―夜―
「まさか……」
「スゥ……」
簡素な和室に、式神二匹。八雲藍は自らの式神橙の眠る横で思案に暮れていた。
藍が驚くのも無理はない。蝋燭1本の灯りが照らしだした数式の羅列。その意味するところは――
―その日の夕方頃―
「藍さまー!」
家屋内の掃除をあらかた終えて縁側へと出ると、愛らしい我が式が駆けて来た。
「こらこら橙、急いては事を仕損じる、だぞ?」
「あ、はい!以後気をつけます!」
「うむ、よろしい。で、何をそんなに急いでいたんだい?」
「え、と。藍さま、草刈りの途中で見つけました。これをどうぞ!」
「おぉ、四つ葉のクローバーじゃないか。よく見つけたな」
帽子の上から軽く撫でてあげると、橙は幸せそうに目を閉じた。
橙の両手には大きさはバラバラだが、3つの四つ葉のクローバーが並んでいる。
自らの爪を使用して草刈りを行っていたのだろう、手は汚れているが、橙の刈った草はその速さによって起きる風で浮き上がる。
その中から四つ葉のクローバーを見つけ出すのはなかなかに難しいはずだ。
それをやってのけ、かつ私にプレゼントまで……
「成長したなぁ……」
「ありがとうございます!」
「それは私の言葉だよ、橙。素敵なプレゼントをありがとう」
あとでガラス板に挟んで食卓に飾ることにしよう。
「やっぱりですね!」
「?なにがだ?」
「えへへ、四つ葉のクローバーを見つけたら幸せになりました!」
「そうだな。私も今日ここを訪れて良かったよ。……ん、『幸せ』か。」
「どうしたんですか、藍さま?」
「あぁ、橙よ。少し時間をくれ。計算したいことがあるんだ
…………よし、もういいぞ」
「特に待つほどの時間もありませんでしたが、何を求めたんですか?」
「『クローバーの葉と幸福度の関係式』だよ。クローバーの葉が一枚増えるごとにどれほど見つけた者を幸福にできるのかという式を求めたんだ」
「わぁ、素敵ですね。藍さま、私にもその式を教えてください!」
「うむ、好奇心旺盛でよろしい。この式は橙なら理解に苦しまないだろう。縁側に座ろうか」
「はい」
橙が綺麗にしたばかりの庭を黒板代わりにすることに少しためらいを持つが、持っていたはたきの端を使ってガリガリと説明を始めた。
「解らないところがあったら言うんだよ。ではまず、以前学習した乗数の話は覚えているか?」
「はい!2^2=4、3^4は……81というやつです!」
「正解だ。クローバーの基本三枚葉のときの幸福度を1、とするから今回の式はr^(N-3)となる。ここまでは大丈夫か?橙」
「……は、はいっ。なんとかです。えぬの値はクローバーによって変わるので、つまり藍さまはさっきあーるの値を求めたということですよね」
「そのとおりだ。実際は数列と呼ばれる分野なのだが、その説明は橙がその段階まで勉強したらにしよう」
「はい、頑張ります。では、その値を教えてください!」
「よし、少し長いからちゃんと覚えるんだぞ。r=1.427940655119515616355400610028「ストッパです!あ、それはこの前てゐちゃんが売ってた薬だ!とにかくストップです藍さま!」
「ん、どこか解らないところでもあったか?」
「値が壮大すぎて私には処理しきれませんよぅ」
「む、仕方ないな。あとで紙面に書いておこう。数列についての教えも載せておくから、しっかり見ておくんだぞ」
「はい、私が頭悪いばっかりに申し訳ありません……」
「そ、そういうつもりじゃないんだ!ただ橙に知って欲しくて……。あ、橙、夕食を作ろうか!今夜は橙の好きな鮪にあぶらあげ、納豆、あぶらあげ、豆腐、あぶらあげの私と橙だけの豪華食卓にしよう!どうだ!?」
「鮪ですか!?紫さまが持ってきてくれたんですね!やったぁ、私も手伝います!藍さまありがとうございます!」
ふぅ、なんとかなったな。紫さまに頼んでおいて良かった。
あぁ、境界の外のあぶらあげも美味しいのだ。人里のももちろん買ってきたし、今日はあぶらあげ祭りだ!ふっふふー♪
双方思い描くものは違うが、ゴクリとのどを鳴らせて台所へと仲良く歩いていった。
―夜―
「さて、と」
幸せのある夕食を終えた私は橙を布団に寝かせ、その日の出来事を記録するため机に向かっている。
日記、というほど大したものじゃない。ただ橙の言動が一語一句漏らさず綴られているだけだ。
記憶するだけならたやすいがニュアンスは月日と共に薄れていく。なのでその日の内にまとめて、常に持ち歩いているのだ。紫さまの横暴に耐えられなくなった時にこれを読んで橙分を補給するために。
『えへへ、四つ葉のクローバーを見つけたら幸せになりました!』
『えへへ、四つ葉のクローバーを見つけたら幸せになりました!』
『えへへ、四つ葉のクローバーを見つけたら幸せになりました!』
重要な場面、言葉は何度も書く。可愛いなぁ橙は。
・
・
・
『はい、頑張ります。では、その値を教えてください!』
可愛いなぁ橙は。
『ストッパです!あ、それはこの前てゐちゃんが売ってた薬だ!とにかくストップです藍さま!』
ん?なにかひっかかるな。
『ストッパです!あ、それはこの前てゐちゃんが売ってた薬だ!』
むむ、私の妖獣の勘がこの文章には見逃がしてはならない箇所があると言っている……かも。
『あ、それはこの前てゐちゃんが売ってた薬だ!』
う~……ん?てゐ?この白兎は幸福に関する能力を持っていたな。クローバー……幸福……あ!?
「まさか……」
てゐの幸福度は確か四十つ葉のクローバー相当……!私が求めた式が正しければ、てゐの幸福度はr^(40-3)=r^37!
この数字は……マズイ!一刻も早く橙の言動をまとめ、紫さまに報告しなくては!
手遅れになる前に―!
さらさらっ
『藍さまありがとうございます!』
シュシュッ
『藍さまありがとうございます!』
シャッ
『藍さまありがとうございます!』
ガリガリっ!
『藍さまありがとうございます!』
『……!』
『…』
夜は永い。
―近い未来―
「紫ぃ、あんたを倒せば終わりなのだろうけど、戦う気が無いってんならそこの最強の妖獣とやらと戦ってみよっか?愛する式が死にそうになればさすがのあんたも出ざるを得ない」
「……」
「紫さま、私にお任せを。このような兎一匹に紫さまのお手を煩わせるわけにはいきません。それに、紫さまの式である私は何者にも負けません!」
「ハッ、言うねぇ。言うだけあって、これまでの敵とは比べ物にならないようだし。でも身の程をわきまえていないとはこの事さ」
「なんだと!」
「わかっているんでしょ?あなたが求めてしまったのだから。私とあなたの明確かつ絶対的な差を。」
「ぐっ……、紫さま、下がっていてください!」
「健気だねぇ。このスカウサーによれば、あんたの幸福度は42000。凄いと思うよ?流石は九尾だ。でもね、私はフルパワーで戦うまでもない。」
「そう、私の幸福度は……、」
「530000です」
「まさか……」
「スゥ……」
簡素な和室に、式神二匹。八雲藍は自らの式神橙の眠る横で思案に暮れていた。
藍が驚くのも無理はない。蝋燭1本の灯りが照らしだした数式の羅列。その意味するところは――
―その日の夕方頃―
「藍さまー!」
家屋内の掃除をあらかた終えて縁側へと出ると、愛らしい我が式が駆けて来た。
「こらこら橙、急いては事を仕損じる、だぞ?」
「あ、はい!以後気をつけます!」
「うむ、よろしい。で、何をそんなに急いでいたんだい?」
「え、と。藍さま、草刈りの途中で見つけました。これをどうぞ!」
「おぉ、四つ葉のクローバーじゃないか。よく見つけたな」
帽子の上から軽く撫でてあげると、橙は幸せそうに目を閉じた。
橙の両手には大きさはバラバラだが、3つの四つ葉のクローバーが並んでいる。
自らの爪を使用して草刈りを行っていたのだろう、手は汚れているが、橙の刈った草はその速さによって起きる風で浮き上がる。
その中から四つ葉のクローバーを見つけ出すのはなかなかに難しいはずだ。
それをやってのけ、かつ私にプレゼントまで……
「成長したなぁ……」
「ありがとうございます!」
「それは私の言葉だよ、橙。素敵なプレゼントをありがとう」
あとでガラス板に挟んで食卓に飾ることにしよう。
「やっぱりですね!」
「?なにがだ?」
「えへへ、四つ葉のクローバーを見つけたら幸せになりました!」
「そうだな。私も今日ここを訪れて良かったよ。……ん、『幸せ』か。」
「どうしたんですか、藍さま?」
「あぁ、橙よ。少し時間をくれ。計算したいことがあるんだ
…………よし、もういいぞ」
「特に待つほどの時間もありませんでしたが、何を求めたんですか?」
「『クローバーの葉と幸福度の関係式』だよ。クローバーの葉が一枚増えるごとにどれほど見つけた者を幸福にできるのかという式を求めたんだ」
「わぁ、素敵ですね。藍さま、私にもその式を教えてください!」
「うむ、好奇心旺盛でよろしい。この式は橙なら理解に苦しまないだろう。縁側に座ろうか」
「はい」
橙が綺麗にしたばかりの庭を黒板代わりにすることに少しためらいを持つが、持っていたはたきの端を使ってガリガリと説明を始めた。
「解らないところがあったら言うんだよ。ではまず、以前学習した乗数の話は覚えているか?」
「はい!2^2=4、3^4は……81というやつです!」
「正解だ。クローバーの基本三枚葉のときの幸福度を1、とするから今回の式はr^(N-3)となる。ここまでは大丈夫か?橙」
「……は、はいっ。なんとかです。えぬの値はクローバーによって変わるので、つまり藍さまはさっきあーるの値を求めたということですよね」
「そのとおりだ。実際は数列と呼ばれる分野なのだが、その説明は橙がその段階まで勉強したらにしよう」
「はい、頑張ります。では、その値を教えてください!」
「よし、少し長いからちゃんと覚えるんだぞ。r=1.427940655119515616355400610028「ストッパです!あ、それはこの前てゐちゃんが売ってた薬だ!とにかくストップです藍さま!」
「ん、どこか解らないところでもあったか?」
「値が壮大すぎて私には処理しきれませんよぅ」
「む、仕方ないな。あとで紙面に書いておこう。数列についての教えも載せておくから、しっかり見ておくんだぞ」
「はい、私が頭悪いばっかりに申し訳ありません……」
「そ、そういうつもりじゃないんだ!ただ橙に知って欲しくて……。あ、橙、夕食を作ろうか!今夜は橙の好きな鮪にあぶらあげ、納豆、あぶらあげ、豆腐、あぶらあげの私と橙だけの豪華食卓にしよう!どうだ!?」
「鮪ですか!?紫さまが持ってきてくれたんですね!やったぁ、私も手伝います!藍さまありがとうございます!」
ふぅ、なんとかなったな。紫さまに頼んでおいて良かった。
あぁ、境界の外のあぶらあげも美味しいのだ。人里のももちろん買ってきたし、今日はあぶらあげ祭りだ!ふっふふー♪
双方思い描くものは違うが、ゴクリとのどを鳴らせて台所へと仲良く歩いていった。
―夜―
「さて、と」
幸せのある夕食を終えた私は橙を布団に寝かせ、その日の出来事を記録するため机に向かっている。
日記、というほど大したものじゃない。ただ橙の言動が一語一句漏らさず綴られているだけだ。
記憶するだけならたやすいがニュアンスは月日と共に薄れていく。なのでその日の内にまとめて、常に持ち歩いているのだ。紫さまの横暴に耐えられなくなった時にこれを読んで橙分を補給するために。
『えへへ、四つ葉のクローバーを見つけたら幸せになりました!』
『えへへ、四つ葉のクローバーを見つけたら幸せになりました!』
『えへへ、四つ葉のクローバーを見つけたら幸せになりました!』
重要な場面、言葉は何度も書く。可愛いなぁ橙は。
・
・
・
『はい、頑張ります。では、その値を教えてください!』
可愛いなぁ橙は。
『ストッパです!あ、それはこの前てゐちゃんが売ってた薬だ!とにかくストップです藍さま!』
ん?なにかひっかかるな。
『ストッパです!あ、それはこの前てゐちゃんが売ってた薬だ!』
むむ、私の妖獣の勘がこの文章には見逃がしてはならない箇所があると言っている……かも。
『あ、それはこの前てゐちゃんが売ってた薬だ!』
う~……ん?てゐ?この白兎は幸福に関する能力を持っていたな。クローバー……幸福……あ!?
「まさか……」
てゐの幸福度は確か四十つ葉のクローバー相当……!私が求めた式が正しければ、てゐの幸福度はr^(40-3)=r^37!
この数字は……マズイ!一刻も早く橙の言動をまとめ、紫さまに報告しなくては!
手遅れになる前に―!
さらさらっ
『藍さまありがとうございます!』
シュシュッ
『藍さまありがとうございます!』
シャッ
『藍さまありがとうございます!』
ガリガリっ!
『藍さまありがとうございます!』
『……!』
『…』
夜は永い。
―近い未来―
「紫ぃ、あんたを倒せば終わりなのだろうけど、戦う気が無いってんならそこの最強の妖獣とやらと戦ってみよっか?愛する式が死にそうになればさすがのあんたも出ざるを得ない」
「……」
「紫さま、私にお任せを。このような兎一匹に紫さまのお手を煩わせるわけにはいきません。それに、紫さまの式である私は何者にも負けません!」
「ハッ、言うねぇ。言うだけあって、これまでの敵とは比べ物にならないようだし。でも身の程をわきまえていないとはこの事さ」
「なんだと!」
「わかっているんでしょ?あなたが求めてしまったのだから。私とあなたの明確かつ絶対的な差を。」
「ぐっ……、紫さま、下がっていてください!」
「健気だねぇ。このスカウサーによれば、あんたの幸福度は42000。凄いと思うよ?流石は九尾だ。でもね、私はフルパワーで戦うまでもない。」
「そう、私の幸福度は……、」
「530000です」
それにしても、何か新しい話でした。
>ストッパです!あ、それはこの前てゐちゃんが売ってた薬だ!
懐かしい…