うちには、来客が多い。
魔法の森は、妖気や化けキノコの胞子が蔓延している。
だから滅多に人が立ち入らないと思っていたけど、どうやらそれは見当違いだったらしい。
森に迷い込んだ人間や妖怪、妖精までもが、助けを求めてうちの扉を叩く。
ずっと研究に集中、というわけにはいかなくなった。
けれど、ちょっとした休憩にはなるからそこまで迷惑とは思わない。
それに、その辺で野垂れ死にされるよりはずっといい。
と、今日もまた、小さく扉を叩く音が響いた。
「はいはい、ちょっと待ってよ」
メンテナンスをしていた人形を棚に戻して、上海と一緒に来訪者を迎えに行く。
やっかいなお客に備えて上海を連れているけど、今のところそういったことは少ない。
せいぜい白黒の野良魔法使いくらいだ。
あれの場合、ノックの仕方がもう少し乱暴だし、人の名前を叫びながら叩くから今日は違うみたいね。
さて、今日迷い込んできたのは妖精か人間か、それとも妖怪か。
「はい、どちらさま……って、霊夢」
「……久しぶりね、アリス」
開けた扉の向こうには、森で迷った様子の妖精でも妖怪でも、人間でもない。
顔なじみの紅白の巫女がいた。
「珍しいわね、あなたがこんなとこまで来るなんて」
「ん、ちょっとね」
「あがって、すぐお茶の用意するから」
おずおずとうちにあがる霊夢を見届けて、台所へ。
お茶の用意をしながらも、くるくる思考を巡らせる。
霊夢は基本、神社から出てこない。
食料や日用品は、里の人間や妖怪からの供物で間に合うそうで、里にもたまにしか出ないらしい。
ほかに出てくるとしたら、異変と神社以外で行われる宴会くらいか。
前に理由を聞いたら、神社を空けるわけにはいかないでしょ、と肩をすくめて言われてしまった。
そんな霊夢が、なぜか今、うちにいる。
驚きもあるけれど、嬉しさで口許が緩む。
来てくれたこともだけど、霊夢に会うのは久々なのだ。
最近研究や実験が立て込んでいて、神社には顔を出すこともできなかった。
昨日ようやく落ち着いて、今日のお昼辺りにお菓子でも持って行こうと思っていた。
そんなときに霊夢からやってきてくれた。
嬉しくないはずがない。
「ゆっくりしていけるのかしら……」
お茶の準備をすると伝えたとき、特に何も言われなかったから大丈夫だとは思うけど。
「えーっと、その……そのつもりで来たんだけど」
「え?」
はっとして振り向くと、そっぽを向いて頬を掻いている霊夢がいた。
さっきの独り言が聞かれたかと思うと恥ずかしいけれど、なぜか霊夢のほうが恥ずかしがって私から視線をそらしている。
「座って待っててよかったのに」
「え、あ、いや、なんとなく、さ……あはは」
「そ、そう。あ、お茶これでいいかしら?」
「好きなのは緑茶なんだけど」
「知ってるわよ。でも、霊夢が来るなんて思ってもみなかったからうちには常備してないの」
「たまに持ってきてくれるじゃない」
「あ、あれはたまたまよ。里に買出しに出たときにね」
手土産にお茶の葉を持っていったことがあったことなど、もうすっかり忘れていた。
なのに、霊夢が覚えていてくれたことが嬉しい。
お茶やお菓子なんて、霊夢はいろんな人から貰ってるだろうから。
霊夢が紅茶をあまり好まないのは知っている。
以前、神社でそんな話になったから。
だからあまり香りの強くないお茶を選んだつもりなのだけど。
「ん、これなら飲めるわ」
「そう、よかった。なら、準備するから先に待ってて」
「手伝うわよ」
「いいわよ、お客様なんだから」
やんわり断ると、少し表情が硬くなった。
今日は様子がおかしい気がしたけれど、今のでそれは確信に変わった。
どこか、緊張している。
「霊夢?」
「ねぇ、アリス……私、突然来て迷惑じゃなかった?」
「え? ええ」
「そう」
むしろ嬉しいくらい、とまでは伝えない。
けれど、途端にふわっと、霊夢の雰囲気が変わった。
「も、もしかして、それ聞くために?」
「あ、うん。ちょっと気になって」
照れたように笑う霊夢は、珍しかった。
驚きで固まる私を置いて、霊夢は台所を出て行ってしまった。
なんとなく、霊夢がここに来た理由がわかった気がする。
ここに来たことが迷惑じゃないか、なんてこと確認して。
それがわかったとたん、あんな表情して。
期待しないわけがない。
でも、それは勘違いかもしれない。
勝手に勘違いして期待して、違ったときの衝撃は絶対に大きい。
きっと恥ずかしさと気まずさで、暫くは霊夢に会うどころか神社に行くこともできなくなる。
それでも、どうしても期待してしまう。
「会いに来てくれた、とか……?」
馬鹿みたいな期待。
あの霊夢がそんなことするはずがない。
彼女はそんなことで簡単に神社から出てこれないのだから。
頭を振ってそれを払い落とし、お茶を持って霊夢のところへ向かった。
「おまたせ」
「ありがと」
沈黙のお茶会。
珍しいことではない。
二人のときは、神社でもいつもこんな感じだった。
ぼんやりと空や山を眺めながら、ふたりで静かにお茶を飲んでいた。
それなのに緊張してしまうのは、きっとさっきの馬鹿げた期待のせい。
自分の女々しさに、思わず重たいため息を吐いてしまった。
はっとしたときにはそれはもう遅くて。
カンッとカップとお皿のぶつかる音が響いた。
それは、霊夢がカップを置いた音。
「ごめんなさい、やっぱり迷惑だったみたいね」
「ち、違うわよ!」
「でも、ため息」
「それは霊夢が……」
「私が?」
言おうか言うまいか。
さっきまで迷いに迷ってたのに。
その迷いは、霊夢の顔を見た瞬間どこかへ消えていった。
「ねぇ霊夢」
「なに?」
「今日は、どうしてうちまで来てくれたの?」
「やっぱり突然は迷惑だったかしら?」
「そういうことを聞いてるんじゃないの」
「……」
もごもごと口が動くから、言いたくないわけではないらしい。
それには正直、ほっとした。
無理やり聞きだすのは気分が悪いし、嫌われそうなのが怖かった。
ただただ待つしかできない自分が、どこかもどかしい。
でも、耳を赤く染めて唸っている姿を見ていると、さっきの期待が膨らんでいく。
と、意を決したように顔をあげた霊夢と目が合った。
「つ、付き合ってる相手の顔を見に来るのに、いちいち理由がいるの?」
まさかの返事に、言葉が出なかった。
ただ、顔を見に来たとか、そういう理由だと思っていたのに。
それすらも、違うんじゃないかって、恐れてたのに。
そんな自分が馬鹿みたいだ。
「ふっ……ふふ、あはは」
「っ、笑うことないじゃない! そもそもあんたが来ないからっ!」
「霊夢」
「っ……な、なによ」
「ありがとう」
こみ上げてきて笑いが収まって、来てくれた御礼を伝える。
そうしたら、真っ赤になって勢いよく立ち上がったのに、すとんと座ってこくこく紅茶を飲み始めた。
こんな霊夢は今までになかった。
そういえば、今日はそんな霊夢の姿ばかりだった気がする。
神社だといつも同じ感じだったのに。
そういえば神社……。
「ねぇ」
「ん?」
お茶を飲み干して、ぱたぱたと顔の熱を逃しながらそらされた視線が向けられる。
「神社、空けるわけにはいかないんじゃなかったの?」
「ああ、萃香に留守番させたわ」
「そ、それっていいのかしら……」
「いいのよ」
「え?」
「紫の許可は得てるし、今日は異変も起こらないって私の勘が言ってるし」
その話から、神社を離れるというのは、やっぱり大変なことだということがわかる。
「なにより、アリスの顔が見れないほうが、私にはよっぽど大変なっ……」
「え?」
「っ……な、なんでもない!」
照れ隠しか、もう空になったカップを啜るまねを始めた。
お茶のおかわりを入れようと声をかけても、まだあるの一点張り。
まるで子どもじみた言動に、さっきとは別の笑いがこみ上げてくる。
案の定、笑われた霊夢は真っ赤な顔のまま怒ってきた。
笑いながら、霊夢に怒られながら、今日、私は決心した。
忙しくても、心配かけないようになるべく逢いに行こう。
でも、たまには逢いに来てもらおう。
知らない妖精や妖怪、人間の来訪者よりも、逢いたいと願う来訪者のほうがずっといい。
それに、神社では見せない顔をここではよく見せてくれたから。
好きな人のいろんな表情を見たいというのは、来てもらうのには十分な理由よね。
おしまい。
魔法の森は、妖気や化けキノコの胞子が蔓延している。
だから滅多に人が立ち入らないと思っていたけど、どうやらそれは見当違いだったらしい。
森に迷い込んだ人間や妖怪、妖精までもが、助けを求めてうちの扉を叩く。
ずっと研究に集中、というわけにはいかなくなった。
けれど、ちょっとした休憩にはなるからそこまで迷惑とは思わない。
それに、その辺で野垂れ死にされるよりはずっといい。
と、今日もまた、小さく扉を叩く音が響いた。
「はいはい、ちょっと待ってよ」
メンテナンスをしていた人形を棚に戻して、上海と一緒に来訪者を迎えに行く。
やっかいなお客に備えて上海を連れているけど、今のところそういったことは少ない。
せいぜい白黒の野良魔法使いくらいだ。
あれの場合、ノックの仕方がもう少し乱暴だし、人の名前を叫びながら叩くから今日は違うみたいね。
さて、今日迷い込んできたのは妖精か人間か、それとも妖怪か。
「はい、どちらさま……って、霊夢」
「……久しぶりね、アリス」
開けた扉の向こうには、森で迷った様子の妖精でも妖怪でも、人間でもない。
顔なじみの紅白の巫女がいた。
「珍しいわね、あなたがこんなとこまで来るなんて」
「ん、ちょっとね」
「あがって、すぐお茶の用意するから」
おずおずとうちにあがる霊夢を見届けて、台所へ。
お茶の用意をしながらも、くるくる思考を巡らせる。
霊夢は基本、神社から出てこない。
食料や日用品は、里の人間や妖怪からの供物で間に合うそうで、里にもたまにしか出ないらしい。
ほかに出てくるとしたら、異変と神社以外で行われる宴会くらいか。
前に理由を聞いたら、神社を空けるわけにはいかないでしょ、と肩をすくめて言われてしまった。
そんな霊夢が、なぜか今、うちにいる。
驚きもあるけれど、嬉しさで口許が緩む。
来てくれたこともだけど、霊夢に会うのは久々なのだ。
最近研究や実験が立て込んでいて、神社には顔を出すこともできなかった。
昨日ようやく落ち着いて、今日のお昼辺りにお菓子でも持って行こうと思っていた。
そんなときに霊夢からやってきてくれた。
嬉しくないはずがない。
「ゆっくりしていけるのかしら……」
お茶の準備をすると伝えたとき、特に何も言われなかったから大丈夫だとは思うけど。
「えーっと、その……そのつもりで来たんだけど」
「え?」
はっとして振り向くと、そっぽを向いて頬を掻いている霊夢がいた。
さっきの独り言が聞かれたかと思うと恥ずかしいけれど、なぜか霊夢のほうが恥ずかしがって私から視線をそらしている。
「座って待っててよかったのに」
「え、あ、いや、なんとなく、さ……あはは」
「そ、そう。あ、お茶これでいいかしら?」
「好きなのは緑茶なんだけど」
「知ってるわよ。でも、霊夢が来るなんて思ってもみなかったからうちには常備してないの」
「たまに持ってきてくれるじゃない」
「あ、あれはたまたまよ。里に買出しに出たときにね」
手土産にお茶の葉を持っていったことがあったことなど、もうすっかり忘れていた。
なのに、霊夢が覚えていてくれたことが嬉しい。
お茶やお菓子なんて、霊夢はいろんな人から貰ってるだろうから。
霊夢が紅茶をあまり好まないのは知っている。
以前、神社でそんな話になったから。
だからあまり香りの強くないお茶を選んだつもりなのだけど。
「ん、これなら飲めるわ」
「そう、よかった。なら、準備するから先に待ってて」
「手伝うわよ」
「いいわよ、お客様なんだから」
やんわり断ると、少し表情が硬くなった。
今日は様子がおかしい気がしたけれど、今のでそれは確信に変わった。
どこか、緊張している。
「霊夢?」
「ねぇ、アリス……私、突然来て迷惑じゃなかった?」
「え? ええ」
「そう」
むしろ嬉しいくらい、とまでは伝えない。
けれど、途端にふわっと、霊夢の雰囲気が変わった。
「も、もしかして、それ聞くために?」
「あ、うん。ちょっと気になって」
照れたように笑う霊夢は、珍しかった。
驚きで固まる私を置いて、霊夢は台所を出て行ってしまった。
なんとなく、霊夢がここに来た理由がわかった気がする。
ここに来たことが迷惑じゃないか、なんてこと確認して。
それがわかったとたん、あんな表情して。
期待しないわけがない。
でも、それは勘違いかもしれない。
勝手に勘違いして期待して、違ったときの衝撃は絶対に大きい。
きっと恥ずかしさと気まずさで、暫くは霊夢に会うどころか神社に行くこともできなくなる。
それでも、どうしても期待してしまう。
「会いに来てくれた、とか……?」
馬鹿みたいな期待。
あの霊夢がそんなことするはずがない。
彼女はそんなことで簡単に神社から出てこれないのだから。
頭を振ってそれを払い落とし、お茶を持って霊夢のところへ向かった。
「おまたせ」
「ありがと」
沈黙のお茶会。
珍しいことではない。
二人のときは、神社でもいつもこんな感じだった。
ぼんやりと空や山を眺めながら、ふたりで静かにお茶を飲んでいた。
それなのに緊張してしまうのは、きっとさっきの馬鹿げた期待のせい。
自分の女々しさに、思わず重たいため息を吐いてしまった。
はっとしたときにはそれはもう遅くて。
カンッとカップとお皿のぶつかる音が響いた。
それは、霊夢がカップを置いた音。
「ごめんなさい、やっぱり迷惑だったみたいね」
「ち、違うわよ!」
「でも、ため息」
「それは霊夢が……」
「私が?」
言おうか言うまいか。
さっきまで迷いに迷ってたのに。
その迷いは、霊夢の顔を見た瞬間どこかへ消えていった。
「ねぇ霊夢」
「なに?」
「今日は、どうしてうちまで来てくれたの?」
「やっぱり突然は迷惑だったかしら?」
「そういうことを聞いてるんじゃないの」
「……」
もごもごと口が動くから、言いたくないわけではないらしい。
それには正直、ほっとした。
無理やり聞きだすのは気分が悪いし、嫌われそうなのが怖かった。
ただただ待つしかできない自分が、どこかもどかしい。
でも、耳を赤く染めて唸っている姿を見ていると、さっきの期待が膨らんでいく。
と、意を決したように顔をあげた霊夢と目が合った。
「つ、付き合ってる相手の顔を見に来るのに、いちいち理由がいるの?」
まさかの返事に、言葉が出なかった。
ただ、顔を見に来たとか、そういう理由だと思っていたのに。
それすらも、違うんじゃないかって、恐れてたのに。
そんな自分が馬鹿みたいだ。
「ふっ……ふふ、あはは」
「っ、笑うことないじゃない! そもそもあんたが来ないからっ!」
「霊夢」
「っ……な、なによ」
「ありがとう」
こみ上げてきて笑いが収まって、来てくれた御礼を伝える。
そうしたら、真っ赤になって勢いよく立ち上がったのに、すとんと座ってこくこく紅茶を飲み始めた。
こんな霊夢は今までになかった。
そういえば、今日はそんな霊夢の姿ばかりだった気がする。
神社だといつも同じ感じだったのに。
そういえば神社……。
「ねぇ」
「ん?」
お茶を飲み干して、ぱたぱたと顔の熱を逃しながらそらされた視線が向けられる。
「神社、空けるわけにはいかないんじゃなかったの?」
「ああ、萃香に留守番させたわ」
「そ、それっていいのかしら……」
「いいのよ」
「え?」
「紫の許可は得てるし、今日は異変も起こらないって私の勘が言ってるし」
その話から、神社を離れるというのは、やっぱり大変なことだということがわかる。
「なにより、アリスの顔が見れないほうが、私にはよっぽど大変なっ……」
「え?」
「っ……な、なんでもない!」
照れ隠しか、もう空になったカップを啜るまねを始めた。
お茶のおかわりを入れようと声をかけても、まだあるの一点張り。
まるで子どもじみた言動に、さっきとは別の笑いがこみ上げてくる。
案の定、笑われた霊夢は真っ赤な顔のまま怒ってきた。
笑いながら、霊夢に怒られながら、今日、私は決心した。
忙しくても、心配かけないようになるべく逢いに行こう。
でも、たまには逢いに来てもらおう。
知らない妖精や妖怪、人間の来訪者よりも、逢いたいと願う来訪者のほうがずっといい。
それに、神社では見せない顔をここではよく見せてくれたから。
好きな人のいろんな表情を見たいというのは、来てもらうのには十分な理由よね。
おしまい。
レイアリはグダグダしてもゆったりでも似合いますよね。
すばらしいレイアリありがとうございます!
いや、霊夢はいつだって可愛いんですが。
レイアリいっぱいでうれしい限りでございます
ああー、なんか、こう、うずうずと……うがーっ!
ここでノックダウンしました…
レイアリ分補給完了!!素晴らしいレイアリをありがとう御座いました!!!
もっと広がれレイアリの輪!!!
ここに、アリスの可愛らしさを見ました。
いやいや、このほんわかした感じ、ありがとうございます。
今更ですが、コメントありがとうございます。
≫なるるが様
ありがとうございます。
この子たちを可愛いと言ってもらえて嬉しい限りです!
なんでも似合うレイアリ素敵です。
≫2様
ありがとうございます。
この霊夢を可愛いと言ってもらえて嬉しい限りです!
≫3様
ありがとうございます。
け、決してそのようなことは!
ですが、その言葉が嬉しすぎて私がうずうずと……っ!
≫奇声を発する(ry in レイアリLOVE!様
ありがとうございます。
では付き合ってる相手にするか、好きな相手にするかで30分程悩んだことは内緒にしておきます。
もっともっと広がれレイアリの輪!!!
≫5様
ありがとうございます。
お付き合い許してくださってありがとうございます!
≫けやっきー様
ありがとうございます。
アリスにはちょっと素直になってもらいましたw
ほんわか言っていただきありがとうございました!
読んでいただいた方々もありがとうございます。