Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

忘れ物がやってきた

2010/08/21 20:58:44
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 もう、暗いな…。

 まだかな…。
 まだ、迎えに来てくれないのかな…。

 もしかして、忘れられちゃったのかな…。

 ……『×××』。




□ □ □the first part(the story starts)


「小傘さん、かくれんぼ、しましょう」

 開口一番、早苗は私に向けてそう言った。

「え、2人だけで…?」
「はい!」

 今は早朝。天気は悪く、今にも降りだしそうだ。

 早苗と私は朝食を済ませたばかり。
 これから、家事と神社の仕事で忙しくなるであろうに、早苗はいい笑顔だった。

「だ、駄目だよ…お仕事しなくちゃ…」
「あっ、それは大丈夫です!お二柱方に今日は神社は休みにしてくれると、許可を頂きましたから」

 無理やりじゃないだろうな…と、私は思った。
 そんな、私を余所目に早苗は終始笑顔だった。

「まあまあ、たまにはいいじゃないですか。お仕事も家事もなしという日があっても。小傘さんだって休みたいでしょう?」
「う、う~ん…それはそうだけども…」
「はい、決まりです!今日は一日お休み!というわけで、私とかくれんぼしましょう」
「…はい」

 私は、どうして早苗がかくれんぼを、推してくるのか分からなかったけど、主に逆らっても無駄なため、素直に頷く事にした。

「では、私が鬼ですよ。小傘さんは私が100数えるまでにどこかに隠れてくださいね?」
「うん」

 早苗が企むような顔で、微笑む。
 早苗のこういう表情は何か、隠し事をしている時だ。





「では、スタートです」





□ □ □ an old tale(mechanical every day)


 高校へ通う途中、風が凪いだ。

 神奈子様に頂いた、髪留めが揺れる。

 今日の天気はいまいち。
 薄い雨雲が空を覆い、湿った風を送り込む。

 今は、小雨が降っていた。

 この時の私は、幻想郷なんて場所は知らなかったし、妖怪退治だってやった事ない。
 私の家系上、風祝なんてやっているが、奇跡なんて信仰のない今の世の中じゃまったく起こせない。
 神様に知り合いが居る位で、あとは普通の女子高生だった。

「はぁ…」

 私は溜め息を吐いてみた。
 気分は憂鬱。

 なぜなら雨足が強まってきたから。

 こうなると傘を差さなければならない。
 しかし、それが私の気分を酷く害するのだ。

「いっそ、どこかで新しい傘を買いましょうかね」

 しかし、ここは田舎で近くのコンビニにも自転車で、30分以上掛かってしまう。
 今は徒歩だし、学校へ行く途中だ。これでは遅刻してしまう。

 私を急き立てるように、雨が私の肩を叩く。

「はぁ…。しかたないか、っと」

 傘を広げる。
 紫色で、小さな傘だ。

 私が小学生の頃から使っていて、いまだ『さなえ』と私の名が書かれた、プラスチック製のネームプレートが取っ手にぶら下がっていた。
 見ないうちに、だいぶ、くたびれ、年季が入っている。

「壊れたら新しいのを買おうと決めているのに、どうしてこんなに長持ちするんですかねぇ…」

 正直な所、早く壊れて欲しい。
 このデザインでは他人から笑われているような、気分になってしまうからだ。

「小学生の頃は気に入っていたんですがねぇ…。これも若気の至りですか」

 私がまだ、小学校低学年の誕生日の時、親にこの傘をおねだりした事を思い出した。

「私の誕生日に購入したんでしたっけ?…だとすれば、この傘とも長い付き合いですねぇ…。今は見るも無惨ですが」

 だが、こんな小さな傘でも、一生懸命、本来の機能を果たしている。
 そう考えると、なんとなく落ち着いた気持ちになれるのだ。

「まぁ、ここは田舎ですし、あんまり見栄えにこだわらなくてもいいですか、ね」

 自分に納得させるようにつぶやくと、私はなんとなく左手の腕時計に目をやる。
 その腕時計に雨粒がぽたりと落ちる。

「うっ!急がなければなりませんね…」

 私は慌てて小走りになり、学校へと急いだ。

 走った振動で、プラスチックのネームプレートがカチャカチャと音を立てて、うるさかった。















 10分程走り続け、学校の昇降口まで辿り着いた。
 まだ、始業のチャイムは鳴っていない。

 急いで、傘を畳み、指定された傘立てに放り込むと、私は駆け足で教室へ向った。





 滑り込みセーフで、席に着く。
 クラスメイトの、話し声が教室の中で響いていた。

 その中の一人が私に話しかける。
 しかし、その声は、私の鼓膜を揺さぶるが、心までは揺さぶらない
 愛想笑いの仮面をかぶり、私は反射的に返事を行なう。

 その一人は、私の声を聞き笑った。私が何か気の利く返答でもしたのだろう。
 自分でも何を言ったのか分からないが、適当なジョークを交えつつ話せばこんなものである。

 やがて、担任が教室に入り、その一人は去っていった。

 人間関係を円滑にするというのは、簡単なものである。



 授業が始まったが、一向に興味が湧かない。
 黒板の内容をノートに写すだけの作業。自分が機械にでもなったような気分だ。

 同じように、この生徒たちも皆機械で、先生は機械に指示を与える技師といったところか。
 そう考えると、なんだかとても気持ちが悪くなってきた。

 ペンを投げ捨て、窓の外を眺める。


 外はいつの間にか、晴れ渡っていた。










 その後の記憶があんまりない。
 ノートを見ると、授業の板書が書いてあったため、無意識に授業に参加していたのだろう。

 かばんに荷物を詰め、帰り支度をする。

 神の存在も信じない、連中には興味が湧かない。
 ただ、冷たくあしらっては余計に信仰も増えず、下落していく。
 そういった中で育ったため、私は薄ら寒い笑顔を自然と身につけるようになっていた。。

 だが、こんなご時世。それでも信仰など集まらない。

(早く神社に帰りたい)

 この張り付いた笑顔は、気持ちが悪い。
 帰り支度が整った、直後、私は昇降口に向う。

(そういえばお話があると、神奈子様が仰っていた…)

 外は晴れだ。
 早足で神社へ急ぐ。









 その日、幻想郷へ行くと、神奈子様から話を受けた。

「はい…」

 今の世に未練など、とうにない。
 私は迷わず頷いた。

 機械の信仰など、得られても力にはならない。
 神奈子様、引いては守矢のため、私が反対する要素は見つからなかった。

 幻想郷。忘れられたものが辿り着く地。
 信仰も向こうに、辿り着いているはず。
 向こうに行けば、奇跡が起こせるようになるだろうか。

 今の安穏とした、つまらない毎日を吹き飛ばせるだろうか。

 境内で考える私を後押しするように、一迅の風が吹く。



 その時、声が聞こえた気がした。
 まだ、幼い、十代前半のような、か細い声だ。

 辺りを見渡すが何も居ない。

(…気のせいだろうか。)

 ただ、何故かあの傘を思い出した。
 あの、ボロボロな紫の小さな傘だ。

 そういえば、手元にない。

「…傘立てに、置いてきてしまいましたか」

 帰る時には晴れていた。傘は必要なかったから忘れてしまっていたようだ。

 仕方があるまい。
 いや、新しい傘にするいい機会だ。幻想郷にも傘くらいはあるだろう。

 …向こうの傘はどんなデザインだろうか。
 忘れられたものが辿り着くだけあって、昔風のデザインなんだろう。
 古風なものも、風情があって嫌いじゃないかもしれない。





 ただ、私の名前が刻まれた、あのネームプレートはもう見れない。

 …そう考えると、妙な喪失感が溜まり風となり私を渦巻くのだ。








□ □ □the second part(hide-and-seek and tag)


 日が暮れても、早苗が探しに来る様子はなかった。


 私は、神社の境内裏の木の下に身を隠していた。
 ここなら、早苗も見つけられまいと考えたのだが、逆効果だったのかもしれない。

 雨はいつの間にか、私を攻め立てるように強く降り注ぐ。


 私は首に掛けている、お守りを握り締める。
 紐の部分は私が首に掛けられるように、後から加えたものだ。
 その紐には、小さな板が括ってある。

 その板は、幻想郷では見たことのない材質で出来ていた。
 つるつるとしていて、滑らか。軽く、錆びる事がないから金属でもない。

 そして、色は白く、黒い文字が書かれていた。

(相変わらずなんて書いてあるのか、読めないなぁ…)

 白い板を掲げてみる。
 私は今まで勉強なんてした事がなく、文字や計算などまったく出来なかった。

 このお守りは私が、妖怪となった時から持っているものだ。
 気がついたら私は幻想郷にいて、常に一人だった。
 だから不安な時はこのお守りを握り締めるのだ。
 すると、この不思議な板に書かれている文字───多分、私の主様(あるじさま)の名であろう───が私を励ましてくれる。

 そんな、気がするのだ。

 私は空を見上げる。




 もう、暗いな…。

 まだかな…。
 まだ、探しに来てくれないのかな…。

 もしかして、忘れられちゃったのかな…。

 ……『早苗』。




「ぐすっ…早苗ぇ…」




 呼んだ声は、雨音に混じり、溶けていった。




□ □ □an old tale(私の名前は早苗)


「ああこれが妖怪退治ですね!……楽しいかもしれない」

 幻想郷に来て数ヶ月。
 こちらの世界にもだいぶ慣れた。

 当初の目的どおり、こちらでは信仰が集まる。私も本来の力を発揮できるというもの。

 今は空に現れた、宝船を追いつつ、妖怪退治をしているのだ。
 先ほども生意気な鼠を落とした。

 自由に力を振るえる事が、今までの鬱蒼とした日常を吹き飛ばしてくれるようだ。
 そして、妖怪を屈服させる事への高揚感。使命感。

 それに、妖怪を退治すれば、信仰も集まり一石二鳥ではないか。

 さぁ、早いところあのUFOを追っかけないといけない。
 袖をまくり、気合を入れる。

 …と、そこでなんとも間抜けな声が聞こえてきた。

「ちょっと待ってよ~」

 …どうも私に向けられた言葉らしい。

「はい何でしょう」

 振り向く瞬間、何か聞き覚えのある音がした。カチャカチャと、何か軽いものがぶつかる音だ。

 振り向いたその先には、水色の爽やかな服に身を包んだ、可愛らしい女の子がいた。
 と言っても、ここは上空。ただの女の子ではないのは明らかだ。

 全体的に、青いシルエットに、目立つ赤い片側の瞳。
 古めかしい下駄。
 短く、癖のある髪型。

 …そして、ボロボロの紫のお化け傘。

「うらめしやー」
「……」

 なんだろう、この既視感。あの、傘。
 目や口がついた悪趣味な傘にどうも懐古の情が生まれてしまう。

(おかしい…私はあんな悪趣味ではない)

「うらめしや?」
「はいはい、表は蕎麦屋」

 どうも私を驚かせようとしているらしい。
 …いや、構ってもらいたいだけなのか?

 適当にあしらい、先に進もう。
 …そう考えたはずなのに、後ろ髪を引かれる。

「……私を見て驚かないの?」
「そんなもんで今の人間が驚くもんですか」

 上目遣いの両目が私を見つめる。
 やはり、構ってほしくて私に話しかけているようだ。目がそう語っている。

 …寂しがり屋か?

「なんと、わちきが時代遅れともうすか」
「キャラ作ってるでしょ?まぁ、作ってなくても化け傘は時代遅れですけど」

 しかし、見れば見るほど、既視感が強くなる。
 あの、紫小傘。

 水色の女の子は、突如泣き始めた。
 私の棘のある物言いが、心の傷を抉ってしまったらしい。

「しくしく…。私だって頑張って妖怪らしくしようとしてるのにねぇ…。最近良い事ないな…。……ずっと、ずっと待ってたのに…主様は全然来てくれないし…。存在まで忘れられてここ(幻想郷)に流れ着いちゃうし…」
「あ、あの、もし?何か気に障るような事を言いましたか?」

 そこで、女の子は傘を振りかざした。

「道具の気持ちが判らない人間なんて酸性雨にうたれて溶けてしまえ!」
「わぁっ!」

 傘からは大量の弾幕が、シャワーのように降り注ぐ。

「思っていたより…できますね…」

 これは手ごたえがあって楽しめそうだ。
 私は、隙を見て星の弾幕を牽制のため、放つ。

「あてっ」

 その内の一つが少女に命中した。
 だが、たいした威力はないはずだ。
 私は次にくるであろう、弾幕に身を構える。

 だが、女の子は瞳に涙を溜め、歯を食いしばる。

「うわぁ~ん!ごめんなさい!痛いのはやだぁ!」
「!?」

 なんという事か、あれしきの事で弾幕ごっこをリタイアしてしまった。
 そしてこの打たれ弱さ。こんな実力でこの幻想郷を練り歩いていたのかと思うと、笑いより先に、哀れみが来る。

「ぐすっ…わ、わ、私悪い事はしてないんだよ?ちょ、ちょっと人間を驚かせようかなぁ~って思っていただけで…」
「…はぁ。だからなんだと言うのです?」

 何も言っていないのに命乞い(?) までし始めた。
 傘の柄を握り締め、顔を下に向ける。

「私はまだ幻想郷に来て日が浅いの!だから、その、あの、わかんない事とか一杯あって、そもそも妖怪になったのだって、ついこの間だし…」
「ですから、そんなの、私の知った事ではありませ……」

 その時、女の子の首もとから、太陽の光に反射した白い板のようなものが見えた。
 それが不思議と気になり私は女の子に近づく。

「ひっ。乱暴はしないで!」

 女の子の襟首を掴み、先ほどの白い板を観察する。






 『さなえ』、と、黒い油性マジックで書いてあるのがはっきりと確認できた。






 私は絶句する。

「……」
「えっ?あ、これ?これね、お守りなんだ!何て読むか判らないけど、私の主様の名前なんだよ、きっと!あのね、最後は私の事忘れちゃったけど、長い間大切に使っててくれたの!その時の私はまだ、口も目も耳もなかったけど私を握り締めてくれてた時の手の温かさは一番の思い出なんだ!」

 何も聞いていないのに、無邪気に笑いながら、嬉々としてそのお守りの思い出を私に聞かせる女の子。

 これは…このネームプレートは…間違いなく私の字。

 女の子の持っている傘を見上げる。
 この紫の傘は私の使っていたものだった…?

「あ…あなたは、いつ頃、この幻想郷に…?」
「えっ?……ほんの数週間前かな?」

 ほんの、数週間。私が幻想郷へ来てもう、長い。
 この子は、私が幻想郷へ行った後、何ヶ月もあの暗い昇降口の下駄箱で一人ぼっちだったのだろうか。
 何日も、何日も私の迎えを待ちわびて、待ちわびて。

 それでも、待チ人ハ来ズ。



 ……ああ、ごめんなさい。



「……」
「えっ!?ど、どうしたの?なんで泣いてるの?」

 だとすれば、私はなんて心無い事をしてしまったのだろうか。これでは、もとの世界の機械たちと、なんら変わりはないではないか。

 そう思うだけで、哀れみと、悲しみと、悔しさが私を攻め立てる気がした。
 涙が、止まらない。

「いえ、少し、道具の在りようを考え直そうかと」
「おおー!お前は良い奴なのだな!」

 女の子は私を害のない奴だと思うや否や、調子付き始めた。
 先ほどまでの泣き顔は何処へいったのか。

「…そうですね、良い奴だと自分でも思います」
「む、それは、うぬぼれ、というのだ」

「いえいえ、そんな事ありません。何故なら、私があなたの新しい主様になってあげようと思ってるからです」
「ほうほう、私の新しい主様……えっ?」

「私、幻想郷に来て、まだ傘を買っていないのですよ」
「あ、主様?わた、私の?つつ使ってくれるの?」
「はい」
「えっ?えっ?私なんかでいいの?いいの?」
「ええ、構いませんよ」

 何故か、他の傘がしっくりこなくて購入を差し控えていたのは内緒だ。

「デザイン、悪いよ?」
「承知の上です」

「お、お化け傘だよ?舌、出てるよ?」
「個性があってよろしいじゃないですか」

「色も茄子みたいで、あんまり役に立てないかもよ?」
「ええ…それはもう慣れています」
「??」

 女の子は、私と会ってから初めて笑顔を見せた。
 しかし、はっとしたように、今度は落ち込んでみせる。

 表情の変化が目まぐるしく、なんだか可愛い。

「で、でも、新しい主様なんて、そんなの…こっちの主様に顔向けできない」

 目を伏せ、ネームプレートに書かれた私の字をなぞっていく女の子。

 …忘れられていても尚、昔の主が忘れられないらしい。
 献身的な子だ。忠傘。
 その主を私だとは知らずに。

「そんな事ありませんよ。その主様だってあなたの新しい主ができるのを望んでいますよ」
「……」

 まぁ、この子に会うまで存在を忘れていた私のセリフじゃ、説得力もあったもんじゃないのだが。
 だけど、そんな事は知らない女の子。頭を抱え、「そうかなぁ…そうなのかなぁ…」と、逡巡している。

「別に前の主を忘れろと言っている訳ではありませんよ」
「う~ん…」

 決断力が乏しいのか、また考え込む女の子。
 普段の私ならそこでイライラし始めているかもしれない。ただ、今日の私は何かがおかしい。
 そんな女の子の姿をいじらしい、と思ってしまった。

「お家もないのでしょう?」
「うん…」

「では、こうしましょう」
「?」

「私の神社で住み込みながら、昔の主を探す。その主も幻想郷に居るかどうか知りませんが、見つかり次第、神社を出て行く。これでどうでしょう?これなら、昔の主にも顔が立ちますね?」
「おお、う、うん。うん」
「決まりですね」

 女の子は、照れたように微笑む。

 この時から、私は以前の私を捨て、正面からこの子と向き合うことを決めたのだ。

「ありがとう!えっと…えっと…」
「名前ですか?『早苗』と言います」

「ありがとう!『早苗』!」
「あなたの名前も教えてくれますか?」

 女の子はその言葉を聞くと、空気が抜けるように落ち込んだ。
 長い睫に影を落とす。

「私…名前…ない…」
「おや…」

 まぁ、傘に名前を付ける人は居ない、か。

「では、私が付けますよ。『多々良 小傘』さん」
「えっ、『小傘』?」
「ええ、どうです?すぐに思いついたんですけど、なかなかあなたに似合っていますよ」
「どういう、どういう意味なの?」
「ふふ、それは内緒です」
「む、ずるい」

 『多々良』は、片目を閉じた時に、赤い瞳が目立ち、一本だたらに見えたから。
 『小傘』は、小学生から使っていたあの小さい傘が、こんなに立派になっている事の皮肉を込めて。

「多々良小傘…私は今日から多々良小傘…」
「気に入って頂けたようですね」
「うん!」

 小傘さんは、器用にくるくると回りながらスキップする。
 見ていて飽きないな、と、極自然に思った。

「では、神社まで案内しますね。着いてきてください」
「は~い」

 人懐っこい妖怪もいるようだ。小傘さんは私の後をふわふわと追いかけてくる。





 神社に着いた時の、御二柱の顔といったらもう。












□ □ □the last part(私の名前は小傘!)

『小傘さん』

 誰かが、呼んでいるような気がする。

 …ここは、どこだろう。私は…主を待っていたはずだ。

 辺りを見渡しても何もいない。誰もいない。
 ただ、暗闇をぽっかりと切り取ったような空間。

 私の目には、何も映りこまない。

 私は怖くて、怖くて、怖くて。
 走り続けていた。

『小傘さん』

 だけど、聞いたこともないその声が、ただひたすらに優しくて。
 私はその声を追う事にしたのだ。

 走り続けていくと、緑色の髪の人が光の中から手招きしていた。
 眩しくて顔が見えないけど、まるで陽の光のように温かだった。

 その人は光の中に消えていった。
 一人にされた私は、寂しくなって急いでその光の中に飛び込む。



 だけど、光の中の世界でも私は独りだった。



「小傘さん」

 あれ?

「小傘さん。起きてください。こんな雨の中で寝ていたら、風邪引きますよ」
「ふぇ?」

 ゆっくりと瞼を開く。
 早苗が困った顔をして私を見おろしていた。

「はぁ、こんな所に隠れていたのですね。ほんの時間稼ぎのつもりだったのですが、だいぶ遅くなってしまったじゃありませんか」
「あ…あ…」

 なんだか、早苗の姿を見たら安心してしまった。
 ちゃんと私を見つけてくれた。私を探してくれた。

 それだけで、心が溢れていく。

「…何を泣いているんです。笑ってください。今日はハッピーな記念日なんですよ」
「え?記念日?何の?」

「私の誕生日です」
「は?」

 え?何て言った?
 誕生日?誰の?早苗の?

 嘘ぉ…。

 起きてすぐの衝撃に、涙も急速に乾いていく。

「ごめんなさい!!た、た、誕生日だって知らなかった!」
「まぁ、小傘さんがウチの神社に来て初めてですからね。仕方ありません」

 思っていたより早苗は冷静だ。これほどの失態、いつもならただではすまない。
 でも、早苗はなんだか、ご機嫌に微笑んでいる。

「怒って…ないの…?」
「いえ、まったく。今年は小傘さんにたくさん大切なものを貰いましたから」
「ほえ?」

 なんだろう、全然身に覚えがない…。
 とりあえず、早苗が濡れないように傘を開く。

 木の枝を伝って、落ちた雫が傘を打楽器のように叩く。

「それに、私の誕生日はメインではありません」
「え?」

 なんだかさっきから驚いてばかりいる気がする。
 …私は驚かしたい側なのになぁ。

「本日のメインは、小傘さんと私が初めて出会った記念日でした~」
「ええ!?」

 パン!

 何処からか取り出した、クラッカーを炸裂させ、ご満悦に笑う早苗。

「という訳で、小傘さんが必死こいて一人かくれんぼしている間に、準備を整えておきました。さぁ、一緒に行きましょう。ケーキもありますよ~」
「いや、突っ込みたいところは色々あるけれども…」

 というか、私を驚かしたいが為に、雨の中かくれんぼなんてさせた訳ね、早苗は。

「そもそも、私と早苗が出会ったのって、半年くらい前だよね?」
「はい。今の小傘さんとはそうなりますね」
「へ?『今の』?それどういう意味?」
「さぁ~?何でしょうねぇ?」

 ああ、話す気はないんだね。半年も一緒に居ればそういう事もわかってくる。

 ふと、早苗の視線に気づく。
 どうやら、私のお化け傘を見つめているようだ。

 何だろう?


「ほら、早くしないと料理が冷めてしまいますよ?」

 なんて事なかったかのように、早苗は私の頭をなでる。

「ああ、お鍋に火をつけっ放しでした。先に行くので早く来てくださいね?」

 ひとしきりなでると、早苗は、私を置いて行ってしまった。

 ぽつんと、取り残される私。
 …でも、さっきまでの不安な気持ちは、まるでない。



 空はいつの間にか晴れ渡っていた。

 私はもう、独りじゃない。
 『さなえ』がいつも傍に居る。
 私が独り何処かで、寂しく膝を抱えていても、早苗がきっと見つけ出してくれる。


 そんな、気がするんだ。





「私は独りじゃない!!!!」





 諸手を挙げて、飛び跳ねる。
 私の言葉は、太陽の下に大きく響き渡った。










 
シリアスコトコト煮込んでできあがったお話。
早苗さんが小傘の持ち主だったらというお話。
今までのこがさなシリーズの前譚となるお話。

早苗さんは小傘によって人間的に成長した感じになればいいな。
一次設定ガン無視。
豚乙女の待チ人ハ来ズ、いい歌。

明るいシリアスを目指しました。ギャグ目当てだったらごめんなさい。
優しい早苗さんというのもいいなぁ。

誤字脱字などあればご連絡下さい。

コメントありがとうございます。

>>はるか 様
ありがとうございます! 今回のSSで自分の直すべき箇所が浮き彫りになった気がします。御指導感謝です。

>>clo0001 様
読了感謝! 苦労して書いたのでそう言われると報われます。主に私が。

>>ぺ・四潤 様
読点と三点リーダーがくどいのは、私の作風と言えば聞こえが言いのですが、正直言うと癖です。
とある作家の物真似なんですが、今矯正中です。

>>オオガイ 様
こがさなは出会うべくして出会ったと、信じてやまない私が居ます。

>>華彩神護.K 様
自分が主であると小傘に伝えると嫌われてしまうかもしれない、という考えが早苗にはあるようです。
今よりも早苗が強くなったら伝える日が来るかもしれません。

>>奇声を発する程度の能力 様
歌詞で勝手にこがさなを妄想してしまいました。
このSSは違いますが私の場合、曲からSSが生まれたりもします。

>>7 様
名ありが多いのは、SSクラスタの方達だからでしょうか。

一番好き。だなんて、なんと畏れ多いのでしょう。でも嬉しいです。

>>8 様
異変放置。さすが早苗さん、としか言いようがないですねww

>>9 様
早苗が小傘の持ち主、という設定の王道を歩んでみました。

早苗さんは実はとても優しい人だと思ってます。

>>10 様
ありがとうございますー。
これからも精進していきたいと思います。

>>11 様
結構つらい過去がある分、小傘は明るい性格なんだろうなと思います。

>>けやっきー 様
不安の中にも早苗が迎えに来るという期待もあったのかもしれませんね。

>>13 様
おもてはそばやー

>>14 様
文を書き終わってから、「あれ、これ豚乙女の歌詞と少し似ているなー」と思いました。だから後で少し加筆したところがあるんですよ。
再開発
http://twitter.com/saikaihatsu
コメント



1.はるか削除
とりあえず
ごっそさんでしたよ
二人が今後も仲良く暮らせると私に良いですね
2.clo0001削除
スッキリとした良い話でした。
3.ぺ・四潤削除
いいこがさなでした。昇降口で誰も新しい持ち主になってもらえず一人ぼっちで過ごした小傘ちゃんを思うと切なくなりました。
しっとり流れるように読むお話でしたが妙な場所に読点がぶつ切りにあって、読んでいてテンポが悪くなってしまったのがちょっと勿体無かったです。
4.オオガイ削除
これは良いこがさなですね。
ずっとずっと両思いだったのにお互い気持ちを伝えられなかった。
この二人の出会いはきっと必然だったのかもしれないですね。
5.華彩神護.K削除
なるほど…いい話だ。
寸止めで来るから結構生殺しだぜ!!
6.奇声を発する程度の能力削除
あの曲は素晴らしい!!
とても良かったです!
7.名前が無い程度の能力削除
なんだこのコメント欄は、名有りしか無いじゃないか……
今まで読んだこの二人の話の中で一番すきです
本当にいいお話でした
8.名前が無い程度の能力削除
これは見事な発想でした。
早苗さんが心の中に真実をしまっておくのがまたいいね。

そして異変解決そっちのけで神社に妖怪連れて戻ってきちゃう早苗さん萌え。
9.名前が無い程度の能力削除
素晴らしい…! 途中で展開が読めていたのですが、例の一文で震えてしまいました。
早苗さんが初対面からさでずむ全開だったのは温情ゆえだったのですね。
10.名前が無い程度の能力削除
なんと言うか……もう、本当に……
イイハナシダナー(;∀;)

これはいいこがさな。
11.名前が無い程度の能力削除
表情がくるくる変わる小傘ちゃん愛らしすぎる、早苗さんには一生大事にしてもらいたいものです。
12.けやっきー削除
隠れている時の小傘の不安が、ありありと伝わってきました。
そんな小傘だからこそ、幸せに過ごしてもらいたいです。
13.名前が無い程度の能力削除
うらめしやー
14.名前が無い程度の能力削除
このSSと「待チ人ハ来ズ」を重ね合わせて読んでみました。
小傘の心情がスッとしみ込んできて、ハッピーエンドになったことのうれしさと、真実を隠したためのちょっとした切なさをより深く味わうことができました。

名文、名曲、どちらにも心からの感謝を……やはりこがさなは至高。
15.名前が無い程度の能力削除
色々と突っ込み所は多いけどこがさながかわいいからもうどうでもいいやぐへへ