弾みをつけるように、勢いをつけるように、ええい、と心のなかで叫びながら、首を通して服を脱ぐ。これでもう、上半身の肌を隠すものは胸にぐるぐると巻かれた頼りない布切れだけだ。
背後では、同じようにごそごそと衣擦れの音が聞こえる。咲夜もまた脱いでいるのだと思うと、ますます意識して身体が固まってしまう。
スカートに手をかけながら、なかなかそこから先に進めない。がちがちに固まってしまっている我が身と心をごまかすように、霊夢は何か呟かずにはいられなかった。
「の、覗いたりしてないでしょうね……っ」
「え?」
背中側から、遠くから聞こえるような声がかえってきた。すぐ側にいるはずだが、お互いに背を向けているため、声はどうしても遠くなる。
「あら、私は信用されていないのね」
「えっ!? そ……そんな、わけじゃ……ないけど」
ただ黙っていられなかったために言った、あまり意味のない言葉だ。思いもよらぬ反応に、霊夢は慌てる。
「ただ……そうね。咲夜、よくわからないところも、あるから……」
「よく言われるわ」
反射だけで言葉を紡いでいるような霊夢と違い、咲夜の声は常に落ち着いているように聞こえた。
「いいじゃない。これから知ってくれれば。これから、ゆっくりね。私の時間はあなたに捧げる――そう決めたんだから」
「あ……う、うん」
「もちろん、あなたの時間は私が奪うけどね」
「……うん」
胸が、かっと熱くなる。
先程までも十分に熱く激しく鼓動を続けていた心臓だったが、少しその質が変わったような気がした。
緊張も、恥ずかしさも、なくなったわけではない。
今もこの体を強く支配している。
ただ、その圧力に逆らって進むだけの暖かさを、彼女の言葉はくれた。
(しっかりしないと……)
震えながらも、一枚、一枚、最後まで全て取り払う。
その作業を終えると、霊夢は振り返り、咲夜の背中に抱きついていた。
「? 霊夢、私はまだ――」
「……ずるい」
「?」
「な、なんで、あんたは、そんな、いつも、いつもどおりに……落ち着いてるのよっ……私は、こんな……こんな……こんな、なってるのに……!」
直接肌が触れ合ったところから、霊夢の鼓動がそのまま咲夜の背中に伝わる。振動も音も熱も。この心中まで伝わっているのだろうか、と霊夢は思う。
「私だって、緊張してるわ」
「嘘……全然、見えないっ……あっ」
咲夜は、左手を背中側に回して、霊夢の頬を撫でた。
「そうね。覚悟の問題かしら」
「……覚悟?」
「私は可愛い霊夢をいっぱい可愛がる覚悟はできてるけど、あなたは私にいっぱい可愛がられる覚悟はまだできてないみたい」
「なっ……な……! な、なによ、それっ……なんでそんな……その、決まっちゃってるのよ! 不公平……じゃない……」
くすくす。
咲夜は優しく霊夢の耳を撫でながら、笑う。
「ほら、自覚ができていない。わかっていないなら、教えてあげる。あなたは今日は、可愛がられる役。ちゃんと受け止める覚悟をしなさい」
「なっ……!」
咲夜は素早く振り向いた。一瞬の隙に、霊夢の唇を奪う。
「……!」
唇は、ここではすぐに離す。力が抜けた霊夢を、この間に咲夜はベッドに押し倒していた。
「少し順番が早くなってしまったけど、あなたが望む通り、あなたが一番待っている言葉をあげる」
「……」
霊夢は、目の前の咲夜の顔を眺めながら。
反論もせず、その顔が少しずつ近づいてくるのを、じっと待ち続けた。
「さあ」
咲夜の唇が、霊夢の耳を摘む。
弱く息を吹きかけるように、耳元でその声は囁いた。
「あなたの恥ずかしいところを全部、私だけに見せて?」
そこで、目が覚めた。
「……」
霊夢はしばらく呆然と宙を眺めて、眺めて、眺めた。
そしてうつ伏せになって、布団を持ち上げて、ベッドに潜り込む。
「~~~~~~~~っ!!!」
ぼす。
ぼす。
ぐーで、ひたすらマットレスを殴った。
「な、な、ななななな……っ」
なんで。
あんな夢を。
言葉にならない叫びを、ベッドの中で繰り返す。
ぼす。
ぼす。ぼす。
「なんで、咲夜がっ……そ、その……なんで……私……っ」
ぼす。
ぼすぼす。
散々殴りまくって、ある程度混乱が落ち着いてきたところで、ようやく霊夢は、布団の感触がいつもと全然違うことに気づいた。
「…………?」
恐る恐る。
顔を上げる。
枕も、布団も、いつもと全然違うものだ。
というか、これはいわゆるベッドだ。
少なくとも博麗神社に、このようなものは、ない。
「え……なにこれ……」
布団を見て。
天井を見て。
部屋を見て。
ベッドの隣の椅子に座ってじっとこちらを眺めている咲夜を見て。
――ようやく、ここが紅魔館であることに思い至る。
「……ああ……そっか、ここで宴会やってて……」
少しずつ思い出す。
思い出すが、いまいち昨日の食事の途中からもう、記憶が怪しかった。
……
「……ってうあああああああああっ!? さ、ささささ咲夜ぅあああっ!?」
「ん。おはよう」
「な、なんっ、ちょ、ちょ、まっ……ええ、えっと……」
「?」
「いやそんな無表情で首を傾げる場面じゃないでしょおおっ! な、なんで、こんなところにいるのよっ!?」
「私はこの紅魔館に住まわせてもらってるから」
「知ってるわよっ! なんで私が寝てるところにいるのよっ! ……え……いや、えっと……いつから、いたの……?」
「昨日、あなたが酔いつぶれたときから、ずっと。この部屋に運んで、ずっとここに」
「ああああああああ」
霊夢は頭を抱える。
「って、なんでそんなわざわざっ! あんたつまり寝てないの!?」
「一応、こうなることも予想して早めにお嬢様が満腹になるように気をつけてはいたんだけど。万一、お嬢様があなたを襲いに来ると危険でしょう? 見張り役」
「えっ……あ、うん……それは……ありがとう。って、いやいや。もし本当にレミリアが私の血を吸いに来たらあんた逆らえないでしょうに」
「いいえ?」
ごく当たり前のように否定する咲夜を見て、霊夢は脱力する。
……いや、とりあえず霊夢にとってみれば、二人の関係がどういうものなのかはこの際今はどうでもよかった。
「……」
霊夢が沈黙すると、咲夜も何も喋らなくなる。
まるで、霊夢の質問に答えるためだけにそこにいる、機械にでもなっているかのようだった。
霊夢の頭の中ではぐるぐると色々な思考が回り巡っていた。
いかんせん。
記憶がないというのは、恐ろしい。
静けさの中、霊夢ははっと気づく。そういえば、今着ているものは巫女服ではない。もちろん寝るときには着替えるのは当たり前なのだが、着替えた覚えが全く無いのだ。だいいち、今着ているこのパジャマに、見覚えがない。
「……咲夜……あの、これ」
ちょい。霊夢は、パジャマの袖を引っ張って指し示す。
「私のお古よ。まだちょっと大きかったみたいだけど、まあ、小さいよりはいいでしょ」
「私、着替えた覚えがないんだけど」
「私が責任を持って」
「ああああああああああああっ! それでかあああああああっ!!」
咲夜の手によって、咲夜の服に着替させられたという事実。
意識してしまうと、このパジャマからも咲夜の匂いがしてくるように感じられた。霊夢はただでさえもう真っ赤になっている顔に、さらに熱が篭るのを実感せずにいられなかった。
思わず布団をまた被ってしまう。
もうゆでダコのようになっている顔を見られなくなかった。
……
当然のように、咲夜はその間、特に何も言わず、去ることもなく、そこに居続けた。
「……ねえ、咲夜」
しばらく経って、布団から顔を出して。
微妙に目を逸らしながら、しかし咲夜の顔は視界の端に捉えながら、霊夢は尋ねた。
……かなり、勇気を出した。
「何?」
「私、何か変な……変なコトとか、寝言とか、言ってなかった……?」
「……」
咲夜はまた、小さく首を傾げる。
そんな小さい仕草ひとつが、いちいち綺麗だ。そんなことを考えて、霊夢はまた恥ずかしくなる。どうかしている。
「ん」
咲夜は、ここで。
初めて……少し、笑った。
「安心して。私しか聞いていないから」
「ちょおおおおお何言ったの私ーーっ!?」
「ん? 聞きたいなら再現してあげるけど」
「……っ!?」
まさか。という思いが霊夢の思考を貫く。
咲夜が再現すると言うことは、咲夜に関するような寝言ではないということではないだろうか。まさか自分の名前が出てくるような寝言をリピートなどできや……
「……」
……するかもしれないから、咲夜は油断ならないのだ。霊夢は頭を抱える。
「ね、念のため……その、一応、ちょっとだけ、確認しておくだけなんだけどっ」
「うん」
「……咲夜の名前とか、出てた?」
その言葉を聞いて。
咲夜は、楽しげに、口の端を釣り上げた。
「なあに? 私の夢でも見た?」
「……っ!! な、なんでもないっ! 忘れろっ! ばかっ!」
ぶん。
枕を掴んで、投げる。
咲夜はそれを平然と受け止める。
「あら。洗濯ならあとでちゃんとやっておくのに」
「う、うう……帰れ! もう、出てけっ!」
「はいはい。元気なようでよかったわ」
咲夜は立ち上がる。
少し、んん、と呟いて表情を歪めた。足を軽く押さえる。が、すぐにまたいつもどおりの落ち着いた顔に戻った。
「あ……ずっと、座っていたから……ごめん。私のせいで」
「気にしないの。服とか全部置いてあるから、帰る準備ができたらまた呼んでちょうだい」
「……うん」
静かな足取りで、ドアに向かって歩いていく。
咲夜は、ドアに手をかけたところで、一度振り返った。
「そうそう」
「……な、なに」
霊夢は、今度は何かと身構える。
「私のお古だけど、ここだともう誰にもサイズあわないから、欲しいなら持って帰ってもいいわよ」
「……!?」
咲夜の。
咲夜の匂いがするパジャマを。
霊夢は一瞬そんなことを考えて、混乱して、ぶんぶんと頭を横に振る。
落ち着け。単に捨てるのがもったいないからどうぞ、という、極めて単純なそれだけの、よくある話だ。自分に言い聞かせる。
「あ……ありがとう。考えておくわ」
「で」
まだ何かあるのか。
ドキドキが収まらない霊夢の心臓が、悲鳴を上げそうだった。
咲夜は、そんな霊夢の様子をどこまで把握しているのか。
くす、と微笑んだ。
「私が着替させた、って言った時の『それでか』って何?」
「早く出てけっ!!」
「はいはい。――今日はこの枕で寝ようかしら」
「――!?」
「冗談。可愛いわよ、霊夢」
……ばたん。
言うだけ言い放って、ドアは閉まった。
霊夢一人を、部屋に残して。
「……」
……いそいそ。
霊夢はまた布団の中に潜り込んで。
ぼす。
ぼすぼす。
ひたすらに、ベッドを殴った。
貴重な咲霊分、ありがとうございました。とても美味しかったです!
何これあまい
ぼすぼす霊夢可愛いです^p^
ぼすぼす
にやにや。にやにや。
貴重な咲霊分ご馳走さまでした
空間に干渉してこの部屋を完全に外界から切り離すくらいはやってくれるでしょうね。
寧ろ、メイド教育で毎回やってそうな。
霊夢可愛すぎる
何これ
超甘い
ぼすぼす
ぼすぼすぼすぼす
霊夢可愛い。咲夜可愛い。咲霊甘すぎる。
ぼすぼすぼすぼす
あまあまで超良かったです.
セルフ補給乙です、ごちそうさまでしたw
甘くて最高の咲霊ですね。
クールだよ~咲夜さん、可愛いよ~霊夢さん
御馳走様でした~。ありがとうございました
個人的には咲夜さんの部屋には絶対に”でかふ○れいむ”があって、咲夜さんはそれを抱き枕にしていて欲しいと思いました>ごめんなさい。嬉しすぎて壊れましたw
もう、こんな可愛い霊夢、久しぶりに見ました。
ありがとうございます!
完全にやられました。
霊夢はやっぱりこうでないとww
ぼすぼす。
気が高まるぅ・・・ 溢れる・・ぅうおおぉオオオオオオオ!!