冬の博麗神社、境内の掃除を終えた霊夢は早くコタツに入ろうと廊下を急いでいた。どたどたという音が響き渡るが、誰もそれを責めるものはいない。彼女は基本的にここには一人で住んでいるからだ。ただ、妖怪たちがひっきりなしに来るのであまり一人という気はしないが。
障子を開けると、そこにはコタツが見える。霊夢は一直線にコタツに向かうと、半ば滑り込むように入り込んだ。直後、むに、という感触。驚いてコタツの中を見ると、とある猫又が丸まって寝ていた。霊夢はそのままぐにぐにと、足を使って猫又をコタツ外に押し出した。
そうすると、猫又はぶるっと身を震わせてからゆっくりと起き上がった。
「……寒い」
「あらおはよう。よく眠れた?」
「今まさに起こされた気がする……」
「猫がコタツで丸くなるのは迷信じゃなかったっけ」
「迷信よ。だってコタツで丸くなるのは猫だけじゃないもの」
そう言って橙はコタツの中に足を突き入れる。博麗神社のコタツはそれなりに広いので、足で戦争が繰り広げられる恐れも無い。霊夢はコタツの上に顎を乗せている橙を見て、疑問を投げかけた。
「妖怪が来るのはいつものことだけど、あんたが来るなんて珍しいわね」
「たまにはね~。今年は寒いからコタツのはしごを」
「あんたそんな事してたの。でも冬が終わらなかった時、結構元気に動き回ってたじゃない。寒さには強いんだと思ってたわ」
呆れ顔で言う霊夢に対して、橙は首を横に振る。
「ううん、別に寒さに強いわけじゃなくて、あの時は運動すれば寒くなくなると思ってマヨヒガ中を走り回ってたの。あそこって人間が放棄した場所だからコタツなんて気の利いたものないし」
「ずいぶんとアグレッシブな暖まり方ね……あんたの主の主には出来ないでしょうね」
「あの方が全力で走り回っている姿なんて想像できないなあ……」
二人の脳裏に全力で庭を駆け回る紫が見えた、なぜか声付きで。こんな事考えているなんて知れたら大変な目にあうだろうと思いながらも、橙はくすりと笑ってしまう。見ると霊夢も笑っていた。
「あ、そういえば。一応おみやげ」
そう言うと、橙はどこから取り出したのか、一つの酒瓶を取り出した。
「お、気が利くじゃない。じゃあ早速飲みましょう」
「お猪口は?」
「台所だけど……私はさっき仕事をしたばかりだから、あんた取りに行きなさい」
「嫌。私だってもうちょっと温まりたいし、やっぱり霊夢が持って来るべきだと思う」
二人はにらみ合いながら、お互いに相手がお猪口を用意するのを催促する。だが、一向に二人とも動かない。そのまま5分が過ぎたとき、玄関の戸が開く音がして、「こんにちは」という声が聞こえてきた。
「あ、藍様」
「ああ、橙もいたのか。最近大丈夫か? 風邪引いてないか? 何かあったらすぐ私か紫様に言うんだぞ」
「ちょうど良かった。藍、あなた台所からお猪口取ってきて」
藍は来て早々言われた突然の一言に、怪訝な顔をした。明らかに嫌そうだ。
「なんで第一声がそれなんだ……私は仕事で来たんだぞ」
「お猪口を持って来たら話を聞いてあげる。ほら、早く」
ため息を吐いて、藍は台所に行こうとする。しかしその前、台所に続く道を、先に一つの影が走っていった。
「藍様は休んでいてください! 私が取ってきます!」
暗く続く廊下の先に、あっという間に橙は消えていく。藍はその言葉に甘えることにして、コタツの中、霊夢から見て右側に座った。正面に座らなかったのは先ほど橙がそこに座っていたのを見ていたからだ。霊夢は橙が消えていった闇の先を見て、少し笑った。
「本当、あの子はあんたの事になると人が変わったみたいに素直になるわね。人じゃないけど」
その言葉に対して、藍は昔を懐かしむような目をして同じように闇の先を見た。
「あれでも最初の頃は苦労したんだ、命令を聞いてくれない事もあって、そんな時はまたたびを使って操ったりしてな」
「ふうん、あんたも苦労してたのね。あの主も居たんじゃ板ばさみだったでしょうに」
「紫様もなんだかんだで私のことを気にかけてくれるから、お前が思っているほど大変では無かったよ。今では橙も私のことを気にかけてくれる。もう、あれだな、抱きしめたい」
「はいはい」
そんな事を話していると、橙が闇の先から戻ってきた。手には三つのお猪口がある。それを持って霊夢たちに近づき────盛大にこけた。
誰かが、あ、と言った。三つのお猪口は盛大に宙を舞う、くるくると、それはいつかの厄神様の回転のように。やがてその三つのお猪口は、なぜか進行方向を同じとし、全て綺麗に霊夢の頭に直撃した。うげっ、という少女らしからぬ声が出て霊夢がコタツに突っ伏した。この間のなんと長かったことか。
「…………」
「…………」
時間が止まった気がした。口をあんぐり空けて絶句している式神二匹と突っ伏している人間一人。やがてその人間の方は、ぷるぷると震えだすとゆっくりと起き上がり、橙の方を見据えた。何故か笑顔で。
「ちぇぇえええん? 何をどうやったら人様の頭に三杯のお猪口をクリーンヒットさせることが出来るのかしら。ちょっとそこに座りなさい」
あまりに強烈なプレッシャーに橙は動けなくなる。藍も少し押され気味だ。しかし、愛する式を守るため、藍はおずおずと口を出した。
「な、なあ霊夢? 橙もわざとやった訳じゃないんだし、ここは許してやって……」
「あんたは黙ってなさい」
その言葉とは裏腹に全力の笑顔、藍はそれを心底恐ろしいと思った。主である紫にも匹敵するかもしれない。
そのままの笑顔で霊夢は橙に近づいていく、最早万事休すと思った。
しかしその時、霊夢の頭に優しい衝撃が走った。ふと衝撃が来た方向、つまり上方向を見る。そこには扇子を持った紫が居た。
「そこまでにしなさいな、霊夢。今ので十分この子へのお仕置きにはなったと思うわ」
それを聞いて、ため息を一つ吐いて、それもそうねと言った。
「しかし主従勢ぞろいね、こうして見ると親子に見えるわ」
「じゃあ私はお姉ちゃんかしら」
「あんたはお婆ちゃん」
「どういうことなの……」
霊夢が少し笑うと、式神二匹も声を押し殺すようにして笑っていた。それを見て、紫は特に怒ることも無く「ひどい式たちね」と言った。
「まあ、それはともかくとして、今からお酒飲むんでしょう? つまみなら持って来たわよ」
「お、気が利くわね。ついでにお猪口も持ってきて」
「はいはい──あらよっと」
紫はスキマを出すと、中から四つのお猪口を取り出した。霊夢は「便利な能力ねえ」と関心していた。
そして、博麗神社にゆったりとした時間が流れていった。
ほのぼのだー!
作品は妄想でできてるんですぜ?
素敵な八雲ファミリーをありがとうございました
いやぁ、和んだなぁ…