今年の夏はとても暑い。そして今日も今日とて暑い。氷妖精のチルノなんか多分ドロドロに溶けてると思う。
こういう暑い時は、あまり身体を動かさずに家に引篭もるのが一番の策である。
なのにである―――
「椛。いい加減に何処に行くかぐらい言いなさい」
「それはまだ秘密です。とにかく付いてきて下さい」
炎天下の中、私、射命丸文は犬走椛に手を引っ張られながら飛んでいる。
「文様ー! あなたの椛が帰って来ましたよ!」
「さっさと帰れ」
冒頭のようにこんな暑い時は家に引篭もるに限る。
それに則り、私は今日一日家の中で過ごそうとしていると、突然玄関の扉がバギッ!と耳が痛くなるぐらいの音を立てた。扉を見てみると、侵入してきた者の形に扉に穴が出来ていた。もはや芸術だな、と文は思った。
そして扉から今度は侵入してきた人物に目を合わせる。なんだか最近になってから私によくまとわり付いてくる白狼天狗の椛が、向日葵が背景に似合いそうな笑顔で尻尾をパタパタと振っている。
――これは素直に可愛いと思う。
「椛、ウチに来るのは一向に構わないんだけど、扉壊すのだけは勘弁してよ」
「あんなもの! 私の文様に対する【愛】の前では邪魔なだけです!」
いつからこの娘はこんな感じになったんだっけ?
「そんなことより、文様! 私に付いてきて下さい!」
「嫌よ。こんな暑い日にわざわざ外n」
「ではこっちです!」
「ちょっ! 椛! 結構強い力で手掴んでるわよ! それに――痛だっ!?」
文の手を握りながら全速力で走る椛。
しかし、その進む先には椛の形の穴が開いた扉がある。
「扉を開ける」という行為をしない椛は、構わずにそのまま突っ込んでいった。
なんという事でしょう。扉には新しく文の形の穴が出来上がりました。
――ホントにあれ誰か買ってくれないかな? 1000円くらいで買ってくれないかな? あの芸術品を。
人・・・・・・いや、妖怪二人分の穴が開いている扉の行く末を真面目に考えていると、いつの間にか文は空を飛んでいた。
あれから早数十分。妖怪の山に降り立ち、文達は歩いて山を進んでいた。
「ねぇ椛、まだ着かないの?」
「ここです! 文様、見てください!」
どうやら目的地に着いたようだ。
文は椛に言われたとおり、椛の指さす所を見てみる。
「なによ。ただの川じゃない」
「はい! 川です!」
ちょいと殴りたくなったが、そこはなんとか抑えた。
しかし目の前にあるのは、何の変哲も無い何処にでもある川である。
無理やり連れて来られて、いざ目的地に着いてみるとだたの川。
おそらく怒っても誰も責めないだろうが、その怒りもなんとか抑える文。
「それじゃあ、私はこれで」
「文様、これを見てください」
さっきまでと打って変わって静かな口調で喋る椛。
様子が違うことに気付いた文は椛を見る。すると椛の手には一枚の紙が握られていた。
「なによ、この紙」
「これは・・・・・・断水のお知らせです」
「えっ?」
たしかに紙に書かれているのを見ると、今日の午前中から夕方まで断水すると表記されている。まずい、どうしよう。そんなの今の今まで知らなかったから水の準備なんてしてないわよ。
「文様。おそらく忘れていると思ってここに連れて来たんです」
「・・・椛」
なんだか今の椛は凄く輝いて見えるのは夏だからという訳ではないだろ。
「椛・・・ありがとね」
「いいんです文様。あ、それはそうとちょっと汗掻きましたね。一緒に水浴びしませんか?」
「そう言われると汗で服とかベタベタするわね」
「ではちょっと先に行っててもらえますか? 少し準備があるので」
「準備って着替え? だったら一緒にここでs」
「いいえ、先に行っててください! ていうか、そうじゃないと駄目なんです!」
「そ、そお・・・? じゃあ、先に行ってるからね」
椛そう言われて、少し納得のいかない表情をしながら草むらに入っていく。
そんな文を椛は手を振りながら送っている。そして文の姿が完全に見えなくなった瞬間。
「計画通り・・・!」
どっかの新世界の神を目指した人のような悪い笑みを浮かべた。
――文様。断水があるのは事実です。ですが、それはもっと先の話なのです! 今日ここへ文様を連れてきたのは別の目的があったのです!
すると椛は懐からレンズの付いた機械を二つ取り出す。
一つは友人である河童のにとりに作ってもらったカメラ。そしてもう一つは、同じく河童のにとりに作ってもらった「びでおかめら」という映像として残せる機械である。
――これさえあれば、文様の裸体を写真で残せ、また映像としても残せる! じゅるり。おっと涎が・・・。さて、いよいよ文様の裸体とご対面!
「あやや? 何してるんですか椛?」
ご対面しようとしたら後ろから突然、撮影対象から声を掛けられた。振り返ってみると、そこには紛れもない射命丸文、本人が立っていた。
――おかしい・・・。文様はちゃんと先に行かせたはず。でもここにいるのは間違えようもない私の文様。つまりどういうことですか?
「粉バナナってことですか?」
「何訳の分からないことを言っているのよ?」
「だってそうじゃないですか! ついさっき文様は水浴びに行っちゃって! そしてここにいるのは私の文様! ここにいるはずないのに文様はここにいる! 二人も文様がいたら私は喜びで死んでしまいます! これを粉バナナ以外のなんだって言うんですか!?」
「椛、あなたはもう少し言葉の勉強をしましょうね。それに私はちゃんと水浴びしたわよ」
「嘘だッ!!」
「・・・・・・あぁ、なるほどね。椛、私たち鴉天狗はね。一日に何回も水浴びをするのよ。だから、一回の水浴びはとても短いのよ」
「・・・・・・へ?」
「先に言っておくべきだったわね。ごめんね椛。あなたはゆっくり水浴びしてなさい。その間に人里でカキ氷でも買って来ておくから」
「じゃね」と言うと文は翼を大きく広げて飛び上がる。
そして目を点にしている椛は、飛んでいく文をただ見ていることしか出来なかった。
懐かしいな
いやいや、ばれてからのお仕置きも見てみたいけど…