「か~くれんぼす~るも~のこ~のゆ~びと~まれ」
例え幻想郷に紅い霧が立ち込め、人々が不気味がっていたとしても、妖精は暢気に変わらぬ日々を過ごしている。
霧に覆われた湖の中央で、一匹の妖精が透き通る声で歌いだした。
高く挙げられた右手は人差し指をピンとたてている。
すると辺りに漂っていた他の妖精たちもぴくりぴくりと反応し、
「は~や~くし~ない~と」
『き~れちゃ~うよ~』
二匹の妖精がその指を握り、歌に同調する。
『も~も~き~るよ~も~き~るよ~』
続いて三匹の妖精が慌てて、掲げられた手に自分たちの手を重ねていく。
歌声はさらに大きくなった。
『あ~とか~らき~ても~よ~さないっ』
もうこれで確定かと思われた時、ギリギリでさらに一つの手が上に乗せられた。ひんやりと冷たい手が。
『ゆ~びきった!』
『最っ初~はグー!』
七匹の妖精が輪になった状態で声を揃え、中心に向かって拳を振り下ろす。
『じゃん、けん、ポン!……あい、こ~でしょ!……あい、こ~でしょ!』
気合いの込められた掛け声とともに各々が繰り出すグー、チョキ、パー。
三回目でようやく決着。
「あなたが鬼ね!」
「百、数えてね!」
「範囲はここね!」
「頑張ってよね!」
「負けないからね!」
「じゃあ隠れるね!」
『よぉーい、ドン!』
わぁっと蜘蛛の子を散らすように離れる六匹の妖精。
ポツンと一匹だけ残った氷精は腕で目隠ししながら顔を伏せると、大きな声で数え始めた。
「いーち、にーぃ、さーん……」
静かな湖でその声はどこまでも響く。
そして一定のリズムでカウントされていく数字が五十を越えた頃、ふと彼女は違和感を感じた。
口では順に数字を唱えつつも、頭の中ではその妙な気配を探る。
なんだか辺りが騒がしくなったような……湖全体がざわついている気がする。
彼女は数えるスピードを早めた。咎める者はいない。
「……きゅうじゅうはちきゅうじゅうきゅう、ひゃく! もーいーかぁーい!?」
氷精の呼びかけに対し、応える声は無かった。
仕方なく彼女は顔を上げると、周囲を見渡して妖精たちを探し始める。
霧の中を注意深く浮遊しながら、岸辺の茂みや木の影に目をこらしていく。
すると一匹の妖精を見つけた。
「見ーつけた!」
しかしその妖精は隠れるどころか、湖の水面でぷかぷかと漂っているだけだった。
「……ん、何か用?」
「何って、かくれんぼじゃない」
「かくれんぼ? あれ、そんなことしてたっけ」
「……」
どうにも様子がおかしい。氷精は首を捻る妖精を放置し、他の妖精を探すことにした。
体は自然と、先ほどから感じる気配の方へと向いた。
結果的には氷精は全ての妖精をあっさりと見つけ、その誰もがかくれんぼのことを忘れていた。
最後に見つけた妖精を眺めながら、氷精は確信する。「あぁ、皆やられちゃったのね」と。
そう結論付けると、彼女はその場で高く飛び上がって湖全体を見下ろした。
相変わらず霧で視界は悪いが、この場に慣れ親しんでいる氷精には何とかその姿をとらえることが出来た。
僅かに離れた所で、紅白の巫女装束に身を包んだ人間の少女が、妖精と毛玉を討っている。
方角と距離を記憶すると、すぐさま急降下して妖精に話しかける。
「急に飛び上がって、どうかしたの?」
「ううん、何でもない。それより後でかくれんぼしない?」
「あ、良いね~、するする~」
「それじゃあ先に数集めといて。あたいは野暮用があって……それ済んだらすぐ戻るから!」
「わかった~」
返事を聞くやいなや、さっと身を翻し、
「か~くれんぼす~るも~のこ~のゆ~びと~まれ」
一匹の妖精が発する歌声を背に、氷精は飛ぶ。
「この湖こんなに広かったかしら? 霧で見通しが悪くて困ったわ。もしかして私って方向音痴?」
「道に迷うは、妖精の所為なの」
「あらそう? じゃ、案内して? ここら辺に島があったでしょ?」
「あんた、ちったぁ驚きなさいよ。目の前に強敵がいるのよ?」
「標的? こいつはびっくりだぁね」
「ふざけやがって~。あんたなんて、英吉利牛と一緒に冷凍保存してやるわ!!」
かくして、氷精は負けた。紅白の巫女との弾幕合戦で敗北を喫したのだ。
それでも消滅はしなかった。ひ弱な妖精の肉体で、巫女の発動したスペルを堪え凌いだ。
巫女はそのまま吸血鬼の館へと飛んでいったが、そんな事はもはやどうでもいい。
勝てなかったのは悔しいが、それでも一矢報いてやれた。それだけが重要だった。
満身創痍ながら彼女はゆっくりと、輪を作る六匹の妖精たちのもとへ飛んでいく。
「わぁ、傷だらけじゃない!」
「大丈夫!?」
心配して寄って来る仲間たちに対し、氷精は力強く頷くと、笑顔で言った。
「じゃあ始めるわよ、かくれんぼ!」
やっぱチルノは強いな~
なんというか、妖精のふわふわした感じと、不思議な雰囲気がたまりませんでした。
仲間思いで、強気な氷精が見ていて心地よかったです。
ありがとうございました。
このチルノは素敵だ。
最強っぽさを垣間見た気がします。