいつが悪戯っぽく笑ったから。
◇ ◆ ◇
アリスを訪ねた日は、あいにくの雨だった。
開かれた窓から、ざあざあと耳障りな雨音が吹き込んでくる。
窓枠の四角に切り取られた眺めは、紗がかかったように白く煙っていた。
まるで、空が泣いているようだ。
空っぽの鳥篭が、湿った夕風にあおられて揺れる。
窓の前に立ち尽くした後ろ姿が、近づいてくる足音に気づいて振り返った。
魔理沙、と途方にくれた声が、私の名前を呼ぶ。
金髪をけぶるような雨に濡らして、アリスが呟いた。
「……小鳥が逃げちゃった」
◇ ◆ ◇
アリスはずっと、開いた窓の外を眺めている。
気まぐれな小鳥が戻ってくるのではないかと、淡い期待を抱いて。
雨に濡れて首をうなだれた梢の端々に、注意深く目をこらして。
逃げた小鳥は、金色のカナリアだという。
眠れない夜に、歌を歌ってくれたそうだ。指をさしだすと、頭をすり寄せてきたそうだ。手のひらに乗るカナリアの中でもさらに小さく、まだ子どもの雛鳥で、甘えたい盛りだったらしい。悪戯好きで我がままで、ミルクで甘く煮たクッキーも、苦労して取ってきた青虫も、気にいらないとすぐプイと顔をそむけてしまったらしい。そのくせ目を離すと寂しがってピイピイ鳴いて、よくアリスを困らせたそうだ。
……とても、可愛がっていたそうだ。
雨音が、小さな部屋を満たしていた。
時折、風に乗って舞い込んだ雨が、窓枠を濡らしていく。窓から冷えた空気が滑り込んでは、足元にしっとりと淀んでいく。今さら感じた寒気にぶるりと身を震わせて、思わず私は自分の肩を抱く。
「……窓、いい加減に閉めようぜ。床が濡れちまう」
「いいの、開けておいて。小鳥のお気に入りの窓だったから」
それは、私が楽しみに眺めていた窓だった。
……私との約束は。
言いかけた言葉をのどの奥に飲み込んだ。
その窓は、私の為に開けておいてくれたんじゃないのか。
訪ねてきてもいいって、許してくれたんじゃないのか。
飲み込んだ言葉は雨だれのようにポチャン、ポチャンと落ちて、胸に小さな波紋を作る。
アリスはきっと、他愛も無い約束なんて忘れてる。
唇の前で人差し指を立てた、悪戯っぽい笑顔は、今も記憶の中できらめいているのに。
「あなたが見上げたとき、私の部屋の窓が開いてたら、それは訪ねてきてもいいって印なのよ」
アリスは私を見ない。
カナリヤのさえずりを真似て、アリスの澄んだ声が歌う。
「チチ、チチテュウ」
そうして、目を閉じ、耳を澄ます。
昨日まで当たり前のように返ってきたはずの、小鳥の歌はもう返らない。
開かれた窓は自由への扉、小鳥は逃げてしまった。空の鳥籠は、窓際でむなしくキイキイと揺れている。
沈黙を埋めるように、ざあざあと雨音が小さな部屋を満たしていく。
やがて、アリスは呟いた。
「小鳥は、空が恋しかったのかしら」
独り言のような、返事を期待していない言葉だった。目の前の椅子に座る私の姿は、きっと彼女の目には透き通って写らないのだ。そんな空想に囚われかかって、その呪縛から逃げるように私は口を開く。
「……小鳥を逃がしたくないなら、いくらでも方法なんてあったじゃないか」
「たとえば?」
「窓を閉めて、空なんか見せなければよかったのに」
「夏の終わりよ。窓を閉めたら、空気が籠もって暑いじゃない」
「飛べないように、風切り羽を切ればよかったのに」
「痛いのは好きじゃないわ」
「……なら、代わりを作ったらどうだ?ねじまきの鳥を。人形が作れるなら、小鳥なんて簡単だろう?」
「そうね、代わりならいくらだって作れるけれど」
「そうだよ、それがいい。本物そっくりに歌う小鳥をそばに置けば、少しは気も晴れるだろ?もし作り物が嫌なら、また別の小鳥を飼えばいい。今度、一緒に市場に探しに行こう」
ようやく、アリスが振り向いた。やまない雨の中でも、そこだけ晴れた青空を閉じ込めたようなその瞳に、私を映して。
どこか頼りなげな風情を励ましてやりたくて、力づけるように微笑みかけた。
色をなくしたアリスの唇が動く。
「でも、それはあの子じゃないわ」
◇ ◆ ◇
私は席を立った。あの雨音のうるさい、そのくせ静かな部屋に居たくなかった。私の場所が無いように思えた。そこに居てもいいのは、そこに居ることが許されるのは、アリスと小鳥だけだった。
キッチンで、ホットミルクを作った。冷えた空気に立ち上る湯気が、気持ちをやわらげる。一口飲むと、ほんのりと甘い暖かみが喉を滑り落ちて、ようやく呼吸が楽になった。
諦めたように、アリスは笑ってみせた。肩の上で切りそろえた、柔らかな金髪を揺らして。
「いいの。翼を持つ鳥に、籠の中は似合わないもの。……たぶん、飛ぶものは心にも翼を持っているのよ。……私の窓辺は小鳥にとって、餌場で遊び場なんでしょう。小鳥の鳥頭では、三歩歩いたら忘れちゃうけど、きっと、飽きたらすぐに飛んでっちゃうんだろうけど。……時々、遊びに来てくれたらそれでいい。こんな日なら、雨宿りくらい許してあげるのに……小鳥は、どこに行ってしまったのかしらね」
そしてまた、窓の向こうに目をやるのだ。
思い出しながら、スプーンでミルクをかき混ぜる。甘いミルクの味がものたりなくて、コーヒーを足した。白の中に、渦を巻いて黒が溶け込んでいく。コーヒーの粉を入れすぎたのか。飲んでみたら、ひどく苦かった。
「可愛い、可愛い小鳥ちゃん、か。……私なら、小鳥を逃がしたりしないけどな」
失敗したカフェオレを、シンクに流す。
キッチンの窓から外を見る。夕方から、雨足がだんだんと激しくなってきた。降りしきる雨が森に叩きつけ、舞い上がる細かな白い霧で、一寸先すら曇って見えない。どしゃぶりの雨だった。何かとても悲しいことがあって、空が泣いているようだった。きっと屋根の下から一歩足を踏み出せば、天の流す涙に打たれて頭のてっぺんからつまさきまで、ずぶ濡れになってしまうだろう。
金色の小鳥は、今も窓の向こう側を眺めているだろうか。
◇ ◆ ◇
窓の向こうを見るふりをして、窓硝子に映ったあの子を見ていた。
開いたままの窓から、濃密な雨の匂いが流れ込んでくる。
「……馬鹿ねえ、小鳥さん」
ため息は、冷えた指先をほんのりと温め、すぐ消えた。
「お気に入りの窓から金色の小鳥が迷い込んだとき、……あなたみたいだって、思ったのに。あなたをどうしたらいいのか、わからないから本人に聞いてあげたのに。……どうして、いけない答えばかりするのかしらね」
降りしきる雨のしずくが、時々頬を打つ。窓に伝う透明な雫を、ひとつ、ふたつと意味もなく数える。
開いたままの窓を、閉じる気にはどうしてもなれなかった。
思えばこの窓は、ずいぶんと長い間、開け放してあった。蝶番が錆び付いてしまったかもしれない。
待ち人は、今日、この窓辺にやってきた。
「ピイピイうるさくって我がままだけど、可愛い金色の小鳥さん。……こんな雨降りが嬉しいなんて、思ってしまう私は嫌ね。翼が濡れるのを嫌って、きっと雨やどりしていくでしょうから……ほんのひと時でも、私の窓辺に立ち寄ってくれることを待ち遠しく思ってしまう私は、ダメね」
そっと触れると、空っぽの鳥篭がキイキイと耳障りな音を立てた。
自由を奪われた小鳥が、やがて空を恋うように。
心に翼を持つひとを、一つ所に縛り付ければ、きっと息が出来なくて死んでしまう。
そんなことは望んでいない。
「……あいしてるわ、私の小鳥さん」
一人きりの部屋で、私は雨音に耳を澄ます。階段をのぼってくる足音に気づいて、ふと微笑みがこぼれた。
……望んでは、いけないのだ。
◇ ◆ ◇
「ホットミルクでよかったか?」
「うん」
「……冷たい指」
「……あたたかいカップ」
「……雨、やまないな」
「……やまないね」
ざあざあと、雨音が耳にうるさく響く。途切れなく降り注ぐ雨が、世界を閉ざす。小さな部屋には、二人きり。
「……なあ、いいかげん、泣きやめよ」
アリスの横顔を伝う涙が、ほろりと落ちる。
「今日は雨だから、仕方がないの。空が泣いてるから、つられて私も泣きたくなっちゃうのよ」
「何だよ、理由になってない。しょうがない奴だなあ……」
アリスが窓から目を上げて、振り向いた。一瞬だけ、視線が絡む。
「……雨がやむまで、そばにいて」
それきり、アリスはまた窓を眺め、帰らない小鳥を待ち続ける。
「小鳥は、幸せ者だな。こんなにも待ってくれる人がいるんだから」
いつの日か、気まぐれな小鳥が金色の羽をはためかせて、あの窓から舞い降りれば。
きっと白いたおやかな手が迎えてくれるのだろう。
その手が自分のためにあるものなら、どんなにかいいだろう。
魔理沙は願う。
捕まえてほしい。遠い空が恋しくなって、私が飛んでいかないように。
アリスは願う。
重荷になりたくない。心に翼があるのなら、自由に空を飛ばせてあげたい。
すれ違う願いは、雨音にかき消されて、だれの耳にも届かない。
小鳥は逃げてしまった。後には、空の鳥篭がむなしく揺れるばかり。
ホットミルクを飲みながら、魔理沙は呟く。
「……雨が降ってるから、もうどこにもいけないな」
金色の小鳥が二羽、開いた窓を前にして。
雨音の檻に閉じ込められた。
「あなたが見上げたとき、私の部屋の窓が開いてたら、それは訪ねてきてもいいって印なのよ」
そう言って、あいつが悪戯っぽく笑ったから。
◇ ◆ ◇
アリスを訪ねた日は、あいにくの雨だった。
開かれた窓から、ざあざあと耳障りな雨音が吹き込んでくる。
窓枠の四角に切り取られた眺めは、紗がかかったように白く煙っていた。
まるで、空が泣いているようだ。
空っぽの鳥篭が、湿った夕風にあおられて揺れる。
窓の前に立ち尽くした後ろ姿が、近づいてくる足音に気づいて振り返った。
魔理沙、と途方にくれた声が、私の名前を呼ぶ。
金髪をけぶるような雨に濡らして、アリスが呟いた。
「……小鳥が逃げちゃった」
◇ ◆ ◇
アリスはずっと、開いた窓の外を眺めている。
気まぐれな小鳥が戻ってくるのではないかと、淡い期待を抱いて。
雨に濡れて首をうなだれた梢の端々に、注意深く目をこらして。
逃げた小鳥は、金色のカナリアだという。
眠れない夜に、歌を歌ってくれたそうだ。指をさしだすと、頭をすり寄せてきたそうだ。手のひらに乗るカナリアの中でもさらに小さく、まだ子どもの雛鳥で、甘えたい盛りだったらしい。悪戯好きで我がままで、ミルクで甘く煮たクッキーも、苦労して取ってきた青虫も、気にいらないとすぐプイと顔をそむけてしまったらしい。そのくせ目を離すと寂しがってピイピイ鳴いて、よくアリスを困らせたそうだ。
……とても、可愛がっていたそうだ。
雨音が、小さな部屋を満たしていた。
時折、風に乗って舞い込んだ雨が、窓枠を濡らしていく。窓から冷えた空気が滑り込んでは、足元にしっとりと淀んでいく。今さら感じた寒気にぶるりと身を震わせて、思わず私は自分の肩を抱く。
「……窓、いい加減に閉めようぜ。床が濡れちまう」
「いいの、開けておいて。小鳥のお気に入りの窓だったから」
それは、私が楽しみに眺めていた窓だった。
……私との約束は。
言いかけた言葉をのどの奥に飲み込んだ。
その窓は、私の為に開けておいてくれたんじゃないのか。
訪ねてきてもいいって、許してくれたんじゃないのか。
飲み込んだ言葉は雨だれのようにポチャン、ポチャンと落ちて、胸に小さな波紋を作る。
アリスはきっと、他愛も無い約束なんて忘れてる。
唇の前で人差し指を立てた、悪戯っぽい笑顔は、今も記憶の中できらめいているのに。
「あなたが見上げたとき、私の部屋の窓が開いてたら、それは訪ねてきてもいいって印なのよ」
アリスは私を見ない。
カナリヤのさえずりを真似て、アリスの澄んだ声が歌う。
「チチ、チチテュウ」
そうして、目を閉じ、耳を澄ます。
昨日まで当たり前のように返ってきたはずの、小鳥の歌はもう返らない。
開かれた窓は自由への扉、小鳥は逃げてしまった。空の鳥籠は、窓際でむなしくキイキイと揺れている。
沈黙を埋めるように、ざあざあと雨音が小さな部屋を満たしていく。
やがて、アリスは呟いた。
「小鳥は、空が恋しかったのかしら」
独り言のような、返事を期待していない言葉だった。目の前の椅子に座る私の姿は、きっと彼女の目には透き通って写らないのだ。そんな空想に囚われかかって、その呪縛から逃げるように私は口を開く。
「……小鳥を逃がしたくないなら、いくらでも方法なんてあったじゃないか」
「たとえば?」
「窓を閉めて、空なんか見せなければよかったのに」
「夏の終わりよ。窓を閉めたら、空気が籠もって暑いじゃない」
「飛べないように、風切り羽を切ればよかったのに」
「痛いのは好きじゃないわ」
「……なら、代わりを作ったらどうだ?ねじまきの鳥を。人形が作れるなら、小鳥なんて簡単だろう?」
「そうね、代わりならいくらだって作れるけれど」
「そうだよ、それがいい。本物そっくりに歌う小鳥をそばに置けば、少しは気も晴れるだろ?もし作り物が嫌なら、また別の小鳥を飼えばいい。今度、一緒に市場に探しに行こう」
ようやく、アリスが振り向いた。やまない雨の中でも、そこだけ晴れた青空を閉じ込めたようなその瞳に、私を映して。
どこか頼りなげな風情を励ましてやりたくて、力づけるように微笑みかけた。
色をなくしたアリスの唇が動く。
「でも、それはあの子じゃないわ」
◇ ◆ ◇
私は席を立った。あの雨音のうるさい、そのくせ静かな部屋に居たくなかった。私の場所が無いように思えた。そこに居てもいいのは、そこに居ることが許されるのは、アリスと小鳥だけだった。
キッチンで、ホットミルクを作った。冷えた空気に立ち上る湯気が、気持ちをやわらげる。一口飲むと、ほんのりと甘い暖かみが喉を滑り落ちて、ようやく呼吸が楽になった。
諦めたように、アリスは笑ってみせた。肩の上で切りそろえた、柔らかな金髪を揺らして。
「いいの。翼を持つ鳥に、籠の中は似合わないもの。……たぶん、飛ぶものは心にも翼を持っているのよ。……私の窓辺は小鳥にとって、餌場で遊び場なんでしょう。小鳥の鳥頭では、三歩歩いたら忘れちゃうけど、きっと、飽きたらすぐに飛んでっちゃうんだろうけど。……時々、遊びに来てくれたらそれでいい。こんな日なら、雨宿りくらい許してあげるのに……小鳥は、どこに行ってしまったのかしらね」
そしてまた、窓の向こうに目をやるのだ。
思い出しながら、スプーンでミルクをかき混ぜる。甘いミルクの味がものたりなくて、コーヒーを足した。白の中に、渦を巻いて黒が溶け込んでいく。コーヒーの粉を入れすぎたのか。飲んでみたら、ひどく苦かった。
「可愛い、可愛い小鳥ちゃん、か。……私なら、小鳥を逃がしたりしないけどな」
失敗したカフェオレを、シンクに流す。
キッチンの窓から外を見る。夕方から、雨足がだんだんと激しくなってきた。降りしきる雨が森に叩きつけ、舞い上がる細かな白い霧で、一寸先すら曇って見えない。どしゃぶりの雨だった。何かとても悲しいことがあって、空が泣いているようだった。きっと屋根の下から一歩足を踏み出せば、天の流す涙に打たれて頭のてっぺんからつまさきまで、ずぶ濡れになってしまうだろう。
金色の小鳥は、今も窓の向こう側を眺めているだろうか。
◇ ◆ ◇
窓の向こうを見るふりをして、窓硝子に映ったあの子を見ていた。
開いたままの窓から、濃密な雨の匂いが流れ込んでくる。
「……馬鹿ねえ、小鳥さん」
ため息は、冷えた指先をほんのりと温め、すぐ消えた。
「お気に入りの窓から金色の小鳥が迷い込んだとき、……あなたみたいだって、思ったのに。あなたをどうしたらいいのか、わからないから本人に聞いてあげたのに。……どうして、いけない答えばかりするのかしらね」
降りしきる雨のしずくが、時々頬を打つ。窓に伝う透明な雫を、ひとつ、ふたつと意味もなく数える。
開いたままの窓を、閉じる気にはどうしてもなれなかった。
思えばこの窓は、ずいぶんと長い間、開け放してあった。蝶番が錆び付いてしまったかもしれない。
待ち人は、今日、この窓辺にやってきた。
「ピイピイうるさくって我がままだけど、可愛い金色の小鳥さん。……こんな雨降りが嬉しいなんて、思ってしまう私は嫌ね。翼が濡れるのを嫌って、きっと雨やどりしていくでしょうから……ほんのひと時でも、私の窓辺に立ち寄ってくれることを待ち遠しく思ってしまう私は、ダメね」
そっと触れると、空っぽの鳥篭がキイキイと耳障りな音を立てた。
自由を奪われた小鳥が、やがて空を恋うように。
心に翼を持つひとを、一つ所に縛り付ければ、きっと息が出来なくて死んでしまう。
そんなことは望んでいない。
「……あいしてるわ、私の小鳥さん」
一人きりの部屋で、私は雨音に耳を澄ます。階段をのぼってくる足音に気づいて、ふと微笑みがこぼれた。
……望んでは、いけないのだ。
◇ ◆ ◇
「ホットミルクでよかったか?」
「うん」
「……冷たい指」
「……あたたかいカップ」
「……雨、やまないな」
「……やまないね」
ざあざあと、雨音が耳にうるさく響く。途切れなく降り注ぐ雨が、世界を閉ざす。小さな部屋には、二人きり。
「……なあ、いいかげん、泣きやめよ」
アリスの横顔を伝う涙が、ほろりと落ちる。
「今日は雨だから、仕方がないの。空が泣いてるから、つられて私も泣きたくなっちゃうのよ」
「何だよ、理由になってない。しょうがない奴だなあ……」
アリスが窓から目を上げて、振り向いた。一瞬だけ、視線が絡む。
「……雨がやむまで、そばにいて」
それきり、アリスはまた窓を眺め、帰らない小鳥を待ち続ける。
「小鳥は、幸せ者だな。こんなにも待ってくれる人がいるんだから」
いつの日か、気まぐれな小鳥が金色の羽をはためかせて、あの窓から舞い降りれば。
きっと白いたおやかな手が迎えてくれるのだろう。
その手が自分のためにあるものなら、どんなにかいいだろう。
魔理沙は願う。
捕まえてほしい。遠い空が恋しくなって、私が飛んでいかないように。
アリスは願う。
重荷になりたくない。心に翼があるのなら、自由に空を飛ばせてあげたい。
すれ違う願いは、雨音にかき消されて、だれの耳にも届かない。
小鳥は逃げてしまった。後には、空の鳥篭がむなしく揺れるばかり。
ホットミルクを飲みながら、魔理沙は呟く。
「……雨が降ってるから、もうどこにもいけないな」
金色の小鳥が二羽、開いた窓を前にして。
雨音の檻に閉じ込められた。
こういうのも良い。
良かったです。
悪く無い
お見事。
ありがとうございます。