長月。
秋の始まりと取れる時期だが、暦では秋が終わる月という何ともおかしな時機。まぁ、秋と捉えて何の問題も無いだろう。
その証拠に、里では秋祭りの準備に人々が追われている。また数日は騒がしくなるだろう。
そんな中、僕こと森近霖之助は店内で店番という名の読書に耽っていた。
「……秋、か」
自然と口を突いてそんな言葉が出た。
秋はその気候から、何をするにも適した季節と言われている。
スポーツの秋。
食欲の秋。
そして、読書の秋。
僕は自分から疲れる様な事はしない主義だ。そして半妖のこの身故、食事は嗜好品でしか無い。
つまり僕には読書の秋が一番似合っているのだ。
外で紅葉が散る頃には酒を愉しむのも一興だが、それ以外は読書に限る。
そんな事を考えながら、本のページを一枚また一枚と捲ってゆく。この本ももう直ぐ読み終わる。
「……ふう」
と、そうこう言っている内に読み終わってしまったか。
本棚に次の本を取りに行こうと席を立った時だ。
「だ~れだ?」
僕の視界は、その言葉と共に何かによって遮られてしまった。
こんな芸当が出来る人妖は、一人しかいない。というか、声色で分かった。
「何の用だい……紫」
幻想郷を管理するスキマ妖怪、八雲紫だ。
「ふふ、正解ですわ」
視界を遮る物が退き、僕の目に光が戻る。
「今日は何の用だい?」
振り返りながら尋ねる。
案の定、後ろにいたのは紫だった。
「あら、理由が無ければ会いに来ては駄目なのかしら?」
「そうは言わないが……妖怪の賢者様がやって来るという事はそれなりの理由があるんじゃないかと思ってね」
「あら、じゃあ理由を付けましょうか?」
「出来ればそうしてくれると有難いね。君の様な大物が何の理由も無く此処にいる事が理解できない」
「ふふ、分かりましたわ。理由と言うのはコレよ」
言って、紫はスキマを出現させ中から何かを取り出した。
「食欲の秋。半妖の貴方に食欲は関係ありませんが、美味しい物は食べたいのではなくて?」
「それは……?」
紫がスキマから取り出した物は、栗や茸、茄子に薩摩芋。それにあれは……まさか、秋刀魚?
「秋の味覚が手に入りましたので。どうですか?」
「フム……」
言われ、考える。
外界の食材、それも今が旬の食材だ。
食事が嗜好以外の何者でもない僕にとって、その話は非常に魅力的だ。しかも秋刀魚などは此処幻想郷ではお目にかかれない貴重な食材。僕も数十年前に一度食べた事がある程度だ。
だが、一つ気がかりな事がある。
あの紫が何の見返りも無く僕にそんな美味しい話を持ってくるだろうか?
恐らく食べるだけ食べさせ、何か高価な道具を回収されてしまうかもしれない。
普通に商品にしているものなら全然問題は無いが、この機に非売品……最悪、草薙も危ういかもしれない。
「……何か企んでないかい?」
一応、聞いておいて損は無いだろう。
「嫌ですわ。私と貴方の仲じゃありませんか。そう警戒なさらないで下さいますか?」
口元を扇で隠しながら言われても、胡散臭さが増すだけだ。
……ますます怪しいな。
「言っておくが、食材と引き換えに非売品を持って行こうとしても無駄だよ」
「あらあら、随分と怪しまれているのね」
言うと、紫は扇をスキマに戻して続ける。
「……別に、何も邪な事は考えてませんわ。いい食材が手に入ったから、貴方と一緒に愉しみたい……それじゃ、納得していただけませんか?」
「……その言葉に、嘘偽りは無いね?」
「えぇ」
「……なら、遠慮なく頂くとするよ。秋刀魚なんて久しく食べてないからね」
「ふふ、有難う御座います。……では、台所をお借りしますね」
言いながら、紫は勝手場へと足を進めていく。
「ん……君が作るのかい?」
「えぇ。いけません?」
「ム……」
彼女に勝手場を貸すのか。何かされないか気にはなるが……秋刀魚の捌き方等分からないからな。素直に貸しておこう。
「わかった。頼むよ」
「ふふ、任されましたわ」
言って、彼女は奥へと引っ込んだ。
「さて……」
紫に勝手場を貸した以上調理は全て彼女の仕事となる為、僕のする事は無い。
下手に手伝おうとしても、逆に妨害になる恐れがある。
後ろから見ようものなら紫が不快感を感じ、正体不明の料理を出される可能性も無視できない。それぐらい、料理中に後ろに立たれるというのはイライラとくるものなのだ。
何をしようか少し悩んだが、視界の隅に本棚が入り思い直した。
「……秋は食欲だけではなかったな」
呟き、本棚から新しい本を取り出した。
***
「……ふぅ」
二冊目の本も読み終わり一息ついていると、勝手場の方から何とも良い香りが漂ってきた。
「……そろそろか」
呟き、傍らに置いてある朝から読んでいた数冊の本を手に本棚へと向かった。
「霖之助さん?もうすぐ出来ますから……って、あら?」
「あぁ。匂いで分かった」
「ふふ、でしたら居間でお待ちしてますわ」
「あぁ」
言って、紫に目を向ける。
「………………」
目を向け、固まったのが分かった。
「……あの、霖之助……さん?」
紫は、店に来た時の服の上からエプロンを着けていた。頭にはお揃いであろう三角巾もだ。
料理をする為だ、何の違和感も無い。……が、今回に限ってはその違和感の無さが原因だった。
彼女は結界を管理しているが、その殆どは彼女の式である藍がやっている様なものだ。故に、僕は紫が働く姿を想像出来ない。
だからだろうか。余りにも違和感が無さ過ぎた彼女の姿に、暫し思考が追いつかなかった。
「あ、あぁ、すまない。少し動揺した」
「あら、私に見惚れてしまったならそう言えばいいじゃないですか?」
言って、紫は此方に歩み寄り体を寄せる。
「貴方が望むなら……私は構いませんわよ?」
「……君は何を言っているんだい?」
「ふふ……分からないなら、分からせてあげますわ」
そう言うと、紫は僕の首に腕を回す。
「……一つ、いいだろうか」
一応、確認しておくべきだろう。
「あら、貴方が望むならこの格好のままでも……」
それを聞き、僕は少し溜めてから言った。
「鍋……」
「……ゑ?」
沈黙。
「………………」
「………………」
そして勝手場から聞こえてくる、見計らう様な吹き零れの音。
「あぁ! 煮っ転がしが!」
叫び、紫は勝手場へと駆けて行った。
何をするつもりだったのかは知らないが、勝手場を貸している以上火の始末ぐらいはしっかりしてほしいものだ。
「しかし……」
しかしだ。今さっき彼女が放った声は、ほんの少し色香を纏っていたような気がする。
だが鍋の事を思い出すと、途端に声色を変えた。恐らく僕の反応を見て遊んでいるのだろう。
矢張り彼女は油断ならないな。紫と関わる時は用心しなければ。
そう、改めて誓った。
***
居間に行くと、そこには既に料理が並べられていた。
「さぁ、どうぞ?」
「あぁ、頂くよ」
言って、席に着く。紫は僕の隣りで栗ご飯をよそっている。
「はい」
「あぁ。……頂きます」
「はい、召し上がれ?」
挨拶を済ませ、先ずは薩摩芋の味噌汁に口をつける。
芋の甘味が溶け出し、味噌だけでは作れない味が口に広がった。
「……うん、美味しい」
「ふふ、当然ですわ。美味しくなるように作りましたから」
紫は僕の顔を見、微笑んでそう言う。
しかし、こうして食べてみると矢張り意外だな。
「しかし……君は料理が出来たんだね。驚いた」
「あら失礼ね。藍に料理を教えたのは誰だと思っているのかしら?」
「ほぅ、彼女は家事全般が得意だと君から聞いていたが……成程、得心いったよ」
「そうですか……では、私も」
言って、紫は自分の分の栗ご飯をよそう。
「あ、そっちの天麩羅取ってくださいますか?」
「ん?あぁ」
紫が僕の方に置いてある天麩羅を指差してそう言う。
彼女ならスキマで何処にでも箸が伸ばせるだろうに……いや、行儀が悪いか。
茄子の天麩羅を箸で掴み、紫の方へと持っていく。
「ほら……」
ほら、何処に置けばいい。
そう続けようとした僕の言葉は、喉の奥へと消えていった。何故なら。
「ぁむ……」
僕が差し出した天麩羅を、紫がそのままサクサクといい音を立てながら食べたからだ。
即ち、僕が彼女に食べさせている構図となる。
「………………」
「……ん、美味しいですわ」
「……そうかい」
全く、この賢者は何時も考えが読めないな。
そのくせ此方の考えは覚でもないのにお見通しとは……ますます油断ならない。
「霖之助さん?」
「ん?」
「はい、お返しですわ」
見ると、紫は自分の栗ご飯を箸に取り僕の方へ差し出している。
……食え、という事だろうか。
「早く。腕が疲れちゃいますわ」
「あ、あぁ」
言われ、慌てて口へと運ぶ。
栗のほのかな甘味が白米と合わさり、何ともいい味を出している。
「美味しいですか?」
「あぁ……美味いが」
「ふふ」
短く笑うと、紫は自分の食事へと戻る。
一体何がしたいのやら。本気で分からないな。
まぁいいか。思い、僕も食事を再開した。
……紫が食事を再開し、一口目を食べる時何かを渋っていた様だったが……まぁ関係無いか。
***
「ご馳走様」
「ご馳走様」
食事が終わり、手を合わせる。
「いや、中々に美味だったよ。食欲の秋とはよく言ったものだ」
「秋は美味しい食べ物が多い時機ですから。それに幻想郷には海がありませんからね」
「あぁ、秋刀魚を再び口にする事が出来るとは夢にも思わなかったよ」
「それは重畳……ですわね」
そう言って、紫は纏めた食器を勝手場へと持って行く。
「あぁ、洗い物ぐらい僕が……」
「いいえ、勝手に来て勝手に料理を作ったのは私。ならば洗い物も私の仕事ですわ」
そう言われてしまっては返す言葉が無い。
「そうか、じゃあお言葉に甘えさせてもらうよ」
「えぇ。……じゃあ、もうお風呂に入っては?」
「風呂?」
「えぇ、いい時間ですし……」
紫の言葉通り、今は日も沈みきっており、既に妖怪の時間となっている。
だが、今から風呂を沸かそうものならかなりの時間が掛かる。
「あぁ、時間の心配はご無用ですわ。さっき沸かしておきましたから」
僕の心を読んだ様に紫が声を掛ける。本当は覚なんじゃないだろうか?
「何時の間に……」
「貴方が本を読んでいる間に、ですわ。昼から今までに何時間あったと思って?」
「……成程」
納得した。ならば素直に甘えさせてもらうとしよう。
「全く……良く出来た女性だよ、君は」
「ふふ、お嫁さんに如何?」
「それは遠慮しておこう」
覚でもないのに何時も心を見透かす様な相手と夫婦になったら精神的に参ってしまう。
「あら、そうですか……」
紫は背を向けたまま答える。
向こうも冗談で言ったんだろうが……気まずい。
「……じゃあ、入ってくるよ」
「……はい」
逃げる様に、僕はその場を後にした。
***
「……ふぅ」
香霖堂の風呂は……作った本人が言うのも何だが、無駄に広い。
大人二人は平気で入れるであろう浴槽があり、全体は居間の三分の二程の大きさだ。
何故そんなに広く作ったか。それにも当然理由がある。
風呂とは疲れを癒す場所であり、体を洗い清める場所でもある。
疲れを癒すのに狭い風呂では癒せるものも癒せはしない。
まぁ、つまりは個人的な設計でこうなったのだ。
「……さて、そろそろ出るか」
男の長湯はみっともない。
誰がそう言いだしたのかは知らないが、それに習い少し早めに風呂を出る。
「……あぁ、着替えを忘れてしまったな」
体を拭きながら思った。
僕とした事がうっかりしていたな。
「……仕方ない」
腰にタオルを巻き、着替えを取りに行こうと脱衣所の扉を開けた。
「霖之助さん、着替えは此処……に……」
扉の向こうにいたのは、紫。
手に僕の着替えを持っている事から、恐らく気付いて持ってきてくれたのだろう。
「あぁ、有難う」
「い、いえ、その、あ、当たり前の事ですわ」
少し俯きながら紫は答える。顔が耳まで真っ赤だが、どうしたのだろうか?
「で、では」
言って、紫は脱衣所を飛び出して行った。
「……?」
一体彼女に何があったというのだろうか?
どれだけ考えても、それは分からなかった。
***
渡された服に着替え居間へと足を進める。
「あ、あら、湯加減はどうでしたか?」
「あぁ、丁度良かったよ」
「そうですか」
「あぁ」
話す事も無くなり、無言の時間が訪れる。
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
それを破ったのは、何故か顔が赤い紫。
「で、では今日はこれで」
「うん?あぁ、今日は世話になりっぱなしだったね」
「いえ、気になさらないで下さい。私がしたかっただけですから」
「そうか」
「えぇ。……では、お休みなさい、霖之助さん」
「あぁ、お休み」
言って、紫はスキマを出現させ、その中に消えていった。
「……結局、紫は何がしたかったのやら……?」
少し考えたが、無駄かと思いすぐに放棄した。
***
「ら~ん……」
「あれ?紫様、今日は店主殿の家に泊まるんじゃ?そしてそのまま夜の大運動会と言っていたでは……」
「そう思ってたんだけど……」
「はぁ……」
「……霖之助さんの、お風呂上りの姿を目にしちゃってね……」
「はぁ」
「その、下……は、タオル巻いてたから見えなかったんだけど」
「ほぅ」
「霖之助さんの体見ちゃったら、その、恥ずかしくなっちゃって……」
「そうですか」
「……うん」
「そこで一歩踏み出せば今後の店主殿の対応も変わりそうなものですけどねぇ……」
「……私だって女の子なのよぅ……」
夜の大運動会ってwwwww
今日は敬ろ(ガオン ですね~。
ところで、一歩踏み出してもこの店主殿では対応が変わらない恐れが……。
すっかり忘れてました。
さて紫、香霖の服の場所が分かり当然の様に風呂場まで行けた事に着いて話そうか。
いつまでも、いつまでも女の子らしさを忘れずにね!
…可愛いなぁ。
>>1 様
『大人版秋の大運動会』とどっちにするか迷いましたw
>>投げ槍 様
えぇ、最高に可愛いです。
>>拡散ポンプ 様
いやいや、一晩を共にすれば流石に何かしらありますよwww
>>奇声を発する程度の能力 様
うぶな紫様も可愛いんです!
>>5 様
ありがとう!
>>華彩神護.K 様
紫「き、着替えは霖之助さんが忘れたのを見つけただけで、私が沸かしたんだからお風呂までは普通に行けるわよ!そんな変な言い方しなくてもいいじゃないのよぅ……馬鹿ぁ……」
>>けやっきー 様
ありがとう!
忘れません、永遠の少女ですからw
可愛いです!
読んでくれた全ての方に感謝!