この物語は『出会いとは数億分の一の確立』の世界観を引き継いでます。
が、前作を読まなくても大丈夫です。
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「こんばんわ」
小さな店内に響く少女の声。
淡々とし、感情というものが無いように思える。
「こんばんは。珍しいねこんな時間に」
その少女の声にこの店、香霖堂の店主である森近 霖之助が答えた。
読んでいた本から顔をあげ、少女の姿を見る。
見ると言っても、ただでさえ暗い店内。さらに入口には窓からの月明かりも差しこまない。
その状態では少女の顔を視認することは難しいだろう。
泣いているのか。笑っているのか。それとも怒っているのか。
少女はじっと、その場から動かない。
「どうしたんだい?」
「……」
霖之助の問いに、少女は答えなかった。
指先一つ動かさず、ただじっとそこにいる。
霖之助は肩をすくめ、そっと手元のランプを入口にかざした。
そこには、光を返す銀色の髪の毛。白を基調としたメイド服の少女が立っていた。
瞬きもせず、じっとまっすぐに、霖之助をみている。
笑ってもいない。
泣いてもいない。
怒ってもいない。
感情が……ない。
――咲夜
少女の名前を呼んだのは、霖之助の口だった。
勝手に動いた、と言っても過言ではないだろう。
なにせ霖之助もびっくりしていたのだから。
一度声を出してしまったのだから仕方がない。
霖之助はもう一度、咲夜を呼び掛けた。
「咲夜、すまないが今日はもう店じまいなんだ」
「……」
咲夜は何も答えない。
華奢は足が、しっかりと地面に根付いているかのように、ふらりともしない。
まるで息をしていないかのように。
心臓が動いていないかのように。
ただその、真っ赤な瞳だけが生きているという事実を表していた。
「ふぅ……困ったな。用件が分からなければどうしようもない」
「用件ならあるわ」
「うおっ!」
精巧な人形のように動かなかった咲夜が、目の前にいた。
時を止めたのだろう。
先ほどの姿のまま、紅い目で霖之助を見下ろしている。
遠目では分からなかったが、ちゃんと息はしているようだ。
決して豊かとは言えない胸が、ゆっくりとしたリズムで動いている。
「気になる?」
咲夜が問う。
気になる? なにがだ。
そうだ、用件だ。
こんな時間に、もう店も閉めてそろそろ「寝る時間」にどうしてここに来たのか。
気になる。
「あぁ、すごく気になる」
「そう……」
咲夜の目が閉じられた。
すっと。霖之助が息を吐くまでの間に。
1秒にも満たないその時間。
霖之助が息を吸うまでの間に。
少女は胸をはだけていた。
白い陶磁器のような肌。
月明かりに照らされたそれは、少し紅みが掛り震えている。
銀色の髪は、とてもリボンでまとめていたとは思えないほど、奇麗だった。
細い腕。細い脚。でも傷ひとつ無い肢体。
そして何よりも、霖之助は目が離せなかった。
幼き胸から。
息づく鼓動を奏でる楽器から。
決して豊かではない乳房から。
「あまり見られると恥ずかしいわ」
今日初めて見せる感情的な姿。
肌の紅みが増したように見える。
呼吸も、さきほどから少し速くなっているようだ。
そこまで冷静に分析し、霖之助の意識は戻ってきた。
目の前に裸の咲夜がいる。
正確には、上半身裸だ。
驚き、とび跳ね、叫びたくなる衝動に駆られた。
だが、霖之助はそのどの行動もとることができなかった。
なぜなら、紅い目に魅入られていたから。
指一本も動かせない。
喉がカラカラと張り付き、呼吸もままならない。
あぁ……これは狂気だ。
それなのに、霖之助の目は、咲夜の胸から離れない。
人形。
今度は霖之助が、人形となっている。
「気になる?」
「あぁ、すごく気になる」
口が勝手に動く。
乾いた喉を無理やり動かされすごく痛い。
喉から血がでそうだ。
「いいわ。その為に来たのだから……」
咲夜の手が、霖之助の手を掴む。
迷い子を導くように、あるべき場所へと導くように。
二つの手が折り重なり、咲夜の体に触れた。
「!!」
熱い。熱い。熱い。
どくどくと、血流が流れる。
手が熱い。
目が熱い。
喉が熱い。
炎の奔流が霖之助の体を駆け巡る。
咲夜の血が流れ込むような錯覚が起きる。
手のひらに触れるやわらかな肉が、そのまま心臓であるかのように思える。
握ってしまえば、咲夜は死ぬのだろうか。
握りたい。
握りつぶしたい。
あぁ……そして食べてしまいたい。
「いいわ。その為に来たのだから……」
咲夜が答えた。
満月の光を浴びた人間が、妖怪のように妖艶に笑う。
「あ……あ……」
「気になる? いいわ。その為に来たのだから……気になる? いいわ。その為に来たのだから……気になる?」
手が動く。
体が動く。
咲夜の意のままに。
優しく、強く、咲夜の肌を蹂躙する。
唇を奪いあい、これは誰だ、肌を重ねあい、これは私。
私は愛する人と、一つに……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「没収」
「そ、そんな!? 私の力作が……」
月明かりが射しこむ香霖堂で、簡単なお茶会が開かれていた。
といっても、勝手に咲夜が押し掛けてきただけなのだが。
事の始まりは数時間前。
咲夜が紙とペンを買いにきた時から始まった。
『本を執筆したいから、紙とペンを下さいな』
わざわざ、店の店主に目的から話す客も珍しいだろう。
だが彼女は合理的だ。
どういうことかおわかりだろうか。
つまり、上の言葉を分解して話すとこうなる。
「執筆用の紙と、執筆用のペンを早くよこせ。早く早く、ハリーハリー!! 思い浮かんだネタが消えてしまうじゃないの!」
パチュリーに借りればいいとか、紙とペンくらいあるだろうとか、色々と突っ込みたかったがそこはぐっとこらえた。
なにせ霖之助からしたらお得意様なのだ。
ペン一つでも、ありがたいことに変わりはない。
だからいつものように、読んでいた本に目を戻し、適当に棚を指さしながら言った。
「万年筆なら確かそこの棚にあったはずだよ。紙も同じ棚に。好きなだけもっていくといい。勘定は次来たときにでも貰うよ」
「ありがとう。ついでにイスと机も借りるわね」
「は?」
気がついたらカウンターを乗っ取られていた。
いくら睨んでも反応なし。ただ咲夜は書き続ける。
御茶をおいても反応なし。ただ咲夜は頭を抱えて書き続ける。
耳元にふっと息を吹きかけたら刺された。痛い。
仕方がないから、お茶を定期的に入れで放置することにした。
どうせお客はあまり来ない。
そして結果、他のお客は来なかった。
「できたー!!」
年相応な笑顔で、咲夜が叫んだ。
彼女らしからぬ声に、うつらうつらしていた霖之助はびっくりした。
回りをきょろきょろと見回し、何事かと視線で咲夜に問いかける。
「あら失礼、私としたことが……」
「え、あぁ。そうか……書き終わったんだね?」
「おかげさまで。ところで肩が凝ったわ、揉んで下さらない?」
「僕は君の七つ道具ではないのだがね」
「実は霖之助さんは、私専用の万能ナイフだったのよ」
「それは光栄だね。でも謹んで辞退させてもらうよ」
やたらと咲夜のテンションが高い。
珍しく少女っぽさが見て取れるほどだ。
本来の咲夜はこっちなのだろう。
完全で瀟洒なメイド。それをこなすのはどれだけの苦労だろうか。
そんな咲夜も、霖之助の前では少女になれるのかもしれない。
そんな事を考えていた霖之助は、肩を揉むくらいはしてあげてもいいかと思った。
頑張っている彼女へのご褒美というやつだ。
そっと娘をいたわるお父さんのような気持ちで、霖之助は腕を伸ばした。
「触らないでくださる? セクハラの罪で切り刻みの刑に処しますわよ?」
「……言うと思ったよ」
がっくりと肩を落とし、そのままの勢いでいつもの定位置の座る。
咲夜の対面、店主の椅子がギシっと音を鳴らした。
でも椅子には興味がない。
いま興味があるのは、咲夜の書いた書物だ。
これでも読書家かつ道具屋の端暮れ。
興味を持ったものは、とことん追求したいのだ。
「というわけで咲夜、それ読ませてくれ」
「嫌ですわ」
「使った紙代、ただにしようじゃないか」
「……仕方有りませんわね」
咲夜から紙をまとめてもらう。
奇麗な字が並ぶその原稿を、霖之助は丁寧に読み始めた。
そして……
「没収」
「そ、そんな!? 私の力作が……」
いつの間にかティーセットがカウンターに並んでいた。
湯気が立ち上るカップからは、おいしそうなピーチの匂いがする。
人差し指でカップをすくい、霖之助の口に紅茶が満たされる。
紅茶は咲夜の心を現したかのように暖かで、体の隅々まで行きわたるような気がした。
ほぅっと一息。
ゆっくりと目をあけ、咲夜の困った顔を、霖之助の目が映し出す。
戸惑っている彼女は、やっぱり可愛らしい。口を開けば毒なのだが……
現に、没収といった霖之助に、「朴念仁」とか「スケベ紳士。その小説でナニをしようというの?」と言葉を投げている。
必死に取り戻そうとする咲夜の姿に、霖之助は溜息とともに思った事を吐きだした。
「意味が分からない。どうして官能小説を書こうと思ったんだい?」
「しいて言うならば……リビドーかしら?」
「……それは遠まわしの告白と受け取っていいのかな?」
「馬鹿も休み休みいいなさいな。本気で殺しますわよ?」
ぱっとナイフが咲夜の右手に取り出される。
逆手に持っているところを見ると、本気でヤる気だ。
「分かったからナイフはしまおう、な?」
「はぁ……霖之助さんはもっと強くなった方がよろしくてよ」
「どうして?」
「それではお嫁さんとの喧嘩に、絶対に勝てませんわ」
どうして嫁の話が出てくるのか。
咲夜の年頃はそういう話が好きなのかもしれない。
そういえば魔理沙も最近恋をしているらしい。
誰かは霖之助にも教えてくれなかったが。
兄として、少し沈んだのは記憶に新しい。
「ちょっと、話聞いてる?」
「あぁ、聞いてるな。でもそれはお嫁さんがいればの話だろ?」
「というよりも、お嫁さんになってくれる奇特な方がいればの話ですわね」
「ははは……」
咲夜は今日は特別絶好調のようだ。
霖之助の心に少なからずダメージを蓄積させていく。
本当に興味がなさそうに紅茶を飲む姿は、まるで咲夜の存在そのものが毒のようにも思える。
それでも、霖之助は彼女を嫌いではなかった。
お得意様というのもあるが、なぜかこの瞬間が楽しいから。
別にドMというわけではない。
何も隠さず、話し合える相手がいるというのはありがたいことだと、彼は知っているからだ。
だから、何も考えずにしゃべってしまうのは仕方がない。
そう、仕方がないことなのだ。
「候補になってくれる女性がもしいたら……今なら身を固めてしまうかもしれないな」
「!!」
「といっても、咲夜の言ったとおり、そんな奇特な女性はいないだろうけどね」
「そ、そんなことありませんわ!」
「な、なんだい。急に大声をだして」
自嘲気味に言った言葉に、咲夜が声を荒げた。
カチャンッとソーサーに叩きつけられたカップが、陶器独特の音を立てる。
その音で我にかえった咲夜の顔は真っ赤で、桃色を通り越してトマトのようになっていた。
そしてなんでもないように振舞おうと、紅茶を飲み干す。
それはもうぐびっと、お酒を飲むかのように。
「なななな、なんでもありませんわ」
「そうかい。とても重要な話のように思えたのだが」
「重要でもなんでもありませんわ。あるとすれば、その紅茶に毒が入っているという些細な事だけですわ」
「ぶほぉ!!」
「嘘ですけれど」
「咲夜……いや、もういい。そういう奴だったよ君は」
「おほめにあずかりこーえーですわ♪」
まだティーポットに紅茶が残っている。
霖之助はそれを自分のカップに注ぎこんだ。
本当に毒が入っていたら、今頃眠っているか、死んでいるか。
もしかしたら咲夜著の作品のようになっていただろう。
少し残念だな、なんて思ってしまうのは霖之助が男であるがゆえに仕方がない。
だって、咲夜は気をつけないと見入ってしまうほどに、可愛いのだから
「ところで、霖之助さんの好きなタイプはどのような女性なのかしら?」
そして唐突にこのような質問をしてくる。
100人いたら99人は、咲夜のような人が好きと答えるだろう質問を。
だが、霖之助はその中には入っていなかった。
それはなぜか。
毒だからか。
いや、そうではない。
霖之助の心に、ある人の笑顔が思い浮かぶ。
その人と出会ってしまったから。
咲夜を好きになることは、できないから……
でも咲夜だから、一番信頼していた人だから、霖之助は言った。
包み隠さず、そう、いつものように。
「そうだなぁ……神綺だな」
「……はい?」
「うん、神綺のような女性が好みだ。というよりも理想の女性だな」
「神綺って、魔界の神でアリスの母親の?」
「あぁ」
静寂。
時計の音が、時間は動いていると言っている。
秒針が一周したころ、咲夜は口を開いた。
「……その人の事、好きなの?」
「そうだな……気がついたら好きになっていた。すまない」
「なんで謝るのか、さっぱり分かりませんわ」
「なんとなくさ」
「そう。なんとなくなら仕方がないわね」
カチ
最後の一滴まで飲み干された紅茶。
ティーカップにうっすらと残る紅色の証。
温もりを持ったままの空間に、風が流れた。
咲夜が静かにその場を立ち上がったからだ。
「行くのかい?」
「えぇ。仕事が溜まっているから」
嘘。
小さな嘘。
分かっている。
だから、その嘘に付き合うんだ。
そうしないと、今にも折れそうなその体を抱きしめてしまいそうだから。
下手な嘘に、ありがとうと投げかける。
「仕事、がんばって」
「お互いにね。それではごきげんよう」
「……またのおこしを」
残ったのは空のティーカップと、少しだけ紅茶が残っているティーカップ。
ぐいっと霖之助は飲みほし、満月を見上げながらつぶやいた。
「やっぱり毒、入ってるじゃないか……」
ティーカップを置き、イスに体を預ける。
霖之助の体重を全てうける椅子が、苦しそうに悲鳴をあげる。
それを無視し、苦しそうに霖之助は、吐き出した。
「少女の涙ほど、きつい毒はない……な」
つづく……次回「片思い→←片思い」
そして咲霖熱を盛り上げるだけ盛り上げておいて霖×神綺に逝ってしまうのですね……。
作者さん、酷い人! だがそれがいい。
まー、神綺が関わらないと前回の後半パートがイミフになっちゃいますからねー。
>>また将来にお会いいたしましょう。またにてぃ~♪
テンションが高いのは作者氏だと思った。
この恋の行方、とっても気になります。
咲夜さんも少女だもん。おいしい料理ができると、ガッツポーズをきめて小さな声で「よしっ♪」とか言ってるはず。やばい咲夜さんに目ざめそう。
>奇声しゃま
気がついたらドロドロ方面へ一直線!?
神綺と甘ったるい生活にしようとしたのにどうしてこうなった……
>K-999しゃま
そろそろ、神綺も出てきます。
でも咲夜もでてきます。そしてゴールは……
我のテンションはいつでもどこでもロックンロール!
>けやっきーしゃま
咲夜さんは楽しい感情を隠せないタイプだとおもうんだ。
咲夜さんかわいいよ咲夜さん。
恋の行方、恋の迷路、絡み合う糸と糸。
さぁ、運命はどこにあるのだろう。
1+1+1。離れるのか導かれるのか。そして中心はどこに……
これは素晴らしき咲霖……!