※ この話はジェネリック作品集72、『二人の距離。』を補完する話となっております。
ですので、そちらとその前からお読みにならないと理解に苦しむと思われますのでご注意ください。
『夜は永いですから……。』
声がした。
柔らかい女性の声だ。
むしろまだ女の子と言っても差し支え無い位には幼さが混ざっているように感じられる。
そして、その声を私は知っている。
「妹紅……もこう……。」
──妹紅、お前なのか? もこう……?
そう言おうとしたのだが、上手く舌が回らず譫言のようになってしまった。
また、彼女の名前を口にしただけで言い知れない不安が胸を締め付ける。
……………………どうして?
「っ……!」
誰かが息を呑む気配がした。“誰か”とは誰だ?
分からない……頭に白い靄でも掛かっているのか、どうも思考を鈍らせている。
視界も同様にまるで現実を拒絶するかのように霞んでいた。
これでは“誰か”なんて分からない……だけど私は知ろうともしなかった。
それでも心のどこかでは、その“誰か”が妹紅である事を願う自分がいた。
「…………妹紅さんは此処には居ませんよ。」
だがその一言で私の淡い希望は容易く打ち砕かれた。
──居ない? どうして?
その答えを私は知っていた。彼女はもう、私の側には居ない。
朧気な記憶だが、それだけは何故かはっきりと思い出した。
しかし分からない事の方が圧倒的に多かった。
全くと言って良い程、現状が理解出来ない。
薄暗い部屋の中で何故私は布団の上に仰向けで寝かされているのか。
何故目の前の“誰か”は私を馬乗りにしているのか……。
全く理解の範疇を越えていたが……もうどうでも良くなった。
「慧音……さん。」
不意に私の手を掴む彼女の手が強くなった──これから行われる事が分からない程、私は子供でもない。
さりとて抵抗しよう等と言う気持ちは微塵も沸いてこなかった。
いっそ身を委ねるのも悪くない。それで何かが満たされるとは到底思えなかったが……。
「…………帰って下さい。」
「…………え?」
全てを諦めた筈の私が思いも寄らぬ“誰か”の言葉に思わず反応してしまった。
目が合った彼女はとても悲しそうな瞳で私の事を見下ろしていた。 どうして──
「──阿求殿……?」
「……やっと、私の名前を呼んでくれましたね……。」
彼女の……阿求殿の憂いを帯びた悲しげな笑みを見て漸く私は全てを思い出した。
随分と自分勝手な話だ……。阿求殿に助けを求めたのは私自信だと言うのに……そんな事も忘れて……。
それだけ私にはショックだったと言う事か。妹紅を失った悲しみは……。
きっと失恋と言う奴なのだろ。そう……私は恋をしていたのかも知れない。失ってから気付くなんて愚かにも程があるが。
「慧音さん、立てますか……?」
「あ、ああ……。」
何時の間にか布団に横たわる私の傍らに阿求殿は身を退いていて、私が身を起こすのを手助けしてくれた。
上半身を起こす私の背中を支えるように回された阿求殿の手が温もりと共に安心感を与えてくれる。
ずっと身を委ねたくなる程の優しい手に戸惑いながらも、だけどその手はそう何時までも私の期待には応えてはくれなかった。
「立てそうなら……そのまま帰って頂けますか……?」
消え入りそうな程か細い声で阿求殿が呟いたのを耳にして、金槌か何かで殴られたような衝撃が走った。
──どうして?
決して私が期待していた訳じゃない……寧ろこの状況を望んだのは阿求殿の方だった筈では……?
それなのに今更どうして……。
「やはり……私では魅力が足りないのかな。」
つまりはそう言う事なのだろう。こんな長身な女など誰も女として見れなくて当然なのだ。
パシンッ!
乾いた音が部屋に響いた──阿求殿が私の頬を叩いた音だ。
いきなり叩かれて呆然としてしまった私は、熱い頬に手を当てて、ただただ固まるしか無かった。
見上げた阿求殿の頬には一筋の涙が流れていた。
「その通りです……! 今の貴女など、普段の貴女に比べたら……! 私の知っている貴女はもっと素敵だった……!」
悔しさに唇を噛み締めているのが、私でなく阿求殿なのが不思議で仕方がなかった……。
どうして彼女はこんなにも必死なのだろう……それも私の事なんかに……。
いけないな……さっきから私は『どうして』ばかりだ。
ただはっきりとしている事が有るとすれば、それは長く居座れば居座る程、阿求殿に迷惑が掛かってしまうと言う事くらいか。
「……失礼する。」
最早謝罪の言葉すら出て来なかった。そんな自分が腹立たしい。
いや、それよりも喪失感の方が強かった……一度に二つも大切なモノを失ったのだ。当然か。
──大切なモノ?
ここに来てまたしても『どうして』が私の頭を支配した。
しかしこれまでとは違う明らかな焦燥感を伴っている。
どうしてこんなにも胸が苦しい? どうしてこんなにも私は焦っている?
何か、何か大事な事が抜けている……その“何か”が分かれば、或いは──
「慧音さん……此処に来たことはどうか忘れて下さい。」
私の背中に向けて紡がれたその言葉に、私は身体を震わせた。
焦燥の理由が、それ以上に全ての『どうして』が一度に氷解したからだ。
──そもそも私はどうして此処に来た?
妹紅を失ったその喪失感から取った行動、それがつまり『阿求殿に会う事』だったのだ。
会ってどうするかまでは考えてなかったのだろう。それ程までに無意識の内に阿求殿の助けを求めていたと言う事だ。
「阿求殿……! 私は……!」
最初から大切な者が誰なのか、私は知っていたのだ。知っていた上で、ここまで来たのだ。
ただ気付いていなかっただけで……。 だけど気付いた時には既に遅かった──私の身体はもう寝室から出てしまっていた。
慌てて振り返るもそこには阿求殿の姿は無く、一枚の障子が私達の間を隔てていた。
「…………さようなら。」
「……っ!」
阿求殿の声が、震えていた……泣いているのか──目では見えないが気配だけで私は確信した。
障子の向こうで私の大切な人が泣いている……そう思うだけでこの胸が押し潰されそうになる。
このままでは終われない──!
拳をきつく握り締めて私は誓った。必ず此処へ戻って来ると──
こうして私は真実の愛を知った。確かに私は妹紅の事を愛していたのだろう。
だけどそれは家族としてだったのだ。私が感じていた喪失感の正体……それは私の手から妹紅が巣立って行くその寂しさから来ていたのだろう……。
確かに失ったものは小さく無かったが、その代わりに大きなものを私は手に入れたのだ。
そう──あれから1ヶ月……遂に私は真実の愛を手にしたのだった。
ポヨヨォン。
「何を感傷に浸っているんですか、慧音さん?」
「…………っ///」
不意に後ろから乳房を鷲掴みにされた。強い羞恥心と内側から広がるような甘い痺れに耐えながら、私はキッと胸を掴んで放さない犯人を睨み付けた。
「そんな怖い顔しないで下さいよぉ……ほれほれ。」
「誰のせいだと思って……あんっ……ちょっとこらっ、止めないか……!」
無理やり解くと阿求殿はふてくされた顔で私を見上げてきた。
「良いじゃないですか……減るもんじゃないし。」
「はぁ……もう少しこう阿求殿はデリカシーと言う言葉をだな──」
「お言葉ですが、美人女教師を見たらパイタッチするのが、稗田家いにしえからの習わしなのです!」
「び、美人……///」
「美人でなければ『巨乳』教師です。あー妬ましいぃ~。」
「あ、阿求殿……! ふざけるのも大概にしないかっ……!」
「うわぁー慧音さんが怒ったー。」
見事なまでの棒読みを垂れ流しながら笑顔で駆け出す阿求殿。
そんな子供のような彼女に溜め息を付きながらも私は零れようとする笑みを止められなかった。
「全く……貴女と居ると毎日が飽きないな……阿求……。」
もし此処に妹紅がいて、今の私たちを見たら分かって貰えるだろうか?
これが私の幸せだと言う事を……。
ですので、そちらとその前からお読みにならないと理解に苦しむと思われますのでご注意ください。
『夜は永いですから……。』
声がした。
柔らかい女性の声だ。
むしろまだ女の子と言っても差し支え無い位には幼さが混ざっているように感じられる。
そして、その声を私は知っている。
「妹紅……もこう……。」
──妹紅、お前なのか? もこう……?
そう言おうとしたのだが、上手く舌が回らず譫言のようになってしまった。
また、彼女の名前を口にしただけで言い知れない不安が胸を締め付ける。
……………………どうして?
「っ……!」
誰かが息を呑む気配がした。“誰か”とは誰だ?
分からない……頭に白い靄でも掛かっているのか、どうも思考を鈍らせている。
視界も同様にまるで現実を拒絶するかのように霞んでいた。
これでは“誰か”なんて分からない……だけど私は知ろうともしなかった。
それでも心のどこかでは、その“誰か”が妹紅である事を願う自分がいた。
「…………妹紅さんは此処には居ませんよ。」
だがその一言で私の淡い希望は容易く打ち砕かれた。
──居ない? どうして?
その答えを私は知っていた。彼女はもう、私の側には居ない。
朧気な記憶だが、それだけは何故かはっきりと思い出した。
しかし分からない事の方が圧倒的に多かった。
全くと言って良い程、現状が理解出来ない。
薄暗い部屋の中で何故私は布団の上に仰向けで寝かされているのか。
何故目の前の“誰か”は私を馬乗りにしているのか……。
全く理解の範疇を越えていたが……もうどうでも良くなった。
「慧音……さん。」
不意に私の手を掴む彼女の手が強くなった──これから行われる事が分からない程、私は子供でもない。
さりとて抵抗しよう等と言う気持ちは微塵も沸いてこなかった。
いっそ身を委ねるのも悪くない。それで何かが満たされるとは到底思えなかったが……。
「…………帰って下さい。」
「…………え?」
全てを諦めた筈の私が思いも寄らぬ“誰か”の言葉に思わず反応してしまった。
目が合った彼女はとても悲しそうな瞳で私の事を見下ろしていた。 どうして──
「──阿求殿……?」
「……やっと、私の名前を呼んでくれましたね……。」
彼女の……阿求殿の憂いを帯びた悲しげな笑みを見て漸く私は全てを思い出した。
随分と自分勝手な話だ……。阿求殿に助けを求めたのは私自信だと言うのに……そんな事も忘れて……。
それだけ私にはショックだったと言う事か。妹紅を失った悲しみは……。
きっと失恋と言う奴なのだろ。そう……私は恋をしていたのかも知れない。失ってから気付くなんて愚かにも程があるが。
「慧音さん、立てますか……?」
「あ、ああ……。」
何時の間にか布団に横たわる私の傍らに阿求殿は身を退いていて、私が身を起こすのを手助けしてくれた。
上半身を起こす私の背中を支えるように回された阿求殿の手が温もりと共に安心感を与えてくれる。
ずっと身を委ねたくなる程の優しい手に戸惑いながらも、だけどその手はそう何時までも私の期待には応えてはくれなかった。
「立てそうなら……そのまま帰って頂けますか……?」
消え入りそうな程か細い声で阿求殿が呟いたのを耳にして、金槌か何かで殴られたような衝撃が走った。
──どうして?
決して私が期待していた訳じゃない……寧ろこの状況を望んだのは阿求殿の方だった筈では……?
それなのに今更どうして……。
「やはり……私では魅力が足りないのかな。」
つまりはそう言う事なのだろう。こんな長身な女など誰も女として見れなくて当然なのだ。
パシンッ!
乾いた音が部屋に響いた──阿求殿が私の頬を叩いた音だ。
いきなり叩かれて呆然としてしまった私は、熱い頬に手を当てて、ただただ固まるしか無かった。
見上げた阿求殿の頬には一筋の涙が流れていた。
「その通りです……! 今の貴女など、普段の貴女に比べたら……! 私の知っている貴女はもっと素敵だった……!」
悔しさに唇を噛み締めているのが、私でなく阿求殿なのが不思議で仕方がなかった……。
どうして彼女はこんなにも必死なのだろう……それも私の事なんかに……。
いけないな……さっきから私は『どうして』ばかりだ。
ただはっきりとしている事が有るとすれば、それは長く居座れば居座る程、阿求殿に迷惑が掛かってしまうと言う事くらいか。
「……失礼する。」
最早謝罪の言葉すら出て来なかった。そんな自分が腹立たしい。
いや、それよりも喪失感の方が強かった……一度に二つも大切なモノを失ったのだ。当然か。
──大切なモノ?
ここに来てまたしても『どうして』が私の頭を支配した。
しかしこれまでとは違う明らかな焦燥感を伴っている。
どうしてこんなにも胸が苦しい? どうしてこんなにも私は焦っている?
何か、何か大事な事が抜けている……その“何か”が分かれば、或いは──
「慧音さん……此処に来たことはどうか忘れて下さい。」
私の背中に向けて紡がれたその言葉に、私は身体を震わせた。
焦燥の理由が、それ以上に全ての『どうして』が一度に氷解したからだ。
──そもそも私はどうして此処に来た?
妹紅を失ったその喪失感から取った行動、それがつまり『阿求殿に会う事』だったのだ。
会ってどうするかまでは考えてなかったのだろう。それ程までに無意識の内に阿求殿の助けを求めていたと言う事だ。
「阿求殿……! 私は……!」
最初から大切な者が誰なのか、私は知っていたのだ。知っていた上で、ここまで来たのだ。
ただ気付いていなかっただけで……。 だけど気付いた時には既に遅かった──私の身体はもう寝室から出てしまっていた。
慌てて振り返るもそこには阿求殿の姿は無く、一枚の障子が私達の間を隔てていた。
「…………さようなら。」
「……っ!」
阿求殿の声が、震えていた……泣いているのか──目では見えないが気配だけで私は確信した。
障子の向こうで私の大切な人が泣いている……そう思うだけでこの胸が押し潰されそうになる。
このままでは終われない──!
拳をきつく握り締めて私は誓った。必ず此処へ戻って来ると──
こうして私は真実の愛を知った。確かに私は妹紅の事を愛していたのだろう。
だけどそれは家族としてだったのだ。私が感じていた喪失感の正体……それは私の手から妹紅が巣立って行くその寂しさから来ていたのだろう……。
確かに失ったものは小さく無かったが、その代わりに大きなものを私は手に入れたのだ。
そう──あれから1ヶ月……遂に私は真実の愛を手にしたのだった。
ポヨヨォン。
「何を感傷に浸っているんですか、慧音さん?」
「…………っ///」
不意に後ろから乳房を鷲掴みにされた。強い羞恥心と内側から広がるような甘い痺れに耐えながら、私はキッと胸を掴んで放さない犯人を睨み付けた。
「そんな怖い顔しないで下さいよぉ……ほれほれ。」
「誰のせいだと思って……あんっ……ちょっとこらっ、止めないか……!」
無理やり解くと阿求殿はふてくされた顔で私を見上げてきた。
「良いじゃないですか……減るもんじゃないし。」
「はぁ……もう少しこう阿求殿はデリカシーと言う言葉をだな──」
「お言葉ですが、美人女教師を見たらパイタッチするのが、稗田家いにしえからの習わしなのです!」
「び、美人……///」
「美人でなければ『巨乳』教師です。あー妬ましいぃ~。」
「あ、阿求殿……! ふざけるのも大概にしないかっ……!」
「うわぁー慧音さんが怒ったー。」
見事なまでの棒読みを垂れ流しながら笑顔で駆け出す阿求殿。
そんな子供のような彼女に溜め息を付きながらも私は零れようとする笑みを止められなかった。
「全く……貴女と居ると毎日が飽きないな……阿求……。」
もし此処に妹紅がいて、今の私たちを見たら分かって貰えるだろうか?
これが私の幸せだと言う事を……。
今後の二人のいちゃいちゃ生活も見てみたいです。
さて、前作も見てこようかな…