今年も夏は暑い。
どこまで認知されているのかは定かではないが、地の底といものは存外ひんやりとしている。なので地上で太陽が頑張って気温を上げていても、その努力はあんまり地下には伝わってこないのだ。
まぁ地底にも太陽があるのだけれども、幸いにもその太陽はあんまり頑張らない太陽なので、さとりとしては大いに助かっている。
さとりは夏が苦手だった。ただでさえ平熱が人よりも高いのに、夏の酷暑はたいへん体にこたえる。
「そろそろ夏も終わりだというのに」
そう呟きながら金ダライに付けた足を泳がせる。水面に起こった波で氷がカコン、と音をたてる。
ふとももにうっすらと滲む汗を感じる。この分だと自身の薄い胸も大いに湿っていることだろう。
椅子の背もたれに体を預けながら持っている団扇を仰ぐのだが気休めにしかならない。
まったく、夏が憎い。
「燐、あなた達は暑くないの?」
言いながら隣を見れば、そこには地底の太陽さんと仲良くじゃれあうお燐が。
見ていて余計に暑苦しい。若干桃色の空気が漂っている。
「さとり様が暑がりなんですよー、いくら夏だっていっても、もう残暑になっていますよ?」
「私が暑がりなんじゃありません、さとりという種族そのものが汗っかきなのに違いありません」
「じゃぁ、こいし様も夏はお嫌いなんですか?」
「あの子は夏になると全く姿をみなくなりますね。大方、地上のなんとかという湖で水浴び三昧の毎日なのでしょう」
ほっぺたに汗が滲む。窓から通り抜けるそよ風に頬が撫でられ、一瞬の心地よい感覚に浸る。
どこからか微かに石鹸の香りが流れてくる。
「あ、さとり様、タライに新しい氷入れてきましょうか?」
「いえ、まだ氷は残っているし大丈夫ですよ。お空は気が利く優しい子ね」
「えへへー」
そういって、心配して近づいてきたお空の頭をなでる。その頭は少しばかり水気を帯びていた。不思議に思いお空に尋ねると
「さっき湯浴みをしてきたんですっ」
「あら、そうなの。気が付かなかったわ」
「さとり様も浴びてきたらどうでしょうか?すっきりしますよっ」
「ええ、そうね」
お風呂か、良いかもしれない。いい加減この汗でしっとりした体ともお別れをしたい所だった。いつもの時間より早いが、気にする事では無いだろう。お燐とお空に着替えなどの用意を頼んでおき、さぁ汗を流そうと風呂場へ向かう。夏バテなのか体がいつもより重い。
まったく、夏が憎い。
「ふぅ、やっぱり汗を流すと気持ちがいいものですね」
独り言を呟きながら体の水気を拭きとっていく。上気した体はほんのりと桜色に色づいており、しなやかな手足はふわふわのタオルを華麗に操り確実に肉体に付いた水滴を拭っていく。
「晩御飯はお肉にしましょうか。夏バテ気味ですし……」
それにしても体がだるい。締めつけられるというか何というか。
こういうときはさっさと寝てしまうに限るというものだ。
いくら妖怪といっても身体的にはそこまで高くないのだし。体は資本ともいうし。
「さとり様、お召し物持ってきましたよー」
「寝屋の用意も済ませて置きましたっ」
流石お燐とお空、この献身さは地霊殿随一だろう。昔はこいしも家事を手伝ってくれたのだけども。
最近は顔を合わす事も少なくなった様に思う。姉として、とても寂しいのに。思春期なのかしら。
「二人とも有難う。着替えたら晩御飯にしますから、お部屋で待っていてくださいね」
「はい!」
「やったっ!」
しかし、今日は熱帯夜になりそうだ。それにもう汗をかいてきたようだし。
明日の朝はまたお風呂のお世話になるかもしれないな、などと考えながら二人が待つ部屋へと急いだ。
まったく、夏が憎い。
晩御飯はやはり大勢で食べると美味しい物だ。こいしが帰って来るかもしれないと思って、一応用意はして置いたのだが結局こいしは帰ってこなかった。このままにしておいて冷めても勿体ないので、食卓に出したのだが二人とも自分の分でお腹が一杯になったらしく、私が食べるはめになってしまった。
しかし夏バテ気味のようだし、多く食べておいても問題はない。筈だ。多分……
まぁ、そんなにお腹が膨れた、という意識も無いし体重の心配はしない。しないのですってば!
「書類仕事も一段落した事ですし、そろそろ寝ましょうか」
さっきまで聞こえていたペンの音は静かになり、今は紙をまとめる音に変わっている。
明日はこいしが地霊殿に帰ってくるといいのだけど。などと考えながら自分の部屋に向かう。
お姉ちゃんは凄く寂しいのですよ?
部屋に入ると、お空が用意してくれたのであろう蚊取り線香が焚いてあった。
今日は窓を開けておいても蚊の被害は少ないだろう。
「ふぁっ、今日は一段と猛暑でしたねぇ」
ベッドに倒れ込みながらそう呟く。ベッドがギシッ、と小さくない音を出して軋んだ。
「むっ、やはり晩御飯の影響が……。いやいや、気のせいに決まっています」
ちょっと強がって見はするものの、やっぱり気になってしまう。さとりだって女の子なのだ。
明日はちょっとお燐達を誘って運動でもしてみようか。
「うーん、体が思うように動かない気がしますね。やっぱり食べすぎちゃったのでしょうか」
弾幕ごっこは運動のうちに含むのかしら、などとりとめも無い事をあれやこれやと考えながらベッドに入る。
この暑さだ、掛け布団は無くても大丈夫だろう。平熱も人よりは高いのだ、風邪はひくまい。
そう思いながら部屋の電気を消す前に隣にあるこいしのベッドに目をやる。
そこにはやはり、妹の姿は見つける事が出来なかった。
「明日は運動ついでにこいしを探しにいきましょうか。うん、そうしましょう」
こいしを見つけたらどうしてやりましょうか。
そうだ、午前は一緒にくっつきながら涼んでみましょう。
そうだ、晩御飯はこいしにあーんをさせて食べさせてあげましょうか。
そうだ、お風呂も洗いっこしてあげたりなんかして。
そうだ、最後はやっぱり姉妹一緒に寝たりなんかしてみましょう。
「いや、でもやっぱり恥ずかしいですね……」
「ま、まぁ一緒に散歩ぐらいまでなら、お姉ちゃん頑張ってあげましょう……」
もう、こいしったら、姉になんてことを考えさせるのですか。
色々想像していたらまた暑くなって来てしまいましたし。
今日は寝苦しい夜になりそうですね。お燐とお空がうらやましいです。
まったく、夏が憎い。
今日も色々あった。明日も色々な事があるだろう。
出来れば、明日はこいしと一緒に…………
今年も夏は暑い
こいしちゃんは平熱が高くて、普通めのさとりんが冷たくて気持ちよくてつい抱きついちゃうんだと妄想
燐空なんか目じゃないくらい濃厚な桃色の空気が漂ってるじゃないかwww
まったく、夏万歳。
夏いいねえ…ああ寒い