こくてんてんぐ

太陽ってどこかに黒い点があるんだ。
――と、誰かから聞いたような覚えがある。

だけどその黒い点はこっちに迫ってくるものだったかな。
一度聞いてみなきゃな、とのんびり思考回路のすみっこで考えながら、
霊夢は座布団ごと少しだけ横に移動した。
するとさっきまで太陽の辺りに見えていた黒い点は烏天狗へと変わっていて、一
陣の風を巻き上げながら何食わぬ顔で(寧ろ営業スマイルを浮かべながら)、先程
霊夢が座布団を敷いていた場所に着地する。

こんにちはと会釈した彼女は、メモ帳もとい文花帖片手に空いた方の手先でペン
をくるりと回して首を傾げる。
対する霊夢は湯呑み片手に空いた方の手にご利益がありそうな紅白のお札を
数枚。因みに対妖怪用のお札なので、本来の意味でのご利益は望めない仕様だ。
完全に臨戦体勢を敷いたまま霊夢はぴしゃりと一言だけ言い放った。

――ないわよ、と。

すると言われた文、きょとんとして問いを返した。
「無いって…何が？」
いらだたしげに霊夢は返す。
「決まってんじゃないの、アンタの好きなものよ」
今度は訝しむように眉を潜め座っているのを良いことにいろんな角度から霊夢を
じっと見つめる。その間にも霊夢の額には青筋がびしびしと浮き始めている。
そんな沈黙の中、はたりと動きを止めた射命丸がぽつり。
「だって無いっていうけれど、ここにいるじゃないですか、霊夢さん。はっ、も
しかして貴女は霊夢さんの皮を被った別の誰かですとか、そんなことが言いたい
のですか!?」
今度は確認のつもりなのか、ぺたぺたと割と無遠慮に霊夢を触りだす。霊夢はぷ
るぷると震え出す。文は気づかない。

ぷっつん、と。糸が切れるような音。
そのあとついに霊夢がキレた。

「アンタはアホか！いつもにもましてアホか！突拍子もなく来たかと思えば
何よ、あるとかないとか私がいるとかいないとか！何が言いたいんだかわからない！ネタなんかありゃしないんだから、さっさと退治される前に帰んなさい、分かったわね？」
息も継がずに一息でまくし立てた為、霊夢は少しばかり肩で息をしている。

おお怖い怖い、と肩を竦め手で霊夢を制しながら文は、ふとさっきの霊夢の言葉
を思い返す。

――ネタなんかないんだから、帰りなさい

「まるでネタが私の恋人みたいな言い方をするんですね」
「違わないでしょ？」
「いやまあ半分くらいは正解…ではないですね、不正解です。
わかりませんか？」
「アンタ相当退治されたいようね」

また霊夢がお札を構える。これ以上怒らせては自身の明日が危ない。
そう判断した文は文花帖とペンを腰に提げたポーチにしまって、霊夢と視線を合
わせるためにしゃがみ込む。

「良いですか？確かに私はネタが好きですよ、ええ、自負できます。でもね、ネ
タを理由にしたら私は此処には来てはならないことになる。だっていい意味で平
和ボケ出来ますしね、ここにきたら」
一度言葉を切って、また続ける。
「でも此処には、ネタよりも大事なもの…いえ、ひとがいる。
私はそんな所に来ちゃ、いけないんですか？」

不安げに霊夢の表情を窺う。でも霊夢は俯いて表情を知らせることはない。
加えて無言で、いつの間にか膝に置かれた両手は強く握り締められている。
そうしてしばらくの沈黙の後、ようやく漏れたのは吐息みたいな音。

「……は」
「は？」
「はっずかしい奴ねアンタ…！
ばっかじゃないの、大事って何なのよ、ああもう」
「あはは、確かに今のは我ながらクサかったやもしれないですね、でも」

ぐっと霊夢の身体が引き寄せられる。

「私は誰よりも霊夢さんの事、大切に思ってますからね」

耳元で慈しむように言い聞かされた言葉と背にまわされた、
文のやけにひんやりとした腕の微かな熱に、霊夢はまた身をすくませるより他はなかった。

甘さに書いていてぐへぇってなりましたが、
ラブかライクかはお任せします。
すいみんぐです。
乗り遅れにもほどがあるあやれいむ…！

読了ありがとうございました！