Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

紅魔館の夜~解~

2010/08/31 19:00:04
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※この作品は、『紅魔館の夜~序~』の続編です。
※もし予め序を読んでいないと、恐らく意味不明な内容になりますのでご注意を。
※一部に軽くアレな表現が含まれます、苦手な方は戻ることを推奨。









あの夜からおよそ一週間。
メイド服の少女───十六夜咲夜は、事件の解決に難航していた。
彼女自身、紅魔館の中を歩き回り原因を探っていたが、一向に真実へと辿り着くことは出来なかった。
それどころか、未だに何の手がかりさえ見つかっていない。

「はぁ…」

咲夜は短いため息をつくと、椅子にもたれかかる。
今までの事象を改めて整理し、考えを巡らせる為に一息入れようとしたのだった。
約1ヶ月くらい前から発生したこの事件の、今日までの被害は全部で68件。
日に1度しかないこともあれば、数度となく起きることもある。
一向に現場に偶然居合わすことがなく、咲夜は自分の目では事件の瞬間を確認してはいない。
メイド妖精達からの後報告ばかりだった。
その報告にしても事件解決への鍵となりそうな部分は何一つありはしない。
どこの部屋の何が壊れていた、とかその程度だ。
今まで半壊した物の種類は、食器類、包丁、衣類、それに机や椅子、壺などのアンティーク。
そして館の住人には全くの無害。
窓側の部屋で起こるのが多いが、特に事件の解決に関わるものでもなさそうだ。
館の構造的に、単に窓側には部屋が多いというだけだろう。
やはりいくら考えても、何も考えつきそうになかった。

「ちょっと、外の風にでも当たって来ようかしら…。」

そんな独り言を呟いて、彼女は自室から出て行く。
気分を変えてすっきりすれば、今まで見えなかったものが見えるようになるかもしれない。
勿論、淡い期待ではあるが。
メイド長を任されている咲夜にとって、館で起こる何もかもが全て自分の責任だと言えるが、何が起ころうが主人のレミリアが責めることはない。
ただ、責められないからといってこのまま事件を放置することも出来ないのだった。
事件を解決しなければ、彼女は唯一つの誓いを破ることになるのだから。





「咲夜さーん。」

玄関から外に出ようというとき、咲夜は後ろから誰かに名前を呼ばれる。
ゆっくり振り返ると、小悪魔が背中の羽根をぱたぱたと揺らしながら、こちらに向かって来ているのが見えた。

「あら、どうしたの?」

咲夜は問いかける。
その表情には多少の驚きと疑問。
パチュリーの使い魔である小悪魔が、一人で図書館以外の場所にいるのが珍しかったのだろう。
そしてわざわざ自分を呼び止めてまで、何の用があるのだろうか、と。

「えっと、例の事件はどうなったのかなーと気になりまして。」

単刀直入に切り出す小悪魔。
聞かれた側は、困ってるような怒ってるような、どっちとも付かない形容し難い表情へと変わっていく。
それだけで聞いた側には、あまり良い状況でないというのははっきり伝わってしまったことだろう。
だが、咲夜は律儀に答えを返す。

「まだ全然よ…欲しい情報なんか手に入りやしないもの。」

多少愚痴り気味だった。
余程進展がないのだろうと、小悪魔は確信する。

「ちゃんと聞き込みとかしましたか?」

再びの質問に、何を今更、と咲夜は思う。

「パチュリー様から聞いた噂を元に、妖精メイド達からも話を聞いて、今後は現場の状況・詳細、何か変わったことがあれば伝えるように指示したわ。パチュリー様にも一度相談に行ったわよ。」

彼女があまりに基本的なことを聞くので、メイドの少女は多少の憤りを覚えつつも、適切に自分のしたことを伝える。
その返事に、質問の主はきょとんとして、数秒固まった。
普段の冷静な咲夜の対応ではないからか、それとも…。
その心の奥底を一切覗わせることなく、無邪気な笑顔を作る。

「だめですよー咲夜さん。事件とは一見無関係そうな人が実は黒幕だった、とか意外な情報を得られる、とかはお約束なんですからね。」

それから立て続けに一般的な推理小説における聞き込みの重要性やら、犯人像やら、不可解なトリックやらの説明を、頼んでもいないのに始めてしまった。
咲夜は、小悪魔の普段からは想像が付かないような饒舌ぶりに少々戸惑いつつも、それに慣れてからは半分以上を聞き流す。
だからと言って完全に聞き流した訳でもなかった。

『事件とは一見無関係そうな人が実は黒幕だった、とか意外な情報を得られる』

そう、小悪魔は咲夜に何かしらのヒントを与えに来たようにも思えた。
もしかするとこの事件の詳細を、彼女は既に見抜いているのかもしれない。
だが仮に知っていたとしても、ヒントを与えるだけで真実を伝えようとは決してしないだろう。
やはり人外にとっては”その程度”のことなのだから。
暫くすると小悪魔のミステリー談義が終わり、それを確認してから咲夜は呟く。

「…ありがとう。」

目の前の少女に届くか否か程の声で。

「何か言いましたか、咲夜さん?」

例え聞こえていたとしても、彼女はそう言っただろう。
咲夜の性格を、理解しているのだから。
そしてその小悪魔の性格も咲夜は理解していて、聞こえていなかったとしても、同じ言葉を改めて言うことはない。

「何でもないわ。それじゃあ、私はそろそろ行くわね。」

「はい、わざわざ呼び止めてしまってすみませんでした。」

軽い別れの挨拶を済ませ、銀髪のメイドはそのまま外へ向かう。
それを見届け、赤い髪の使い魔も主人の元へと帰路につく。

─頑張ってくださいね、咲夜さん。

そんな言葉が、聞こえた気がした。





紅魔館の門の前、その門番を任されている妖怪。
彼女こそ、中国拳法の達人───中国…ではなく、紅美鈴。
美鈴は立ったまま目を瞑っていた。
見る人が見れば瞑想のように、また見る人が見れば単なる居眠りのように。
先ほど玄関から出てきたばかりの少女は、美鈴の様子に気付く風もなく、近づきながら話しかける。

「美鈴、ちょっといいかしら。」

返事がない。
ただの居眠りのようだ。
次の瞬間にはナイフが宙を舞い、寝ている少女の帽子に深々と突き刺さる。

「ぎゃああああっ?!」

そんな絶叫と共に、美鈴は夢の世界から現実へと引き戻される。

「おはよう、美鈴。また居眠りしてたのね?」

表情自体は笑顔。
しかし、咲夜の目は笑っていない。
仕事中に居眠りをしていた門番への制裁。
それを無慈悲に、躊躇なく実行しようという目だ。

「さ、ささ、咲夜さん!ち、違うんです、これは!瞑想してたんですよ、私!」

その場凌ぎの嘘が無意味なことだと、本人が一番よく分かっている。
しかしこれはもう癖のようなもので、寝ていた時にはそれっぽい嘘が勝手に口から出てしまう。
無論いつもすぐにバレるのだが。
美鈴の今までの経験が、今回も既にバレていると訴える。
だからこの後にはお仕置きが待っている…と、美鈴の身体は無意識に恐怖で震え始めるのだった。

「そんなことはどうでもいいわ。ちょっと聞きたいのだけど。」

咲夜が何か言ったのを美鈴は理解した。
だが、お仕置きの宣告だと勘違いしていた。
最早彼女の現在の精神状態では、咲夜の言葉が全て自分に対する敵意のように感じられたのだろう。
怯えながら俯き、「許してください何でもしますから許して~」と何度も呪文のように唱える。
数秒の間を置いてから、一向にナイフが飛んで来ないことを不思議に思ったのか、彼女は恐る恐る顔を上げて目の前のメイドを見上げる。

「咲夜、さん…?」

「質問があるのよ。」

「へ?」

咲夜の明らかにいつもと違う態度に、困惑さえする。

「何度も言わせないで。」

「ご、ごめんなさい…でも、改まって質問って、何でしょう?」

美鈴はようやく落ち着き、怪訝そうな表情を見せる。
それを認めると、咲夜は紅魔館で起こる事件を、『紅魔館の夜』を、彼女に話して聞かせるのだった。





「そんなことがあったんですか…。」

以前パチュリーが話したような噂話。
それを、メイド長は門番に語った。

「何か心当たりでもないかしら?」

そんな噂があることすらさっきまで知らなかった美鈴に期待をする訳ではないが、咲夜は聞かずにはいられない。
もしかしたら小悪魔の言うとおり、一見関係なさそうな彼女から重要なヒントが得られるかもしれないのだから。

「いえ、心当たりもないですねぇ…最近は日中に侵入者なんて、魔理沙さんくらいのものですよ、あははは。」

美鈴は軽く笑いながら、しかしその途中で気付く。
自分は門番。
本来は侵入者を許してはいけないはずなのに、それを許してしまって更に笑い事で済まそうとしている。
これは確実にお仕置きされる。

「じ、実は今、対魔理沙さん用に新必殺技を開発してるところで───」

素早く取り繕うが、またも美鈴の心配は杞憂。
咲夜は肩を竦めると、「もういいわ。」と言って立ち去ろうとする。

「待ってください!新必殺技というのは嘘じゃないんですー!せっかくですので、一度見ていって下さい!」

やれやれ、と言った風に、メイド長は踵を返し再び美鈴の前へと戻る。
彼女に「待って」と言われたからといって、本来は待つ義理もないのだが、

『こうやって美鈴と普通の会話をするのも、たまには息抜きとして良いかもしれないわね。』

と思いながら、門番の新必殺技とやらを見物するのであった。





門の前で美鈴と別れてすぐに、咲夜はヴワル大図書館へと足を向けた。
5分と歩かずに、目的の場所…その入り口にまで至る。
その建物は、異様な存在感を持っていた。
紅魔館の敷地内だというのに、その空間だけまるで別世界とさえ錯覚してしまうほどに。
大きさもさることながら、装飾も紅魔館とは色々な意味で対照的だった。
どちらかというと、教会のような印象に近い。
吸血鬼の暮らす屋敷の中に、教会があるというのは異常な光景。
だからこそ、この建物の周りだけは別世界のように感じられるのかもしれない。
勿論中身は教会などではなく、図書館なのだが。
咲夜は、その外装に似つかわしい大きな造りの扉を、ゆっくりと開く。
すぐに整然と並ぶ物凄い量の本棚が、彼女の目に飛び込んでくる。

「パチュリー様、いらっしゃいますか?」

返事はない。
これだけ広ければ無理もない。
何より読書に集中しているときの彼女には、周りの音など聞こえてはいない。
いつもパチュリーが好んで本を読む場所…あの夜にも集まった長机の辺りに行ってみるが、彼女の姿はなかった。
つまり咲夜はこの本棚の群れの中から、彼女の姿を探すしかないのだった。
深いため息。
図書館の中から一人の少女を探しだすという壮絶な労働を、今から強いられるのだった。
無論、この本の山から目的の本を探すことよりは、簡単なことなのだが。
覚悟を決め、メイドは本棚へと歩みだす。
左右の本棚の隙間を縫って、何度も端から端へと往復する。
その度に奥へ奥へと向かいながら。
門からこの建物に来るまでにかかったのと同程度の時間を費やし、ようやく人影を発見した。

「パチュリー様。」

すぐに声をかける。
紫の長髪を揺らしながら、呼ばれた少女は振り返る。
そして一言。

「あら、何か用?」

「少し相談に乗って頂きたくて。」

違和感のない仕草で軽くお辞儀をしながら、瀟洒なメイドは答える。





「メイド長!また被害が出た模様です!」

咲夜が図書館を離れて半刻程、メイド妖精の一人が咲夜の部屋へと駆け込んでくる。

「入る時はノックくらいしなさい。」

「は、はい!申し訳ございませんでしたっ…!」

ぺこぺこと謝るメイド妖精には全く興味を向けず、謝られている本人は事件の資料を淡々と整理していた。

「報告します。今から1時間以内に、貴賓室の椅子が半壊しているのを他のメイドが見つけたそうです。貴賓室内に他の人影はなく、誰かがいたような痕跡も見当たりませんでした。」

「椅子ね。新しい物と取り替えておいて頂戴。」

いつもと同じ報告。
だからこそ手がかりも何もなかった。
今更何が壊れたと言われようと、この事件では何の統一性もない程に様々な物が壊れているのだと知ったから。
そんな報告を聞いて唯一つ分かることと言えば、館の一部が半壊することはまずなく、壊れるのは家具や小物だけ。
だからと言って解決の糸口にも成り得ないのだ。
今後の指示を得たメイドは、すぐに部屋を出て行った。

「はぁ…」

今日何度目かのため息を吐き、今日得た情報を頭の中で思い返す。





ヴワル大図書館。
そこに咲夜が来てから、約10分が経過している。
彼女達は現在、『紅魔館の夜』の共通点を探っていた。

「仮に犯人がいるとすれば、無差別に物を壊してるとしか考えられないのよね。」

「時間も限られた数分に繰り返し起きているというものでもありませんわね。ですが、やはり昼の間にだけ起こる…それは犯人がいることを示しているのではないでしょうか。」

パチュリーは、「何かの原因で空間の歪みが出来、それによって物が突然壊れるのではないか」という仮説を立てていた。
意図的か自然現象か、それが現在の問題だった。
犯人がいて、その歪みを引き起こしているのならば、その犯人を捕まえなければ解決しない。
自然現象となると、それが起こる原因を調べ尽くさなければ、解決には程遠い。

「貴女の一押しは妖精メイド達がグルになって起こしてるもの、だったかしら?」

意地悪そうな笑みでパチュリーが咲夜を見る。
彼女の仮説なら、妖精がいくら束になろうと、そんな事象は引き起こせない。
一固体の突出した能力でこそ、それが可能なのだから。

「見当違いだと思い直しました。」

物理的に壊しているのならば、グルになってやっている可能性はあった。
しかし、それが空間の歪みというのなら、彼女達には不可能。
もし彼女達の誰かがある日特別な能力に目覚めたというのならば別だろう。
実際はそんなこと、ある訳がないのだが。

「そうなの。それじゃあ私の方でも少し調べてみるわ。自然現象として、だけどね。」

「はい、よろしくお願いします。」





『パチュリー様の仮説は、恐らく正しいんだろう。そしてこの事件は、多分…。』

彼女が、解決するのだろうか。
メイド妖精が出て行き、一人になった部屋で咲夜は思う。

「これ以上は、私が何をしようと結果は変わらないかもしれない。」

呟く。
そして、無性に虚しくなる。
パチュリーに嫉妬している訳ではない、自分の無力さが情けないというだけだった。
ありもしない犯人像を今日まで探し回っていたとしたら…彼女は物凄く滑稽だったろう。
犯人が存在するミステリーだと思っていたのに。
実際は犯人などいない、ファンタジーだった、と言われたら笑うに笑えない。
そして、それに気付かない自分にも、笑えないのだ。

『でも、この事件が解決しさえすれば、いいのよ。』

そう自分に言い聞かせることしか、今の彼女には出来ない。
ぼーっとした頭で、美鈴とのやりとりを…この慌しい一週間で一番心が安らいだほんの一時を、咲夜は無意識に思い出すのだった。





あれからほんの一刹那の、わずかなこと。

「はぁっ!」

美鈴は大仰な構えから、両手を勢いよく前に突き出す。
空気が振動し、彼女の掌から、透明な気の塊が発せられたようだった。

「………で?」

何も起こらない。

「うぅ…また失敗しちゃいました…。」

「それじゃあ使い物にならないじゃないの。」

呆れながら、咲夜は言う。

「だからいつまで経っても、開発中なんですけどね…。」

実戦で使えるレベルにまでは、程遠いようだった。
日に何度も練習するが、未だに成功するのは半分もない、と。
心の中ではそんな彼女を微笑ましいとさえ思い、失敗してもめげない彼女の努力が報われることを祈っていた。
美鈴は「今度こそ成功させてみせますから!」とはりきっているが、成功するまで待ってられる程咲夜に暇がある訳でもない。
何か適当なことを言ってその場を後にした気がするが、あまり内容は覚えてなかった。





その程度のことだった。
思い返すような内容ではないのに。
ないはずなのに。
しかしあの無意味な時間ですら、安らぎとなっていた。
それほどまでに、日々事件だけに全精神を向け、気を張り詰めていたのだった。
しばらくすると、咲夜は気を取り直して再び資料に目を落とす。
いくら自分のしていることが無意味だと思っても、解決する努力を怠ることだけは、許せないのだ。
ふと、見ているうちに、ある想像が彼女の頭の中を満たす。
そして何かの紙束を引っ張り出し、事件の詳細をそれと見比べる。

「………まさか、ね…。」

咲夜の思いつきは、まだ想像の域を超えない。
しかしその実それが正しいんじゃないか、と心の奥で何かが囁く。
心の声を急いで振り払い、否定要素を探そうとするも、調べた結果は逆に確信を深める材料へと変わる。
今まで調べても訳の分からないままだったものが、あるピースを足すことによって、解けていく。

『…そうか、この事件の真実、それは…。』





メイドの少女は、この事件の犯人が待つ場所へと向かっていた。
否、犯人というには、あまりにも相応しくない。
だって彼女は自分が原因だというのを知らない。
それが自分のせいだと言われても、多分混乱するだけ。
悪意を持った犯人なんて、存在する訳がなかった。
咲夜は歩みを止め、目の前の人物に話しかける。

「ねぇ…”美鈴”。」

「あれ?咲夜さん?一日に二度も私の所に来るなんて、珍しいこともあるんですね。」

目の前の少女にどう切り出そうか、咲夜は少しの間迷っていた。
それを見かねたのか、美鈴が先に口を開く。

「ど、どうかしましたか?」

沈黙。
数分の沈黙。
しかし、いつまでも何も言わない訳にはいかない。
意を決して、その言葉を紡ぐ。

「少しの間、黙って私の語る”真実”を、聞いてくれないかしら。」

『紅魔館の夜』の真実を…。





─紅魔館では、館の主の吸血鬼が眠っている間だけ起きる、奇妙な事件が発生する。
─『紅魔館の夜』…その真相は、一人の少女の無垢な努力、それだけだった。
─彼女の努力とは全く関係のない場所でそれが起きるのだから、本人が知らないのは当然のこと。
─だから責める気もないし、今まで気付きもしなかった私には責められようはずもないわ。
─美鈴の…貴女の新必殺技が、実はこの事件を引き起こしていた原因だったの。





「以上よ。」

あまりにも彼女の辿り着いた真実は残酷だった。
二人の間に、暫し無言の時間が続く。
だが、先に沈黙を破ったのは美鈴。

「あ、あはは。そんな冗談言って、私をからかおうって言うんですか?人が悪いですよ、咲夜さーん。」

冗談なら良かったのに。
彼女が冗談を言っている風でないことは、美鈴にも分かっていた。
咲夜は難しい表情で返答をしないまま一度俯き、再び顔を上げて美鈴に正面から向かい合う。
その目にはある種の覚悟。

「”これ”を見て欲しいわ。」

そう言って、何かを取り出す。
先ほど咲夜が自室で事件の資料と見比べていた紙の束だった。

「この事件が起こったのは、今からおよそ1ヶ月ほど前。その頃から、貴女は新必殺技を、練習していたんじゃないかしら?」

それは紅魔館に住む従者の勤務表、及びその日の出来事を記入する為の日誌の一部。

「貴女は1ヶ月ほど前に、新必殺技を開発し始めることを記録として残しているわ。その新必殺技の内容は、気を飛ばして”内部から衝撃を与える”。その数日後から、この事件は起こり始めた。」

咲夜は淡々と語る。
語られる少女は黙するばかり。

「半壊しているというのは、内部から破裂するような力を加えられた、という見方が出来る。貴女なら、この場所から館くらいの距離なら気を飛ばす、くらい出来るんじゃない?」

「……ま、まぁ。出来ると思いますね…。」

ようやく弱々しい答えを返す。


「そして勤務時間、美鈴の勤務時間は、お嬢様が眠っている間よね。」

「そ、それはそうです。お嬢様の眠りを妨げないようにと、私はここで門番をしているのですから…。」

「なら、言いたいことはわかるでしょう?」

『紅魔館の夜』は、館の主が眠りについている日中に起こるのだから。
美鈴は理解し、その場に力なく座り込む。
そして、今正に残酷な真実を告げたメイドを、困惑の表情で見上げ、

「私は…どうしたら…。」

ぶつけようのない思いを吐き出す。

「新必殺技の練習はやめなさい。それだけでいいわ。」

咲夜には、それが精一杯だった。
怒ることも、蔑むことも、出来はしないのだから。
悪意のない犯人に、真実を語る以上の制裁は必要ない。
後はもう、彼女が自力で立ち直るのを待つことだけしか許されない。





咲夜が『紅魔館の夜』を終わらせたと言ったら、パチュリーは驚いていた。

「私に相談しに来なくても解決出来たんじゃない。それで犯人は誰だったの?」

紅魔館の門で座り込む美鈴をそのままにして、咲夜は再びこの場所を訪れた。

「犯人は…いたというか、いなかったというか。」

苦笑しながらそう言う。

「?」

疑問符を頭に乗せ、紫髪の少女は不思議そうに顔を斜め45度くらいに傾ける。

「良かったじゃないですか、解決して。」

そんなことを言いつつ、小悪魔が紅茶を持ってどこからともなく現れる。
ティーカップを手際よく配ると、彼女も席に着く。

「ええ。館での事件は、もう二度と起こらないと思います。」

表情を緩め、紅茶を口に運ぶ。
パチュリーはそれと反対に、真剣な面持ちで、

「館以外でもこの事件が起こっていた、と言ったら…?」

と、そんなことを口走る。
その内容が、あまりにも理解し難くて、聞きなおす。

「…今、何と…?」

「言ってないことがあったのよ。『紅魔館の夜』には、ただ一度だけの”例外”があるのを。」

もしかしたら、自分の至った真実は、間違いだった?
間違いだとしたら、ただ無為に美鈴を傷つけてしまっただけ。
いや、しかし、これが真実でないはずは…。
葛藤が、心を抉る。

「どういうことですか…?」

銀髪のメイドは問う。
先刻の門でのやり取りが、本当に正しかったか否か、判断をする為に。
彼女は少し躊躇った後に、ようやく口を開く。

「恥ずかしくてあまり言いたくはなかったのだけれどね。一週間くらい前…私の、し…下着が…その…ね。『紅魔館の夜』だったのよ…。」

つまりパチュリーの下着が気付いたら半壊…破れていた、ということだった。
その時、小悪魔が勢いよく席を立つ。

「パチュリー様のお気に入りの下着を破るなんてっ!咲夜さんが許してもこのこぁが許しません!さぁ咲夜さん、隠してないで犯人の名前を、ぷりーずみー!!」

言いながら咲夜に詰め寄る。

「え、いや、その…ちょ、ちょっと落ち着きなさい、小悪魔。」

咲夜は困惑しながら、冷静になれ、と彼女をなだめる。
二人がそんなやりとりをしてる間、もう一人の少女は肩を震わせていた。
この震えは、羞恥ではなく、憤怒。
怒りの篭った声で、二人の内一人の名前を呼ぶ。

「………こぁ?」

「は、はいっ、今犯人の名前を聞き出しますから、お待ちくださいね!」

呼ばれた本人は、主人の怒りがよもや自分に向けられているとは思わずに、更に目の前のメイドとの距離を詰める。
しかし次に発せられたパチュリーの言葉で、彼女の顔は青ざめていくことになる。

「私は”下着”と言っただけなのに、何で”お気に入りの下着”だと分かるのかしら?」

絶句。
小悪魔は主人の言葉に、先ほどのパチュリーの言動を頭の中でリピートした。
そう、パチュリーは”お気に入りの”とは一言も言ってなかった。

「…し、しまった…私としたことが…!」

叫び、すぐさまその場から離れる。
が、しかし、間に合わない。
主人の方が一瞬早く、使い魔を捕縛する。

「お仕置きよ。」

冷めた口調でそう言うと、彼女は小悪魔を引きずって、一番奥の小さな部屋へと消える。

「つまり…どういうこと?」

突然一人残された咲夜は、何が起こったのかわからずに、唖然とするしかなかった。
その間にも時間は進む。
咲夜の耳に聞こえるのは、鞭か何かの走る音と、小悪魔の悲鳴とも嬌声とも取れそうな声だけだった。

「きゃー…お許しをー…ひっ…いたっ…いたいっ…んっ…やんっ…だ、段々気持ちよくなっ………あっ………。」





『紅魔館の夜』は、実際に美鈴の努力が招いてしまった悲惨な事件だった。
パチュリーのお気に入りの下着を誤って破ってしまった小悪魔は、その噂を利用して自分のしたことを隠蔽しようとした。
結果、噂はパチュリーの耳に入り、そして館の住人全員へと広まり、こうして解決へと至った。
紅魔館ではその後も何一つ変わらず、住人達には本当に”その程度”の事件だった。
勿論美鈴に関しては、”その程度”で済んだかは分からないことだが。
しかし、変わらずの日常は、今日もやってくる。
日々の中で、彼女達は段々と『紅魔館の夜』を忘れていくことだろう。
その後、館では一度もこの事件が起きることはなかったのだから。





(完)
美鈴好きは逃げてー(遅
ネタバレ防止の為書くわけにはいかず、最後まで読んでしまった美鈴好きの方、ごめんなさい。
しかし、決して美鈴が嫌いな訳ではないので…。
今後はこういう鬱い話しはあまり書かないと思います。

ともあれ、紅魔館の夜はこれで完結です。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
如月結花
コメント



1.拡散ポンプ削除
別に鬱くはなかった。
というか美鈴、館の反対側に向けて練習すれば良(ry
2.奇声を発する程度の能力削除
うーん別に鬱ではなかったです
反対側に練習すればry
3.如月結花削除
鬱くなかったのなら良かったです。
私的にはラストの咲夜・美鈴のやり取りを書いてる間に鬱くなってしまっていたので…。


>反対側に(ry
やはり説明がないと分かり難いと思うので、補足させていただきます。
練習の内で成功してる時はちゃんと狙った場所の物が壊れるので、紅魔館の夜にはなりません。
逆に失敗した時にどこに飛んでいくのか美鈴自身分からなかった、もしくは透明な気の塊と表現しているので、あらぬ方向に飛んでいったとしても途中で霧散していると思っていた。
失敗こそが紅魔館の夜でした。

本当は上記のような説明を、本文中どこかに入れるつもりだったのですが。
書いている内にすっかり忘れてしまい(汗
ご指摘ありがとうございました。
4.けやっきー削除
>パチュリーのお気に入りの下着を誤って破ってしまった小悪魔
はて、何をしようとして誤ったのか…
持ち帰ろうとして、バレそうになったから焦って、つい…
そんなことないですよね。ええ。