Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

バカは風邪をひく

2010/09/06 22:41:59
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「あーめあーめ、ふーれふーれ」

氷妖精は雨の中を舞う。両手を広げて、ポツポツ落ちる天の雫を身に全て当てんとする。
空を仰げば、幻想郷をおおう黒い雲。一面が黒く、太陽を隠す。さながら、深夜のようだ。

いつしか湖まで来ていた妖精は、そのまま湖の表面に薄い氷をはる。彼女にしかできない芸当であり、自慢の一つである。氷妖精は裸足で氷の上にちょこんと立った。

「もっとふれー」

そう言いながらクルクルと回る。フワリと上がるスカートも、雨をうけキラキラ輝く髪の先も、全て、純真無垢だった。

彼女の高い音が雨の雫をより大きく、強くする。雫は氷の湖に叩きつけられ、細かく分裂し、消える。

水玉は彼女の服を濡らし、艶やかに色づけていく。
しかし、少女は満足していた。
舞は、よりいっそう、体を動かし、激しさを増す。一心不乱に、遊び心で動いていた。

「あ、見つけた!」

ふと、雑木林の方から声がする。木の枝先がおさえきれなくなった水のかたまりを声の主に落とす。しかし、それは、傘の屋根にさえぎられた。

「あれ? 大ちゃん。どうしたの?」

氷妖精は舞を止める。
したたる水は服をつたい、冷たい氷に落ちた。

少女は背中に生える対の羽を使い、フワッと声の主、大妖精の元へ向かう。

「どうしたの……て、雨が降ってきたのにチルノちゃんがどっかにいっちゃうから、捜してたんだよ? ほら、風邪ひくから帰ろ」
「ヤダー。だって久しぶりの雨だよ? 大ちゃんも傘なんかしまって、遊ぼ?」
「え、ちょ、チルノちゃん!?」

大妖精の、チルノのより少しばかり大きな手を、チルノは引っ張る。

「わっ」

片手をつかまれ、大妖精はそのまま雨の中に連れ出された。
雨は遮るものの無くなった大妖精にも、容赦なく襲いかかる。
あっ、と思った時には大妖精もびしょぬれだった。

「うわ~……」
「たまには雨の日に遊ぶのも良いよね!」
「風邪引くよ……」
「あたい、風邪ひかないもん! それより見てみて!」

チルノはパッと腕を広げる。
手と手の間には冷気の塊が、それは広げられ、空を漂う。冷気に当たると雨はたちまち雹に変わっていく。


「痛い、痛い! ちょっと、チルノちゃん!?」

眉間に皺を寄せ、怒る大妖精を、チルノはある方向を指差して、

「怒らないの。見てよ、ほら」
大妖精は慌てて傘をたて、チルノもひっくるめて身体を守る。
そして、チルノが指差す方向を向いた。

「!わぁ……きれい……」
「すごいでしょ?」

それはチルノの冷気を受けた森の木々だった。雨の水が、冷気で凍り、小さな厳冬を再現していた。新緑は透明の氷に保護され、降る雨がそれにあたる。飛び散る雨水が僅かばかりの光を受け、煌めく。
まさしく、梅雨に咲く、幻想だった。

幻想を見せられて、大妖精の怒りもどこ吹く風となる。

「すごい、すごいよチルノちゃん!」
「あたいの辞書にふかのーという文字はないんだよ!」

そんな話しをしながら、二人は氷の木々に、しばし見とれていた。

傘の中で二人の体は密着する。肌と肌が当たる。しかし、大妖精がチルノの肌をつめたいと感じたことはない。むしろ、不思議と体温が高かった。大妖精のそれと比べても大差ない。
大妖精は自らの存在について、それほど知らない。だから、その上、他の妖精の生態系で知っていることなんて小指の先ほどもない。チルノもそれは同じだ。いや、チルノのほうがもっと多くのことを知らないのだろう。でも、チルノは自らの能力を完璧にまで操っている。こうやって一つの『美』を完成させるまでに至っている。それが大妖精には不思議でならなかった。羨ましくも思った。尊敬さえもした。

「ねぇ、チルノちゃん」
「なに、大ちゃん?」
「チルノちゃんは、その能力をどうやって使ってるの?」
「うーん……」至極、考える素振りを見せ、それから笑顔をつくった。「感覚かな……」
「感覚なんだ……」

肌が暖かい。どちらが暖かいかわからない。この暖かさはなんだろうと、大妖精は思う。


数分前に雹は、止んだ。
でも、今でも二人は一つの傘の下にいた。

「チルノちゃん」
「なに?」
「満足した?」
「うん!大ちゃんは?」
「満足したよ」
「そっか。良かった!」
「じゃあ、帰ろうか」
「ん、分かった」

二人はそのまま一つの傘を使い、氷の森を歩いた。



妖精たちが決まった住処を持たず、そこらをフワフワ浮いているだけと思うなら、それは間違いだ。
森の草木を巧みに束ね、小さいながらも屋根や壁を作る。そこを妖精たちは住処にしていた。
住処、といっても妖精内でも大きく二つの形態にわかれる。複数の妖精が協力して、一つの住処で生活する場合。もしくは、一匹の妖精が一つの住処で生活する場合。
どちらが多いかというと、大差はない。
チルノや大妖精は後者である。

次の日、大妖精はチルノの家をたずねた。
家といっても、チルノのそれは他の妖精たちと比べても、更にひどい。精巧さのかけらもない。大抵、ツルを使って草木は束ねるのが一般的だ。しかし、チルノはそれすらも使わない。適当に四方の木々を切り落とし、それを壁とする。ゆえに扉はない。屋根はもとから中央に生えている、一つの山桃の木がまかなってくれた。

「おーい、チルノちゃーん」

昨日の雨天からうって変わって、今日は晴天だった。
夏にはまだ少し早いというのに、日なたにいるだけで汗が出るほど、暑い。
大妖精の服も多少、汗を吸っていた。

「…チルノちゃん?」

おかしいな、と大妖精は首を傾ける。
倒木の向こうの、親友からの返事が無いことを疑問に抱く。
どこかに行った、とも考えられるが昨日チルノの方から、「明日も遊ぼ!」と言われたので、此処にいるわけだ。
チルノは約束を忘れていても、破るような妖精ではないと大妖精は信じている。

「チルノちゃん、いる?」

多少、マナーが悪いとはいえ、大妖精は中を確認するべく、壁を登る。
はたして、チルノは居た。
草を沢山積んだだけの、ベットの上であおむけになっていた。
寝てるのかと、大妖精は思う。
ゆっくり近づくと、どうやら起きていた。
目は開いていた。しかし、どこか虚ろに。

「チルノちゃん!?」
「うぅん……大ちゃん?」

チルノの頬はリンゴのように、赤く染まっていた。呼吸は走ったかのように荒い。そして、か細い。小さな胸が、お腹が大きく上下している。

「大丈夫、チルノちゃん!?」
「なんか、だるいよ……頭、クラクラするし、足はガクガクする……」
「もしかして……風邪ひいた?」
「わかんないよ、今までなったことないもん……」

よくみると鼻水は垂れ、汗は玉になって吹き出ている。
妖精が風邪をひくというのは、別段珍しいことだ。そもそもそれは風邪なのか、彼女たち自身、分かっていない。大妖精ももちろん分からない。昨日の発言直々も半ば冗談のつもりだった。

「ど、どうしよう……」
「ぅん、大丈夫だよ、これくらい……」
「そういうわけにはいかないよ……。よし、私が看病してあげる!」

それを聞いたチルノは慌てた。

「え!?いいよ、迷惑でしょ?」
「そういう時ばかり謙遜しないの!」
「で、でも…」
「朝ご飯食べた?」
「え、いや、まだだよ……」
「じゃあ、近くでとってくるね」

大妖精はチルノに有無を言わさず、背中を向けた。水晶の羽を動かし、大妖精の身体より少しばかり大きな木の壁を飛ぶ。
チルノはそれをただ、熱い蒸気を発しながら呆然と眺めていた。

まったく、と大妖精は少しばかりため息をもらす。

(変なところばかり人に気を使うんだから……)



それからしばらくして、大妖精は戻ってきた。両手ではもちきれなくなったのか、ツルで作られた、小さな手提げカゴをもっている。中にはカゴの先まで敷き詰められたら木の実や草花の類があった。
チルノは上半身だけ起こして空をボーっと眺めていたが、大妖精の存在に気づくと直ぐにカゴに目がいく。
大妖精はチルノの横、ベットに座った。そして、カゴに入った食べ物を見せながら、

「ほら!持ってきたよ」
「……ありがと……」

小さな手でチルノはカゴを受け取る。そのまま色とりどりの鮮やかな食べ物をじっくり見ていると、横から大妖精が微笑んだ。彼女は真っ赤に熟れた木苺をカゴから摘むとそれをチルノの口元に近づけ、

「はい、あーんして!」
「な……それぐらい一人で食べれるよ!」
「だってなかなか食べないもん。ほら!」

チルノはプイッと横を向くが、大妖精は諦めず口に近づけていく。
先に折れたのはチルノだった。

「うぅ、分かったよ……あ、あーん」

小さい木苺が小さな口に入っていく。恥ずかしさからか、それとも風邪からか。頬のみならず、全身に回って舌先まで真っ赤になったチルノは喉を軽くならす。

「美味しい……」
「はい、じゃあ次!」
「も、もういいよっ!」

すかさず次の木の実を手に取る大妖精を、チルノは慌てて制止させようとするが、体がうまく動かない。


結局、木の実を全て食べ終わるまでチルノは羞恥からずっと目を閉じていた。



「う、う~ん?」

それから何時間経ったか大妖精は覚えていない。いつの間にか寝ていて、いつの間にか辺りは太陽のように燃え揺らいでいた。

「もう、夕方なんだ……あれ?チルノちゃんは!?」

思考の鈍りから一瞬堪え難い恐怖に襲われる。しかし、腕を動かすと後ろでスゥスゥと寝息をたてるチルノの存在に気づいた。

「良かった……それにしても……」

天使の寝顔の柔らかなほっぺを触る。自ら感情が昂るのを大妖精は感じた。

「可愛いな……」

そう呟いた直後にチルノは目覚めた。大妖精は心底驚いたが、どうやらさっきの発言を聞かれていない事に安堵の呼吸をする。そして、チルノと一言だけ言葉を交わすと、そそくさと夕食を探しに出かけた。



その日、大妖精は一日中チルノの看病をした。木の実だけでは飽きるだろうと、調理もやった。
初めは遠慮していたチルノも、時がたつにつれ大妖精を頼るようになる。大妖精はそれに必ず応えた。結局その日は、大妖精はチルノの家で夜も過ごした。


次の日も、体調が悪いチルノに代わって大妖精が全てを行った。そして、また次の日も、そのまた次の日も。



五日目になってもチルノの体調が改善するという事はなかった。

「やっぱり、医者にいこう!」
なかなか治らないチルノに大妖精はこう提案した。しかし、チルノは怪訝な顔をして、

「医者はやだぁ……」

とただをこねる。
大妖精は困った。いつまでも親友の苦しい顔を見続けるのは、彼女自身つらいものがある。しかし、医者に診察してもらえばが少しでも体調が回復するかもしれないのに、親友がそれをかたく拒むからだ。
一抹の希望があるのにそれをやらない手はないだろうが、嫌がる者を無理やり連れて行くのもまたどうだろうか。
大妖精がとった手段は、

「じゃあ、おんぶしてでもつれてくよ」

後者だった。



嫌がるチルノも診察中はわきまえている。
診察には、もちろん大妖精は干渉しなかったが、診断結果は立ち会った。
室内は簡素だった。入って直ぐに待合室があり、次の部屋が診察室、更に奥が治療室になっている。診察室には患者用の丸イスに、その向かいは医者用の背もたれイス。丸イスから見て右には机、そして、大妖精たちは見たことがない、四角の機械らしいものがあった。なんでも、外界の一般的な医務室をベースにしているという。

「症状から見ても、これは典型的な風邪のたぐいね」

片手に診断書を持ち、もう片手に黒の万年筆を持ちながら、永琳は断言した。

「本当ですか!?良かった~……」

フゥッと大妖精は胸を撫で下ろす。チルノは、ほら、大丈夫じゃんか、と大妖精に顔で表した。

「とりあえず、風邪薬と咳止めの薬を出しておくわ。朝昼晩、食後三十分以内に飲みなさい」

永琳は、カルテになにかを書きながら、声だけで説明した。



「やっぱ、異常なんてないんだよ!」

診察室を出る際、チルノはこう言った。ただの風邪ということから、気持ちが楽になったのか、チルノはご機嫌のようだ。それを見てると、大妖精も自然に笑顔がこぼれる。
しかし、永琳だけが悄然とした面もちだった。大妖精たちには決して見せない憂いがあったのだ。そっと、永琳は大妖精の肩に手をかける。
ふと振り返る、大妖精に、永琳は耳元で呟いた。

「どーしたの? 大ちゃん、早く帰ろー」
「あぁ、うん。分かったよ…」

大妖精は足取りが、一気に重くなった気がした。



次の日、大妖精はチルノを家において、一人で竹林を歩いていた。目的は永琳である。

その日ばかりは、背高く、悠然とそびえる竹林に目もいかなかった。
そして、大妖精も気づかないうちに、目的地についていた。

「ちゃんと、来てくれたわね」

その日は患者があまり居なかったため、永琳とは直ぐに対面できた。

「あの……どうして、私だけ呼んだんですか?」
「なんとなく、察しはついているのでしょう?」

永琳は無表情を作って、なるべく平穏に話す。

「……チルノちゃんの事ですか」
「そうよ」
「あの! チルノちゃんはただの風邪なんですよね!?」
「そう。ただの風邪よ。症状をみてもそれ以外、考えられない」
「なら、どうしてここに……!?」
「大妖精、あなたは風邪を引いたことがある?」
「……」

大妖精はうつむいた。室内はさほど暑くないのに、スカートを握る手はぐっしょり汗をかいていた。

「ない……です」
「そう、妖精は普通、病気にはかからない。妖精は環境そのもの。異変の時に力が高まるのも環境変化が原因なの。そして、病気にかかるということは---」

そこで永琳は言葉を切った。大妖精は永琳の顔を見ないまでも、声だけはしっかり聞いていた。



そこを出たとたん、大妖精は頭痛で倒れそうになった。後ろから心配する永琳の目も全く気にならない。大妖精はおぼついた足取りで竹林の中に入っていった。
帰る途中、なんど竹にぶつかりそうになって、そしてぶつかったか大妖精は分からなかった。確かな事は、帰るのにいつもの数倍かかったことと、顔がぐしゃぐしゃに歪んでいることだった。

大妖精は不意に、横を眺めると、そこは湖だった。水面を空高い太陽が映えて、水は透明度が高かった。大妖精のクシャクシャの顔を光が反射し、水面に映していた。
これが自分の顔か、と大妖精は目尻に手を当ててみたが、すぐにおろした。
ここは、大妖精とチルノが初めて出会った場であり、いつまでもここを遊びの場にすると、約束した場でもあった。それを思い出したのだ。
確か、あそこで頭と頭をがっちんこして、喧嘩して、あっちで弾幕ごっこして、かろうじて勝って、そっちで---
水面を雫が落ちた。波紋は広がり、大妖精の顔を更に歪めていく。どんどん、雫は溢れた。大妖精はそれが自らの涙と知るのにそう時間はかからなかった。
少女はいつしか、声を出して泣いた。


竹は小さな竹の子から、悠然となびく、大きな竹までさまざまだった。風でしなり、不気味で、それでいて心地よい、感情を静める音があたりに聞こえる。
永琳はその中でも、一段と目立つ、鋭い傷跡を残した竹を見つけた。成長途中でできた傷をそのまま残しているのか、それとも、成長しきってからできたものなのか、永琳でも分からない。しかし他の木に比べ、目立ち、どこか物淋しい思いにさせなくもなかった。
永琳はそれにどこか、大妖精をうつしていたようだった。


客がいないというのは病院には、良いことなのかもしれない。
診察室を離れ、待合室で外を見ていた永琳に、受け付けのうどんげは声をかけた。

「師匠? どうしたんですか、ずっと窓なんか見て。汚れでもありますか?」

うどんげは、師匠らしくないな、と思った。
ゆっくりと永琳はカウンターの方を見る。

「うどんげ……---医者である以上、私は助けを求めるものは、必ず助けてきた。そう、私は今まで自らの知識でどんな難病も治してきたのよ」
「それは……そうですけど?」
「でも、私の知識をもってしても、治らない病気はこの世にはたくさんある」
「そんなこと……」
「うどんげっ」
「は、い?」
「私はそのときどうすればいいのかしら?」
「それは……」
「あきらめれば、いいのかしら、ねぇ、うどんげ?」

永琳の顔は影でよく見えなかった。だが、黒い瞳は朧に輝いているようである。
全力で、最後まで諦めずにそれに向かえば良いんですよ。それ一つ、うどんげは言えなかった。ただ、黙って永琳の後ろの窓を眺めていた。

風が、傷を残す竹を、揺らした。



チルノが、昼寝から目覚めたときもまだ、大妖精は帰っていなかった。仕方なく、事前に大妖精が採ってきていた、木の実を食べる。
食後の薬を飲むのは、忘れていた。

それからしばらく、ベットで横になっていたが、何者かの足音が近づいているのを、チルノは聞き漏らさなかった。大妖精かと飛び起きて、めまいを覚えるのも忘れて、待つ。
果たしてそれは、大妖精だった。

「全く、どこまでいっ……て?」

何か一つ悪態をつこうと、大妖精に近づいたチルノは、直ぐにそれを止めることになる。

「どうしたの? 大ちゃん。目、赤いよ?」
「チルノちゃん……!」
「わっ!」

油断した間に大妖精はチルノに抱きついていた。
あぁ、そうだ。大妖精は思った。チルノちゃんはここにいる。暖かい肌がここにあるじゃないか。

「大ちゃん……?ダメだよ、風邪うつっちゃうよ?」
「いいんだよ、風邪うつってもいいんだよ!」

---放さない、放したくない。出来ることならずっと、永久にこうしていたい。こうしていれば、チルノは消えない。大妖精はそんな淡い希望を描いていた。



「チルノは、消える」
「えっ?」

大妖精は、唐突の永琳の言葉を、鵜呑みに出来ないでいた。
なにか、悪い冗談だと思った。

「これを、見てちょうだい」

永琳はそう言うと、大妖精を右側に手招きし、大妖精は棒になった足を懸命に動かした。永琳は大妖精にとって未知の、四角い機械を操作すると、

「これはパソコンと言って、外界の機械で---まぁ、そんなことはどうでも良いわね。見てほしいのはこっちの画面の方」
永琳の白くしなやかな指先のさらにその先、四角の画面に大妖精は目を移動した。そこには、二つの画像があった。二つとも、色は白、黒、青、緑という4つの色しか使っていなくて、大妖精には意味が分からない。

「あの、これは?」
「これは外界の北極という、大きな氷の塊を衛星から---……真上から撮った写真よ。右が今から十年ほど前に撮った写真。左が今の写真。一目でわかることがあるわよね?」
「……白い部分が、消えています」
「そう、それよ。それが何かあなたには分かる?」
「……この白いのが、北極ですか?」
「えぇ、北極よ」

そこまでの永琳の話を聞いても、大妖精にはそれとチルノがどういう繋がりがあるのか、全く分からなかった。
永琳は大妖精の素振りからまだ、状況がのみこめてないことを察すると、言葉を続ける。

「チルノは、氷の妖精。それは周知の事実、でしょ?」
「はい」
「つまり、氷があるからチルノという存在があるのよね?」
「!?……そんな!」
「そういうこと。北極がなくなれば、いいえこれ以上どんどん小さくなれば……チルノは……」
「嫌だ!!先生なにか、方法はないんですか!?」
「今のところは無いと言わざるおえないわ……」
「そうだ、氷、氷を作れば……!」
「ダメなの……妖精は自然。自然の『氷』じゃなければ……」

フラフラと大妖精は丸イスに戻った。画像を見ても、苦しみと悲しみ以外出てこないと、分かったからだ。

「寿命……」

ポツリ。大妖精は心の内から単語をはじき出した。永琳にはとうてい聞こえるはずがない、呟きだったのに、それはハッキリ聞こえていたようだ。

「寿命……分からない。このままの速度で氷が溶けたら、チルノは、近い未来までもたない」
淡々と告げられる永琳の言葉を、大妖精は最後まで聞いていられなかった。
足はすでに診察室のドアの前まで歩んでいたのだ。扉を開け、待合室に出ようとした時、

「大妖精……」

永琳が呼び止めた。大妖精は振り向かない、ただ、人形のようにそこにたたずんていた。

「ごめんなさい」

医者の永琳の声ではない、声が診察室を静かにこだます。大妖精はコクリと頷き、なにも言わずに部屋を出ていった。



「うどんげ。医者は時に相手を傷つけてしまうものなの…」
「師匠……?」
「惨めよ。私は数え切れないぐらいの年月を重ねて、今までそんなこと思いもしなかったんだから……そして、失態を犯した」

脳裏によみがえるのは大妖精の後ろ姿。若葉がふるう、新緑の緑髪が印象的な、彼女の後ろ姿だった。
今、彼女はなにをしているのだろうか、永琳は考えた。
チルノに真実を隠して、笑顔の裏を見せまいと努力しているのだろうか。

「私は真実を言うべきではなかったの……?」

それとも、真実を話して、しかし、明るく振る舞っているのか。

「私は、どうすればいいの……?」

それとも、真を信じれなくて、狂おしい葉桜になっているのだろうか。それとも---

「師匠っ!」

うどんげは、自らの腹の内をさらけ出した。今さっき、憂いから、そして、恐れから言えなかった言葉も、今なら……

「医者が自分を見失ってどうするんですかっ!諦めてどうするんですか。患者のため、最後まで戦うのが医者じゃないんですか!?希望を与えるのが医者じゃないんですかっ!?」
「……でも」
「治せないなら治さなくてもいいなんて、道理にかないません!師匠っ」
「……」

自分で言葉を発しているのか、うどんげ自身あいまいだった。ふとしたときには、すべてしゃべりおえ、汗が一筋ほっぺをつたっていた。



涙はすでに、瞳から落ちないと思っていたのに、氷妖精のちょっと強気な顔を見た途端に、それは流れようとつとめていた。
必死に涙を隠そうと、抱きついたら、身体の暖かさによけい、涙は沸き立つのである。
どうしようというのだ。
隠して、それでいいのだろうか。 真実を教えるべきなのだろうか。でも---教えたとして、その先は?馬鹿にされる?いいや。
冗談だと思われる?違う。
泣いて喚く?私としてはそれでいい。
でも、真実は違うんだろうな。彼女は。

笑顔で、今まで通り、振る舞うんだろうな。こちらに心配かけまいと、すべてを心の中に引っ込めて。自分を抑えて。

馬鹿。馬鹿、バカ。
そんなことされて、私はどういう顔を向ければいいのよ。


チルノちゃんの、ばか---
地球温暖化を予防?しよう!

……初めまして、初投稿です。

まだまだ拙い文章ですが、アドバイスやその他もろもろ、して頂くと有難いです。
れっくう
コメント



1.奇声を発する程度の能力削除
急いで温暖化食い止めなきゃ!
2.名前が無い程度の能力削除
早くおくうで発電ができるようにしないとだめだ!
3.拡散ポンプ削除
なんとも素敵なお話でした。
作品全体を通した儚く幻想的な風景に、純粋な妖精たち。
ただ、永琳と鈴仙の悩みの行きつく先がよく分かりませんでした。

話の結末は、あなたの子孫にでも書かせてください。私の子孫に読ませます。
4.けやっきー削除
今日は、エアコンを使わなかったよ!

…それはともかく、いい雰囲気でした。
ありがとうございます。
5.れっくう削除
碧の穂を 黄色く染める 秋と人

>>1さん
涼しくなってきて、これで大丈夫かな~と思ったら、まだ昼間は暑いですね。これも温暖化の影響なのでしょうか?
>>2さん
原子力発電というのは効率の良い面もありますが、まだまだ安全面では安心にならないですからね。風力、波力発電もこれからもっと浸透したらな……と思いました。
>>3さん
今回の作品(初投稿ですが……)では確かに、その方の描写が極端に薄いというのは、改めて読むと良く分かりました。この失敗をバネに次へと活かしていきたいです。
続編は……孫の道は、孫に任せます。その時、今よりもっと美しい地球があれば、私が頑張ります。
>>4さん
エアコンも、もっと改善されれば……欲が深すぎですかね。
まだまだ、先人達には遠くおよびません。もっと頑張っていきたいです。