「ねぇ、ルーミア」
「んー? なあに?」
「……もう私たち、結婚しちゃわない?」
ミスティアが突然そんなことを言ったので、ルーミアはきょとんとして、せわしなく動かしていた箸を止めた。
秋になりかけた頃の、寂しいけれどもどこか心が浮き立つような空気が漂う夜のこと。ミスティアの鳥目に引っかかった客は珍しく誰もおらず、ルーミアは楽しく屋台を独占していた。いつものように(無料で)出された鰻料理をぽんぽん頬張っているとき、それまで黙ってルーミアを見つめていたミスティアが、僅かばかりのためらいとともに言ったのがさっきの台詞である。ルーミアは箸を置き、水をごくりと飲んで、もう一度ミスティアを見返した。
「結婚?」
「そう」
「どうして?」
「だってさ、ルーミアずうっとタダで私の料理食べてるわけでしょー。ええっと、もう数えるのやめたけど、たくさん。それなのに、いつまでも屋台の主とお客っていう関係じゃ、なんかもったいないなって思ったの」
「そうかなぁ」
「そうだよー」
「うーん、でも結婚ってなんなんだろ。よくわかんない」
「私も詳しくは知らないんだけど……魔理沙に聞いた話だと、一緒に毎朝お味噌汁を食べるような関係らしいよ」
「お味噌汁?」
「おみそしる。」
「おー……ミスティアの作ったお味噌汁なら、毎朝でも食べたいかも」
「でしょ! じゃあさ」
「でもそれって、結婚なんてしなくても出来るんじゃないの? 私が毎朝ミスティアの小屋に行ってごちそうになればいいんだから」
「うぅん、そうじゃないの。おんなじベッドで寝て、おんなじ時間に起きて、『今日も寒いね』とかいいながらテーブルで一緒にお味噌汁を啜るの。そのつらなりが大事なんだよ」
「へー、そーなのかー!」
「どう、ルーミア。私のお味噌汁を毎朝食べたくない? そうならさ、結婚しようよ」
ミスティアが屋台のテーブルの上に両肘を突き、お花のように両手で頬を包み込みながら、とっても可愛らしい笑顔を見せた。ルーミアはどきっとしつつ、少し考えたあとで言った。
「うん。いいよ」
「やった! じゃあ私たち、これから夫婦だね!」
「うん……うん?」
ルーミアがミスティアの小屋にいつくようになったのは、そんな次第である。
さて、めでたく夫婦となった二人であるけれども、ルーミアは取り立てて何かが変わったとも思えなかった。一つ変化が感じられるとすれば、それはミスティアのルーミアを見るまなざしの中に、いつもの悪戯っぽい茶目っけとは違う、僅かに熱に浮かされたような色合いが垣間見えることだ。それを見つめていると、ルーミアのほうもなんだか頭の中がぽわぽわするような不思議な感覚に襲われる……
それはさておき、こうして口頭での結婚を果たしたのち、ミスティアは「挨拶周り」に行くべきだと主張した。二人が結婚したことを周りに自慢して、お祝いの品をがっぽり頂くのだと言う。それ誰に聞いたのと問うと、案の定「魔理沙」という答えが返ってきた。なんだか怪しいなあと感じつつも、ミスティアに二の腕に抱きつかれて、それが気恥かしくも案外心地よいことだったりして、まぁいいや、とりあえず済ませてしまおうと思ったルーミアである。
「へ? 結婚したの? 二人とも」
リグルはやはりきょとんとして訊き返した。
「うん。えへへー。うらやましいでしょ」
ミスティアがにっこり笑い、ますます強くルーミアの二の腕に抱きつく。抱きつかれているほうはどぎまぎして喋るどころではない。
リグルは頭をぽりぽりと掻いた。
「うーん、いや、うらやましかないけどさ……まぁとりあえず、おめでとう」
「ありがとー」
「で、式はいつなわけ? もちろん呼んでくれるんだよね?」
「ううん。挙げないの。私たちはそういう古い儀式には懐疑的なのよ」
「へぇ、それは凄い」
「ねぇ、ミスティア、会議的ってなぁに?」
ルーミアは訊くも、ミスティアの屈託のない笑顔の前ではぐらかされてしまう。まぁいいや、可愛いし。
「で、リグル。私たち結婚したんだからさ、お祝いに何かくれないかなー?」
「そういうのに懐疑的じゃなかったんだっけ?」
「私、そんなこと言ったっけ」
さすがの鳥頭クオリティ。素で忘れている。
リグルは溜息をつきつつ、腕組みをして思案する。
「……といっても思いつかないな。そっちは何が欲しいのさ」
「うーん、そうだなぁ。なんてったって私、夜雀だし、鳥だし……」
ミスティアの瞳が少し危険な色に染まる。リグルはミスティアの言わんとすることをすぐ呑みこんだらしく、青ざめてぶんぶん首を振った。
「駄目駄目!! 同族(ともだち)を売るなんてこと絶対出来ない! 無理! 諦めて!」
「ちぇー……まぁいっか。ルーミアは欲しいもの、なにかある?」
「イナゴの佃煮!」
つまみだされた。
「ケッコン?」
案の定、チルノはそれを聞いたとき、目をパチクリさせた。
二人は霧の湖に来ていた。ここにはルーミアとミスティアがよく遊ぶ友人、チルノと大妖精がいる。霧の湖の端から端まで競走していた仲の良い妖精たちをつかまえ、例によってミスティアがこの度めでたく夫婦となった次第を伝えた。
「そう、結婚。チルノも知ってるでしょ?」
ミスティアがにやにやしながら言う。何かを企んでいるような笑みだ。
「……も、もちろん! さいきょーのあたいにわからないことなんてないよ! ねぇ大ちゃん!」
「うっ、うんっ!」
同じようにチルノの斜め後ろで眼をパチクリさせていた大妖精が、チルノによって突然会話の矢面に立たされてしどろもどろになる。どうやら、セミロングの緑髪の彼女のほうは結婚がどういうものか知っているようだ。
「で、大ちゃん。あたいの代わりにこの二人に説明してあげなよ! その、ケッコンっていうのがなんなのかをさ」
「え、わ、わたしが?」
「そう!」
「え、えーと、その、ですね。結婚っていうのは、あの」
大妖精が顔を真っ赤にしてうつむき、両手の人差し指の先をつんつんと合わせる。
「その……お互いに好き合ってる人たちが、することで」
「ふんふん。それで?」
ミスティアが笑いを噛み殺しながら促す。
「えっと、一緒に住んだりとかして、あと、子供が出来たり……」
「そういうわけ! どう? わかった?」
自分がしたわけでもないのに、ふふんとチルノが胸を反らせる。大妖精はホッとしたようにチルノの後ろに隠れる。
「うん。まぁ大体おっけーかな……ところでさぁ、チルノは結婚してないわけ?」
そこへ来て、ようやくルーミアはミスティアの狙いがわかった。
「え……あたいが?」
「そう。結婚ってさ、私が思うに、『さいきょー』になるための絶対必要な条件なんだけど……え、まさかチルノ、結婚もしてないの?」
「そーなの?」
チルノが答えを求めるようにこちらを見る。ルーミアはミスティアの目配せを受けて、うんと頷く。
「なんだかね、ミスティアと結婚してから、どことなく強くなった気がする。今ならチルノにも余裕で勝てるんじゃないかなー」
「そっ、そんなことあるわけないじゃん! さいきょーなのはあたいだもん!」
「えー、でもチルノ、結婚してないし……やっぱり、ねぇ? 最強とは呼べないんじゃないかなぁ」
ミスティアが俯き加減に微笑みながら煽っている。恐るべし。
「そ、それならさ、あたいも結婚すれば、もっともっと最強になるってことだよね!」
「うん、そうなるね」
「じゃあ……じゃあ……大ちゃん!」
「な、なに?」
「あたいと結婚して!」
「え!?」
突然プロポーズされた大妖精が真っ赤になる。言葉を失い、口を魚のようにぱくぱくさせる。
「結婚って、その人のことが好きならできるんでしょ? あたい大ちゃんのこと大好きだよ!」
「え……あう……そ、そんな……」
「大ちゃんはあたいのこと、嫌い?」
「そ、そんなことないよっ! そんなこと、ない、けど」
傍から見ても哀れなくらいに真っ赤な大妖精。ミスティアはそれを見て満足したようで、「じゃ、お幸せにー」と言いながらルーミアの腕を引っ張って湖をあとにした。
「はー、面白かった。そろそろ私たちの小屋に帰ろっか」
「うん。お腹空いた―」
「うふふ。今夜の夕飯はねぇ……」
「わくわく」
「鶏肉の入ったシチュー!」
「いいの?」
「冗談冗談」
夕食を終えて、二人は湯浴みを済ませたのち、同じベッドの上にぺたりと座りこんだ。こちらを見るミスティアの顔は、はにかんで赤くなっている。
「ねぇ、ルーミア……来て」
誘われるままに、ルーミアはミスティアに手を伸ばす。
「ん……はぁ、そこ……気持ちい……」
ミスティアが吐息の混じった甘い声をあげるので、ルーミアはなんだか嬉しくなる。
「ここが気持ち良いの?」
「うん……そう、そうやって、優しくね」
ルーミアは、彼女を一片たりとも傷つけないように優しく撫でる。その肌触りに、天にも昇るような心地になる。
「ひゃうっ……ちょっと、くすぐったいかも」
「ご、ごめんね」
「ううん。気にしないで……もうちょっと乱暴にしていいから、続けて……」
しかしルーミアには、ミスティアを乱暴に扱うなんてことが考えられなかった。そんなことは悪魔の所業、絶対にやってはいけないことの一つだ……こんなにも壊れやすそうな柔らかいものを邪険に扱うなんて、ルーミアにはできない。
「……はぁ、ふ……ルーミアぁ、もっとそこ、触ってっ」
ミスティアの声が高まる。それに合わせて、ルーミアも手を激しく動かす。
「ふぁ、すっごくいいよぉ……羽根」
なにをしているかというと、ミスティアの羽根の毛繕いである。
「ふぅ、気持ち良かった。ありがと、ルーミア」
「いつもは一人でするの?」
「うん。普通はね。実は……誰かに羽根こんなにたくさん触られたの、初めてなんだ」
「え……」
「これから毎日、してね?」
ミスティアの悩殺上目遣い攻撃。ルーミアは頷くことしかできなかった。
夜の寝室。外からの月明かりに照らされて、ミスティアはすぅすぅと可愛い寝息を立てている。着ているのは小豆色の素敵なベビードールで、姿勢は横向きだった。そうして寝ないと、羽根の付け根が体の下になって痛いのだという。必然、顔が隣に寝っ転がる伴侶の方を向くことになって、ルーミアは眠れない夜を過ごすことになった。
同じように横向きになって、ミスティアの小作りな顔と長い耳、重ねられた両手と長い爪を見ながら、ルーミアは少し考え事をする。なんだか受身のままでここまで来てしまったが、そろそろ、ルーミアも何かしたいところだった。結婚とは、一方的でなく相互に与えあうものではないのか? 理由はわからないけど、そんな気がした。
僅かに半開きになった、ミスティアの桜色の唇。そこに自分の唇を押しつけてみたいと感じる。そうしたらなにか、とっても気持ちいいような気がする……どんな味がするのだろう。ルーミアは食べ物の味にはそれなりにこだわるほうだったが、食べなくとも、美味しいものはあるのではないか? ミスティアの唇は、決して減ることのない、そんな希有なものなのでは? それならば……
ルーミアはミスティアに顔を近づける。彼女の顔が接近するにつれて、鼓動が高まってくる。もう少し。もう少しできっと、この世のものとは思えない甘美な味が――
「んんぅ……るーみゃ……?」
可愛い呻き声を上げてミスティアが目を開けたので、ルーミアは慌てて顔を離した。
「あ……ごめんね。起こしちゃった?」
「ううん……ルーミア、寝ないの?」
「寝るよ。今寝る」
「もっとこっちきて」
「ん」
ミスティアがルーミアの二の腕を抱きしめる。安心したような笑みをこぼす。
「一緒に寝よ」
「……うん」
そうして二人で、なんの不安もなく、暖かな眠りの世界に落ちていった。夢の中で、何か甘くて切ない味を覚えたような気がしたけど、気のせいだったかもしれない。
目が覚めると、隣にミスティアはいなかった。もしや昨日起きたことはすべて夢だったか、と寝ぼけた頭で考えるも、見まわせば自分の住み家ではない、小さいけれども居心地の良い木の中の小屋。まぎれもない、ミスティアの家だ。
着替えて部屋を出ると、良い匂いに鼻をひくつかせた。条件反射的に、お腹がぐーと鳴った。この食欲をそそる匂い……お味噌汁だ。
「おはよー、ルーミア!」
「うん、おは……」
ミスティアの恰好を見て、ルーミアは目をパチクリさせた。いつも屋台で女将の姿をしているから、そんな姿は見慣れている。でも、今の恰好は……
「あの、ミスティア」
「なあに?」
「その、エプロンの下って、もしかして着てな」
「あっ、ルーミア、お味噌汁とご飯冷めちゃうよ。ねっ、食べよ」
どぎまぎしながら食卓につく。テーブルの上には、ご飯、お味噌汁、サラダに焼き魚、そしてヨーグルトと、非常に健康的なメニューがほくほくと湯気を立てている。ルーミアはミスティアの服装のことは考えないようにして、とりあえず目の前の料理に集中しようと決めた。
「それじゃ……いただきます」
「いただきます」
ルーミアはまずお味噌汁を口に含んでみる。いつも、屋台で出されるのと同じ味。でも、ここでミスティアと一緒に食べるということに、一番の意味があるような気がした。
ミスティアはお味噌汁をしみじみと味わうルーミアを見て、ふふふと笑みをこぼした。
「ミスティア? どうしたの?」
「ううん……こういうの、いいなってね」
「うん。美味しいね。いつも通りの味」
「ねぇ、ルーミア」
「ん?」
「よろしくね」
「うん」
ルーミアはお椀を置いて頷き、窓から差し込む朝の光に目を細めた。
「んー? なあに?」
「……もう私たち、結婚しちゃわない?」
ミスティアが突然そんなことを言ったので、ルーミアはきょとんとして、せわしなく動かしていた箸を止めた。
秋になりかけた頃の、寂しいけれどもどこか心が浮き立つような空気が漂う夜のこと。ミスティアの鳥目に引っかかった客は珍しく誰もおらず、ルーミアは楽しく屋台を独占していた。いつものように(無料で)出された鰻料理をぽんぽん頬張っているとき、それまで黙ってルーミアを見つめていたミスティアが、僅かばかりのためらいとともに言ったのがさっきの台詞である。ルーミアは箸を置き、水をごくりと飲んで、もう一度ミスティアを見返した。
「結婚?」
「そう」
「どうして?」
「だってさ、ルーミアずうっとタダで私の料理食べてるわけでしょー。ええっと、もう数えるのやめたけど、たくさん。それなのに、いつまでも屋台の主とお客っていう関係じゃ、なんかもったいないなって思ったの」
「そうかなぁ」
「そうだよー」
「うーん、でも結婚ってなんなんだろ。よくわかんない」
「私も詳しくは知らないんだけど……魔理沙に聞いた話だと、一緒に毎朝お味噌汁を食べるような関係らしいよ」
「お味噌汁?」
「おみそしる。」
「おー……ミスティアの作ったお味噌汁なら、毎朝でも食べたいかも」
「でしょ! じゃあさ」
「でもそれって、結婚なんてしなくても出来るんじゃないの? 私が毎朝ミスティアの小屋に行ってごちそうになればいいんだから」
「うぅん、そうじゃないの。おんなじベッドで寝て、おんなじ時間に起きて、『今日も寒いね』とかいいながらテーブルで一緒にお味噌汁を啜るの。そのつらなりが大事なんだよ」
「へー、そーなのかー!」
「どう、ルーミア。私のお味噌汁を毎朝食べたくない? そうならさ、結婚しようよ」
ミスティアが屋台のテーブルの上に両肘を突き、お花のように両手で頬を包み込みながら、とっても可愛らしい笑顔を見せた。ルーミアはどきっとしつつ、少し考えたあとで言った。
「うん。いいよ」
「やった! じゃあ私たち、これから夫婦だね!」
「うん……うん?」
ルーミアがミスティアの小屋にいつくようになったのは、そんな次第である。
さて、めでたく夫婦となった二人であるけれども、ルーミアは取り立てて何かが変わったとも思えなかった。一つ変化が感じられるとすれば、それはミスティアのルーミアを見るまなざしの中に、いつもの悪戯っぽい茶目っけとは違う、僅かに熱に浮かされたような色合いが垣間見えることだ。それを見つめていると、ルーミアのほうもなんだか頭の中がぽわぽわするような不思議な感覚に襲われる……
それはさておき、こうして口頭での結婚を果たしたのち、ミスティアは「挨拶周り」に行くべきだと主張した。二人が結婚したことを周りに自慢して、お祝いの品をがっぽり頂くのだと言う。それ誰に聞いたのと問うと、案の定「魔理沙」という答えが返ってきた。なんだか怪しいなあと感じつつも、ミスティアに二の腕に抱きつかれて、それが気恥かしくも案外心地よいことだったりして、まぁいいや、とりあえず済ませてしまおうと思ったルーミアである。
「へ? 結婚したの? 二人とも」
リグルはやはりきょとんとして訊き返した。
「うん。えへへー。うらやましいでしょ」
ミスティアがにっこり笑い、ますます強くルーミアの二の腕に抱きつく。抱きつかれているほうはどぎまぎして喋るどころではない。
リグルは頭をぽりぽりと掻いた。
「うーん、いや、うらやましかないけどさ……まぁとりあえず、おめでとう」
「ありがとー」
「で、式はいつなわけ? もちろん呼んでくれるんだよね?」
「ううん。挙げないの。私たちはそういう古い儀式には懐疑的なのよ」
「へぇ、それは凄い」
「ねぇ、ミスティア、会議的ってなぁに?」
ルーミアは訊くも、ミスティアの屈託のない笑顔の前ではぐらかされてしまう。まぁいいや、可愛いし。
「で、リグル。私たち結婚したんだからさ、お祝いに何かくれないかなー?」
「そういうのに懐疑的じゃなかったんだっけ?」
「私、そんなこと言ったっけ」
さすがの鳥頭クオリティ。素で忘れている。
リグルは溜息をつきつつ、腕組みをして思案する。
「……といっても思いつかないな。そっちは何が欲しいのさ」
「うーん、そうだなぁ。なんてったって私、夜雀だし、鳥だし……」
ミスティアの瞳が少し危険な色に染まる。リグルはミスティアの言わんとすることをすぐ呑みこんだらしく、青ざめてぶんぶん首を振った。
「駄目駄目!! 同族(ともだち)を売るなんてこと絶対出来ない! 無理! 諦めて!」
「ちぇー……まぁいっか。ルーミアは欲しいもの、なにかある?」
「イナゴの佃煮!」
つまみだされた。
「ケッコン?」
案の定、チルノはそれを聞いたとき、目をパチクリさせた。
二人は霧の湖に来ていた。ここにはルーミアとミスティアがよく遊ぶ友人、チルノと大妖精がいる。霧の湖の端から端まで競走していた仲の良い妖精たちをつかまえ、例によってミスティアがこの度めでたく夫婦となった次第を伝えた。
「そう、結婚。チルノも知ってるでしょ?」
ミスティアがにやにやしながら言う。何かを企んでいるような笑みだ。
「……も、もちろん! さいきょーのあたいにわからないことなんてないよ! ねぇ大ちゃん!」
「うっ、うんっ!」
同じようにチルノの斜め後ろで眼をパチクリさせていた大妖精が、チルノによって突然会話の矢面に立たされてしどろもどろになる。どうやら、セミロングの緑髪の彼女のほうは結婚がどういうものか知っているようだ。
「で、大ちゃん。あたいの代わりにこの二人に説明してあげなよ! その、ケッコンっていうのがなんなのかをさ」
「え、わ、わたしが?」
「そう!」
「え、えーと、その、ですね。結婚っていうのは、あの」
大妖精が顔を真っ赤にしてうつむき、両手の人差し指の先をつんつんと合わせる。
「その……お互いに好き合ってる人たちが、することで」
「ふんふん。それで?」
ミスティアが笑いを噛み殺しながら促す。
「えっと、一緒に住んだりとかして、あと、子供が出来たり……」
「そういうわけ! どう? わかった?」
自分がしたわけでもないのに、ふふんとチルノが胸を反らせる。大妖精はホッとしたようにチルノの後ろに隠れる。
「うん。まぁ大体おっけーかな……ところでさぁ、チルノは結婚してないわけ?」
そこへ来て、ようやくルーミアはミスティアの狙いがわかった。
「え……あたいが?」
「そう。結婚ってさ、私が思うに、『さいきょー』になるための絶対必要な条件なんだけど……え、まさかチルノ、結婚もしてないの?」
「そーなの?」
チルノが答えを求めるようにこちらを見る。ルーミアはミスティアの目配せを受けて、うんと頷く。
「なんだかね、ミスティアと結婚してから、どことなく強くなった気がする。今ならチルノにも余裕で勝てるんじゃないかなー」
「そっ、そんなことあるわけないじゃん! さいきょーなのはあたいだもん!」
「えー、でもチルノ、結婚してないし……やっぱり、ねぇ? 最強とは呼べないんじゃないかなぁ」
ミスティアが俯き加減に微笑みながら煽っている。恐るべし。
「そ、それならさ、あたいも結婚すれば、もっともっと最強になるってことだよね!」
「うん、そうなるね」
「じゃあ……じゃあ……大ちゃん!」
「な、なに?」
「あたいと結婚して!」
「え!?」
突然プロポーズされた大妖精が真っ赤になる。言葉を失い、口を魚のようにぱくぱくさせる。
「結婚って、その人のことが好きならできるんでしょ? あたい大ちゃんのこと大好きだよ!」
「え……あう……そ、そんな……」
「大ちゃんはあたいのこと、嫌い?」
「そ、そんなことないよっ! そんなこと、ない、けど」
傍から見ても哀れなくらいに真っ赤な大妖精。ミスティアはそれを見て満足したようで、「じゃ、お幸せにー」と言いながらルーミアの腕を引っ張って湖をあとにした。
「はー、面白かった。そろそろ私たちの小屋に帰ろっか」
「うん。お腹空いた―」
「うふふ。今夜の夕飯はねぇ……」
「わくわく」
「鶏肉の入ったシチュー!」
「いいの?」
「冗談冗談」
夕食を終えて、二人は湯浴みを済ませたのち、同じベッドの上にぺたりと座りこんだ。こちらを見るミスティアの顔は、はにかんで赤くなっている。
「ねぇ、ルーミア……来て」
誘われるままに、ルーミアはミスティアに手を伸ばす。
「ん……はぁ、そこ……気持ちい……」
ミスティアが吐息の混じった甘い声をあげるので、ルーミアはなんだか嬉しくなる。
「ここが気持ち良いの?」
「うん……そう、そうやって、優しくね」
ルーミアは、彼女を一片たりとも傷つけないように優しく撫でる。その肌触りに、天にも昇るような心地になる。
「ひゃうっ……ちょっと、くすぐったいかも」
「ご、ごめんね」
「ううん。気にしないで……もうちょっと乱暴にしていいから、続けて……」
しかしルーミアには、ミスティアを乱暴に扱うなんてことが考えられなかった。そんなことは悪魔の所業、絶対にやってはいけないことの一つだ……こんなにも壊れやすそうな柔らかいものを邪険に扱うなんて、ルーミアにはできない。
「……はぁ、ふ……ルーミアぁ、もっとそこ、触ってっ」
ミスティアの声が高まる。それに合わせて、ルーミアも手を激しく動かす。
「ふぁ、すっごくいいよぉ……羽根」
なにをしているかというと、ミスティアの羽根の毛繕いである。
「ふぅ、気持ち良かった。ありがと、ルーミア」
「いつもは一人でするの?」
「うん。普通はね。実は……誰かに羽根こんなにたくさん触られたの、初めてなんだ」
「え……」
「これから毎日、してね?」
ミスティアの悩殺上目遣い攻撃。ルーミアは頷くことしかできなかった。
夜の寝室。外からの月明かりに照らされて、ミスティアはすぅすぅと可愛い寝息を立てている。着ているのは小豆色の素敵なベビードールで、姿勢は横向きだった。そうして寝ないと、羽根の付け根が体の下になって痛いのだという。必然、顔が隣に寝っ転がる伴侶の方を向くことになって、ルーミアは眠れない夜を過ごすことになった。
同じように横向きになって、ミスティアの小作りな顔と長い耳、重ねられた両手と長い爪を見ながら、ルーミアは少し考え事をする。なんだか受身のままでここまで来てしまったが、そろそろ、ルーミアも何かしたいところだった。結婚とは、一方的でなく相互に与えあうものではないのか? 理由はわからないけど、そんな気がした。
僅かに半開きになった、ミスティアの桜色の唇。そこに自分の唇を押しつけてみたいと感じる。そうしたらなにか、とっても気持ちいいような気がする……どんな味がするのだろう。ルーミアは食べ物の味にはそれなりにこだわるほうだったが、食べなくとも、美味しいものはあるのではないか? ミスティアの唇は、決して減ることのない、そんな希有なものなのでは? それならば……
ルーミアはミスティアに顔を近づける。彼女の顔が接近するにつれて、鼓動が高まってくる。もう少し。もう少しできっと、この世のものとは思えない甘美な味が――
「んんぅ……るーみゃ……?」
可愛い呻き声を上げてミスティアが目を開けたので、ルーミアは慌てて顔を離した。
「あ……ごめんね。起こしちゃった?」
「ううん……ルーミア、寝ないの?」
「寝るよ。今寝る」
「もっとこっちきて」
「ん」
ミスティアがルーミアの二の腕を抱きしめる。安心したような笑みをこぼす。
「一緒に寝よ」
「……うん」
そうして二人で、なんの不安もなく、暖かな眠りの世界に落ちていった。夢の中で、何か甘くて切ない味を覚えたような気がしたけど、気のせいだったかもしれない。
目が覚めると、隣にミスティアはいなかった。もしや昨日起きたことはすべて夢だったか、と寝ぼけた頭で考えるも、見まわせば自分の住み家ではない、小さいけれども居心地の良い木の中の小屋。まぎれもない、ミスティアの家だ。
着替えて部屋を出ると、良い匂いに鼻をひくつかせた。条件反射的に、お腹がぐーと鳴った。この食欲をそそる匂い……お味噌汁だ。
「おはよー、ルーミア!」
「うん、おは……」
ミスティアの恰好を見て、ルーミアは目をパチクリさせた。いつも屋台で女将の姿をしているから、そんな姿は見慣れている。でも、今の恰好は……
「あの、ミスティア」
「なあに?」
「その、エプロンの下って、もしかして着てな」
「あっ、ルーミア、お味噌汁とご飯冷めちゃうよ。ねっ、食べよ」
どぎまぎしながら食卓につく。テーブルの上には、ご飯、お味噌汁、サラダに焼き魚、そしてヨーグルトと、非常に健康的なメニューがほくほくと湯気を立てている。ルーミアはミスティアの服装のことは考えないようにして、とりあえず目の前の料理に集中しようと決めた。
「それじゃ……いただきます」
「いただきます」
ルーミアはまずお味噌汁を口に含んでみる。いつも、屋台で出されるのと同じ味。でも、ここでミスティアと一緒に食べるということに、一番の意味があるような気がした。
ミスティアはお味噌汁をしみじみと味わうルーミアを見て、ふふふと笑みをこぼした。
「ミスティア? どうしたの?」
「ううん……こういうの、いいなってね」
「うん。美味しいね。いつも通りの味」
「ねぇ、ルーミア」
「ん?」
「よろしくね」
「うん」
ルーミアはお椀を置いて頷き、窓から差し込む朝の光に目を細めた。
あまーい!
否・・私はこの死の力・・・乗り超え・・た・・
ところで、僕のコーヒーが砂糖まみれになってるんだがどうしてだろうね?
俺が食べようとしていた味噌汁が甘い・・・
どう言えばいいんだろう…死んだ?
今日は私の命日。
ゴーや持ってない???
あまーい!
などと油断していたら最後の最後で死にました……布一枚。
俺は死んだ
と犠牲者の一人が言っております
子供のままごとを見ているようでほんわかした気分にもなるけれど、とにかくラブラブで甘い。いやいや、御馳走様でした。