恋っていうのは、やってること自体は単純なんだ。
ただ、中身がぐちゃぐちゃしすぎてるだけで。
本当は、とても単純なことのはずなんだ。
「悔しい。いいえ、悲しいわ」
「えぇ……そんなこと言われても」
愛っていうのは、やってることが複雑すぎる。
気持ちはとっても、簡単なはずなのに。
そこまで至るためにのものが、あんまりにも多すぎる。
「ん……らって……」
「だから私のせいじゃないですってば。妹様は増えるし小悪魔ちゃんは悪乗りするし」
「む……」
「痛ッ、痛いですから」
好きだって突っ走ったり、周りに過敏になったり。
他と比べて悩んだり、相手が解らなくて迷ったり。
ずっと、自分のことに頭を抱えっぱなし。
だって、恋は誰かにするものじゃないから。
目線が狭くなって、世界には自分と相手しか映らなくなる。
恋が始まった時、誰かと共有できることなんて、めったにないんだ。
だけど、突っ走ってればいいから、楽と言えば楽なのかも。
「ん~……」
「いた、いたたたた。
ごめんなさーい私が悪うございましたー」
「……ほんと?」
「ほんとですって。めーりんうそつかない」
それに対して愛っていうのは、何したらいいって正解が存在しない。
好きだって思ってるのは間違いないんだけど、いつの間にか自分がすりきれちゃってて。
気持ちはとっても安らいでるっていうか……となりに好きな人がいる幸せを噛みしめて、ちょっとほろりと来ちゃったりできるんだけど。
でも、何かしてあげたいって思えば思うほど、何したらいいか臆病になる。
……ちょっと違うな。何もしなくてもいいのかなって、億劫になっちゃう。
だって相手もそうなんだもの。そばにいるだけで安心して、それ以上なんて求められない。
お互いにそうだから、背中くっつけたり抱き合ったり、そんなことだけで毎日が幸せ。
「嘘ね」
だから、ほんと、この人のために私は、何ができるんだろうって。
毎日毎日悩んでます。
「ぎゃああああ!? 噛み千切りに来ないでください!」
「らいじょーぶよ、指先に骨はないから」
「爪ごと行く気だ!?」
まーなんともこのお方はとても私には度しがたいので、そのあたりの補正もあるとは思うんだけど。
こんな夜中に部屋に押し掛けたと思ったらシャワーも浴びられずにベッドに押し倒されてこんな状態だし。
聞けば昼間のことをおとがめに来たみたいで、すごく不機嫌そうだからお茶でも淹れようと思ったら放してくれないし。
よりによって指だし。指がなかったらお茶入れられませんよ咲夜さん。
「冗談にならないレベルで指が痛いです! お菓子も作るしマッサージもするので放してくださいよー!」
「らーめ。なんかい言っても聞かないもの。……んぅ、今日という今日は放さないわよ。なんならあと三日くらいこのままでも」
「全部夜が明ける前に撤回しちゃうくせに」
せめて一晩の魔法っていうならロマンもあるけど、メイド長の朝は早い。
夜が明ける前にはもう、甘えてくれなくなる。
いや、目の前で着替えるのは甘えられてるうちにはいるのかも?
それでも出て行っちゃったら咲夜さんはメイド長で、私は門番で。
その切り替えが、私たちの一番大事な仕事だから。
「そんなことないわよー」
「もうそうやって口ばっかり。嘘つきなのは咲夜さんのほうじゃないですか」
「なにぃ……!」
「いだいいだいいだいいだいー!」
―――私の愛っていうのは。
実にこの、指の痛みに凝縮されている。
自分で愛とか言っちゃうのは、なんだか恥ずかしい。
でもそれ以外に、こんなすれた気持ちを表す言葉がないから、しょうがない。
この人にがっちりハートキャッチされちゃったままで、尻に敷かれて甘えられても、笑って済ませられるこの気持ち。
どういえばいいのか、私の頭じゃこれ以外に出てこなかった。
だって愛って、二人で囁き合うものでしょ?
「んん~……っ?」
「えっ?」
「めーりん、血ぃ出た」
「ええぇぇ……」
誰かに根掘り葉掘り訊かれたり、浮いた噂が立ったり、そういうのはとっくに通り越しちゃって。
こんなになってけっこう長いから、いまさら甘い蜜月ってわけにもいかなくて。
夜中に会うだけで昂るような、激しい時期もとうに終わった。
噛まれれば痛いし、血が出れば困る。
恋は盲目。だとするなら愛は、思考回路を元に戻す気つけ薬。
好きだって気持ちで何もかも霞むなんて、そんな乙女チックにはもうなれなかった。
でも、だからこそってのもあるわけで。
「痛くないの?」
「噛まれすぎて痺れてます」
「えへへ……噛んでてよかったわね」
「ですねー。そもそも噛まなきゃ血も出なかったんですけどね」
歯の浮くような台詞の応酬も、血が出てるなんて言いながらも口から離そうとしないのも、悪くないかなと思えてくる。
盲目なんかじゃないけれど、咲夜さんなんだからしょうがないよね、って思えてしまう。
何されてもいい! なんて気違いじみた台詞はちょっと吐けないけど、これくらいなら可愛い悪戯。
……まあ、そりゃあ。甘えてくれるのは、すごくうれしいですけど……。
「ん……ちゅる、ちゅ」
「ひぇっ! ちょ、咲夜さんなにして」
「ん~……お嬢様のまね」
一日中交わっていたような、汁と汗の匂いに塗れた時代はもう終わった。
一晩中名前を呼び合うような、そんな激しい季節はとっくに終わった。
一昼夜抱き合って過ごすような、怠惰な時間も終わりを告げていた。
うん、もう終わったはずなんだけど。
こういうことされると、たまらない。
「ん、んく」
「あ、うぁ。ちょっと、咲夜さぁん」
「っ……む」
「やめ、ぁ、ん」
こういうのは、なんていうか反則じゃないだろうか。
咲夜さんは、前から勝手すぎる。
いや、勝手で、意地悪すぎる。
これがどんな状態かちゃーんとわかってるくせに。
私の都合なんて、知らん顔して甘えてくるんだから。
「さ、さくやさん、もうさすがに」
「ん……やーだ」
血っていうのは思ったより粘性が高くて。
唾液っていうのは思ったより糸を引く。
つまりそれはすごく、アレなわけで。
こういうことされて嫌じゃないのって言われれば、そりゃ、嫌なわけないじゃないですかー! って叫んじゃうけど。
でも、それくらいの甲斐性がないと、この人の伴侶は務まらないと思うのだ。
しょうがない。
これも惚れた弱みという奴です。
とことん、振りまわされてやりますとも。
「もう……襲っちゃっても知りませんからね」
「いーのいーの。今日は可愛いのだから」
「ちょっとー!」
好きです、なんて、いまさら言わなくたっていい。
愛してる、とか、もうくさすぎて出てこない。
だけど、それに代わるくらい、甘えてほしい。
そんなこと言わなくてもいいくらい、受け止めたい。
私の全部で、彼女のすべてを抱きしめよう。
「むぐむぐ……んぐ」
「あー、ったく……!」
だってそれが―――
「きゃっ……め、めーりん」
「今日と言う今日は、って言いましたよね? 夜が明けるまで、付き合ってもらいますよ」
「……ん」
私の、愛だもの。
それはともかく、咲夜さんは少し勝手なぐらいが可愛いと思います。
理想の咲夜さんでした!
指はいいですね、ちょっとどきどきしました。
甘くてすごくよかったです!