「咲夜、今月の総支出の計算が遅れている。明日までに提出しなさい」
「かしこまりました」
紅魔館の執務室で、レミリアは書類仕事に時間を追われていた。
レミリアは一日のほとんどの時間を、仕事に費やしているのだ。
手を忙しく動かしながら、机の上の膨大な紙の山を一枚ずつ仕上げていく。
すらすらと万年筆を滑らせながら、レミリアはメイド長の咲夜に話しかける。
「経理は…私がやっておく。咲夜、掃除は終わらしたわね?」
「は…申し訳ありません。妖精メイドの指導にあたっていたもので…その…まだ…」
レミリアの鋭い眼光が、咲夜を捉える。
その姿はまさに伝説の吸血鬼、ヴァンパイアロードに相応しき姿であった。
「零秒で終わらせなさい。終わったら夕食の支度にあたれ。今日は暑いから、スープはいらないだろう。ただし、水分は取らせる事」
「承知しました」
毅然とした態度で言い放つ。
的確に指示を与えていくレミリアに咲夜は、尊敬の念を抱いていた。
(やはり、我が主は並々ならぬカリスマをお持ちでいらっしゃる…。このカリスマは如何な大妖怪でも崩すことは敵わないだろう)
「咲夜、この前廊下の隅に埃が溜まっていたぞ。どうなっている。館は隅々まで綺麗にしておけと言っているだろう。館を汚すことは私の名を汚すことと思え」
「まことに申し訳ありません。そこは新人のメイドが担当していたもので…」
レミリアが眉を顰める。
しかし、その動作にも品があり、咲夜は惚れ惚れしてしまった。
(やはり、我が主は素晴らしいお方だ。きっと、どんな事にも動揺せず、この荘厳なイメージは崩れないのだろう)
「新人の教育係はどうしたの」
「さぼっていたようです…」
レミリアは怒りを露わにする。
漆黒の翼を広げると、突風が巻き起こった。
しかし、怒られているのにも関わらず、咲夜は思わず見惚れてしまった。
(やはり、我が主は格好良いお方だ。この引き締まった表情を崩している所を見た事がない)
「教育係の教育は? 咲夜、貴女の仕事でしょう?」
「…はい」
レミリアの身体から紅いオーラが湧き上がる。
「もっと、しっかりなさい」
「はい」
だが、咲夜は知っているのだ。
誰より一番厳しい主は、誰よりも一番部下を慮っている事を。そして、この言葉も叱咤激励である事を。
「そいつには私からきつく言っておこう。貴女は夕食を作り終えたら、休息を取りなさい」
「判りました」
そこで、レミリアは威厳を含みながら微笑み、比較的柔らかい口調で告げる。
「それと、今日の昼食はよく出来ていたわ。また、お願いね」
「…は、はい! ありがとうございます!」
咲夜はこの主の笑顔が好きだった。咲夜も自然とつられて笑顔になる。
「なに笑ってるの。判ったらさっさと退出なさい」
「ふふっ…はい!」
一礼し、主に背を向け扉を目指す咲夜。
レミリアは再び机に目を向ける。
(今日もレミリアお嬢様はカリスマに満ち溢れていた……はぁ、なんて素敵な方なのだろう)
満足した顔で、うんうんと頷くメイド長。
彼女はカリスマ溢れるレミリアに憧れに近い気持ちを抱いていた。
そして咲夜が扉に手を掛ける瞬間、それはやってきた。
トタトタトタトタトタトタ…
跳ねるような軽い足音。誰かが廊下を走ってレミリアの部屋に向って来ているのが明白であった。
咲夜が触れる前に、扉が勢いよく開かれる。
「ただいま!おねえちゃま!!」
サイドテールを揺らし、元気よく挨拶をしながら入室してきたのはレミリアの妹、フランドールだった。
大きなランドセルを背負い、もうじき5つになるフランドールはまだ寺子屋に入学したばかり。背丈も小さく、レミリアの胸元にも届かない。
舌っ足らずな声で、大好きな姉の名を呼ぶフランドールの顔は、太陽も負けを認めるほどの満面の笑みだ。
さて、そんなフランドールを見たレミリアは…
「あらぁ~! おか~えり~フラン! ごめんねぇ~いつもお迎え行けなくて~」
先ほどまでのカリスマはかなぐり捨て、眦を下げて、ダムが決壊するかのごとく緩みきった表情に。
猫撫で声でフランドールを出迎える。
レミリアは慌てて駆け寄ると、フランドールを「高い高ーい」してクルクルと回り始めた。
フランドールも嬉しそうに、きゃっきゃと笑う。
「えへへ~」
「今日は、寺子屋で何したのかなー?」
レミリアはデレッデレの笑顔で訊ねる。
「あのねー、きょうはね、おえかきしたの!!」
「あら! 上手に描けてるじゃな~い! 何の絵かなぁ~?」
レミリアの腕の中でフランドールが嬉しそうに見せつけたのは、紅色のクレヨンで塗りたくられた一枚の絵。
「おねえちゃまを、かいたの!!」
「ああ! 上手ねぇ~フランは将来、画家になれるわよ~」
あまりの可愛らしさに、思わずレミリアは目の上にキスをする。
しかし、レミリアの褒め言葉に口を尖らすフランドール。
「う~ふらんはぁ~『がか』になりたくないのぉ…」
「あら、どうして~?」
フランドールはレミリアにキラキラとしたルビーのような瞳を向ける。
その瞳の中にはレミリアの笑顔が映りこんでいる。
「ふらんはね、おおきくなったらね、おねえちゃまの!およめさんになるの!!」
「ふ、フラーン!!」
感極まったレミリアはフランドールに何度も何度もキスをする。
唇や、おでこ。ほっぺに、鼻の頭。目や、耳まで。
しかし、フランドールは嫌がる素振りもなく、ただ気持ちよさそうに目を細める。
しばらくの間、レミリアが満足するまでキスの音だけが部屋に響き渡る。
時計の長針と短針が追いかけっこに飽きてきた頃、それはようやく終わった。
「あ……おねえちゃま…そろそろ おしごとのじかんだね……じゃましてごめんなさい……」
「え? いいのよ、今日はずっと一緒に居ましょうね?」
「え、ほんと!? やったぁ!! ……んーでも、おしごとはいいの?」
「いいの、いいの、そんなの! 咲夜にやらしとけば全然問題ないわ! だから今日は、ずーっと一緒! あ、久々に絵本読んであげるわね!」
「わぁ~い!!」
レミリアはより一層フランドールを強く抱きしめると、再びコーヒーカップのように回りだす。
「フラ~ン!!」
「おねえちゃま~!!」
「うふふふふ」
「あはははは!!」
…咲夜は何も見なかった事にして(そして聞かなかった事にして)静かに退出した。
次回も待ってます
飲みの時なんかで愛娘(訳=小生意気なガキ)の話が始まったらもうね・・・
ふらんちゃん!もうすぐ5さいのおたんじょうびだね!みんなでおいわいしてあげるよ!
台無しだろ…レミリア…。
もうこのレミリア様、お母さんモードですねww
カリスマにも、デレへの変わりようにも惚れてしまった…
なんという母性全開のレミリア。この発想は自分には斬新でした。
この紅魔館でピクニックとかいう続編が見てみたいw
そしてここまで甘さが引き立つのはレミリアさんのカリスマ性あってこそ。
さらに言うとこのブレイクがあるからこそのカリスマなのではないかと。
感謝。
冒頭からいつカリスマブレイクするかとわくわくしてました。