正体不明のＯＯＯ

「サル！　タヌキ！　トラ！」

　何の前触れもなく。
　旧都に連なる家屋の屋根の上で、無意識ちゃんは私の顔を覗き込んで叫んだ。
　随分と長い付き合いのような気もするけれど、時々……いや、年柄年中この無意識妖怪の考えることは正体不明だ。

「……なんて？」

　だから私は形だけでも聞いてみるんだけれど。　
　私の反応も聞かずにこいしはまた、なにやら考えて、私を指差して、

「サル！　ニワトリ！　キツネ！」

「だから、なにさ、それ」

　頭、胸、足、と楽しそうに。

「サル！　トラ！　ヘビ！」

「どうでもいいけど、人の顔見てサルサル言うの止めてくれる？」

　サル！　サル！　サル！　と。
　友達の顔をサル呼ばわり。
　その裏に潜む悪意なんてものは無いのだろうけど、こうも真っ直ぐに言われると本能的にムカつく。
　こいしはなんとか聞き入れてくれたみたいで、「じゃあ」って大きく息を吸い込んで、

「ネコ！　タヌキ！　トラ！」
「ネコになっただけじゃないッ！」
「ネコ、駄目なの？」
「駄目とかの問題じゃなくて！　なんなのよ、さっきから！」
「イメージ」
「なんの！？」

　でも、なんとなくの予測はつく。
　サル、トラ、タヌキ、ヘビ、ニワトリ、キツネ。その他諸々。
　伝承の中での鵺の一部に使われる動物の名前だ。それらは身体の一部を使って、鵺という架空の化け物を作り出す。もちろん正体不明なわけだから、正解なんてない。私を見た人間が恐れる姿が現れる。流石にある程度の共通認識はあるのだろうけれど。でも、

「サル！　トラ！　タヌキ！　……うん、やっぱりこっちの方がリズムいいねっ」　

　なんでこいしがこんな事を言っているのかは私にも理解不能なわけで。
「サットッタッ、サトタサットッタ♪」なんて気分よく歌うこいしを私はなんとか押さえつけた。

「だからッ！　なんなのッ！？　急に！」

　歌にストップを掛けられたこいしは別に怒るでもなく、いつもの、何考えてるんだか分からない風で言う。

「鵺ってさ」
「うん」
「気持ち悪いじゃない？」
「よぉし。喧嘩なら買うぞー」
「そういうことじゃなくって、色々混じってて面白いじゃんって話」
「それを気持ち悪いって言うあんたが怖い……」

　こいしは私の頭を指差して「サル」、そのまま胸「トラ」、足「タヌキ」とその指を移す。

「色々と組み合わせはあるけどさ、どれが一番怖いのかなって」
「……で、あんたの出した結論は？」
「サルとトラとタヌキかな。足がタヌキってのがこう、違和感があって面白いよね」

「でも、やっぱり尻尾はヘビ一択だね」といい足して、こいしはまた、くるくると回って歌った。

「私にはぬえはぬえにしか見えないからさ、こうして想像してみるしかないわけだ」
「知り合いの特権であり、損ってとこだね」
「そうそう。私だって恐れられてた鵺の姿ってのを見てみたいんだけどねー」

　無理だもんなー、とこいしはカラカラ笑った。
　私は一応同意した様を装うが、しかし、これはこれで面白くない。
　私は正体不明が売りだった。でも旧都に住む連中は鬼ばかりで、私を恐れることなんてまず無かった。そもそも、あいつらの前では私の姿は本来のものが捉えられてしまう。そんなこんなでこの街では大妖怪であった鵺さまは、何の変哲も無い、かわゆい女の子になってしまうわけだ。
　そんなことは自分でわかっている。でもそれをハッキリといわれてしまうと面白くない。そろそろ御飯かなって思って行こうとしたら「御飯だよ」って言われて行く気が無くなる。自分が天邪鬼だっていう自覚だってある。

「……なら、見せてやろうじゃあないの！」
「え、ほんと？　無理でしょ？」
「うっさいな！　やるったらやる！　大妖怪である私がこのまま引き下がれるかってのよ」

　何の自信も根拠も無いやけくそだった。
　私は手持ちの正体不明の種を全て取り出した。といっても、みっつしかなかった。構わない。有言実行でそれを全部、自分に植え付ける。頭、胸、足ならちょうどみっつだ。

「さあこいし！　イメージ！」
「なにを！？」
「あんたの怖いもの！」
「わ、わかった！」

　勢いに押されるままこいしは目を固く閉じて、「こわいものこわいものこわいもの……」と念仏のように手を合わせる。
　私は催眠術を掛けるようにゆっくりと、自分の歪な羽を音叉のようにして鳴らした。

　ひとつ、頭

　ふたつ、胸

　みっつ、足

　音がみっつ続いて、その間こいしはひたすらにイメージを続ける。
　怖い物を。心の奥。深層深く。無意識の領域に及ぶまで。

　そしてこいしは、パッチリと目を開けた。

「……私が、何に見える？」

　恐る恐る聞いてみると、こいしは確かに私を見ていた。
　呆然と。
　まっすぐに私を見ている瞳はしかし、恐怖に怯えているものとは思えなかった。

「ねえ、こいし？」

　ふらりと、こいしは両手を私に向かって伸ばした。
　口元が、三日月型に延びていた。
　じゅるりと、嫌な音がした。
　こりゃダメだ。









「…………饅頭こわい」

　





　……大丈夫。何を失ったって。
　明日履くパンツさえ残ってれば、なんとかなるから。

「……酷い目にあったわ。もう二度とこんなことしないから」
「だから、謝ってるじゃない、ほら、包装紙だと思って裂いちゃった服も、ちゃんと弁償するから」
「それはいいけど。いや、よくないけど……まったく、饅頭ってどういうこと？　ああ～もう、歯型付いちゃったじゃない」
「えへへ、怖いって言われたらそれしか浮かばなかったよ。反省反省」
「自分でやっといてなんだけど、私をなんだと思ってるのさ、あんたは」
「そうだな～、地味な服でぇ、陰湿でぇ、天邪鬼でぇ、あと、照れ屋！」

　言って、こいしは思い切り笑った。
　でも、って。

「嫌いじゃないわ！」

　無意識さんは、おかしなところで回りくどい。



9/6 コメント返し的なもの

>>１、３、奇声　様
可愛いな的な
なんかね……最近このふたりが可愛すぎてやばい。

>>２、５、１２　様
饅頭怖い的な
コメントが怖い。ではなくて、なんとなくぬえの能力と覚りの想起って似てるなって最近思ったり。

>>７、１０　様
嫌いじゃないわ！的な
オーズネタ一番乗り！　他の人が書いてくれるかなんて分からない！

>>oblivion　様
パンツ的な
いっつもありがとうございます。
ぬえちゃんはドロワが不可能ってのが反則ですわ。

>>ムラサキ　様
エロい的な
反則ですわ。

>>けやっきー　様
これがあんなことになろうとは、この時は誰も想像していなかった──
……なんてことにはなりませんが！　でもそんなお話も読んでみたい！

>>こじろー　様
鼻血
まさか私の作品で血が流れるとは……
ところで、タヌキのお腹ってあんなのな訳ですが……流石にないな。