台風か。初めて見るなぁ。
いやいや、初めてなわけが無い。大分久しいだけで、すっかり忘れてしまっていただけだ。
窓も、魔法で守られているとは言え正直オンボロなこの船の板も、ぎしぎし音を立てて今にも飛びそう。大丈夫だとは思うけども。いや、どうだろう。大丈夫かなぁ。
命蓮寺の横に停泊した聖輦船の中で一人お煎餅をかじる。
ぼりぼりと音を立てて、ずずずっとお茶を啜る。んまい。
手元には聖の部屋にあった蔵書があるけれど、難しすぎて飽きてしまった。私には合わなかったらしい。胸が熱くなるような冒険活劇は無いのか、この船には。
暇だ暇だといくら思っても、目の前によーよーやおはじきが現れるでもなし。私一人しかここには居ないから花札も麻雀も将棋も軍人将棋もできるわけもなし。かといって、部屋で一人けまりをしたら危ないし。
皆はと言えば今頃命蓮寺で修養やら何やらやっているはずだ。
私は船長だから、船が心配でこちらに来ている次第である。いや修養が嫌だったとかじゃなくて、船長として。本当に。
それにしても暇だなぁ。
お煎餅をかじって、お茶を飲んで、今にも壊れそうに悲鳴を上げる船の中から外を眺める。
あとどれくらいしたら戻ろうか。来たばかりなのに、そんなことばかり考えてしまう。
あぁ、暇だなぁ。
「キャップー」
暇だけれども静かな時間というのはあっという間に崩れた。
ぬえが船の外からここを開けてくれと言わんばかりに窓を叩いていたのだ。この台風の中。傘もささずに。
私は急いで窓を開ける。
瞬間ごうっという大きな音と強い風と共に雨が入ってきた。
「どうしたのよこんなとこから。うわっ、冷たっ。早く上がって」
ぬえを船の中に入れると、私はすぐに窓を閉め、水浸しになった廊下を見てため息をついた。
「それ以上動かないで。タオル持ってくるから」
部屋へと戻った私は引き出しからタオルを取り出して、ぬえへと投げる。
あーとか喚きながら体を拭くぬえ。
「床も拭いてね」
「はいはい分かってますって」
体を拭き終わったぬえはタオルを地面に落とすとその上に乗っかって、足で器用にタオルを動かしていく。
「ときに船長。船長は今流行りの遊びを知っているだろうか」
「知らない」
「それは残念で仕方がないよ。教えてしんぜよう。ルールは簡単。濡れた床の上にタオルを乗せて、その上に乗り、水を拭く。こんくらいの水が五点。こんなになると三十点は固いね。先に百点いった方が勝ちなのさ」
「そんなこと言ってる間に拭いてれば、今頃終わってたんじゃない?」
「連れないなぁ」
ぬえがよっ、ほっとか言ってさも楽しそうに水を拭いていく。
それを眺めながら、私はだらりと机に顎を乗せて、手を使わずにお煎餅を食べる。ぽろぽろと口の脇からお煎餅の破片が落ちていくけど、まぁあとで拭けばいいかなぁと思う。
どうやらぬえが水を拭き終わったらしく、私の向かい側へと座った。
「船長さ、船長はさ、命蓮寺こないの?」
「船が心配で」
「修養がだるいってわけだ」
「なんで分かったのよ」
「そりゃ私がそうだから」
ぬえは手際よく自分の湯のみにお茶を入れると、じっとお煎餅を見つめて固まってしまった。
「別に食べていいわよ」
「そうなの? 船長間違えて怒るかと思って」
「間違えってって何よ」
「ツッコミ弱いなぁ」
お煎餅を手でぱきっと割ってから、その破片をつまんで食べていく目の前の正体不明は何やらさっきからにやにやしている。
「どうしたのよ気持ち悪い」
「いやべつにー。何か不満そうだったから」
「だからお煎餅食べられたくらいでそんな怒らないって」
「そういうことじゃなくて何かが気に入らないみたい」
「なんで不満そうな人を見てにやにやできるのよ」
「私が鵺だから?」
何か不満あったっけ。そう思い返してみると、案外簡単なところに答えはあった。
「んー暇」
「なんかする? しょーぎ?」
「さっきまでしたかったような気もするけど、なんか気分じゃないことに気がついた」
だからといって何かをしたいと明確にわかるわけではない。もやもやっと暇なんだよね。
「じゃあさ、船長。ここはさ、船飛ばそうよ」
「はぁ? 何言ってんの」
「最近この船飛んでないじゃん。やっぱこの船は空飛ぶものだって。私空飛んでるこの船に乗ってるの好きだし」
「今大嵐よ?」
「雲の上行けば問題ナシ」
ふむ。
ぬえの言うことは時たますっごく頭にはまってくる。これといって名案とも思えないことばかり言うけれど、不快じゃないというかなんというか。まぁむしろ何でこのタイミングでその思考をしているのかっていう謎っぷりなんだけどね。
「飛ばしてみる?」
「おぉ、ちょっとジョークで言ったつもりなのに何か飛ぶらしいこの船」
「まぁ暇だしね。別に聖に飛ばすなって言われてるわけじゃないし」
最後の一枚になったお煎餅に手を伸ばして立ち上がろうとする。
「どこいくのよ」
「船を動かしに」
「別にここでいいじゃん」
ぬえの言う通りこの船を飛ばすのは、別段どこでも出来る。船長である私が飛べと一言心で呟けば、船は飛ぶ。聖の魔法で、私の心と船の動力がリンクしているのだ。操縦だって、この間山の河童に見せてもらった”らじこん”とやらのように、舵なんか取らなくとも思うがままに動かせる。
でも今日はそういう気分じゃない。たまにあるでしょう、なーんか妙に凝りたくなるときって。
「操縦室行ってくるね」
今は舵を自分の手で持って、前をしっかり見ながら飛ばしてみたい気分なんだよね。計器とか見ながら。そうやって飛ばすの最近やってなかったからなぁここ数百年くらい。
よっこいせとか言っちゃいながら腰をあげて立ち上がり、部屋を出ると何も言わずにぬえがついてきた。
「別にぬえは部屋でくつろいでていいわよ? 来ても面白くもなんともないだろうし」
「んーっとー」
ぬえは人差し指を顎に当てて唸る。
「ムラサが居なくなっちゃうと、私暇になっちゃうし。だったら見に行く。ついでになんか話してよ。私海って知らないからさ、ムラサが昔大好きだった外の世界の海の話でも」
海、海かぁ。覚えているかなぁ。実はもうほとんど忘れちゃってて、なんかこう、漠然とした海しか覚えていないけど、話すには十分かな。その漠然さが海だと思うしねぇ。
「特別に話してあげましょう、海について」
「やったぁ! 何が特別なのか分からないけどやったぁ!」
「何その言い方」
「いやぁ良かったよ。ムラサ人間の頃の記憶はあんまり無いって言ってたから、忘れてたらどうしようかと思った。もしくは変な思い出かなんかあって、地雷踏んでたらどうしようかと思ってた!」
「別に気にしないよ。変な思いで多分無いし」
私達は雨の打ちつける窓を眺めながら、長い長い廊下を歩いて船の甲板へと上がり、豪雨の中短い距離を走って操縦室に来た。
軽く体から水を落として、すぐに舵を手に取る。
「んーやっぱいいねぇこの感じ」
「船長ってさ、外の世界でも船操縦してたの?」
「さあ、正直わっかんない。もしかしたらこの船を最初に操縦したときも、私が人間だった頃身近だった誰かを見よう見まねてただけなのかもね」
へぇーなんて流しながら、ぬえが部屋にある機械類を物色し始めた。
「変なとこ触って壊さないでよね」
「はいはい」
聖輦船に私の霊力を送る。微妙な振動が部屋全体に広がり、エンジンが動き出したのを確認すると、今度はさっきよりも多めに霊力を送って飛ばす準備に入る。
「よし、いくよ、ぬえ」
「おーきーどき!」
目指すは雲の上。大雨と横なぎの風、雷に注意しながら船を進めなくては。
操縦室のガラスに打ちつける雨の中、目を凝らしながら私は船に霊力を送った。
聖輦船は雨と風を全身に受けながら、雲の上を目指して進んでいく。
台風の中、行き先を見失う事無くしっかりと私の船は進んでいく。雲より高くへ。
いやいや、初めてなわけが無い。大分久しいだけで、すっかり忘れてしまっていただけだ。
窓も、魔法で守られているとは言え正直オンボロなこの船の板も、ぎしぎし音を立てて今にも飛びそう。大丈夫だとは思うけども。いや、どうだろう。大丈夫かなぁ。
命蓮寺の横に停泊した聖輦船の中で一人お煎餅をかじる。
ぼりぼりと音を立てて、ずずずっとお茶を啜る。んまい。
手元には聖の部屋にあった蔵書があるけれど、難しすぎて飽きてしまった。私には合わなかったらしい。胸が熱くなるような冒険活劇は無いのか、この船には。
暇だ暇だといくら思っても、目の前によーよーやおはじきが現れるでもなし。私一人しかここには居ないから花札も麻雀も将棋も軍人将棋もできるわけもなし。かといって、部屋で一人けまりをしたら危ないし。
皆はと言えば今頃命蓮寺で修養やら何やらやっているはずだ。
私は船長だから、船が心配でこちらに来ている次第である。いや修養が嫌だったとかじゃなくて、船長として。本当に。
それにしても暇だなぁ。
お煎餅をかじって、お茶を飲んで、今にも壊れそうに悲鳴を上げる船の中から外を眺める。
あとどれくらいしたら戻ろうか。来たばかりなのに、そんなことばかり考えてしまう。
あぁ、暇だなぁ。
「キャップー」
暇だけれども静かな時間というのはあっという間に崩れた。
ぬえが船の外からここを開けてくれと言わんばかりに窓を叩いていたのだ。この台風の中。傘もささずに。
私は急いで窓を開ける。
瞬間ごうっという大きな音と強い風と共に雨が入ってきた。
「どうしたのよこんなとこから。うわっ、冷たっ。早く上がって」
ぬえを船の中に入れると、私はすぐに窓を閉め、水浸しになった廊下を見てため息をついた。
「それ以上動かないで。タオル持ってくるから」
部屋へと戻った私は引き出しからタオルを取り出して、ぬえへと投げる。
あーとか喚きながら体を拭くぬえ。
「床も拭いてね」
「はいはい分かってますって」
体を拭き終わったぬえはタオルを地面に落とすとその上に乗っかって、足で器用にタオルを動かしていく。
「ときに船長。船長は今流行りの遊びを知っているだろうか」
「知らない」
「それは残念で仕方がないよ。教えてしんぜよう。ルールは簡単。濡れた床の上にタオルを乗せて、その上に乗り、水を拭く。こんくらいの水が五点。こんなになると三十点は固いね。先に百点いった方が勝ちなのさ」
「そんなこと言ってる間に拭いてれば、今頃終わってたんじゃない?」
「連れないなぁ」
ぬえがよっ、ほっとか言ってさも楽しそうに水を拭いていく。
それを眺めながら、私はだらりと机に顎を乗せて、手を使わずにお煎餅を食べる。ぽろぽろと口の脇からお煎餅の破片が落ちていくけど、まぁあとで拭けばいいかなぁと思う。
どうやらぬえが水を拭き終わったらしく、私の向かい側へと座った。
「船長さ、船長はさ、命蓮寺こないの?」
「船が心配で」
「修養がだるいってわけだ」
「なんで分かったのよ」
「そりゃ私がそうだから」
ぬえは手際よく自分の湯のみにお茶を入れると、じっとお煎餅を見つめて固まってしまった。
「別に食べていいわよ」
「そうなの? 船長間違えて怒るかと思って」
「間違えってって何よ」
「ツッコミ弱いなぁ」
お煎餅を手でぱきっと割ってから、その破片をつまんで食べていく目の前の正体不明は何やらさっきからにやにやしている。
「どうしたのよ気持ち悪い」
「いやべつにー。何か不満そうだったから」
「だからお煎餅食べられたくらいでそんな怒らないって」
「そういうことじゃなくて何かが気に入らないみたい」
「なんで不満そうな人を見てにやにやできるのよ」
「私が鵺だから?」
何か不満あったっけ。そう思い返してみると、案外簡単なところに答えはあった。
「んー暇」
「なんかする? しょーぎ?」
「さっきまでしたかったような気もするけど、なんか気分じゃないことに気がついた」
だからといって何かをしたいと明確にわかるわけではない。もやもやっと暇なんだよね。
「じゃあさ、船長。ここはさ、船飛ばそうよ」
「はぁ? 何言ってんの」
「最近この船飛んでないじゃん。やっぱこの船は空飛ぶものだって。私空飛んでるこの船に乗ってるの好きだし」
「今大嵐よ?」
「雲の上行けば問題ナシ」
ふむ。
ぬえの言うことは時たますっごく頭にはまってくる。これといって名案とも思えないことばかり言うけれど、不快じゃないというかなんというか。まぁむしろ何でこのタイミングでその思考をしているのかっていう謎っぷりなんだけどね。
「飛ばしてみる?」
「おぉ、ちょっとジョークで言ったつもりなのに何か飛ぶらしいこの船」
「まぁ暇だしね。別に聖に飛ばすなって言われてるわけじゃないし」
最後の一枚になったお煎餅に手を伸ばして立ち上がろうとする。
「どこいくのよ」
「船を動かしに」
「別にここでいいじゃん」
ぬえの言う通りこの船を飛ばすのは、別段どこでも出来る。船長である私が飛べと一言心で呟けば、船は飛ぶ。聖の魔法で、私の心と船の動力がリンクしているのだ。操縦だって、この間山の河童に見せてもらった”らじこん”とやらのように、舵なんか取らなくとも思うがままに動かせる。
でも今日はそういう気分じゃない。たまにあるでしょう、なーんか妙に凝りたくなるときって。
「操縦室行ってくるね」
今は舵を自分の手で持って、前をしっかり見ながら飛ばしてみたい気分なんだよね。計器とか見ながら。そうやって飛ばすの最近やってなかったからなぁここ数百年くらい。
よっこいせとか言っちゃいながら腰をあげて立ち上がり、部屋を出ると何も言わずにぬえがついてきた。
「別にぬえは部屋でくつろいでていいわよ? 来ても面白くもなんともないだろうし」
「んーっとー」
ぬえは人差し指を顎に当てて唸る。
「ムラサが居なくなっちゃうと、私暇になっちゃうし。だったら見に行く。ついでになんか話してよ。私海って知らないからさ、ムラサが昔大好きだった外の世界の海の話でも」
海、海かぁ。覚えているかなぁ。実はもうほとんど忘れちゃってて、なんかこう、漠然とした海しか覚えていないけど、話すには十分かな。その漠然さが海だと思うしねぇ。
「特別に話してあげましょう、海について」
「やったぁ! 何が特別なのか分からないけどやったぁ!」
「何その言い方」
「いやぁ良かったよ。ムラサ人間の頃の記憶はあんまり無いって言ってたから、忘れてたらどうしようかと思った。もしくは変な思い出かなんかあって、地雷踏んでたらどうしようかと思ってた!」
「別に気にしないよ。変な思いで多分無いし」
私達は雨の打ちつける窓を眺めながら、長い長い廊下を歩いて船の甲板へと上がり、豪雨の中短い距離を走って操縦室に来た。
軽く体から水を落として、すぐに舵を手に取る。
「んーやっぱいいねぇこの感じ」
「船長ってさ、外の世界でも船操縦してたの?」
「さあ、正直わっかんない。もしかしたらこの船を最初に操縦したときも、私が人間だった頃身近だった誰かを見よう見まねてただけなのかもね」
へぇーなんて流しながら、ぬえが部屋にある機械類を物色し始めた。
「変なとこ触って壊さないでよね」
「はいはい」
聖輦船に私の霊力を送る。微妙な振動が部屋全体に広がり、エンジンが動き出したのを確認すると、今度はさっきよりも多めに霊力を送って飛ばす準備に入る。
「よし、いくよ、ぬえ」
「おーきーどき!」
目指すは雲の上。大雨と横なぎの風、雷に注意しながら船を進めなくては。
操縦室のガラスに打ちつける雨の中、目を凝らしながら私は船に霊力を送った。
聖輦船は雨と風を全身に受けながら、雲の上を目指して進んでいく。
台風の中、行き先を見失う事無くしっかりと私の船は進んでいく。雲より高くへ。
ぬえちゃん頑張れ!ww
それにしても、口だけでお煎餅を食べるなんて器用なww
ぬえちゃん頑張れ!
>「なんで分かったのよ」
我々読者には言い訳して認めなかったのに、ぬえちゃんにはこの実に素直な反応
脈ありとみましたぞ
船長も船長でぬえのあしらい方で距離の近さが分かりますね。
応援したい仲です。
ついに幻想郷の船もらじこんのように動く時代になったというわけですね・・・。
コメントの時間を見てびっくりしましたwwwいつもありがとうございます。なんというか、さすがですw
ぬえちゃんには今後頑張ってもらうつもりです。ビバヘタレ攻め!
>再開発様
ヘタレ攻めって、怖いんだぜ? 見てると理性が壊れそうになるくらい可愛く思えてくるんですよ。そんな感じを今後できたらなーと思っております。
>3様
船長競争率高いですが、私もぬえちゃんの嫁だと思います!
>けやっきー様
口だけでお煎餅を食べるのは私の必殺技です。この間ムラサ船長に伝授してきました。
ヘタレ攻めに、黄金の時代を!
>5様
顔を真っ赤にさせたいですね! ヘタレな子が頑張ってるのは男の子でも(タイプミスです)萌えます。とにかくヘタレな子が頑張ってるのはいいですよね!
>6様
船長は、きっと普通にぬえちゃんのこと好きなんですよ。ただ船長ぼんやりしててにぶちんだから、全然気づいてないんですね、自分の気持ちにもぬえの気持ちにも。はい誰得脳内設定です。
>7様
次回あたりだな。ぬえがアプローチするのは。と企てております。多分5作品くらい先の話ですが。下手すれば次かもしれませんが。気分が乗ればいつかかならずやります。
>8様
脳内ぬえインストールの状態で書いてみました。シンクロ率高めになれたのかなと思います。ぬえちゃんが可愛いは公式設定です!
船長もきっと一番距離近いのはぬえだと信じています! 世間では聖ムラとか一ムラとかがちやほやされがちですが、私はこのカプを応援し続けます。
>エクシア様
舵を取らなくなるのは寂しいですよね。やっぱりアナログっていいですよね。確かに便利だけれども、色々なものを忘れていく。感覚とか、風景だとか。船長も便利だとは思ってるみたいですが、やっぱり舵を取るのも好きなんだと思います。